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町に出よう

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 リュースはだいたい三日に一度くらいの頻度でレナード邸を訪れるようになった。

 普通の友人として考えても高頻度。短い付き合いなのにもうリュースの好きな茶葉とかお茶菓子も覚えてしまった私である。

「……いやリュースって王太子だよね? お仕事たくさんだよね? こんな子爵家令嬢と時間を潰していて大丈夫なのかな?」

 人がせっかく心配してあげているのにリュースは涼しい顔だ。

「リリアと親交を深めるのも仕事のうちだよ。あぁ、もちろん、仕事以外でも私個人の意志として良好な関係を築きたいと思っているけどね」

「はいまた女たらし発言が出ましたよー。いやですわねー王太子殿下は女性関係がお盛んなようでー」

「……そういう本音は、せめて心の中に潜めておいてくれないかな?」

「殿下の御心のままにー」

「ここまで心がこもっていないといっそ清々しいな」

 苦笑するリュース。もう私から女たらし扱いされることにも慣れてしまったようだ。

 ……逆に言えば、言われ慣れるくらい女たらし発言をしているのだけどね。そりゃあもう心の嫁であるナユハたんがいなければコロッと落ちてしまいそうなくらいには。

 こんな攻略対象(女たらし)を何人も相手に渡り歩くんだから、乙女ゲームのヒロインってすげーですわよね。そりゃあ逆ハーエンドの一つや二つ生まれるってものですわ。

 と、先ほどのリュースの発言に気になる点があった私である。

「ん? そういえば、お仕事ってどういう意味? 女の子を口説いて側室を増やすのも仕事のうちって意味かな?」

 この国の王族も側室O.K.である。まぁ、国王陛下(リュースの父)は今現在側室を置いていないけど。

 私の言葉を受けてリュースの笑顔が固まった。

「リリアとは私に対する認識についてじっくりと話し合わないといけないかな? 私は別に女性趣味じゃないし、女性を『たらした』こともないよ?」

「…………」

 女たらしじゃなくちゃ初対面の女性を前にして片膝をつき、手を取って、友達になりましょうなんて口走らないと思うけど。

 あれ、一般的にはプロポーズするときの姿勢だからね? 普通は『結婚を前提に、まずはお友達からはじめましょう』という意味に受け取られるからね?

 まったくこれだから無自覚イケメン女殺し(無自覚)は……。

「なにやら誹謗中傷された気がする」

「気のせいだよ。それで? 私と会うことがお仕事になるってどういうことなのさ?」

「あぁ、そうだったね。……友達に嘘をつくのは気が引けるからハッキリ言ってしまおうか。リリアはポーションを製作できる唯一の人間だからね。王家としても、良好な関係を築いてポーションの安定供給をしてもらいたいのが本音なんだ」

「安定供給ねぇ。私は別にレシピ公開してもいいんだけど? そもそも私一人で必要分を製作できるわけがないし」

 元々、レシピも璃々愛から貰ったもので私が何か凄いことをしたわけじゃない。

 と、私の提案にリュースは蒼い顔をした。なんで?

「……かつてポーションを悪用した教会はスクナ様の神罰を受け、結果、ポーションの製作方法は失われてしまったからね。万が一にも『国がリリアからレシピを強奪した』と受け取られかねない方法は避けたいんだ。王宮に神罰の雷が落ちることなどあってはならないし、二度とポーションを失うわけにもいかないから」

 ポーション製作はレナード家主導でやってほしい、というのがリュースや王家の意向らしい。

「…………」

 強奪したとか、そんな勘違いしないようスクナ様に直接説明しようか?

 という提案をするのはやめておいた。ポーションだけであんなにも蒼い顔をしてしまうリュースだ、私がスクナ様と親しくさせていただいていると話したら胃に穴が空きかねない。

 うん、なぜだかリュースからはお父様と同じニオイがするのだ。その名もずばり苦労人。
 この世界のイケメンは胃に穴が空きやすい特性でもあるのだろうか?

 ……お父様といえば。
 今、お父様はポーション大量生産のために原材料の栽培などの準備をしているらしい。

 まぁ、原材料になる薬草なんて早いものでも収穫まで数ヶ月はかかるのだからすぐすぐに量産できるものでもないけれどね。

 ……お金で原材料を買い占めるのは避けた方がいい。
 初級や中級ポーションの原材料は、普通の薬の原材料にもなっているから、レナード家の財力で買い占めると値段の釣り上がりや在庫の枯渇などがあって他の人が困ってしまうのだ。

 作られる予定だった薬の代わりにポーションを行き渡らせる、というのが理想だけど、たぶんそううまくはいかないだろうからね。今まで普通の薬を作っていた人も失業しちゃうし。

 既存の薬草の流通経路には手を出さず、レナード家による増産分でポーション製作を目指している、と。

 色々難しい問題があるようだ。
 もちろん、私は9歳児なので難しいことや大きな問題はお父様に丸投げするさ。人間、できることとできないことがある。


                        ◇


 大きな問題はお父様に丸投げするのだから。私としては小さな問題を解決しなくちゃね。

「はい! というわけでやって来ました王都の下町! リュースちゃんにとってはたぶん初体験♪ の下町でしょう!」

 転移魔法でリュースとナユハを下町まで連れてきた私である。愛理は幽霊特権(?)で私のいる場所に転移できるから自分で来てもらう。

 そう! ついに他の人を連れての転移魔法が可能になったのだよ! たぶんナユハの腕を治すのに一回魔力を空っぽにした影響だね。限界まで酷使すれば魔力総量が増えるっていうのはアニメやマンガでもお約束の展開だし。

 理屈? 夢と浪漫とご都合主義さ。考えるな感じるんだ。

「いやおかしいですよ? 9歳で2人を伴っての転移魔法とかありえないですからね?そもそも転移魔法を使えるだけで宮廷魔術師になれますからね?」

 リュースがいるから敬語を使うナユハだった。ちょっと寂しい感じがするけど、これはこれでメイドさんっぽいのでよしとする。
 まぁ下町でメイド服は悪目立ちするので今のナユハは普通の平民服着用だけどね。

 もちろんリュースと私も平民服。リュースはアイテムボックスに入れていた例の最高級素材使用の平民服だ。

「……護衛の人、今ごろ大慌てだろうなぁ」

 空を見上げながら遠い目でつぶやくリュースだった。きっと初めて見た青空に感動しているに違いない。

「いやいくら王太子でも青空くらいは見たことあるから。じゃなくて、いきなり転移するのは今後控えてくれるかな?」

「え~? いきなりじゃないよ? 護衛の人にも『ちょっとリュースとお散歩に行ってきますね』って説明しておいたし」

「……下町は散歩の範囲を超えているし、そもそも、護衛が返事をする前にさっさと転移してしまったじゃないか」

「そうだっけ? 忘れちゃったなぁなぜなら私は過去を振り返らない女だから!」

「……リリアが“普通の女の子”だと思った過去の私を殴りたい気分だよ」

「失礼な。どこからどう見ても普通の美少女じゃないか。ちょっと銀髪で赤と金の瞳で聖女で妖精の愛し子で神様の転生体なだけの、いたって普通の女の子です」

「もうどこから突っ込めばいいのか分からないよ……」

 頭を抱えるリュースにナユハが優しく声をかける。

「殿下。恐れながら申し上げますと、リリア様と友情を築きたいのでしたら『するーすきる』を会得するべきかと」

「……その『するーすきる』とは一体何かな?」

「それはですね――」

 なにやらナユハとリュースが話し込んでいるうちに、空中から愛理が現れた。追いつくまでずいぶん時間がかかったね?

『いきなり転移したから護衛の人たちが大慌てでねー。王宮に増援の要請とか、大捜索をするとかって話になりそうだったから、魔法でちょっと眠らせて来ちゃった』

「…………」

 王太子の護衛なんだから、魔法に対する訓練とかもしているはずなのに。その上から睡眠系の魔法をかけるとか愛理も大概チートだよね。

 まぁ愛理は私に匹敵する魔力総量っぽいし、護衛の人は悪くない。かな?

 そして思ったより話が大きくなりそうだった。ちょっと友達と散歩に出かけただけなのに。

 どうしてこうなった?

「いえ、今回はリリア様が悪いです」

「リリアが悪いね」

『リリアちゃんが悪いよ、さすがに』

 三人から指摘されて泣きそうになる私だった。ぐすん。


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