68 / 76
悪魔退治(瞬殺)
しおりを挟むなんやかんやで私たちは妃陛下の部屋前に到着した。
「――あら、リリアちゃんも巻き込まれちゃったの? あの嫁バカ男にも困ったものね」
部屋前で近衛騎士と会話していた、高そうなローブを着た魔導師が笑顔で片手を上げる。
銀髪、碧眼。
王宮唯一とされる銀髪持ちで、私の“姉弟子”にあたる、魔導師団長のフィーさんだ。
姉御に匹敵するほどお世話になっている人なので、フィーさんのことも『姉』と呼んでもいいとは思うのだけど、やはり姉弟子なので最低限の礼儀は保たなきゃいけないと思う。
そんなフィーさんは20代半ば。貴族的には結婚適齢期を過ぎているが、そんなことを口走ったら最上級雷魔法を落とされると思う。
本当はデファリン伯爵家を継いで女伯爵をやらなきゃいけないのだけど、宮廷魔術師をやめるつもりはないみたい。
仕事一筋。
そんなんだから結婚できないのだ。
「あはは、リリアちゃん。今、ものすごく失礼なことを考えなかったかしら?」
「考えてないです。だから9歳児にアイアンクローをするのはやめてください」
フィーさんに『むんず』と掴まれた私の頭がきしみを上げている。比喩じゃなく。
この世界にはアイアンクローという言葉はなかったのだけど、フィーさんがことあるごとにアイアンクローをして、そのたびに私が技名を口にしていたら広まってしまった。たぶん王宮にいる人間なら大体通じると思う。
「リリアちゃんは考えていることが分かり易すぎよね。ガルド様もその辺を鍛えてあげればいいのに」
「……それはフィーさんの観察眼が鋭すぎるだけですよ?」
彼女は魔眼持ちではない。
ただ、魔術師兼研究者として観察眼を鍛えに鍛えまくった結果、後天的に魔眼並の力を得てしまった規格外なのだ。特に他人の表情筋から考えていることを察する能力は精度が高すぎて恐れられている。
ま、そんなところも結婚できない原因――痛いのでアイアンクローはそろそろやめてください。力込めないでー。
この人の何が恐いって、強化魔法無しの握力でリンゴを握りつぶすんだよね。前世の知識が正しければ握力80kg越えているはず。女性なのに。魔術師なのに。色々と間違ってる。
ま、そんなところも以下略。これ以上握力を強められるとマジで頭が割れかねないからね。
「……あれ、フィーさんが返り討ちに遭ったんですか?」
私が呼ばれた理由は、王妃を呪っている“存在”に宮廷魔術師が返り討ちに遭ったから。らしい。
「失礼ね。私もついさっき到着したばかりで、詳しい話を聞いていたところよ。ちょっと事件の調査で出ていたから」
「事件?」
「うん、そう。事件。ちょっと前に輸送中の馬車が襲われちゃってね。リリアちゃんにも関係が――おっと、その話はまたあとで。キナと引き分けちゃったからね、二人一緒の時にお話ししないと」
馬車が襲われたとか、また面倒なことに巻き込まれそう。
そしてフィーさんと姉御はまた『引き分け』るようなことをしたらしい。よくもまぁ飽きないものだ。
と、ここにきてやっとフィーさんはアイアンクローを止めてくれた。
「リリアちゃんが来たなら話は早いわね。さっさと“悪魔”を退治してちょうだい。具体的にはキナが来る前に。私とリリアちゃんの絆の深さを見せつける感じで!」
「えー」
また何か対抗心を燃やしているらしい。
まぁ“左目”で視たから相手が悪魔だというのは知っているし、悪魔くらいなら何とかなるけれど。だからといって9歳児に仕事を放り投げて、それで姉御に『絆の深さ』を見せつけようとする魔導師団長ってどうなんだろう?
「荒事はリリアちゃんやキナに任せた方がいいに決まっているでしょう? 私はか弱い研究者なのだから」
「…………」
ははは、まったくフィーさんは冗談が下手だなー。か弱い研究者は騎士団長と殴り合いなんてできないし、王宮の城壁(魔法障壁付き)を破壊できないし、なによりあの『師匠』の弟子になれるはずがないじゃないか。
それなのに“か弱い”とか、まったく、可愛い子ぶる歳でもないだろうに――
「――ゴチャゴチャ言ってないで、さっさとやって来なさい!」
フィーさんは妃陛下の部屋のドアを開け放ち、私の首根っこを掴んで、そのまま中に放り投げた。猫じゃあるまいし……いや猫を放り投げる人間も滅多にいないか。
猫のようにくるりと一回転して着地。警戒しつつ辺りを見渡す。
広い。部屋と言うよりはちょっとしたホールみたい。いかにも高そうな絵画や陶器、磁器などが並べられている。妃陛下は芸術作品がお好きみたいだ。
そんな部屋の、真正面。5人くらい寝転がれそうなベッドの上に“悪魔”が座っていた。
黒山羊の頭と鳥の翼を持つ男性。いや、伝承通りなら両性具有かな? ……地球の悪魔と同じという保証はないか。ただ見た目が似ているだけかもしれないし。
ただ、地球の悪魔と同一だとしたら、この悪魔の名前はバフォメット。まごう事なき上級悪魔だ。
『ほぅ、聖女とは珍しい。くくくっ、自ら人身御供になりに来るとは殊勝な女だ』
言われて気づく。私、聖女専用の黒いシスター服着たままじゃん。家で妃陛下に挨拶(?)してからずっと……。うわぁ、シスター服のまま王宮の中を歩いちゃったとか『自分、聖女ですよ!』って宣伝しているようなものじゃないか……。
恥ずかしさに身悶えながら私はアイテムボックスから大聖典を取り出した。姉御の独断で私に譲られたものだけど、先日神召長様から正式に私のものにする旨のお手紙をいただいた。
その手紙の中に『近々お目通り願いたく』と書いてあったことは見なかったことに……できないよねぇやっぱり。そして会ったら会ったで正式に聖女として任命されてしまいそう。
うぅ、私の目指すスローライフがどんどん遠くなっていく……。
私が嘆いていると悪魔がいかにもな高笑いを上げた。
『ふははははっ! 大聖典だと! この俺様が! 詠唱する暇を与えると思っているのか!?』
私に向けて突進してくる悪魔さん。正直、驚くほど速い。並の9歳児なら瞬きするまもなく引き裂かれているだろう。
でも、お爺さまよりは遅い。
お爺さまより遅いなら、余裕で対処できる。
――視えた。
左目を使わないまま。
私は、目の前の悪魔を見切った。
私は右手の大聖典を強く握りしめて――
「姉弟子直伝! 姉弟子カウンター!」
――ぶん殴った。
悪魔の顔面を。
大聖典の角を使って。
姉弟子直伝の技で、絆の深さを見せつける感じで。
我ながら惚れ惚れするようなカウンターの一撃だ。
本で殴るのはどちらかというと姉御の仕事じゃないか? というツッコミはしてはいけない。
『へぶぅ!?』
悪魔が鼻血を出すが容赦などしない。
「姉弟子ラリアット!」
『ごふ!?』
「姉弟子ドロップキック!」
『げはっ!?』
「姉弟子クーゲルシュライバー!!」
『がはぁっ!?』
クーゲルシュライバー。ドイツ語でボールペン。
――特に意味はない。
ただ単に、カッコイイから採用しただけよ。by姉弟子。
もちろん元ネタ提供はこの私だ。
トドメのクーゲル(以下略)を鳩尾に受けた悪魔はサラサラと足元から灰になっていった。
『ば、ばかな! 上級六大悪魔である俺様が、物理攻撃で滅せられるなど――』
滅せられました。
あっさりと。
悪魔は灰となって散り消えた。
「……ふっ、勝った」
一応左目で確認。うん、完全消滅。消えたふりなんかじゃなさそうだ。
こうして妃陛下を長年苦しめた悪魔は討ち倒されたのだった。めでたしめでたし。
フィーさんが痛そうに頭を抱えているけど、気のせいだ。私に任せたのだからシリアス・デストローイくらいは覚悟していただきたい。
ちなみに。
今回の件が王宮内に広まったらしく、一部の人間は私を“撲殺聖女”と呼んでいるらしい。そんなどこかの撲○天使じゃあるまいし……。
……どうしてこうなった?
0
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
五年目の浮気、七年目の破局。その後のわたし。
あとさん♪
恋愛
大恋愛での結婚後、まるまる七年経った某日。
夫は愛人を連れて帰宅した。(その愛人は妊娠中)
笑顔で愛人をわたしに紹介する夫。
え。この人、こんな人だったの(愕然)
やだやだ、気持ち悪い。離婚一択!
※全15話。完結保証。
※『愚かな夫とそれを見限る妻』というコンセプトで書いた第四弾。
今回の夫婦は子無し。騎士爵(ほぼ平民)。
第一弾『妻の死を人伝てに聞きました。』
第二弾『そういうとこだぞ』
第三弾『妻の死で思い知らされました。』
それぞれ因果関係のない独立したお話です。合わせてお楽しみくださると一興かと。
※この話は小説家になろうにも投稿しています。
※2024.03.28 15話冒頭部分を加筆修正しました。
(完)私を捨てるですって? ウィンザー候爵家を立て直したのは私ですよ?
青空一夏
恋愛
私はエリザベート・ウィンザー侯爵夫人。愛する夫の事業が失敗して意気消沈している夫を支える為に奮闘したわ。
私は実は転生者。だから、前世の実家での知識をもとに頑張ってみたの。お陰で儲かる事業に立て直すことができた。
ところが夫は私に言ったわ。
「君の役目は終わったよ」って。
私は・・・・・・
異世界中世ヨーロッパ風ですが、日本と同じような食材あり。調味料も日本とほぼ似ているようなものあり。コメディのゆるふわ設定。
悪役令嬢の生産ライフ
星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。
女神『はい、あなた、転生ね』
雪『へっ?』
これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。
雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』
無事に完結しました!
続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。
よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m
石女を理由に離縁されましたが、実家に出戻って幸せになりました
お好み焼き
恋愛
ゼネラル侯爵家に嫁いで三年、私は子が出来ないことを理由に冷遇されていて、とうとう離縁されてしまいました。なのにその後、ゼネラル家に嫁として戻って来いと手紙と書類が届きました。息子は種無しだったと、だから石女として私に叩き付けた離縁状は無効だと。
その他にも色々ありましたが、今となっては心は落ち着いています。私には優しい弟がいて、頼れるお祖父様がいて、可愛い妹もいるのですから。
(完結)私は家政婦だったのですか?(全5話)
青空一夏
恋愛
夫の母親を5年介護していた私に子供はいない。お義母様が亡くなってすぐに夫に告げられた言葉は「わたしには6歳になる子供がいるんだよ。だから離婚してくれ」だった。
ありがちなテーマをさくっと書きたくて、短いお話しにしてみました。
さくっと因果応報物語です。ショートショートの全5話。1話ごとの字数には偏りがあります。3話目が多分1番長いかも。
青空異世界のゆるふわ設定ご都合主義です。現代的表現や現代的感覚、現代的機器など出てくる場合あります。貴族がいるヨーロッパ風の社会ですが、作者独自の世界です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる