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はじまりはじまり
しおりを挟む――精霊さんと遊んでいたら、イタズラされた。
それはもちろんエロい意味でのイタズラではなく、かといって健全とは言いがたいものであり……。まぁとにかく、私は妖精さんのイタズラで前世の記憶を思い出してしまったわけだ。
そして気付いた。
ここは前世でプレイした乙女ゲームの世界で、私はそのヒロイン。十五歳になったら入学する魔法学園でイケメンと素敵な恋物語を繰り広げることができる……。
そんな記憶を思い出した私は、考えたわけである。
(あれ、魔法ってすごく面白そうじゃない? 中二病にとって夢の世界だわー)
(というか、魔法と前世の記憶を駆使すれば技術革命を起こせるんじゃ? そうすれば左うちわでの生活も夢じゃない……。まさかの大富豪フラグ?)
――リリア・レナード。9歳。
将来の夢が『魔術研究家か発明家』になった瞬間であった。
◇
リリア・レナード、9歳。突然ですが前世の記憶を思い出しました。
……うん、わかってる。今の私って完全に『痛い子』だよね。
でも、そんな常識的な思考で現状を否定しきることはできないわけで。
「う~ん、どう見てもヒロインの“リリア・レナード”だよねぇ」
私室の鏡で自分の姿を確認した私は小さく独りごちた。
日の光を受けて新雪のように輝く白銀の髪。
磨き抜かれたルビーのような赤い瞳。
二次元にしかありえないほど美しい造形の顔つき。
そして、左目を覆い隠す医療用の眼帯。
……とりあえず、中世から近世ヨーロッパ風の世界観なのに前世日本で広く使われていた医療用眼帯が存在することは一旦脇に置いておこう。たぶんこういうのは深く考えたら負けだ。
今はまだ9歳なので顔つきに幼さが残っているけれど、6年後、ゲームの舞台である学園に入学する頃にはゲーム通りの美少女になっていることだろう。
そう。ゲーム通り。
どう考えても、何度確認しても、ここは前世の私がプレイした乙女ゲームの世界であるとしか思えなかった。
いやまぁ、ゲームでの私はいわゆる『ボクっ娘』であり、年齢にそぐわぬ大人びた言動をしていたりと今現在のリリアとはだいぶ違っているのだけれども。それ以外は前世でプレイしたゲームの設定と同じなのだ。
いわゆる転生モノってやつ?
「前世でよくやった妄想を現実のものにするとは、さすが私だわ……」
呆れるべきか感心するべきか。とりあえず頬をつねってみたら痛かったので夢の世界ではなさそうだ。オタクの妄想力は次元すら超越するのか。
……そう、前世の私はオタク女子。乙女ゲームやそれに関連する小説が大好きだった。特に悪役令嬢に転生した主人公が運命を変えるために奮闘する、いわゆる『悪役令嬢モノ』は大好物だった。
あまりに好きすぎて自分でも執筆し、それを数少ないオタク友達に(自信満々に)読ませてしまったのは転生した後も心を苦しめる黒歴史だ。
そして。そんな私だからこそ、この世界に既視感を抱けたのだろう。
中世から近世の欧州風な世界。大陸の半分ほどを支配するヴィートリアン王国……。国の名前や地図、リリア・レナードという私の名前などが記憶にあるものとぴたりと一致する。
やはり私は冗談じゃなく乙女ゲームのヒロイン役に転生したらしい。
それだけなら、まぁいい。前世の私は乙女ゲームに転生する系の小説が大好きだったし、ゲームで胸をときめかせたあのシーンが三次元で楽しめるかもしれないというのは(客観的に見て)最高の状況と言えるはずだ。
ただ、問題があるとするならば。
私の転生したゲーム、『ボク☆オト ~ボクと乙女と恋のメロディ~』には本編のゲームと、ファンディスクが存在することだ。(ソシャゲもあるけど、ストーリーは本編を元にしているのでとりあえず脇に置いておく)
本編は、ヒロインの設定が一風変わっているけれどまぁまぁ普通の乙女ゲームといえるはず。剣と魔法が跋扈する世界で下級貴族の娘として生まれた私(ヒロイン)が王立学園に入学し、王太子や宰相の息子といったイケメンたちと恋に落ちていくストーリー。
ゲーム中盤で個別ルートに入った後は、ヒロインが“聖女”としての力に目覚めて魔王を倒し最後は幸せなキスをして終了というのが大まかな流れだ。
乙女ゲームとしては一風変わっていたものの、ストーリーの評価は高かった。特に愛する者と民を守ろうとした王太子の言動は涙を誘うものがあり、一流の悲劇だと評されていた。あの悲劇があるからこそトゥルーエンドが光り輝くのだと。
……ま~私の座右の銘は『一流の悲劇より三流の喜劇を!』なのであまり好きじゃなかったけれど。多少陳腐でも幸せ一杯な物語が好きなのだ私は。
それでもキャラの名前やストーリーの詳細やらを覚えているのは悲劇の方が印象に残りやすいのと、友人の影響と、のちにリリースされたソシャゲにハマってしまったからだと思う。
……あ、課金額も思い出して頭痛がしてきた。なぜあんなにも金をつぎ込んだ前世の私。
とまぁ、あのゲームについては色々と思うところはあるけど、ヒロインとしてやっていくなら中々いい世界だと思う。魔王や魔物の被害も私には直接降りかからないし。下級貴族とはいえお金持ち&政略結婚の必要はないもの。
……問題はファンディスクだ。
こちらは本編の設定をそのままに、本編で途中退場する悪役令嬢を主役に据えた物語だ。いわゆる『悪役令嬢モノ』というやつね。
本編での悪役令嬢さんはどのルートでもヒロインの前に立ちふさがり、数々の嫌がらせを行った結果として卒業記念パーティーで断罪、ルートにもよるけど自主退学から処刑までバラエティに富んだ最後を迎えることになる。
そして、そんな『悪役令嬢』としての運命を変えるために奮闘するのがファンディスクの内容なのだ。
ちなみにファンディスクだと悪役令嬢さんが“聖女”としての力に目覚めて魔王を倒してしまう。“聖女”はヒロインじゃなくてもいいんかーい、と、本編での感動を台無しにされた私は一人ツッコミをしたものだ。
さて、問題はこの世界が本編なのか、ファンディスクなのかということ。
本編の世界なら私はヒロインとして攻略対象と甘々ラブラブの生活を送ることができるけど、ファンディスクの世界だと『現実世界をゲームの世界だと勘違いしている痛い女』として扱われてしまうのだ。
ファンディスクはあまりにも前作主人公であるヒロインの扱いが悪すぎたから全キャラクリアする前に投げ出してしまったけど、それでもゲームと現実の違いを受け入れられずに発狂したり、国家反逆罪で獄中死したり、王妃になった後に国を私物化してギロチンされたりと数々の『ざまぁ』を受けてしまう運命にあるのだ。
うん、やはりファンディスクはヒロインに厳しすぎだし、なによりキャラの改変――いや改悪が酷すぎるよね。つねに冷静沈着で誰よりも大人びていたヒロインが電波系になるってもう最初から別のゲーム作れよって感じだ。後のソシャゲでも『なかった』ことにされていたし。
ちなみに今の『私』の性格は本編ともファンディスクとも異なっている……と思う。さすがに本編みたいな『大人びたボクっ娘』という濃いキャラではないし、かといってファンディスクほどぶっ飛んでもいない。が、今後どちらかの世界に進む可能性は否定できないだろう。
出来ることなら本編へ。万が一ファンディスク世界に進みそうなら、なるべく早い段階で軌道修正を図らなくては。
しかし、9歳という現時点では本編(&ソシャゲ)とファンディスクの世界を見分ける方法はない。
最も早く分かるのは学園に入学して、王太子と出会ってからかな? 本編では王太子としての立場から誰にも心の闇を打ち明けられず静かに苦しんでいたところをヒロインに救われるというありがち――じゃなくて王道のストーリー展開をするんだけど、ファンディスクでは幼なじみである悪役令嬢さんの奮闘によって入学時には心の底から笑えるようになっているのだ。
で、心の底から笑えているのにヒロイン(私)は『あなたの本当の笑顔が見たいんです!』とうるうる上目遣いを行使して周囲をどん引かせてしまうと。
マジで電波だなぁ。
物語として楽しむのならともかく、自分自身がやりたいとは思えない。それはもちろんファンディスクでの痛い言動や『ざまぁ』はもちろんのこと、本編での略奪愛もそうだ。
一部の例外を除き、攻略対象者は婚約者がいるのに“真実の愛”をささやくのだヒロインに。
正直、どん引きだよねー。
婚約者がいるのに別の女(ヒロイン)に手を出すような男なんて、いつ浮気するか分からないじゃないか。
家と家が決めた政略結婚の重要性を理解できない残念な頭なのもちょっとねぇ。
そもそも、婚約者のいる男性に言い寄るとかとんだビッチだよねヒロインさん。深く考えるまでもなく。そりゃあ悪役令嬢さんも嫌がらせするわー。
うん、やっぱりないわ。イケメンとのイチャイチャ自体にはちょっと心を引かれるが、浮気男とは関わりたくもないし、寝取り女にもなりたくない。ゲームとして楽しむのならとにかくとして、現実では全力でお断りさせていただきます。
……それに、正直言ってイケメンとの恋愛よりも魔術の勉強をする方が何倍も面白そうだし。どうせなら親の金じゃなくて自分で稼いだお金で豪遊したいし。ニートと大富豪には大きな違いがあるのだ。
イケメンとの恋愛や魔王侵攻といった乙女ゲームのフラグを叩き壊せば大富豪としてスローライフを楽しむことも夢じゃないだろう。
というわけで、私は決めました。
スローライフの邪魔になりそうなフラグはすべて叩き壊し、魔術研究家か発明家として名を上げて、大富豪として左うちわな生活を送ってみせるとね。
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