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解決・1
しおりを挟む「……あっれー? あれはマズいんじゃないですか?」
シャーロットの花屋の前までやって来たカラックが、クルードたちを振り返りながら指を指した。
指差した先、シャーロットの店のショーウィンドウは割られ、店の周囲を抜剣した騎士たちが取り囲んでいる。
騎士による「人質を解放しろ!」という警告が聞こえるから……強盗か暴漢が窓を割って押し入り、誰かが人質になっているのかもしれない。
「もしかしてシャーロット嬢が人質に?」
何も知らないカラックが少し青い顔をして。
「……いやぁ、あのシャーロットだからなぁ」
「それは無いと思うが……」
歯切れの悪いクルードとアルバート。どうやら何かを知っているらしい。
ともかく。あの店にはマリーが頻繁に通っているし、最近ではヴァイオレットも足を運んでいるという。他にも客がいるのかもしれないのだから、人質がいると考えて行動した方がいいだろう。
「警備騎士では魔法を使える者はいないだろうね。ここはアルバートの攻撃魔法に任せるか」
「そうっすね。ボクや殿下はアルバートほど器用じゃないですし」
「私も得意というほどではないのですが……」
眉をひそめるアルバートが一歩踏み出した瞬間――周りを取り囲んでいた騎士たちが、何かに弾かれたかのように後ろへと吹き飛んだ。
攻撃魔法。ではない。もしそうであれば重傷人や死者が出ていたはずだ。しかし見たところ騎士たちに酷いケガはない。
あれは――膨大な魔力を直接叩きつけられ、吹き飛んだのだろうか?
魔術を行使する際に漏れ出した魔力が、周辺の空気を巻き込んで風を起こすことはある。俗に魔力風と呼ばれる現象だが、人を吹き飛ばすような威力はないはずだ。
「……なんだか分からないけど、これは覚悟を決めた方がいいかな?」
努めて笑顔を作りながらクルードは店に向けて歩き出した。
◇
「……これは、どういう状況かな?」
割れたショーウィンドウ。滅茶苦茶に破壊された店内。床の上には冒険者風の男三人と食堂の店員風の格好をした女性が気絶し、アリスは床にへたり込み……。そんな壮絶な店の奥にいるのは、見慣れたシャーロットと、見慣れぬエルフの男性。
魔法に関してはそれほどの専門知識がないクルードとアルバートでは何が起こっているかよく分からないが、魔導師団長の息子であり魔術塔を卒業したカラックはどういう状況か見抜いたようだ。
「おそらくですが! シャーロット嬢が気絶しているため、魔力の制御ができていないのかと!」
魔力の制御?
気を失って魔力が暴走状態にあるというのは理解できる。正確には魔力が暴走状態になったからこそ気絶してしまったのだろう。しかし……。
魔術を習い始めた子供が自身の魔力を暴走させることはあるが……それだって周囲に魔力風が少し吹く程度。王族であるクルードでさえもそれほどの被害は出さなかったのだ。
だというのに、周囲を取り囲んだ騎士を吹き飛ばすほどの威力が? 一体どれほどの魔力総量であれば可能になるというのだろうか?
クルードとアルバートはそれなりに長い付き合いであるので、シャーロットが『銀髪持ち』であることは知っている。だが、これほどの魔力総量は『銀髪持ち』というだけでは説明しきれないのではないか……?
「よく分からないが、あのエルフが操っているのではないか?」
エルフは高貴で気むずかしく、時折人に危害を加える。そんな事実を反映したアルバートの意見だったが、すぐにカラックが否定する。
「いくらエルフでも、あんなものを制御できるはずがありません!」
「…………」
好いた女性を『あんなもの』扱いされるのは面白くないが、しかしカラックの気持ちも理解できるアルバートは口をつぐんだ。
カラックが魔術の専門家としての意見を具申する。
「殿下! 自分は店の周囲に結界を張り、暴走した魔力が周囲に飛び散らないようにします!」
「任せた。私たちは何をすればいい?」
「……危険があるかもしれませんので、避難していただければと」
「はははっ、キミの主君となる人間は、こんな状況下で逃げ出すような人間だとでも?」
「……シャーロット嬢を放っておけないだけでは?」
「はははっ」
カラックの指摘に答えもしないクルード。こういうときの彼に何を言っても無駄だと知っているカラックは早々に諦めた。というか、問答している時間が惜しい。
「あれだけの魔力風を吹かせているのに、見たところ死者どころか重傷者も出ていません! シャーロット嬢が無意識のうちにブレーキを掛けているんです! 意識を取り戻せば、さらに制御してくれるはず!」
「どうやって意識を取り戻せば?」
「分かりかねます!」
「正直なのはいいことだよ、うん。……身体を揺さぶるか、頭に一撃を加えるか……。どちらにせよ近づかなくては話が始まらないか」
クルードがガラスの破片を踏みしめながら店内に入った。
途端。膝から力が抜け落ちる。
(魔力酔いか!)
濃密な魔力をその身に受けた者が引き起こす一種の酩酊状態。保持魔力の高いクルードだからこそこの程度で済んだが、一般人であれば即座に気絶するだろう。
努めて冷静さを保ちながら深呼吸をするクルードの肩を、アルバートが叩いた。
「殿下はそこの女性を連れて退避してください。その後はカラックと共に結界の維持をお願いします」
アルバートが指差した先にいるのは食堂の店員風の服を着た女性――サラだ。
少し顔が青くなったクルードに比べると、アルバートの顔色は幾分良く見えるし、何よりも自分の力で立っている。――シャーロットほどの輝きはないものの、それでも彼は『銀髪持ち』だ。濃密な魔力の中でも耐えることができるのだろう。
「しかし……」
クルードとしては自分がシャーロットを助ける『王子様』になりたい。
だが、ここでそんなことにこだわっても事態は好転しないと判断したクルードは決断した。
「任せた」
「お任せを」
サラに肩を貸して退避するクルードを見送ってから、アルバートはシャーロットに向けてさらに一歩を踏み出した。
『――ほぉ、この場で動いてみせるか。下賤の者にしてはやるではないか』
感心したような声を上げるのはエルフの男性、リュヒトだ。
その美貌。その威圧感。まるで国王陛下を相手にしているかのようだとアルバートは思う。装飾性の高い衣装を身に纏っているので、もしかしたら本当にエルフの王族なのかもしれない。
「……一応私も公爵なのですが。下賤の者と呼ばれたのは初めてですね」
『ふん。王や貴族と言っても高々1000年程度、2000には届かない程度の存在であろう? 慎めよ、本来ならば我に声を掛けることすら許されぬのだ』
「それは失礼いたしました。では、同じく下賤の者たるシャーロット嬢はこちらで引き取りましょう。エルフはエルフと。人は人と共に過ごすのが世の理でございましょう」
『――分かっておらんな。貴様は何も分かっていない』
首を横に振ったリュヒトが気絶したシャーロットの眼鏡を外し、髪紐を解いた。
眼鏡による認識阻害が消滅し、髪紐で変えられていた銀髪が露わとなる。
何とも美しい。
一般人が気絶するほどの魔力風が吹き荒れ。謎に尊大なエルフと向かい合っているという状況の中で。それでもアルバートはシャーロットの美しさに心奪われてしまった。見た目で恋に落ちたわけではないのだが、それでもその美貌を前にしては純情青年の意地すらも屈してしまう。
『この女こそ我らが王。我らが神。自らの地位の高さを弁えないことが欠点だが、そんなアホなところもまた愛おしいのが厄介だ』
「この女? それに、アホ……? 王だの神だのと称える割には、シャーロットに対する口調がなっていませんね?」
「? この我がここまで丁寧な口調を使っているのに、何か不満があるのか?」
「……いえ、別に」
どうやら真に高貴な存在からしてみれば、あれでもまた敬語を使っているつもりであるらしい。
しかし。
王。
神。
なんとも巫山戯た呼称ではないか。
隙あらば自虐して。こちらの言葉を変な風に勘違いし。暴走に暴走を重ねる奇特な人間だというのに、なぜか微笑ましい気持ちになってしまう。よく泣き顔になるし、いつも笑っているし、自虐癖があるくせに変なところで強気になる。それがアルバートの知るシャーロットという『人間』だ。
「王。神。どういうことかはよく分かりませんが、シャーロットには似つかわしくありませんね――ぐっ!?」
上から押しつぶされるような重圧に、たまらずアルバートが膝を突く。
『弁えろ、下賤の者。貴様に我らが王の何が分かる。余に対する無礼であれば貴族の血とやらに敬意を払って見逃してやるが、我らが王に対する無礼は許せん』
「ぐ、ぐぅ……」
まるで岩でも乗せられたかのような重圧に背中が曲がり、呼吸すら苦しくなってきた。
もがいて逃げることすらできない。
息をすることすらやっとなのに、呪文詠唱などできるはずがない。
このまま重圧に押しつぶされるか。あるいは呼吸ができなくなって死ぬか。早く打開策を見つけなければとアルバートが冷や汗を流したところで、
『――気張れよ、ガキ』
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