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王太子 リュース・ヴィ・ヴィートリア (リュース視点)

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 大神官から見合い話を持ちかけられた結果。私は信頼できる人間に『リリア・レナード』の調査をさせることにした。ポーションの件もあるし丁度いいと思ったのだ。

 しかし、いくら王太子とはいえ、9歳である私に動かせる人間など限られているため、大臣の娘・サリアと騎士団長の息子・ギルスという『身内』にお願いすることになったのだが。

 サリアとギルスは私の友人で、将来の側近候補。もちろん能力の高さは折り紙付きだ。

 サリアは情報処理能力と護衛魔法に優れ、ギルスは9歳ながらも大人に匹敵する槍術の腕を持っている。この二人と私が合わされば大抵の暗殺者は制圧できるはずだ。

 まぁ、サリアは引っ込み思案であることが玉に瑕だし、ギルスはもう少し考えてから行動して欲しいというのが本音なのだが。まだ9歳なのだからこんなものだろう。

 翌日にはリリア・レナードの調査結果が上がってきた。
 人一人調べたにしては早すぎると思ったのだが、有名すぎてわざわざ調べる必要がないというのが本当のところらしい。


 いわく、いずれ神槍を継ぐ者。
 いわく、白銀の魔王に匹敵する魔法の使い手。
 いわく、現在唯一とされる妖精の愛し子である。


 これだけでも頭痛がしてくるというのに、どうやらこの報告書は私に対する容赦というものを最初から投げ捨ててきたようだ。


 いわく、一人でレッドワイバーンを討伐した。
 いわく、王国ゴーレム協会の会長が頭を下げて教えを請う精度のゴーレムを錬成した。
 いわく、そのゴーレムでストーンドラゴンを殴り殺した。


 なんだこのバケモノは、というのが偽りない本心だ。


 いわく、200年ぶりの聖女に選ばれた。
 いわく、初歩的な浄化の術でノーライフキングを浄化した。
 いわく、建国神スクナ様に可愛がられている。この前は聖布を作ってもらったらしい。


 これは話を聞きつけたキナ・リュンランド大神官からの情報だ。
 もうどこから突っ込めばいいのか分からない。

 ……本当に恐ろしい推測になるのだが。
 もしかしたら、彼女にとって、王宮を混乱に陥れた『ポーションの作成』など大したことではないのかもしれない。決して人生をかけた研究の結果ではない、ただの暇つぶしの産物で……。

 無理だって。
 こんな子を嫁に迎えるとか無理だって。
 私は確かに王太子だけど、それだけ。魔法も体術も少し優秀くらいの成績しか残せていないのだから。リリア・レナードとはとても釣り合いが取れない。取れるはずがない。

 しかし大神官や父上、そしておそらくはガルド殿も内密に話を進めているはずで……。

「無理。絶対無理」

 私が自室の執務机に座り頭を抱えていると……。

「出会う前から拒絶されるとはリリアも可哀想だなー。これは“姉御パンチ”案件ですかねぇ?」

「……リュンランド大神官」

 黙ってさえいれば完璧な修道女。口を開いたあとは誰も神官だとは信じない。そんなキナ・リュンランド侯爵令嬢がいつの間にか来客用のソファに座って酒瓶の封を開けていた。

 酒精のニオイが部屋に充満する。
 9歳の身体には少々刺激が強いと思う。

「キナでいいですぜ、リュース殿下ちゃん・・・。国王になるあんたは未来の雇い主ですし、リリアを嫁に迎えるならあたしの妹みたいなもんですからな。ほんとは母親になりたいんだが、こっちは少しばかり計画変更が必要でしてねぇ。まさかここに来て嫁さんが戻ってくるとは……」

「…………」

 酒のニオイに少し酔っ払ったか、私は普段口にしないことを漏らしていた。

「……私が国王にふさわしいと思うか?」

「能力は必要十分。性格は真面目。顔もいい。声の発音もしっかりしている。ま、問題はないんじゃないですかね」

「だが、私は女だ。女が国王になるなど前代未聞だ。もしも事実が広まれば、国に無用の混乱をもたらすだろう」

「あんたは9年間男として生きてきて、9年間王太子として扱われてきた。ならばあんたは男の子だ。少なくとも公式には」

「…………」

「正直言って、『力』を持つ貴族連中にとっては王太子が男とか女とかどうでもいいんですよ。“例の事件”のせいで、他に王太子になれる候補者はいない。『王太子が女だから』という理由で反乱を起こすよりは、お飾りの国王を裏から操った方が楽。余計なことをせず、子供を産んで次世代に繋げてくれればいいって考えなんですよ。その際に自分の家の『血』が入ってくれれば最高ですな」

「……私はしょせん『王政』の繋ぎで、お飾りでいればいいと。ずいぶんとはっきり言ってくれるじゃないか」

「ここで逆上するような人間相手ならテキトーにおだてて終わりですわ。でも、あんたは頭がいい。国のことを考えて、国のために悩んでいる。なら、人生の先達としてちょっとした助言をしても罰は当たらんでしょう」

 ニヤニヤとリュンランド――いや、キナが嫌らしい笑みを浮かべている。

「……なるほど。貴族連中のお飾りでいるのが嫌ならば、リリア嬢を嫁に迎えて『力』を付けろと?」

「話が早くて助かりますねぇ」

 キナがどこからか取り出したコップに酒を注ぎ私に差し出してくるが、もちろん拒否する。
 私の行動は当然予想済みであるキナはそのコップを嬉しそうに傾けはじめた。

「レナード家の財力。ポーションの作成。教会への絶対的な発言権を持つ聖女。そんなリリアが王妃ならば、誰も国王には逆らいませんぜ。たとえ途中で『女である』と告白しても、大した問題にはならんでしょう」

「つまり、彼女を利用しろと?」

「表向きは」

「?」

「言ったでしょう? あんたとリリアは気が合いそうだって。リリアの姉御として、これでもあの子のことを心配しているんですわ」

「……いまいちキナの本心が見えないな」

「真面目ですねぇ。あたしの考えなんて気にせずに、あんたは個人としてのリリアを愛して、王妃としてのリリア・レナード――いや、リリア・ヴィ・ヴィートリアを利用すればいい。簡単なことじゃないですか」

「私はそこまで器用ではない」

「なら、表も裏もリリアを愛することですな。大丈夫だとは思いますが、利用することだけ考えるのはやめておいた方がいいですぜ?」

「心配せずとも、利用できる気がしないよ」

「確かに。あたしですら手に余ってますからな」

 くっくっく、と笑うキナは飲み干したコップをテーブルに置いた。

「ま、会う前にとやかく言っても始まりませんな。まずは一度対面してみましょうや」

「へ?」

 会うって、リリア・レナード嬢と?

「……無理。まだ心の準備ができていない」

「男なら覚悟を決めましょうや」

「私は女だ」

「とある世界だと『女は度胸』というらしいですぜ? 明日、リリアは王都の近くで何かをやらかすと言っていたんでね。そこで初対面といきましょうや。あぁ大丈夫。リュースちゃんの予定はこちらで空けときますんで」

 王太子としての予定は、前日に変えられるようなものではないのだが……。

「今さらだが、キナは一体何者なんだ?」

「知りたかったらさっさと国王陛下になってくださいってね。あぁ、お飾りはダメですぜ? ちゃんと自分の両足で立つ王様じゃないと、こっちとしても働きがいがないんでね」

 じゃあまた明日。と、言い残してキナは転移魔法(テレポート)してしまった。
 王宮内は基本的に抗魔法の結界に覆われており、特に危険性の高い転移魔法(テレポート)は厳重に規制されているのだが。そんなものはないかのように消えてしまったキナはやはりどこかがおかしい。

 …………。

 明日。リリア・レナードと会うという。
 心の準備? もちろんできていない。
 結婚の覚悟? できると思っているのか?

 とにかく、嫌われないようにしなければ。
 結婚うんぬんは置いておくとしても、彼女は現状唯一のポーション制作者。怒りを買って王族と距離を取られたら大変だ。

 必要以上にこびへつらうことなく、かといって尊大になりすぎないように。9歳。そう、9歳の子供らしい態度で初対面を迎えなければ。

 その日私は眠る直前までリリア・レナード嬢との挨拶や会話などを想定し、繰り返し練習した。

 サリアとギルスに意見を求めた結果、二人も付いてきてしまうことになったのは予想外だったが、二人のおかげで不自然ではないやり取りを何種類か準備することができたのでよしとする。

 そうして私は万全の態勢で対面したというのに。



「――女の子じゃん」



 彼女はたった一言でこちらの準備を水泡に帰してしまった。


 ど、どうしてこうなった……?


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