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悪魔退治(瞬殺)

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 なんやかんやで私たちは妃陛下の部屋前に到着した。

「――あら、リリアちゃんも巻き込まれちゃったの? あの嫁バカ男にも困ったものね」

 部屋前で近衛騎士と会話していた、高そうなローブを着た魔導師が笑顔で片手を上げる。

 銀髪、碧眼。

 王宮唯一とされる銀髪持ちで、私の“姉弟子”にあたる、魔導師団長のフィーさんだ。

 姉御に匹敵するほどお世話になっている人なので、フィーさんのことも『姉』と呼んでもいいとは思うのだけど、やはり姉弟子なので最低限の礼儀は保たなきゃいけないと思う。

 そんなフィーさんは20代半ば。貴族的には結婚適齢期を過ぎているが、そんなことを口走ったら最上級雷魔法を落とされると思う。

 本当はデファリン伯爵家を継いで女伯爵をやらなきゃいけないのだけど、宮廷魔術師をやめるつもりはないみたい。

 仕事一筋。
 そんなんだから結婚できないのだ。

「あはは、リリアちゃん。今、ものすごく失礼なことを考えなかったかしら?」

「考えてないです。だから9歳児にアイアンクローをするのはやめてください」

 フィーさんに『むんず』と掴まれた私の頭がきしみを上げている。比喩じゃなく。

 この世界にはアイアンクローという言葉はなかったのだけど、フィーさんがことあるごとにアイアンクローをして、そのたびに私が技名を口にしていたら広まってしまった。たぶん王宮にいる人間なら大体通じると思う。

「リリアちゃんは考えていることが分かり易すぎよね。ガルド様もその辺を鍛えてあげればいいのに」

「……それはフィーさんの観察眼が鋭すぎるだけですよ?」

 彼女は魔眼持ちではない。
 ただ、魔術師兼研究者として観察眼を鍛えに鍛えまくった結果、後天的に魔眼並の力を得てしまった規格外なのだ。特に他人の表情筋から考えていることを察する能力は精度が高すぎて恐れられている。

 ま、そんなところも結婚できない原因――痛いのでアイアンクローはそろそろやめてください。力込めないでー。

 この人の何が恐いって、強化魔法無しの握力でリンゴを握りつぶすんだよね。前世の知識が正しければ握力80kg越えているはず。女性なのに。魔術師なのに。色々と間違ってる。

 ま、そんなところも以下略。これ以上握力を強められるとマジで頭が割れかねないからね。

「……あれ、フィーさんが返り討ちに遭ったんですか?」

 私が呼ばれた理由は、王妃を呪っている“存在”に宮廷魔術師が返り討ちに遭ったから。らしい。

「失礼ね。私もついさっき到着したばかりで、詳しい話を聞いていたところよ。ちょっと事件の調査で出ていたから」

「事件?」

「うん、そう。事件。ちょっと前に輸送中の馬車が襲われちゃってね。リリアちゃんにも関係が――おっと、その話はまたあとで。キナと引き分けちゃったからね、二人一緒の時にお話ししないと」

 馬車が襲われたとか、また面倒なことに巻き込まれそう。
 そしてフィーさんと姉御はまた『引き分け』るようなことをしたらしい。よくもまぁ飽きないものだ。

 と、ここにきてやっとフィーさんはアイアンクローを止めてくれた。

「リリアちゃんが来たなら話は早いわね。さっさと“悪魔”を退治してちょうだい。具体的にはキナが来る前に。私とリリアちゃんの絆の深さを見せつける感じで!」

「えー」

 また何か対抗心を燃やしているらしい。

 まぁ“左目”で視たから相手が悪魔だというのは知っているし、悪魔くらいなら何とかなるけれど。だからといって9歳児に仕事を放り投げて、それで姉御に『絆の深さ』を見せつけようとする魔導師団長ってどうなんだろう?

「荒事はリリアちゃんやキナに任せた方がいいに決まっているでしょう? 私はか弱い研究者なのだから」

「…………」

 ははは、まったくフィーさんは冗談が下手だなー。か弱い研究者は騎士団長と殴り合いなんてできないし、王宮の城壁(魔法障壁付き)を破壊できないし、なによりあの『師匠』の弟子になれるはずがないじゃないか。

 それなのに“か弱い”とか、まったく、可愛い子ぶる歳でもないだろうに――

「――ゴチャゴチャ言ってないで、さっさとやって来なさい!」

 フィーさんは妃陛下の部屋のドアを開け放ち、私の首根っこを掴んで、そのまま中に放り投げた。猫じゃあるまいし……いや猫を放り投げる人間も滅多にいないか。

 猫のようにくるりと一回転して着地。警戒しつつ辺りを見渡す。

 広い。部屋と言うよりはちょっとしたホールみたい。いかにも高そうな絵画や陶器、磁器などが並べられている。妃陛下は芸術作品がお好きみたいだ。

 そんな部屋の、真正面。5人くらい寝転がれそうなベッドの上に“悪魔”が座っていた。

 黒山羊の頭と鳥の翼を持つ男性。いや、伝承通りなら両性具有かな? ……地球の悪魔と同じという保証はないか。ただ見た目が似ているだけかもしれないし。

 ただ、地球の悪魔と同一だとしたら、この悪魔の名前はバフォメット。まごう事なき上級悪魔だ。

『ほぅ、聖女とは珍しい。くくくっ、自ら人身御供になりに来るとは殊勝な女だ』

 言われて気づく。私、聖女専用の黒いシスター服着たままじゃん。家で妃陛下に挨拶(?)してからずっと……。うわぁ、シスター服のまま王宮の中を歩いちゃったとか『自分、聖女ですよ!』って宣伝しているようなものじゃないか……。

 恥ずかしさに身悶えながら私はアイテムボックスから大聖典を取り出した。姉御の独断で私に譲られたものだけど、先日神召長様から正式に私のものにする旨のお手紙をいただいた。

 その手紙の中に『近々お目通り願いたく』と書いてあったことは見なかったことに……できないよねぇやっぱり。そして会ったら会ったで正式に聖女として任命されてしまいそう。

 うぅ、私の目指すスローライフがどんどん遠くなっていく……。

 私が嘆いていると悪魔がいかにもな高笑いを上げた。

『ふははははっ! 大聖典だと! この俺様が! 詠唱する暇を与えると思っているのか!?』

 私に向けて突進してくる悪魔さん。正直、驚くほど速い。並の9歳児なら瞬きするまもなく引き裂かれているだろう。

 でも、お爺さまよりは遅い。
 お爺さまより遅いなら、余裕で対処できる。


 ――視えた。

 左目を使わないまま。
 私は、目の前の悪魔を見切った・・・・


 私は右手の大聖典を強く握りしめて――

「姉弟子直伝! 姉弟子カウンター!」

 ――ぶん殴った。
 悪魔の顔面を。
 大聖典の角を使って。
 姉弟子直伝の技で、絆の深さを見せつける感じで。

 我ながら惚れ惚れするようなカウンターの一撃だ。

 本で殴るのはどちらかというと姉御の仕事じゃないか? というツッコミはしてはいけない。

『へぶぅ!?』

 悪魔が鼻血を出すが容赦などしない。

「姉弟子ラリアット!」

『ごふ!?』

「姉弟子ドロップキック!」

『げはっ!?』

「姉弟子クーゲルシュライバー!!」

『がはぁっ!?』

 クーゲルシュライバー。ドイツ語でボールペン。

 ――特に意味はない。

 ただ単に、カッコイイから採用しただけよ。by姉弟子。
 もちろん元ネタ提供はこの私だ。

 トドメのクーゲル(以下略)を鳩尾に受けた悪魔はサラサラと足元から灰になっていった。

『ば、ばかな! 上級六大悪魔である俺様が、物理攻撃で滅せられるなど――』

 滅せられました。
 あっさりと。
 悪魔は灰となって散り消えた。

「……ふっ、勝った」

 一応左目で確認。うん、完全消滅。消えたふりなんかじゃなさそうだ。

 こうして妃陛下を長年苦しめた悪魔は討ち倒されたのだった。めでたしめでたし。

 フィーさんが痛そうに頭を抱えているけど、気のせいだ。私に任せたのだからシリアス・デストローイくらいは覚悟していただきたい。





 ちなみに。
 今回の件が王宮内に広まったらしく、一部の人間は私を“撲殺聖女”と呼んでいるらしい。そんなどこかの撲○天使じゃあるまいし……。

 ……どうしてこうなった?


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