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閑話 ヘタレ男

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 すでに纏めてあるという荷物を持ちに、シャーロットはアルバートの執務室を出て行った。

 迷いなく。未練なく。惜しむことなく結婚契約を終えたシャーロットの背中を見送り、彼女が出て行ったドアを見つめることしかできないアルバート。

「……お兄様はアホですの?」

 そんな彼の様子を見て、部屋にやって来た妹・マリーが心底呆れたような声を上げ、

「坊ちゃま、爺は大旦那様に合わせる顔がありませぬぞ……」

 家令であるセバスも咎めるような目を向けてきた。彼は先々代からこの家に仕えているので、こういうときも容赦はない。

 大切な家族と、家族以外で一番信頼できる男からの非難の目を向けられて。さすがのアルバートもタジタジになってしまう。

「い、いや、しかしだな……」

「なぜ二年も時間がありましたのに、みすみす逃がしてしまいますの?」

「良き伴侶を見つけたものだと感心しておりましたら、まさか二年掛けて口説き落とすことすらできないとは……」

「……ふ、二人は簡単に言うがな、シャーロット嬢の鈍さは理解しているだろう?」

「たしかに。お義姉様は鈍いと言いますか勘違いが過ぎますが……それでも押せなくてどうするのですか?」

「結婚契約で他の男が入り込む余地をなくしておきながら、結局は逃がしてしまうなど」

「情けないですわ」

「情けのうございますぞ」

「む、む、む……しかし、シャーロット嬢にも『夢』があってだな……」

「口説く勇気がなかっただけの、ただの言い訳でしょう?」

「シャーロット様は変装用の魔導具を持っているのですから、公爵邸に住みながら別人として店をしてもらうとか、この屋敷で貴族向けの花を取り扱ってもらうとか、いくらでも折り合い・・・・を付けることは可能でしたでしょうに」

「む、」

「花よりも自分を見てくれ、と言えなくてどうしますの?」

「政略婚でないというならば、まずは本音で話し合い、お互いがお互いのための最善となる道を選ぶのが夫婦というものでしょうに」

「むぅ……」

 もはや唸ることしかできないアルバートを見て、マリーは心底呆れたようにため息をついた。

「まぁ、こちらとしては好都合ですわ」

「ま、マリー……?」

「今まではお兄様に遠慮して動きませんでしたが、ここまでダメな男にシャーロット・・・・・・を任せることはできません」

「…………」

 お義姉様ではなく、シャーロットと。
 その変化を敏感に読み取ったアルバートは口をつぐんでしまう。

 情けない男だ、とばかりにマリーは鼻を鳴らす。

「ちょうど我が商会の会計を頼めるような信頼できる人間が欲しかったところですし。ここはわたくしが口説き落とすことにいたしましょう」

「……マリー。シャーロット嬢はやっと夢への一歩を踏み出したのだから……」

「別に花屋を辞めろとは言いませんわ。一日一時間でも、週に一度でもわたくしの事業を手伝っていただければいいだけで。……いいですかお兄様、これが折り合いを付けるということです」

 後ろで一つに纏めた髪を振り払いながら、マリーは堂々とした足取りでドアへと向かう。まるで自らの行動とその結果に絶対の自信を抱いているかのように。

ヘタレ・・・なお兄様はいつまでもそこでウジウジとしていればいいですわ。では、ごきげんよう」

 それは兄に対する激励か。あるいは本気で呆れ果てたのか。どちらであるか判断の難しい目を兄に向けてから、マリーは部屋を出ていった。




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