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01. 神様はいつかぶん殴ろう

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「――おぉ 魔王よ! 死んでしまうとは なにごとだ!」

 目の前の美少女がどこかで聞いたことがあるセリフを口走っていた。

 ……俺は魔王なんかじゃないんだが? いや今までの人生で職業柄いろいろなことはやって来たけれど、さすがに“魔王”と呼び恐れられるほどでは無いと思う。

 と、ツッコミをしようとしたところで気がついた。声が出ない。慌てて手を喉に当てようとしたら、その腕がない。

 おそるおそる自分の身体を見下ろすと……光っていた。具体的に表現すると俺は20cmくらいの光る球(?)になっているようだった。

 ……なるほど、これは夢か。
 周りを見渡すと白いモヤがかかった不思議空間だしな。うん、夢だ夢。となるとさっき俺が死んだのも夢ってことに――

「残念でしたー。夢じゃありませーん。……ほぅほぅ、“魔王”としての自覚無しで生きていたと? ま、あの世界は魔法が一般的じゃないものね。使い方を知らなければそんなものか」

 喋っていないのに意思疎通ができていた。心を読まれたのだろうか?

「ふっふーん! この 美☆少☆女 創造神様♪ にかかれば心を読むことなど造作もないことなのさ!」

 謎のポーズを決めながら創造神(?)がドヤ顔をしていた。
 ふむ、美少女か……。


 月のような淡い光を放つ金色の髪。
 宝石のように美しい金の瞳。
 初雪がごとく汚れのない肌。
 そして、人の手によって作られたと錯覚してしまいそうなほどに完璧な美貌。

 ついでにいうと、背中から生えた羽は天使っぽい。


 うん、美少女だ。それは素直に認めるしかないが……性格が残念だな。

「出会って五分も経っていないのに性格を判断するのは早くない!? いやほとんどの神(ひと)が三日も経てば『残念な性格していますね』ってため息つくけどさ!」

 なんでやねーん、と創造神(?)はひとしきりジタバタした後、暴れるのにも飽きたのかコホンと咳払いをした。

「まぁいいや。私の利点は大らかなことなのだから!」

 細かいことを気にしない大雑把な性格、と。

「キミはツッコミが鋭すぎるね! 初対面ながらもうちょっとビブラートに包んでよ!」

 オブラートだ、というツッコミはありきたりすぎてやりたくないなぁ。

「ぐふっ、神様のK.P.(心・ポイント)に深刻なダメージ! 精神的に死んじゃいそう! 言葉だけで創造神をここまでを追い詰めるとは、さすがは魔王だね!」

 一人相撲は楽しいですか?

「かはぁあああぁあっっ!」

 神様が吐血しながら吹っ飛んだ。凄いなK.P.へのダメージ。

 創造神(?)は床に両手を突いてうなだれ、『大丈夫、私は創造神、創造神、創造神……』と小さく繰り返していた。

 この神様、ちょっと打たれ弱すぎじゃないだろうか? ここまでやるつもりはなかったのでちょっと罪悪感。

 大丈夫ー、自信もってー、キミならきっと立ち上がれるー。

 心の中で声援を送っていると、創造神(?)は勢いよく立ち上がった。

「無辜なる民からの声援を受けて! 今ここに大復活っ!」

 わー、すごいぞ創造神様ー。

 ……ちなみに、無辜とは罪のない人という意味。
 俺、そこまで品行方正な人生送ってこなかったんだけど……。下手に言及するとまた凹んでしまいそうなので黙っておく。

「コホン。では本題に入りましょうか」

 創造神(?)が目の前で手を振ると、空中にモニターのようなものが浮かび上がってきた。あれは、あれだろうか? よくマンガやアニメで出てくるステータス確認画面?

「え~っと、あなたのお名前は浦戸・楽くんで合っていますか?」

 はい。

「色々あって死んでしまいましたが、受け入れていますか?」

 ……人の最後を『色々』の一言で片付けられたこと以外は、まぁ。

「じゃじゃじゃじゃーん! というわけで浦戸・楽くん! 創造神の力によってキミに新しい人生をプレゼントしましょう! いわゆる異世界転生ってヤツだね! ――マジゴメン」

 いやなんでいきなり謝罪しているんだこの創造神(?)は?

「キミに拒否権はありません。なぜなら、二千年ほど前に神と人が結んだ契約だからです。――マジすまん」

 その口ぶりだと、俺は巻き込まれただけなんだろうなぁ。
 はた迷惑な話だが、謝ってくれるだけマシなのかもしれない。

「そう? やっぱりそうだよね! いや~私ってば素直さが取り柄の創造神だからさ! ついでに昔々の約束を守る義理堅さも褒めて欲しいな!」

 調子に乗るな。

「――マジお詫び申し上げます」

 とうとう土下座したよこの創造神(?)。

 ……それで? 契約って具体的になんなんだ?

「神の因子を持つ女性――いわゆる神子だね。その神子が、命を捨てて神様に希(こいねが)うとき、神様は願いを聞き届けなければならないのです」

 そうなのですか。
 で、その神子さんは何を願ったんだ?

「魔王の復活」

 穏やかじゃないな。何でまたそんなことを?

「私の口から説明するのは無粋ってヤツだね。直接本人から聞いてくださいな」

 聞くって、その神子は命を捨てて希ったんじゃないのか?

「うん、だからもう死んでいる。でもまぁ恨みが深すぎてまだあの世界に留まっているからさ。いわゆる悪霊とか怨霊ってヤツだね。うらめしや~」

 …………。
 繰り返しになるが、穏やかじゃねぇなぁ。

「というわけでキミには転生してもらうわけだよ。本当は生きたまま“異世界トリップ”してもらう予定だったんだけど、準備している間にキミもまた死んじゃったからね。……あ! 転生させるために殺したわけじゃないからね!? 私のイメージのために断言しておくけど!」

 いやまぁ、死んだときの状況が状況だし、疑ってはいないが。

「そう言ってもらえると助かるねー。じゃあ、さっそく転生してもらうけど、こっちの事情に付き合わせるのだからいくつか“神の加護”をあげようじゃないか! ぱんぱかぱーん!」

 ……ま、どうせ死んだ身だからな。転生自体は受け入れるさ。どうせなら良い加護を頼むぜ?

「おねーさんに任せなさい! えっと、まずは確認。キミのスキルだけど、“現地築城(アルヒテクトゥーア)”があるね。これは私が与えたものじゃない、キミが生まれながらに持っていたスキルだよ」

 なにやら語呂がいいな。アルヒテクトゥーア。声に出して叫んでみたいスキルだ。

「中二病……。まぁこれは魔王の固有スキル“ダンジョン作成”が突然変異したものみたいだね。転生したら色々試してみるといいよ」

 ふんふんふーん、と創造神(?)は鼻歌を歌いながら空中のモニターを操作している。

「他のスキルだけど、“絶対契約(ヴァトラーク)”と“威圧(ズウィン)”、“即死無効(バロール)”があるね。これも魔王(キミ)の固有スキルだよ。特に“絶対契約(ヴァトラーク)”は今となってはキミしか持っていないレアスキル。どこの世界でもそうだけど契約は慎重にね。……本当に! 慎重に! 考え無しに契約を結ぶと二千年経った後でもタダ働きさせられるから!」

 経験者が言うと説得力あるなぁ。

「あとは新しく与える加護だけど、固有スキルに被らないヤツで……、せっかく転生させたのにすぐ死なれると無駄働きになっちゃうから自動回復(イルズィオン)をあげよう。それと異世界転生には必須のスキル自動翻訳(ヴァーセツト)を付けておこうかな」

 無駄働きうんぬんは気になるが、便利そうなスキルなので口をつぐむ。

「よし成功。あとは何を……ありゃ、もうポイント足りなくなっちゃった」

 ポイント制なのかよ。

「新しいスキルは付けられないけど、そうだね。キミは生前かなり鍛えていたみたいだから、生前と同じくらいの身体能力をプレゼントしよう。慣れたら女の子・・・とは思えない動きができるはずだよ」

 ……おい。
 今、妙なことを言わなかったか?

 おんなのこ?

「神の名において祝福を! キミの行く道に幸多からんことを! ――最後にもう一度謝っておくけど、マジゴメン! そういう契約だから、神子(おんなのこ)の身体に魔王(キミ)を転生させます!」

 ちょっと、
 待て!?

 発言を問い糾そうとした俺の視界が、ぐわんと、回った。

「あとで何か埋め合わせするから!」

 創造神の謝罪を耳にしながら意識が遠くなり、そして――


                     ◇


 ――気がついた。

 まず最初に感じたのは猛烈な頭痛。喉の渇きと、全身の倦怠感。

「……夢か?」

 夢だったらよかったのに。

 俺の耳に響いてきたのは、自分自身の声。自分の声、で、あるはずなのに。どうにもありえないほど甲高いような気がする。

「…………」

 まずは定番。
 胸を揉んでみる。

 うん、たゆんたゆん。

 女の胸ってこんなに柔らかいのか、と感動してしまうのは童貞の悲しいサガか。

「…………」

 続いて。
 これは確認しなきゃいけないだろう。

 十全の覚悟と、決死の心構え。俺は何度か深呼吸した後、一気呵成に右手を股間へと押し当てた。

 ……ナッシング。

 アンビリーバボー。

 何がとは言わないが、大事なものがなくなっていた。

 大事なものがなくなっていた。

 だいじなものが……。

 よし。

 もう一度あの創造神に会うことができたなら、ぶん殴ろう。

 固く誓った空は突き抜けるように青かった。ちくしょうめ。



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