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閑話 国王と大神官

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「……なんだそれは?」

 王宮大神官、キナ・リュンランドから悪魔討伐の報告を受けた国王リージェンスは痛そうに頭を抱えていた。キナから受けた報告が非常識に過ぎたためだ。

「キナ。確認するが、相手は間違いなく上級悪魔だったのか?」

「本人が口走っていたのを、リリアの他にもフィーや近衛騎士数人が耳にしてますんでね。間違いはないんじゃないんですか? 悪魔の本質からして、嘘はつかねぇでしょうし」

 国王に対するには何とも乱雑な敬語であるが、今さらリージェンスがそのことを咎めることはない。彼は能力至上主義者なのだ。多少の問題であれば目をつぶる。

 まぁ、そんな人材ばかり集めるから胃痛で治癒術士のお世話になってしまうのだが、彼にその自覚はなさそうだ。

「余は悪魔払いに関しては素人だが、上級悪魔とは物理攻撃だけで消滅させられるような存在なのか?」

「ははは、んなわきゃないでしょう。だったらあたしらが日々厳しい修行を積み重ねる必要はないですわな」

「…………」

 はたして、『日々厳しい修行』うんぬんは突っ込むべきところなのだろうか? 少なくとも、二日酔いで苦しむことを修行とは呼ばないと思う。
 リージェンスが悩んでいる間にもキナは話を進めてしまう。

「外見の特徴からして、悪魔の名前は“バフォメット”じゃないんですかね? 神話にも名前が出てくる上級悪魔だ。くくく、そんな悪魔を本の角で完全消滅させるとは、さすがはあたしの妹分ですわな」

「笑い話ではない……。まったく、頭が痛くなるな。そんな非常識の塊であるリリア嬢と、私の娘リュースは仲良くやれているのか?」

「ま、問題はないでしょう。出会ってからの時間は短いですが、親友のようなやり取りをしていましたし」

「我が娘ながら、恐いもの知らずな……」

「その『恐いもの』と結婚させようとしている人間がよく言いますねー」

「ここまで非常識とは思わなかったのだ。まったく、9歳でこれではガルドの阿呆を越えるではないか。まさかガルドの方がマシと思える日が来ようとは……」

 リージェンスはもはや苦笑するしかないが、キナは珍しく真面目な顔をしている。

「そう、非常識ですな。異世界の主神の転生体で、神話に語られる銀髪赤目。さらには神に等しき金眼持ちで、数百年ぶりに現れた聖女。そして、神授の薬であるポーションを作成してしまった」

「うん?」

 そんなことはリージェンスも分かっている。分かっているからこそ非常識だと口にしたのだ。

「でも、リリアはまだ9歳の女の子だ。楽しいときには笑うし、悲しいときには泣いてしまう。そんな“普通”の子供であり――リュースは、そんなリリアを普通の子供として扱った。普通の友達として接している。だからこそリリアも心を開いたし、短期間でここまで仲良くなれたのでしょう」

「…………」

「ま、報告としてはこんなところですね。このまま順調にいけばリュースはリリアの“夫”になれるでしょう。……嫁となると難しいですがね。なにせ恋敵は山のようにいますから」

「……嫁? 恋敵? リリア嬢は女の子だよな? リュースのように性別を詐称しているわけでもなく?」

「あれは天然の女殺しですからね。ま、リリアと結婚させようってんだから、“百合ハーレム”くらいは許容するべきでしょう」

「……いや、まぁ、同性であれば王妃専属のメイドという扱いにすれば側にいても不自然ではないからいいのだが……いや、いいのか? いいのかそれで?」

「いいんじゃねぇですか? 最近は女同士でも子供が作れますが、魔法を使えば誰の子供かも分かるんですから。本人たちが納得するならあたしらが口出しすることじゃないでしょう」

「いや口出ししなきゃいけないと思うがなぁ。未来の王妃なんだし」

「無理に口出しすると、リリアの場合“嫁たち”と田舎にでも引っ越しちまいますぜ? それか冒険者かな? 今まで築き上げてきた名誉も、利益も、王妃としての未来すらも簡単に捨ててしまうでしょう。大切なもののためならすべてを捨ててしまえる。それがリリア・レナードという人間ですから」

「……ガルドにも似たようなことを言われたな」

「さすが神槍は人間観察力もありますな」

「まぁいい。最悪敵対さえしなければいいと考えていたのだ、現状はよい方向に転がっていると思おうか。というかこれ以上深く考えたくない。胃が死んでしまう」

 リージェンスは深々とため息をついてから頭の中を切り替えた。リュースの父親としてから、この国の国王として。

「余の妃を苦しめていた悪魔は、間違いなくあのツボから現れたのだな?」

「あたしは現場にはいませんでしたが、複数人が目撃していますから間違いはないでしょう」

「……悪魔とは自ら人間を苦しめたりはしない。人間と契約し、契約の結果としてこの世に災禍をまき散らす。この認識であっているか?」

「まぁ、間違いじゃねぇですね。災禍をまき散らすために、嘘にならない範囲で人間を騙して利用しますが。悪魔は嘘をつかないし、契約の結果として災禍をまき散らすって認識でいいでしょう」

「ならば、何者かが妃を呪うよう“契約”したことになる」

「えぇ、そうですね。例のツボの内側には悪魔召喚の術式が記されていましたから。ほぼ確実に誰かが呼び出し、“契約”したことになるでしょう」

「……リリア嬢の“左目”は何か視なかったのか?」

「視たでしょうが、あたしに言わないんだから何か理由があったんでしょう。……たとえば、下手なことを喋ると『戦争』になってしまうと考えたとか」

「…………」

「…………」

 無言で見つめ合うリージェンスとキナ。

 実際、リリアがどんな考えで悪魔の契約者について話さなかったかは分からない。キナの言うとおりかもしれないし、ただ単に忘れていただけかもしれない。そもそも、いくら神と等しき“金瞳”であろうとも契約者までは視えなかった可能性もある。

 だが、キナは『戦争』と口にした。

 それは、キナがそう考えたからこそ。そうなりえる状況であると判断したからこそ。

 キナの考えをリージェンスは正確に読み取った。

「……あのツボは竜列国からの贈与品だ」

 竜列国。
 大小様々な島が列を成すように密集しており、その姿が“竜”のようだからその名が付けられた連合国家だ。特産品の味噌と醤油は最近この国でも広まりつつある。

 ヴィートリアン王国からは船で二週間ほど。それほど近くはないが、海防を考えれば無視できない国である。

「キナ。今回の件、竜列国の陰謀である可能性は?」

「かなり高いですがね、追求しても無駄でしょう。壺の中には悪魔召喚の術式が描かれていましたが、『気づかなかった』、『誰かが我が国を貶めようとしている』と主張されればそれまでですからね」

 リリアの左目が視たのならそれは“真実”だ。
 けれど、それを正しいと証明して竜列国に納得させる手立てはない。建国神スクナ様が認めた“聖女”の発言はこの国において非常に重要な意味を持つが、異なる神を信仰する竜列国にとっては子供の戯れ言に過ぎないのだから。

 リージェンスは物憂げなため息をついた。

「実際、他の誰かが竜列国を貶めようとした可能性は?」

「否定はできませんね。製造する窯元、検品、そして輸送、海運……。小細工しようとすればどこででも可能でしょう。理屈上は。他国に対する贈与品なんだから厳重な管理体制を敷いてあるのが普通なんですがね」

「決定的な証拠がなければ無理、か」

「誰に召喚されたか知っているはずの悪魔も、リリアが完全消滅させちまいましたからねぇ」

「竜列国に揺さぶりをかけ、外交交渉を有利に進めるくらいしかできないか」

「…………」

 くらい・・・と言うが、それがどれだけ難しいことか分かっているのだろうか? ……分かってないのだろうなぁとキナは内心ため息をつく。彼にとって今回の件を利用して外交を有利に進めることは『できて当たり前』のことなのだから。

 無能な国王は困ってしまうが、無自覚に優秀な国王もまた困りものだ。周りや後継者にも自分と同等の結果を求めるのだから。

 こんな男の後継者になるリュースが少し可哀想になるが、外交交渉はキナの専門外。頑張れと応援することくらいしかできない。

 ……“聖女”であるリリアを嫁にすれば、少なくとも“フィシーナ教国”は友好国になるはずだから、そういった意味ではリリアとの結婚を手助けすることが最大の応援になるのだろう。

 ここでキナが打つべき手は、王家への好感度を少しでも上げておくことか。

「今回の件、リリアに正式な感謝を伝えるべきですな」

 キナの提案を受け、リージェンスの顔つきが国王のものから頼りない中年のものへと変化してしまう。それだけリリアに苦手意識(・・・・)を持っているということだろう。

「う、しなければならないだろうか?」

「妃を救ってもらったのに、お礼も無しにサヨウナラというのは筋が通らんでしょう。しかも勅命で呼び出しておいて」

「むぅ」

「リリアは、持っている“力”から考えれば奇跡的なまでに善人ですが、だからこそ、筋を通さない人間には『イラッ』とするでしょうなぁ。国王に『イラッ』としたらこの国はどうなりますかね~?」

「きょ、今日は日が悪いからまた後日ということに……」

「今日はいい日だと王宮大神官が保証しましょう。というか、6年前・・・のお礼もまだしていないんでしょう? いい機会だから『ありがとう』くらい伝えたらどうです?」

「む、確かにあの件についても感謝の意を伝えなければならないが、いやしかし、ここはやはり心の準備――いや、公式な場を用意してだな……宰相ともよく相談して……」

 言葉を並び立てるリージェンスをキナは冷たい目で見つめている。

「……いい年したオッサンがウダウダ言い訳してんじゃねぇよ」

「そ、そんな口の利き方はないんじゃないか? 余は国王だぞ?」

「だったら国王らしい言動をしてくださいってね。期待してますよ、国王へーか様」

「……どうしてこうなった?」

 まるでリリアのように頭を抱えるリージェンスだった。

 リリアの祖母はリージェンスの姪御。一応、遠いとはいえ血のつながりはあるので似ていてもさほどの不思議はないのだろう。


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