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解説キャラ・クロちゃん
しおりを挟むアルバートが事情を説明するとシャーロットは納得してくれた。
というか、『そうですよね! こんな私にアルバート様がキスをするはずがありませんし! 意識のない女性にキスをするような真似、あのアルバート様がするはずもありませんもの!』といつもの勘違いを発揮し、欲望に負けかけたアルバートの心に深い爪痕を残したのだった。
色々とやるべきことはあるが、まずは魔術に詳しいカラックがシャーロットの診察を行い、なぜかクルードがアリスの事情聴取をしている。
騎士団が現場検証を実施しているが、おそらくは『アリスが冒険者崩れを雇って店を破壊したので、シャーロットが攻撃魔法で反撃した』という感じで報告書が作られるだろう。屈強な男三人相手なので過剰防衛にもならないはず。
それに、学生時代もシャーロットは色々と騒動を起こしていたので、騎士団も『またあの娘か……』という感じで納得するはずだ。
アルバートも何か手伝おうとしたが、あの魔力風の中で長時間活動したのだからと休息を言い渡された。なので、いったん作業場まで引き下がり、床の上に腰を下ろす。
自然な形で対面に座ったのは、喋る黒猫・クロちゃんだ。
「黒猫殿。色々とお伺いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
『ほぉ、猫相手にも丁重な態度。公爵なのに感心だな。いいぜ、答えられることなら答えてやるよ』
「……今回の件は、どういうことなのでしょうか?」
『あー、そうさなぁ、面倒くさい姉妹喧嘩を利用して、リュヒトがシャーロットの『力』を目覚めさせようとした。ってところか』
「シャーロットの『力』とは、一体何なのでしょうか? 学生時代から妙に魔力が高いなとは思っていましたが……まさかここまでとは」
『そうさなぁ。説明が難しいな……。ごくごく簡単に説明すれば、世界に対するバックアップってところか。バックアップって言葉は分かるか?』
「いえ、初めて聞きました」
『正直でよろしい。しかし、となると説明が面倒くさくなるな……。たとえば、どっかのバカが大失敗をして世界が滅びたとする』
「ゾッとしない仮定ですね」
『だが、この世界には、世界すら滅ぼせる『力』を持つ人間が何人かいる』
「……ゾッとしますね」
『そいつらがまかり間違って世界を滅ぼしたとき。何でもなかったかのように世界を元に戻すための、基準となるもう一つの世界がある。要はこの世界の生き写しだな。世界の壊れた部分の情報を引っ張り出して元に戻す。シャーロットはその管理者候補だ』
「世界の管理者……。しかも、世界を元に戻すとは。正直、理解に苦しむ話ですね」
『そうか? お前らだって『力』の一端は何度も目にしているだろう?』
「と、言いますと?」
『たとえば、お茶を淹れるときに沸かすお湯』
「……お湯、ですか?」
先ほどまでの壮大な話とはまるで違う話題に、アルバートが眉を寄せる。
『シャーロットは呪文詠唱をせず、魔力も使わず、手で包み込むだけでお湯を沸かしている。おかしいとは思わないか? そんなこと、魔術の常識的にあり得ない』
「……確かに」
魔力のない一般人ならとにかく、シャーロットの周りにいるのは多くが高位貴族だ。魔力が動けば感知できるというのに、誰もが感知できず、皆で不思議がっていた。
おそらくは稟質魔法の一種なのだろう、稟質魔法ならば多少非常識でもおかしくはない。と、いう結論になっていたのだが。
『あとは、状態保存の魔術』
「……あれですか」
『やはり違和感を持っていたか。そりゃそうだ。呪文詠唱も無しに、切り花の鮮度を何日も何日も保っているんだからな。あれはあの世界で切り花の状態を固定することで、こちらの世界での劣化を上書きしているんだ』
「状態を固定、ですか。つまり、その世界とやらで固定されている限り、たとえば花びらを毟ったり踏みつけたり燃やしたりしても元の状態に戻る――いえ、上書きされると?」
『そうなるな』
にわかに信じがたい話である。そんなもの、不思議な力の代表格として語られる魔術でもあり得ない。
だが、その状態保存が掛けられた花束を見て、カラックはこう言っていた。『術式はまるで理解できませんが……下手をすれば数年、いえ、数十年この状態を保持できるかもしれません』と。
数十年などと言う話は疑わしかったが、常に状態が上書きされるなら不可能ではなさそうだ。
それに、魔導師団長の息子にして魔術塔を卒業したカラックに術式が理解できないのなら……それはもはや魔術ではない何かなのだ。
『最後に。お前らが自動回復と呼ぶもの。どんなケガをしたって、シャーロットは元通りに戻るじゃないか。あれは回復魔法を使っているんじゃなくて、あの世界からケガをする前の情報を上書きしているんだよ』
「つまり状態保存と理屈は同じと?」
「おう」
「……しかし、貴重ではあるとはいえ、自動回復は通常の回復スキルであるはずです。情報を上書きするというようなものではないかと」
『だから、お前が言う自動回復とは別物なんだよ。本来の自動回復は、一瞬で、目を離した隙にはもう傷が完全回復してしまうようなものなのか? よく思いだしてみろ。猫の爪に引っ掻かれた傷や、扇子が折れるほどの力で殴られた傷が、あんなにも一瞬で、治療過程も見えないまま治ってしまうようなものなのか?』
「…………」
『まぁ、あの妹から殴られたときは、利用するためにリュヒトの野郎がわざと情報の引き出しを遅らせたんだろうがな。本来なら血が滴り落ちる前に治るはずだ』
「……王や、神というのは?」
『リュヒトの野郎が勝手に言ってるだけだ。ただまぁ、使いようによっては世界そのものを上書きすることもできるんだから、見方によっては神様と呼べるかもな』
「それは、」
理解に苦しむが、もしも全てが事実だとすればとてつもない『力』だ。
そんな力を持つシャーロットと、これからどう付き合えばいいのか。
不覚にも悩んでしまったアルバートの膝を、クロちゃんが肉球で叩く。
『俺はお前の発言が気に入っているんだ。「シャーロットには似つかわしくない」と。その通り。あの女に神という称号は似合わない。シャーロットはとにかくアホで、ポンコツで、勘違いばかりしているちょっと可笑しな人間だからな。王だ神だと深く考えず普通に接すればいい』
「……ご助言、感謝いたします」
『おう。礼儀正しい人間は好きだぜ。お前にならシャーロットを任せられる――と思っていたが、やめだ』
「はい?」
『人があんなにもお膳立てしてやったのに、キスの一つでもできないヘタレとは。お前さんにはシャーロットは任せられん。だから俺がもらうことにした』
「…………。……はぁ!? ちょっと、黒猫殿!?」
慌てるアルバートに構うことなくクロちゃんは店舗へと戻ってしまう。アルバートとしては大慌てだ。いくらなんでも猫と人間がとは思うが、あのリュヒトとやらはクロちゃんのことを『ダークエルフ』と呼んでいた。それが確かであるならば――
「お、そうだ。礼儀正しいガキに一つだけ助言してやろう」
「なんでしょう?」
「あの妹……アリスだったか? あいつのこと、気に掛けてやれ」
「アリス……いや、しかし……」
シャーロットとは半分同じ血が流れているが、それだけ。貴族としての常識はないし、シャーロットに暴力を振るったし、シャーロットの夢の結晶である花屋を破壊した。そんな女を気に掛けるなど……。
『もちろん、犯した罪に対する罰は受けなきゃいけないがな。さすがに死刑って訳じゃないんだろう?』
「……いえ、やりようによっては死刑にすることも可能でしょう。殿下やヴァイオレット嬢はその方向で動くものかと」
『おうおう、怖いねぇ。こりゃ確認しておいて良かったぜ。……難しく考えるな。ありゃあ、ただの構ってもらえず泣きわめくガキなんだからよ』
「は?」
『お姉ちゃんに構って欲しいから目立つ行動をする。構って欲しいから意地悪をする。それでもずっと、ずーっと相手にしてもらえずに……だんだんと過激になっていったのがあの女だよ』
「そんな、いや、しかし……」
愕然とするアルバートは先ほどのアリスの言葉を思い出した。
「ご覧くださいアルバート様! お姉様がわたくしを見てくださっています! いつもはわたくしに目もくれなかったのに! 今ではあんなにも感情を込めた瞳で! わたくしだけを!」
あれは狂ったのではなくて、そのままの意味だったのだろうか? 姉に冷たくされ、構って欲しくて、それがだんだんと過激になっていったとでも?
クロちゃんが呆れたように鼻を鳴らす。
『健気じゃねぇか。可哀想じゃねぇか。シャーロットも『お姉ちゃん』なんだからもうちょっと優しく接してやりゃあ良かったんだが……まぁ、大好きなお母さんの居場所を奪った女と、その娘なんだからな。ガキの時分に仲良くしろっていうのも酷な話か。たとえ前世を覚えていたってなぁ』
「…………」
「ま、そういうこった。人間のことは人間同士で上手くやってくれ」
押し黙ってしまったアルバートは放置して、クロちゃんは魔法で扉を開け、店舗へと戻っていった。
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