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エピローグ ナユハとの日々
しおりを挟む目を覚ますと、なんかもう凄いことになっていた。
璃々愛は詐欺まがいの手口でナユハとの“血の契約”を結ばせちゃうし、オーディンさんはそんなナユハにせめてものお詫びとして不老の加護(成長はするらしい)を与えてしまい、私はリースおばあ様に『前世の前世とはいえ、簡単に身体を貸してはいけません』とお説教された。正座で。
どうしてこうなった?
まぁ右手の件も血の契約の件もナユハ本人が納得している(左目で本心と確認済み)ので良しとしよう。
そんなこんなで一週間が経ち。
ナユハは今までの頑固さが嘘のように素直になり、レナード家への養子入りもすんなり受け入れてくれた。
ただ、ナユハ本人の希望で職業は私専属のメイドさんということに。
養子にしたのにメイドをやらせるのってどうなんだろうと私は首をかしげたのだけど、お父様いわく、メイドであろうがなかろうがレナード家の養子にしてしまった方が様々な危険からナユハを守りやすいそうだ。
たとえば、爵位を振りかざしてメイドとの肉体関係を迫るようなクズとかから。庶民でいるよりは貴族の養子である方が安全なんだって。
もちろんレナード家の養子なので私みたいに身代金目的の誘拐も考えられるけど、あくまで養子だから私よりは危険は少ないし、ナユハも誘拐犯くらいは撃退できるという判断らしい。
まぁ、ナユハの護身術はなかなかの腕前だったし、今となっては岩すら砕く右腕もあるので問題はないだろう。ないということにした。私は過去(の失敗)を振り返らない女。
「――というわけで行ってみよう! キュ○ピー3分クッキング!」
王都・レナード邸の台所で宣言した私。例のごとく妖精さんたちがミニ楽器で例の音楽を演奏してくれる。二回目でナユハも慣れたのか軽快な拍手をしてくれた。目は死んでいたけどね!
「……それで、リリア。今日は何をやらかすの?」
「ははは、やだなぁナユハ。その口ぶりじゃあ私が毎日のようにやらかしているみたいじゃないかー」
「毎日じゃないよ。平均すれば半日に一回はやらかしているもの。ちなみに爆発を伴うやらかしは私がメイドになってから五回あるからね」
「あははー数字に強いのは素晴らしいと思うよ私はー」
現実から目を逸らす! ナユハが今着ているのはメイド服! もちろんスカートが長いクラシカルなタイプ! 私が直々に物理防御やら魔法防御やらの術式を組み込んだから超頑丈! たぶんドラゴンのブレスも一発くらいは耐えられる!
そして生地はスクナ様にお願いして作ってもらった聖布 (新品)だ! 聖布って現代の布と比べると魔法の固着効率が段違いだからね! もちろんタダでというわけにはいかないので金貨を100枚ほど積み上げたぞ!
……ちなみに、金貨100枚と言うけれどスクナ様が暴利をむさぼっているわけではない。ただ単に現在では貴重となってしまった材料をかき集めるのにそれだけ必要だったというだけのこと。
お父様たちからもらった金貨をかなり使っちゃったので、これから稼いで取り戻さないとね。そしていずれは適当な名分をつけて誘拐被害者のみんなに分配しないと。元々そういう目的で受け取ったのだし。
まぁつまり私は今金貨100枚ほどの借金をしているようなものであり。スローライフを送る前にまずは借金完済を目指さないと……。
おっと現実逃避したはずなのに別の悲しい現実を思い出してしまったぞ?
仕方がないので現実に向き合い、私はお金儲けへの第一歩を踏み出すことにした。
「はい! 今日作るのは――ポーションです!」
璃々愛からもらったレシピを天高く掲げた私である。
原作ゲーム(ソシャゲ版)だとポーションは初級・中級・上級に分かれていて、初級だとHPの四分の一を回復する性能。中級が半分で上級が全回復だ。もちろんMP用のポーションもある。
初級はかなり安価に入手することができたはずなのだけど、この世界にはポーションが売っていないみたい。もし作れたら市場を独占できるんじゃないのかな?
いきなりゲームみたいな安売りをすると治癒術士の皆さんが失業しちゃうから、売るなら高級路線ということになると思う。それか冒険者専門に売り出すか。治癒術士ってエリートだから冒険者には同行しないし。
レシピには三種類のポーションの製作方法が記されていたけれど、まずは初級から作ってみようと思う。
「ぽ、ポーション……?」
なぜだか震え声なナユハ。首をかしげた私だけど、沸かしていたお湯が沸騰したのでさっそく製作に取りかかる。
「材料をざくざくと切り刻み~、魔法の呪文を唱えながら鍋に投入~、魔力を込めながらかき混ぜればさぁ完成だ~」
完成。
できちゃった。
爆発も、失敗も無しに。
「――どうしてこうなった!?」
私が作ったんだよ!? 何で爆発しないの!? せっかく結界を張って準備していたのにさ! スキル“未熟なるもの”はどこいった!?
「可哀想なリリア……爆発無しでは生きられない身体になってしまったんだね……」
なんかナユハから不名誉なことで同情されているし! どうしてこうなった!?
くっ、しかし完成したのだから結果オーライ問題ナッシング! お爺さまに頼んで準備してもらった、いかにもポーションが入っていそうな蓋付きガラス瓶に入れて――できた。やっぱり爆発なしで。
大きな鍋で作ったからガラス瓶10本分。中途半端な量はコップに注いで、と。
一応左目で確認。……うん、初級ポーション。まかり間違って上級ポーションを作ってしまったわけでもなし。順調すぎてちょっと恐くなってしまう私である。
「……まぁいいや! ではさっそく実験してみよう! 被験者はこの方! 先日私がやらかした『王都ゴーレム襲撃未遂事件』の後始末で胃を痛めてしまったお父様! ダクス・レナードさんです!」
振り返るとシャーリーさんを伴ったお父様が痛そうに胃を押さえつけていた。
「被験者って、もう少し言い方はないのかなリリア」
「大丈夫ですわ、左目で安全は確認済みですもの」
半ば強引にお父様へポーションの入ったコップを押しつける。
なぜだか頬を引きつらせるお父様。
「……ポーションって、本物なのかな?」
「神様から教えてもらったので、本物かと」
正確には神様ではなく璃々愛から教えてもらったものだけど、神様って言った方が説得力あるし。まぁ璃々愛もオーディンさんの転生体なので間違ってはいないと思う。
「リリアはポーションがどんなものか理解しているのかな?」
「塗ってよし、飲んでよしの万能薬では?」
「…………」
お父様はしばらくコップを見つめ、ゴクリと喉を鳴らした後、覚悟を決めたように一気にポーションを飲み干した。
左目で効果を確認。おぉ、ちゃんと胃痛が消えているよ。やったね。
お父様は驚きで目を見開きながら何度か胃を撫でたあと、かなり力強く私の両肩を掴んだ。
あらまぁ、商人の顔をしていますわ。
「リリア、ポーションは量産できるのかな?」
「初級ポーションに限れば、材料は普通に手に入るものですから大丈夫ですわ。ただ、国中に行き渡らせるほどの大量生産をするなら原材料の量産から考えた方がよろしいかと」
「なるほど。中級や上級も作れるのかな?」
「材料が特殊なので今すぐは無理ですわ。用意できればすぐにでも」
「後で必要な材料を教えてくれ。レナード商会の総力をかけて集めてみせよう。それと、そこにある完成品のポーションだが、私が買い取ることはできるかな?」
「えぇ、まぁ、いいですけど」
ほんとは貧民街の友達に渡して、緊急の傷病者が出たときに使ってもらおうと考えていたのだけど。材料はまだあるからもう一度作ればいいだけだ。
「では10本すべて買い取ろう。代金は後払いでいいかな? 販売価格が未知数だからね。とりあえず前金は渡しておくよ」
そう言ってお父様は財布を取り出し、財布をそのまま私に手渡してきた。
ずっしり重い。この前の金貨袋ほどじゃないけれど、もしも中身が全部金貨だったら20~30枚くらい入っているのでは?
日本円で200~300万くらい。そんな大金を財布に入れているなんてさすがレナード家の当主ですわねーと私が苦笑いしている間にお父様はシャーリーさんを連れて台所を出て行ってしまった。
最後、シャーリーさんが『もしかして私がポーションを鑑定するのでしょうか? せ、責任重大すぎる……』とつぶやいていたのが印象的。
いくら私でも、みんなの反応がおかしいことくらいは察することができる。
「……ナユハさんや、ポーションとはそんなに高価なものなのかのぅ?」
「何その老人みたいな口調は? うん、高価だよ。なにせポーションというのはスクナ様から人々に伝えられた“神授の薬”だもの」
スクナ様も色々やっているんだねー。そう言われてみれば姉御が昔そんな話をしていたような気がする。
スクナ様と知り合いであるせいかそういう伝説や神話には興味が湧かないんだよね。なぜなら『あぁそれはそんな大層な話じゃなくてですねー』と本人から残念な真相を話されてしまうから。
ナユハがさらに詳しく解説してくれる。
「それに、1,500年くらい前にポーションの製造方法を独占していた教会が、ポーションを使っての悪事を繰り返したことにスクナ様が激怒。“神の雷”によって当時の教会のことごとくを全焼させ、その結果としてポーションの製造方法は失われてしまったんだ」
悪事ねぇ。ポーションの価格つり上げや『逆らうとポーションを売らないぞ』的な強迫などをやらかしたのかな?
「今残っているポーションは遺跡とかで発掘されたものだけ。古すぎるから使えるかどうかは分からないし、薬というよりは歴史的遺産という扱いだね。新品で、実際に使えるポーションは貴重すぎて値段なんて付けられないよきっと」
シャーリーさんの反応にも納得だね。
しかし、神授の薬で、1,500年ぶりに生み出されたとなると……うわぁ、やばい。面倒くさいことに巻き込まれそう。
不幸中の幸いは最初に見せたのがお父様だったことか。うん、お父様なら変な事態にはならない、はず。だといいなぁ。商人モードだったのが少し不安だけれども。
まぁ、とにかく。
まだ何も起きてはいないけど、私は前もって叫んでおくことにした。
「――どうしてこうなった!?」
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