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閑話 二人の神官

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 リリアが盲腸の子供を治療していた頃。キナ・リュンランドと茶髪の青年――この教会を任された一級神官・セルジアは少し離れた場所でリリアたちの様子を見守っていた。

 子供の一人がお腹を押さえながら倒れたのを見てセルジアは飛び出そうとしたのだが、治癒魔法が使えない人間が割り込んでも混乱させるだけだとキナに説得されて事態の静観を決めたのだ。

 結果として。
 倒れた男の子は無事に回復し、少し遠かったので子供たちのやり取りを聞くことは叶わなかったが、リリアの来る前と後では明らかに子供たちの様子――特に、クロという黒髪の少女と他の子供たちの距離が縮まっていたのは明らかだった。

「リリアはほんとに人をたらす・・・のが早いねぇ」

 ニヤニヤとした笑みを浮かべるキナの隣、本来ならクロと他の子供たちの親交が深まったことを喜ぶべき神官・セルジアはなぜか眉間の皺を深めていた。

 セルジアは黙ってさえいれば落ち着いた雰囲気のイケメンなのであるが、深く刻まれた眉間の皺のせいで近寄りがたさを周囲に振りまいている男であった。

 そんなセルジアがさらに眉間の皺を深めているのだから、彼をよく知らない人間であれば声をかけようとすら思わないだろう。

 だが、キナであれば話は別だ。

「なんだ? 未来の神官長様はずいぶんと難しい顔をしているじゃねぇか?」

「……未来の神官長など、止してください。自分にはそんな資格はありませんから」

「神学校の主席卒業生さまがよく言いますねー。お前さんに最後の学期末テストで負けたことは未だに根に持っているんだ、せめて神官長くらいには出世してもらわねぇとあたしの気が済まねぇんだよ」

「まったく、『せめて』で要求していい地位ではありませんよ、神官長というものは」

 教会の地位は上から神召長、神官長 (三人)、大神官 (十二人)、そして神官 (一級、二級、三級)という順序になっている。

 だが、神召長になるには“神の声を聞くことができる”という条件が必要となるため、通常の手段で出世できるのは神官長が限界となる。

 その神官長に『せめて』出世しろと言うのだからキナのセルジオに対する期待の大きさを察することができるというものだ。

「まだリリアのことを信じられねぇってのか? なんだったら左目の金眼を見せるよう頼んでやってもいいぜ?」

「……いえ、神にも等しい金の瞳を私程度が目にしていいはずがありません」

「相変わらず堅苦しいねぇ。同じ色の瞳ってだけで萎縮してどうするんだよ? リリアに頼んだらスクナ様にも会わせてもらえると思うぜ? ま、その後に今まで通り神様を信じ続けられる保証はしねぇがな。実際あたしは信仰心がぐらんぐらんだ」

「なにやら尋常ではない発言がありましたが……、そもそもあなたは“神様”など信じていないでしょう?」

「あたしのことはどうでもいいんだよ。お前は神様とやらを信じていて、その神様と最も近しいとされる聖女様がやって来た。なのに、何でそんなに難しい顔をしているんだ?」

「……難しい顔ではありません。これは、そうですね。強いて言うなら『悔しい』でしょうか?」

「悔しい?」

「えぇ。私が頭を悩ませ続けたクロと他の子たちとの仲立ちを、あの御方はこの短時間で成し遂げてしまいましたから。もしかしたら、悔しいのかもしれません。本当は喜ぶべきだと分かっているのですがね」

「へぇ、お前さんにもそんな感情があるんだねぇ」

「ありますとも。目を逸らしたくなるほどに醜い感情が……。こんな私は大神官にふさわしくはない。それが分かったからこそ地方神官に立候補したのです」

 何とも清々しい表情をしながらセルジアは“聖女”リリアを眺めている。

「リュンランドさん。“聖女”とはなんでしょうか?」

「……神様から最も愛された存在。神の声を民に代わって聞き届け、民のために神へと願いを届ける者。ってところか?」

「あなたにしては模範的で、複雑で、長ったらしい解釈ですね」

「ケンカ売ってんのか? じゃあ、お前さんが考える聖女ってのは何なんだ?」

「簡単ですよ。聖女とは、人を救うのです」

「…………」

「そして、リリア・レナード様は人を救ってみせました。黒髪というだけではぶられていたクロと、クロを避けることで神による救いの道から遠ざかっていた周りの子供たち。そして、クロを救えずに自らの力不足を思い知らされた私という人間を」

「力不足、ね。リリアみたいな『ちーと』を前にしたら嫉妬するもんだと思うんだがねぇ」

「あそこまで『格』の違いを見せつけられては、嫉妬よりも感心の方が上回りますよ。それに、神に愛されていることと人望は関係ありません。9歳の少女があそこまで至れるのです。ならば今までの自分は単なる修行不足。とりあえずは今のリリア様に追いつけるよう今日から修練してきませんと」

 セルジアの瞳は目標ができた人間特有の輝きに満ちており、そんな彼をキナはほんの少しだけ格好良く思ってしまった。

 よく考えれば。セルジアは元々顔はいいし、性格も良好。そして神学校の同級生で気心が知れているとなればかなりの好物件だ。

「……だが! あたしにはダクスの旦那という心に決めた人がいるんでな! 残念だったなセルジア・イングード!」

「はぁ? あなたは昔から突然訳の分からないことを口走りますよね」

「訳の分からないって………。ったく、これだから乙女心の分からないヤツは」

 存分に肩をすくめてからキナは踵を返し、リリアの元へ歩いて行く。その歩幅は淑女と思えぬほど広く、神官とは信じられぬほどに荒い。

 ほんとうに、キナは女性としては落第点を付けるしかないような粗雑な人間なのであるが。

「……乙女心、ですか。ならばあなたは男子の純情を理解していませんよ」

 どうしてこうなった、と悔いても意味はない。
 あのとき動いていれば、と後悔するのは遅すぎる。

 そもそも。セルジアがキナと出会ったあのとき。キナの心にはすでに一人の男性がいたのだから。

「……修行不足」

 小さくつぶやいてからセルジアもキナの後を追った。



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