上 下
3 / 92

契約終了・1

しおりを挟む

 そして二年の月日が経ち。結婚契約最終日。

 この二年は……驚くほど何事もなく経過してしまった。もうちょっとこうアルバート様の婚約者候補が殴り込みを掛けてきたり、公爵家の陰謀に巻き込まれたり、義妹に疎まれてイジメられたりするのかなぁと思っていたのに……。普通に寝起きをして、普通に食事をして、普通に書類仕事に精を出す毎日だった。

 うん、ときどきアルバート様が街に連れて行ってくださったり、旅行に連れて行ってくださったりしたけれど……基本的にはなんとも平穏な毎日だった。

 従業員のためにわざわざ休みを取って街遊びに誘ってくださったり、社員旅行を計画してくださったり……なんて理想的な雇用主だったのでしょう。

 私に対してもこれほど気を遣ってくださったのだから、心から愛する奥さんに対してはそれはもう甘々ラブラブな毎日を過ごされるのでしょうね。羨ましいような、砂糖吐きそうなような。

「――鈍い。鈍すぎますわ……」

 頭痛がするのか、なにか呻き声を上げたのは一緒にお茶会をしていた絶世の美少女。アルバート様の妹・マリー様だ。

 アルバート様そっくりな銀色の髪。アルバート様とは少し色味が違う紺碧の瞳。未婚の貴族令嬢は普通髪を下ろしているものだけど、彼女は後ろで一つに纏めてしまっている。いわゆるポニーテールというものだ。

 未婚者は髪を下ろし、既婚者は髪を編んで後ろで纏める。それこそが貴族女性のあるべき姿だというのに、彼女は誰から何を言われても髪型を変える様子はない。

 マリー様はとてもいい子で、一時期は王子殿下との婚約の話まで持ち上がっていたそうなのだけど……この二年で自ら育て上げた事業が成功。将来的には実業家として自立する予定らしい。
 たぶん、貴族としてはあり得ないポニーテールもそんな『覚悟』を現しているのだと思う。

 そんなマリー様だからこそ敵も多く、気苦労も多いに違いない。

「マリー様。頭痛がするなら無茶をしてはいけないですよ? まずはお医者さんに相談して、薬をもらって、それでもダメならストレスを疑いましょう」

「……そういうことではないのですわぁ……」

 なぜか項垂うなだれるマリー様だった。まぁ『家のための結婚』を求められる公爵家の令嬢が事業をやっているのだから、私には理解の及ばない苦労もたくさんあるのでしょう、きっと。

 マリー様には私がレイガルド公爵家の屋敷にやって来た初日に契約結婚の話をしておいたので、当初から私の理解者になってくれていた。……そういえばあのときも痛そうに額を押さえていたっけ。

「……お義姉ねえ様は、本当にこの家を出て行きますの?」

「ええ。そういう契約ですから。安心してください、口止め料を請求したりはしませんから」

「いえ、その辺は心配していませんが……お義姉様のその勘違いというか妄想というか暴走は何とかなりませんの?」

「? 私がいつ暴走を?」

「……自覚なし」

 なぜか再び項垂れるマリー様だった。

「あ、そうそう。もう私は契約を終えるのだから、無理をして『お義姉様』と呼ぶ必要はないですよ?」

「……それもそうですわね。ではこれからは『シャーロット』と呼ばせていただきますわ」

 貴族女性同士で『様』を付けないのは、それだけ親しい付き合いがあるという証拠。

 おぉ、自分で提案しておいて何だけど、二年間も『お義姉様』と呼ばれていたからとても新鮮ね。ちょっとムズかゆいかも。

 でも、これはこれで嬉しかったりする。

 だって――

「……なんだか妙に嬉しそうですわね?」

「だって――名前で呼び合うのって、なんだかとっても『友達』っぽいですから。ふふ、頬が緩んじゃいますね」

「…………人たらし」

 もはや何度目かも分からない項垂れを見せるマリー様だった。いや、僅かに見える耳が赤くなっている気がするから……。

「風邪!? 風邪を引いちゃいましたか!? セバスさん! セバスさん! お医者様を呼んでください! いや医務室に連れて行った方が早いわね!」

 とても鋭く察しがいい私はマリー様の不調を見抜いたのだった!

 私はガタッと立ち上がり、ガシッとマリー様の手を握り、そのままズビュンと医務室目指して駆けだし――いや、病人も一緒なのだから走っちゃダメよね。抜き足、差し足、忍び足……。

「……そういうところですわ」

 なぜか呆れ顔で。しかし少しだけ口元を緩めながら。小さく呟くマリー様だった。





しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~

薄味メロン
恋愛
 HOTランキング 1位 (2019.9.18)  お気に入り4000人突破しました。  次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。  だが、誰も知らなかった。 「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」 「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」  メアリが、追放の準備を整えていたことに。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。 そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。 そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。 「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」 そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。 かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが… ※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。 ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。 よろしくお願いしますm(__)m

婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される

安眠にどね
恋愛
 社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。  婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。その虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!? 【第16回恋愛小説大賞 奨励賞受賞。ありがとうございました!】  

処理中です...