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何かの縁

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 オーケー落ち着け、落ち着け私。こういうときは素数を数えるんだって誰かが言っていた。1,2,3,4,5,6,7,8,9,10! よし落ち着いた!

 ……いや無理だって。落ち着けないってこれ。あと素数じゃないし。

「ま、マリー。一体どういうことなのかしら?」

 衝撃的すぎて敬語すら吹っ飛んだ私である。

「えぇ、それはですね――」

 マリーはなぜか胸を張って説明してくれようとしたけれど、


「――マリー、やはりここにいたのか」


 そんな、どこか不機嫌そうな声が広場に響いてきた。

 声の主へと視線を向けると、そこにいたのは13歳くらいの少年だった。リュースほどの美少年じゃないけれど、それでも十二分にイケメンと呼べる子だ。

 いや、リュースは女の子だけどね。

 十二分にイケメンである彼の髪色は青。瞳は紺碧。どちらもマリーと同じ色だ。
 立ち振る舞いや衣服からしてかなりの高位貴族と察せられる子供。もちろん服装は平民服だけど、生地が高価すぎて変装の意味を成していない。

 そんな少年に向けてマリーはふくれ面を向けた。

「お兄様、今いいところなのですけれど?」

 どこが? 他殺願望の告白は全然『いいところ』じゃないですよ?

 私の心のツッコミを助けるように少年は遠慮なくマリーに近づき、彼女の手首を握った。次いで、射貫くような目を私に向けてくる。

「妹が失礼なことを言った。どうか忘れて欲しい」

「いや、あの衝撃は中々忘れられないと思いますよ?」

「……忘れるよう努力してくれ」

 そう言い残して少年はマリーの手を引っ張って、スラム街の路地に消えていこうとする。

「…………」

 マリーの本心を確かめるために拘束を緩めたままだった“左目”が色々と視てしまった。
 正確に言えば兄と妹が揃ったから、よりよく視えるようになった、かな?

 まぁ、こちらの事情はともかくとして。
 あちらの事情を知ってしまったのだから、無視するのも忍びない。

「マリー」

 私が声をかけると、マリーは兄だという少年の手を振り払って私の元に駆けつけた。

「はい! 何でしょうお姉様!」

 なんだか尻尾を振る子犬のようだ。“左目”を使わなくてもブンブンと動く尻尾がよく見える。気がする。

 そんな妹をどこか悲しそうな、諦観したような目で見つめる少年。

 なんだろう、少年からはお父様やリュースと同じ雰囲気がした。具体的に言えば周りの女性に振り回される苦労性。やはりこの世界のイケメンは胃を痛める運命なんじゃないだろうか?

 おっと、あまり長く足止めするのも何だから、さっさと用事を済ませてしまおう。

 私はアイテムボックスに手を突っ込んでごそごそと捜し物をした。確かこの辺に……あった。

 取り出したのはいくつかの宝石が入れられた、いわゆるジュエリーボックスと呼ばれるもの。私も一応は貴族の娘だからね。こういう装飾品も所持しているのだ。


『使ったことはないけどねー』
『宝の持ち腐れー』
『豚に真珠ー』


 よし、あとで殴る。女の子を豚扱いとはいい度胸じゃけぇのぉ。
 妖精さん・その3に対する報復を決意しながら私はジュエリーボックスの蓋を開けた。

「マリーの髪の毛は綺麗だものね。やっぱり蒼い宝石の方がいいかしら?」

 この世界においては髪の毛と魔術には深い関係がある。だからこそ私はマリーの髪色に近い蒼色のラピスラズリを取り出した。

 前世においては世界最初のパワーストーンとすら謳われた『聖なる石』だ。

 それでなくても宝石は魔術と深い関わりがあるので術式も組み込みやすい。

 マリーの首に付けられたチョーカーと宝石にもそういう意味・・・・・・があるのだ。

 そんなことを考えながらパパッと小細工をした私はマリーの手のひらにラピスラズリを置いた。

「お姉様、これは……?」

「ここで会ったのも何かの“縁”でしょう。この宝石を持っていて。肌身離さず、ずっと。そうすれば、きっといいことがあるわ」

「…………」

 私の表情から真剣さを察したのか、マリーはそれ以上何かを言うことなくラピスラズリを握りしめた。


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