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愛理

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 ――あの子を、助けてあげて。


 記憶が流れ込んでくる。
 昔々の、前世の物語。
 大切な ともだち・・・・との思い出が。


(……は~、やっぱりまだ隠し事していたよ前世の私)

 昨夜の夢は幸せな一場面だけを切り取ったものだったらしい。
 ただまぁある程度は仕方ないか。一番の親友が学生のうちに 不慮の死・・・・を迎えてしまっただなんて9歳児にわざわざ教えるような話題でもないのだから。

(……なるほど、あの幽霊さんの正体は前世の親友さんであると)

 彼女の名前は笹倉愛理。享年18歳。死因は――

 しかし、愛理さんはなんでまた異世界で幽霊をやっているんだろうね?
 疑問に思う私の横、お爺さまが一歩を踏み出した。わぁすごい覇気。こっちの肌が焼け焦げそう。幽霊退治する気満々だ。きっと孫娘にいいところを見せようとしているんだね。

『――っ!』

 お爺さまの覇気に幽霊……いや愛理さんが反応した。小手調べとばかりに魔力をそのまま暴風としてこちらに叩きつけてくる。魔法に変換されていないので殺傷能力はないけれど、私は思わず数歩後ずさりしてしまった。反射的に結界を展開したにもかかわらず、だ。

(うぉお凄い魔力量! 魔法として発動させなくてこれとか、もし魔法を使ったらどんな破壊力になるんだろうね?)

 その魔力量、あるいはわたしチートに匹敵するかも。
 武力はともかく魔力はそれほどでもないお爺さまは大丈夫かな? 私がお爺さまを横目で確認すると――、立っていた。一歩たりとも動くことなく。むしろ踏ん張っている様子すらない。私ですら結界を張った上で後ずさりしてしまったというのに……。

 バケモノか。
 どん引きした私を見てお爺さまはやれやれと肩をすくめた。

「やれやれ、リリア。まだまだ修行が足りないな。この程度の魔力を受け流せないでどうする?」

「この程度って……」

 原作ゲームでは後に“聖女”となる私の魔力に匹敵するんですけど? それを魔法も使わず受け流せるってどういう理屈なんですか?

 あーでもお爺さまに関して常識で判断しようとしても無駄か。できるものはできる。きっとそういう理屈なのだろう。

「ふむ、しかしリリアを危険にさらすのも気が引けるな。あの幽霊はなかなかの強敵であるようだし……。どれ、さっさと決着を付けてやるか」

 そう言ってアイテムボックスから槍を取り出すお爺さま。構えを取ったその姿はどんな芸術よりもなお美しく、未熟な私では一切の隙を見つけることができなかった。

「いいかリリア。幽霊には物理攻撃の効果が薄いが、槍で突き殺せぬ訳ではない。目で見える像ではなく、相手をこの世に繋いでいるを穿つのだ」

「…………」

 まだまだ修行の足りない私ではお爺さまの言葉の半分も理解できない。

 槍術の極地。

 お爺さまの槍を受けて成仏できる幽霊は幸いだろう――って、成仏させちゃダメだって!

「お、お爺さま! ちょっとタンマ、タンマです!」

「たんま?」

 しまったこの世界に『タンマ』って言葉はないのか!


『あるとかないとかの問題じゃないよねー』
『あっちでも普通に死語だしー』
『幽霊を前にして死語を使うなんて“しゃれおつ”だよねー』


 くっは妖精さんにバカにされた! 死語死語言うな泣くぞ! 私が子供の頃は現役だったんだ!

 思わず妖精さんを威嚇する私。そんな孫娘の様子は尋常じゃなかったらしくお爺さまも幽霊退治を中断してくれた。け、結果良ければすべてよし。

 深呼吸して仕切り直し。
 愛理さんに対する術式は目に巻かれた包帯だろう。
 しかし、包帯を取り外しても意味はない。あの包帯は電化製品で言えば配電や基板のようなものであり、電源・あるいはバッテリーの役割を果たすものが他に存在するはずなのだ。それを破壊しなければ包帯もすぐに復活してしまうだろう。

 そして、例に漏れずその電源相当の部分は魔術によって隠蔽されていた。独創文字による術式なので通常の解析方法では骨が折れそうだ。

 そう、通常の解析方法では。

「…………」

 左目に手をやり眼帯を取り払う。
 前世の親友のためだ、少々疲れるが出し惜しみはしない。

「――発動エイフルッフ

 きっと今私の左目は金色に光り輝いているだろう。
 鑑定眼アプレイゼル――の、さらに上。
 全知全能にして世界を見渡す者であるオーディン。そのオーディンが知恵を身につける際に重要な役割を果たしたのがこの左目だ。

 ゆえにこそ。この左目はにして 力を持つ。

 私はまだすべてを使いこなせているわけではないけれど……。

「――天の網は細細ほそこまやか 疎密に至りて悪事を照らす」

 あたまがいたい。
 瞳の力が強大すぎて9歳の身体には負担が掛かりすぎるのだ。あまりの激痛に視神経がぶち切れそう。
 まぁでも死にはしないから大丈夫。前世と前々世で死んだ経験がある私はこの程度でひるむことはない。死ぬよりマシだと考えれば大抵のことはできるものなのだ。


「一流を三流に」
悲劇かなしみ喜劇よろこびに」
「我が挑むは神の業」


 一流の悲劇よりも三流の喜劇を。いいこと言うよね前世の私。まぁ元は小説から引用したみたいだけど。

 ……私もそっちがいい。
 多少強引でも、多少無茶苦茶であったとしても。心に残る悲劇よりも笑い飛ばせる喜劇がいい。
 そのためになら、ちょっとの無茶も許されるだろう。

「――千里眼バーレイグ

 陽炎のように世界が一瞬揺らぎ――すべてが見えた。
 愛理さんを取り巻く術式も、彼女が受けた苦しみも、術者のどす黒い感情も……。

 ……首元!

 細白い首に巻かれた首輪。その中心に真っ赤な魔石がしつらえてある。その魔石が愛理さんの魔力を吸収し、目を覆う包帯の術式に対するとなっているのだ。

 アレはおそらく隷従の首輪を改造したものだろう。確かソシャゲ版のアイテムでありこの世界では奴隷の自由意志を奪うために使用される。
 もちろん、奴隷が禁止されているこの国においては所持することすら罪であり私も本でしか見たことはない。

 隠蔽されていた場所が分かったのだからあとは隠蔽魔法の術式を解析するだけ。愛理さんの全身に分散させていた意識を首に集中できるのでそれ自体はすぐに終わる。

 隠蔽魔法が消えた。
 首輪が現れる。ガラスが割れるような音と共に。

「お爺さま!」

 すべてを察したお爺さまが槍を構えなおした。

「――神穿天変」

 槍の穂先が消えた。
 消えてしまったと錯覚した。
 左目の力を解放しているのに。
 それでも、一瞬。槍の動きが 消えた・・・のだ。


 ――神は殺せぬ。


 かつてその常識を覆し、邪神を屠った一槍は。故にこそ常識に縛られぬ技へと昇華された。

 槍の頂点。
 武の極地。

 神槍の名に偽りなし。

 槍の穂先は寸分違わず――逃れようとする愛理さんの動きすら先読みして――正確無比に首輪の魔石を貫いた。
 ついでとばかりに頭の包帯まで切り裂いてしまう腕前にはもうため息しか出てこない。

 愛理さんの瞳が露わになる。
 なつかしい、なつかしい漆黒の瞳だ。


『――あ、ああぁああぁああああっっ!』


 悲痛な叫びが屋敷にこだました。苦しそうに愛理さんが頭をかきむしっている。

「うむ? どうしたのだ? 傷つけてはいないはずだが」

「おそらく長期の支配から解放されて頭が混乱しているのですわ、お爺さま」

 あるいは自我を取り戻した際に自分の死に様がフラッシュバックしたか。私も寝起きに前世の死に様がフラッシュバックしたときは取り乱してしまったなぁ。あれ、今自分が生きているか死んでいるか分からなくなるんだよね……。

「頭を叩けば治るか?」

「お爺さまが叩いたら治るどころか割れてしまいますわ。自覚はないかもしれませんが魔石って槍の一撃で壊れるような代物じゃありませんよ?」

「そうだったかな?」

 本気で首をかしげるお爺さまにはとても任せられない。せっかく助けた愛理さんの頭がザクロのように割れるとか笑えない。

 しかし、かといって私も混乱した人間を落ち着かせる方法は知らなかった。とりあえず貪り喰らうものグレイプニルで愛理さんの身体を拘束して、それから……。

 ……と、頭の中で璃々愛前世の私が語りかけてきた。

「え? これを言えばいいの?」

 よく分からないけど前世の私が頭の中で喋った言葉をそのまま口にする。

「え~っと、――学校に推しキャラの抱き枕を持ってきて没収された『R18抱き枕事件』?」

『ぐはっ!?』

 愛理さんが心臓を射貫かれたみたいに身じろぎした。

「――修学旅行の時にBでLな同人誌を買ってお説教された『京都でアニ○イト事件』」

『かはっ!?』

「――新入生歓迎会の時に全校生徒の前で15分以上妄想を語ってしまった『漫研勧誘事件』」

『ひでぶっ!』


 もうやめて 愛理さんの らいふは ぜろよ


 私の懇願に璃々愛前世の私はやっと黒歴史の披露を止めてくれた。いやそのまま語っちゃった私も悪いんだけどね?

 愛理さんは椅子に力なく座り、真っ白に燃え尽きたボクサーのようにうなだれていた。ここ廊下なんだけどその椅子はどこから持ってきたんだろうね? あまりの不憫さに思わず貪り喰らうものグレイプニルによる拘束を解いてしまった私である。

『こ、この切れたナイフ――じゃなくて心に突き刺さる言葉のナイフは……璃々愛?』

 よろよろと顔を上げた愛理さんに私は親指を立てた。

「いえす、あい、あむ。まぁ正確に言えば生まれ変わりで、記憶があるってだけで本人ではありませんけれど」

 頭の中に璃々愛の意識は存在する。でもそれを話し始めるとややこしくなってしまうからまた後日。時間が取れるときにゆっくりお話ししたいと思う。

 あと言葉のナイフ云々について詳しく聞きたい。前世の私ってそんなに毒舌だったの?

 私の顔を見た愛理さんは目を丸くしていた。どうやら私が乙女ゲームのキャラクターであると気付いたらしい

『り、リリアちゃん? あ、いえ、リリア・レナードさんですか? え? ボク☆オトのヒロインの?』

 一応敬語で問いかけられたので私も相応の態度で答えよう――としたけれど、一般人である愛理さんに対してそんなかしこまらなくても大丈夫だよね? 記憶のせいか他人の気がしないし。

「はじめまして、でいいかな? 私はリリア・レナード。愛理さんが思っているとおり乙女ゲームのヒロインです」

 敵意はありませんよーと示すためににっこりと笑いかける。ファンディスクルートの悪役令嬢だと勘違いされたら大変だものね。人間、第一印象がとても大事。

 と、私が9歳にしては立派な対応をしているというのになぜか愛理さんは頭を抱えてしまった。

「なにこの人なつっこい笑顔! 超可愛いけど私の知ってるリリアちゃんじゃない! リリアちゃんはクールで優しくてふとした瞬間に見せるデレが可愛いボクッ子で――初対面の人間には塩対応してくれなきゃダメなのよーっ!」

 何とも失礼なことを叫ばれてしまった。腹の底から。王宮にまで届くんじゃないかってくらいの大声で。これは間違いなく類は友を呼ん前世の親友だ。

 いや~、うん、私も一応ゲームの知識はもらっているからさ。ゲームでの私が心許した相手以外には笑いかけないキャラだってのは理解しているけど……。現実的に考えて、社交性が重視される貴族令嬢がそんな態度を取れるわけないじゃん? いや逆ハーレムルートがあるゲームに常識とか現実を当てはめても意味はないだろうけど。

 というか、この性格になったのは(元々こうではあったけど悪化したのは)前世の記憶を思い出したことも一因で、つまりはあなたの親友さんにも責任があると思うのですが……。絶望したように『orz』している愛理さんを見ているともう何も言えなくなってしまった。

 う~ん、どうしてこうなった?


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