産まれてくれてありがとう

心白

文字の大きさ
上 下
8 / 21

第八話 お願いコハクちゃん

しおりを挟む
レイの家に着いてピンポン鳴らしても誰も出てこねえ。

(こりゃもう買い物に出ちまったか)

と脚の間にある今までに感じた事の無いうっとおしさを感じながらも、いつもおばちゃんが買い物に行っていたスーパーに向かうと、おばちゃんを背中にかばうようにしてレイが八人の前で怒鳴った居るところに出くわした。

「なんだオメエ、お母ちゃんとラブラブお買い物ってか?雷神様はマザコン野郎だぜ!そのガクランいただいちまうからよう、覚悟しろよ~」

「ウルセエよバカヤロウ!自分を産んでくれた母ちゃん大事に出来ないテメエらクズどもにオレが負けるかよ?全員まとめてかかってこいや!」

(いくらレイっていったって、八人相手におばちゃんかばいながらやるのはちょっとしんどくね?)

走り寄って八人の内の一人を後ろから派手に蹴飛ばして、

「楽しそうだなテメエら、風神様の登場だ!頭がたけえぞ?」

と輪の中に入り込む。

「コハクちゃん!」

思わず叫んだおばちゃんに

「おばちゃん風神で頼みますよー、オレら風神雷神なんで。今から秒で殲滅するんでちょっと待っててね!」

姉さんたちにガッチガチにサラシを巻いてもらっているせいか、いつもよりも上半身は動きやすい。踏ん張りが必要そうなヤツはレイに任せてオレは三人、レイは五人をぶっ飛ばし、

「風神雷神を狩りたきゃ軍隊でも持ってこいや」

と捨て台詞を吐いて、おばちゃんから荷物を受けとる。

「わりい、遅くなった」

「いや、問題ねえ」

そんなことを話しながらレイの家に向かう途中、さっきの騒動で通報が入ったのだろう、警察官に呼び止められる。

「君達待ちなさい!複数人相手に暴力事件を起こしたってのは本当か?」

ここでオレらの間を割るように、おばちゃんが前に出て警察官に説明する。

「怖い高校生たちに絡まれているところを、うちの子たちが守ってくれて、私が膝を痛めているものですからこうやって荷物も全部持ってくれているんですよ。本当に親孝行な息子を持って幸せですわ」

確かにおばちゃんの荷物はオレらで全部持ち、見た感じ、親子三人の平和な帰り道である。

「じゃあ暴力事件ではなく、この子たちがお母様を守ったと。そう言う訳でしょうか?」

「ええ。ご覧の通り私は手ぶらですし、子どもが居るっていいですね」

これには警察官もこれ以上何も言わず、オレらにぶっ倒されたヤツラの身柄回収へと舵を切り替えた。レイの家に着くと

「コハクちゃん、お茶入れるから上がっていって」

と言われたので、卵やら牛乳やら入った袋を持って

「お邪魔しまーす」

と家に上がりテーブルに荷物を置いて、おじさんの仏壇にお線香を焚いて手を合わせる。レイの家には何度もお邪魔をしているので、おばちゃんはオレが女であると知っている内の一人だ。冷蔵庫の中に保冷が必要な物をしまい終わった時、

「コハクちゃんありがとうねー、そうそう。この間タンスを整理してたら私が若い頃の服が出てきたの、今と違って私も昔はコハクちゃんくらい細かったから、一回着てみせてくれないかしら」

と、とんでもない無茶ぶり。フルフルと首を横に振っていると、

「私ね。主人を早くに亡くしてて、本当はレイの下に妹が欲しかったんだけれど流産してしまって。外では『息子の友達』として接するから、今だけ。ね、お願い!」

こんなこと言われたら断れる訳も無く、呑気にテレビでスポーツを見ているレイとの間にある襖をピシャンと閉めて、おばちゃんの着せ替え人形遊びが始まった。ワンピースやらタイトスカートやら、着せられるこっちも恥ずかしくて仕方がないのだが、

(おばちゃんがこんなに楽しそうに笑ってくれているのだからまあ、我慢するか)

と水色のワンピースを着せられたその時、

「ねえレイ、コハクちゃんもの凄くかわいいから見て見て!」

と襖をあけられた。目と目が合って何と口にしていいのかわからず固まっていると、

「ほらレイ、コハクちゃんスタイルいいしもの凄くかわいいでしょ?お母さん見てて惚れ惚れしちゃう!」

何と言っていいのかわからなくて困っているレイと、恥ずかしくて顔から火が出そうなオレ。もうこうなったら開き直るしかなく、

「んだよ、メチャクチャかわいいべ?特別サービスだからな、しっかり記憶に焼き付けて置け。コラ!」

「お、おう・・・」

それでもこれが限界。再び襖を閉めて学ラン姿に着替え、襖をあけて床に座る。出るのは深い溜息と、お互い何と声を掛けていいのかわからない変な空気感、そんな時にレイがクルリとこちらを向いて頭を下げる。

「母ちゃんの頼みきいてくれてありがとな、あんなに嬉しそうな顔見たのはいつ以来だっけか。オマエからしたらとんでもねえことだっていうのはわかるけどよ、オレの代わりに親孝行してくれてありがとう」

「んだよ、こそばゆいこと言ってんじゃねーよ!オレには母ちゃんいねーから別にそんなに気にしてねえからいいよ。まあでも、あれ着て外歩けって言われたらさすがにお断りするけどな」

こんな調子でいつも通りの空気感に戻って出された麦茶を飲んで、自分の家に帰ったものの、いつも通り真っ暗で人気はない。長屋に住んでいた両隣の爺ちゃん婆ちゃんがまるで互いの後を追っかけるように亡くなって、三軒長屋の住人はウチだけになってしまった。その時に

「アパート建てるから立ち退いてくれませんか」

って大家さんに言われて、割と近くのマンションに引っ越した。ここは最新式でガッチャンしなくてもお湯が出るんだけど、まだ『自動お湯はり』とか『追い炊き機能』みたいなのはない。でも長屋の頃に比べると随分広くなってシャワー付き、そしてこの頃から父ちゃんは通帳とキャッシュカードをオレに渡してほとんど家に帰ってこなくなった。毎月月末に五十万円振り込まれるし、家賃とか光熱費とか勝手に引き落としされても半分は残るから金には困らないんだけど、父ちゃんと話をする事がほとんど無くなったのと同時に、銭湯からオレの足も自然に遠ざかっちまった。父ちゃん居ない時は番台の婆ちゃんから

「女湯に入れ」

って言われたし、そうしたらおっちゃん達の背中も洗えないし、なんかつまんなくなっちまったんだよね。

(髪が短いから女湯入るとジロジロ見られるしさ、サッパリするだけだったら家にあるシャワーで充分だし)

ってしている内に

「番台の婆ちゃんが亡くなった・・・」

って聞いて、葬式には行ったよ。三か月後、銭湯はコインランドリーに代わっちまった。便利にはなったかもしれねえけど、銭湯っていう大人との憩いの場が、ばあちゃんがいつも座っていた番台と共に無くなっちまった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

この青く澄んだ世界は希望の酸素で満ちている

朝陽七彩
恋愛
ここは。 現実の世界ではない。 それならば……? ❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋ 南瀬彩珠(みなせ あじゅ) 高校一年生 那覇空澄(なは あすみ) 高校一年生・彩珠が小学生の頃からの同級生 ❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

Shadow★Man~変態イケメン御曹司に溺愛(ストーカー)されました~

美保馨
恋愛
ある日突然、澪は金持ちの美男子・藤堂千鶴に見染められる。しかしこの男は変態で異常なストーカーであった。澪はド変態イケメン金持ち千鶴に翻弄される日々を送る。『誰か平凡な日々を私に返して頂戴!』 ★変態美男子の『千鶴』と  バイオレンスな『澪』が送る  愛と笑いの物語!  ドタバタラブ?コメディー  ギャグ50%シリアス50%の比率  でお送り致します。 ※他社サイトで2007年に執筆開始いたしました。 ※感想をくださったら、飛び跳ねて喜び感涙いたします。 ※2007年当時に執筆した作品かつ著者が10代の頃に執筆した物のため、黒歴史感満載です。 改行等の修正は施しましたが、内容自体に手を加えていません。 2007年12月16日 執筆開始 2015年12月9日 復活(後にすぐまた休止) 2022年6月28日 アルファポリス様にて転用 ※実は別名義で「雪村 里帆」としてドギツイ裏有の小説をアルファポリス様で執筆しております。 現在の私の活動はこちらでご覧ください(閲覧注意ですw)。

処理中です...