上 下
81 / 92

解決・1

しおりを挟む

「……あっれー? あれはマズいんじゃないですか?」

 シャーロットの花屋の前までやって来たカラックが、クルードたちを振り返りながら指を指した。
 指差した先、シャーロットの店のショーウィンドウは割られ、店の周囲を抜剣した騎士たちが取り囲んでいる。

 騎士による「人質を解放しろ!」という警告が聞こえるから……強盗か暴漢が窓を割って押し入り、誰かが人質になっているのかもしれない。

「もしかしてシャーロット嬢が人質に?」

 何も知らないカラックが少し青い顔をして。

「……いやぁ、あの・・シャーロットだからなぁ」

「それは無いと思うが……」

 歯切れの悪いクルードとアルバート。どうやら何かを知っているらしい。

 ともかく。あの店にはマリーが頻繁に通っているし、最近ではヴァイオレットも足を運んでいるという。他にも客がいるのかもしれないのだから、人質がいると考えて行動した方がいいだろう。

「警備騎士では魔法を使える者はいないだろうね。ここはアルバートの攻撃魔法に任せるか」

「そうっすね。ボクや殿下はアルバートほど器用じゃないですし」

「私も得意というほどではないのですが……」

 眉をひそめるアルバートが一歩踏み出した瞬間――周りを取り囲んでいた騎士たちが、何かに弾かれたかのように後ろへと吹き飛んだ。

 攻撃魔法。ではない。もしそうであれば重傷人や死者が出ていたはずだ。しかし見たところ騎士たちに酷いケガはない。

 あれは――膨大な魔力を直接叩きつけられ、吹き飛んだのだろうか?

 魔術を行使する際に漏れ出した魔力が、周辺の空気を巻き込んで風を起こすことはある。俗に魔力風と呼ばれる現象だが、人を吹き飛ばすような威力はないはずだ。

「……なんだか分からないけど、これは覚悟を決めた方がいいかな?」

 努めて笑顔を作りながらクルードは店に向けて歩き出した。


                      ◇


「……これは、どういう状況かな?」

 割れたショーウィンドウ。滅茶苦茶に破壊された店内。床の上には冒険者風の男三人と食堂の店員風の格好をした女性が気絶し、アリスは床にへたり込み……。そんな壮絶な店の奥にいるのは、見慣れたシャーロットと、見慣れぬエルフの男性。

 魔法に関してはそれほどの専門知識がないクルードとアルバートでは何が起こっているかよく分からないが、魔導師団長の息子であり魔術塔を卒業したカラックはどういう状況か見抜いたようだ。

「おそらくですが! シャーロット嬢が気絶しているため、魔力の制御ができていないのかと!」

 魔力の制御?

 気を失って魔力が暴走状態にあるというのは理解できる。正確には魔力が暴走状態になったからこそ気絶してしまったのだろう。しかし……。

 魔術を習い始めた子供が自身の魔力を暴走させることはあるが……それだって周囲に魔力風が少し吹く程度。王族であるクルードでさえもそれほどの被害は出さなかったのだ。

 だというのに、周囲を取り囲んだ騎士を吹き飛ばすほどの威力が? 一体どれほどの魔力総量であれば可能になるというのだろうか?

 クルードとアルバートはそれなりに長い付き合いであるので、シャーロットが『銀髪持ち』であることは知っている。だが、これほどの魔力総量は『銀髪持ち』というだけでは説明しきれないのではないか……?

「よく分からないが、あのエルフが操っているのではないか?」

 エルフは高貴で気むずかしく、時折人に危害を加える。そんな事実を反映したアルバートの意見だったが、すぐにカラックが否定する。

「いくらエルフでも、あんなもの・・・・・を制御できるはずがありません!」

「…………」

 好いた女性を『あんなもの』扱いされるのは面白くないが、しかしカラックの気持ちも理解できるアルバートは口をつぐんだ。

 カラックが魔術の専門家としての意見を具申する。

「殿下! 自分は店の周囲に結界を張り、暴走した魔力が周囲に飛び散らないようにします!」

「任せた。私たちは何をすればいい?」

「……危険があるかもしれませんので、避難していただければと」

「はははっ、キミの主君となる人間は、こんな状況下で逃げ出すような人間だとでも?」

「……シャーロット嬢を放っておけないだけでは?」

「はははっ」

 カラックの指摘に答えもしないクルード。こういうときの彼に何を言っても無駄だと知っているカラックは早々に諦めた。というか、問答している時間が惜しい。

「あれだけの魔力風を吹かせているのに、見たところ死者どころか重傷者も出ていません! シャーロット嬢が無意識のうちにブレーキを掛けているんです! 意識を取り戻せば、さらに制御してくれるはず!」

「どうやって意識を取り戻せば?」

「分かりかねます!」

「正直なのはいいことだよ、うん。……身体を揺さぶるか、頭に一撃を加えるか……。どちらにせよ近づかなくては話が始まらないか」

 クルードがガラスの破片を踏みしめながら店内に入った。

 途端。膝から力が抜け落ちる。

(魔力酔いか!)

 濃密な魔力をその身に受けた者が引き起こす一種の酩酊状態。保持魔力の高いクルードだからこそこの程度で済んだが、一般人であれば即座に気絶するだろう。

 努めて冷静さを保ちながら深呼吸をするクルードの肩を、アルバートが叩いた。

「殿下はそこの女性を連れて退避してください。その後はカラックと共に結界の維持をお願いします」

 アルバートが指差した先にいるのは食堂の店員風の服を着た女性――サラだ。

 少し顔が青くなったクルードに比べると、アルバートの顔色は幾分良く見えるし、何よりも自分の力で立っている。――シャーロットほどの輝きはないものの、それでも彼は『銀髪持ち』だ。濃密な魔力の中でも耐えることができるのだろう。

「しかし……」

 クルードとしては自分がシャーロットを助ける『王子様』になりたい。

 だが、ここでそんなことにこだわっても事態は好転しないと判断したクルードは決断した。

「任せた」

「お任せを」

 サラに肩を貸して退避するクルードを見送ってから、アルバートはシャーロットに向けてさらに一歩を踏み出した。

『――ほぉ、この場で動いてみせるか。下賤の者にしてはやるではないか』

 感心したような声を上げるのはエルフの男性、リュヒトだ。

 その美貌。その威圧感。まるで国王陛下を相手にしているかのようだとアルバートは思う。装飾性の高い衣装を身に纏っているので、もしかしたら本当にエルフの王族なのかもしれない。

「……一応私も公爵なのですが。下賤の者と呼ばれたのは初めてですね」

『ふん。王や貴族と言っても高々1000年程度、2000には届かない程度の存在であろう? 慎めよ、本来ならば我に声を掛けることすら許されぬのだ』

「それは失礼いたしました。では、同じく下賤の者たるシャーロット嬢はこちらで引き取りましょう。エルフはエルフと。人は人と共に過ごすのが世の理でございましょう」

『――分かっておらんな。貴様は何も分かっていない』

 首を横に振ったリュヒトが気絶したシャーロットの眼鏡を外し、髪紐を解いた。
 眼鏡による認識阻害が消滅し、髪紐で変えられていた銀髪が露わとなる。

 何とも美しい。

 一般人が気絶するほどの魔力風が吹き荒れ。謎に尊大なエルフと向かい合っているという状況の中で。それでもアルバートはシャーロットの美しさに心奪われてしまった。見た目で恋に落ちたわけではないのだが、それでもその美貌を前にしては純情青年の意地すらも屈してしまう。

『この女こそ我らが王。我らが神。自らの地位の高さを・・・・・・わきまえないことが欠点だが、そんなアホなところもまた愛おしいのが厄介だ』

「この女? それに、アホ……? 王だの神だのと称える割には、シャーロットに対する口調がなっていませんね?」

「? この我がここまで丁寧な口調を使っているのに、何か不満があるのか?」

「……いえ、別に」

 どうやら真に高貴な存在からしてみれば、あれでもまた敬語を使っているつもりであるらしい。

 しかし。

 王。

 神。

 なんとも巫山戯ふざけた呼称ではないか。

 隙あらば自虐して。こちらの言葉を変な風に勘違いし。暴走に暴走を重ねる奇特な人間だというのに、なぜか微笑ましい気持ちになってしまう。よく泣き顔になるし、いつも笑っているし、自虐癖があるくせに変なところで強気になる。それがアルバートの知るシャーロットという『人間』だ。

「王。神。どういうことかはよく分かりませんが、シャーロットには似つかわしくありませんね――ぐっ!?」

 上から押しつぶされるような重圧に、たまらずアルバートが膝を突く。

『弁えろ、下賤の者。貴様に我らが王の何が分かる。余に対する無礼であれば貴族の血とやらに敬意を払って見逃してやるが、我らが王に対する無礼は許せん』

「ぐ、ぐぅ……」

 まるで岩でも乗せられたかのような重圧に背中が曲がり、呼吸すら苦しくなってきた。

 もがいて逃げることすらできない。
 息をすることすらやっとなのに、呪文詠唱などできるはずがない。

 このまま重圧に押しつぶされるか。あるいは呼吸ができなくなって死ぬか。早く打開策を見つけなければとアルバートが冷や汗を流したところで、

『――気張れよ、ガキ』


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄られ令嬢がカフェ経営を始めたらなぜか王宮から求婚状が届きました!?

江原里奈
恋愛
【婚約破棄? 慰謝料いただければ喜んで^^ 復縁についてはお断りでございます】 ベルクロン王国の田舎の伯爵令嬢カタリナは突然婚約者フィリップから手紙で婚約破棄されてしまう。ショックのあまり寝込んだのは母親だけで、カタリナはなぜか手紙を踏みつけながらもニヤニヤし始める。なぜなら、婚約破棄されたら相手から慰謝料が入る。それを元手に夢を実現させられるかもしれない……! 実はカタリナには前世の記憶がある。前世、彼女はカフェでバイトをしながら、夜間の製菓学校に通っている苦学生だった。夢のカフェ経営をこの世界で実現するために、カタリナの奮闘がいま始まる! ※カクヨム、ノベルバなど複数サイトに投稿中。  カクヨムコン9最終選考・第4回アイリス異世界ファンタジー大賞最終選考通過! ※ブクマしてくださるとモチベ上がります♪ ※厳格なヒストリカルではなく、縦コミ漫画をイメージしたゆるふわ飯テロ系ロマンスファンタジー。作品内の事象・人間関係はすべてフィクション。法制度等々細かな部分を気にせず、寛大なお気持ちでお楽しみください<(_ _)>

至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます

下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

転生嫌われ令嬢の幸せカロリー飯

赤羽夕夜
恋愛
15の時に生前OLだった記憶がよみがえった嫌われ令嬢ミリアーナは、OLだったときの食生活、趣味嗜好が影響され、日々の人間関係のストレスを食や趣味で発散するようになる。 濃い味付けやこってりとしたものが好きなミリアーナは、令嬢にあるまじきこと、いけないことだと認識しながらも、人が寝静まる深夜に人目を盗むようになにかと夜食を作り始める。 そんななかミリアーナの父ヴェスター、父の専属執事であり幼い頃自分の世話役だったジョンに夜食を作っているところを見られてしまうことが始まりで、ミリアーナの変わった趣味、食生活が世間に露見して――? ※恋愛要素は中盤以降になります。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈 
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

教会を追放された元聖女の私、果実飴を作っていたのに、なぜかイケメン騎士様が溺愛してきます!

海空里和
恋愛
王都にある果実店の果実飴は、連日行列の人気店。 そこで働く孤児院出身のエレノアは、聖女として教会からやりがい搾取されたあげく、あっさり捨てられた。大切な人を失い、働くことへの意義を失ったエレノア。しかし、果実飴の成功により、働き方改革に成功して、穏やかな日常を取り戻していた。 そこにやって来たのは、場違いなイケメン騎士。 「エレノア殿、迎えに来ました」 「はあ?」 それから毎日果実飴を買いにやって来る騎士。 果実飴が気に入ったのかと思ったその騎士、イザークは、実はエレノアとの結婚が目的で?! これは、エレノアにだけ距離感がおかしいイザークと、失意にいながらも大切な物を取り返していくエレノアが、次第に心を通わせていくラブストーリー。

処理中です...