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トナカイさんたち準備中
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僕はトナカイなんです。
今年はじめて、クリスマスイブ本番に参加させていただくことになったんです。
もう、待望の、憧れの、クリスマスイブ本番ですよ。
もちろん世の中にはいろいろな生き方があって、歌手になったり、農地を耕したり、そしてバレーボールの選手になるのだって、そのトナカイ自身が幸せであり、心が前に進める生き方ならば、本当に良いものだと思ってます。
それでも、それでも、クリスマスイブに子どもたちへのプレゼントを運ぶという、大切な役割を担う仕事に就くことは、僕にとっては幼い頃からの夢だったんです。
だってこの仕事は、あのカッコいい馬さんや、象さん、そしてガソリンやら電気で走る自動車さんも、
「いや、俺たちではない。サンタクロースのパートナーの役割は、君たちにしかできないよ」
と首を横にふる、そんな仕事なんです。
僕らにしかできない、背筋が伸びます。
「緊張しすぎないことですよ、新人さん」
休憩室で、先輩がにっこり笑いながら言います。おいしそうにお茶を飲みながら。
「そうですね、緊張して本番で足がからまってしまうと大変です」
僕は言いました。もうすでに緊張しています。
緊張で僕のお腹の皮は固まってきました。どうしよう。
先輩はそんな僕を興味深そうに眺めて言いました。
「もう十年以上も前のことですけどね、僕の参加したチームで君と同じくらい緊張した新人さんがいましてね、いやあ、あの年はすごかった。新人さん、空の上で自分の足をからませましてね、それで悪いことに我々をつなぐロープを器用に奇妙にぐちゃぐちゃにからませてしまい、その結果、最後はトナカイ全員の足をからませてしまったのですよ」
「どうなったんですか」
「落ちたのです」
「落ちたんですか」
僕は声がひっくり返ってしまいました。
「そしたらねえ、ある家の煙突の中にうまいことすぽっと入ったのですよ。実は我々のチームは縦に落ちていったのですよ。たてに。もしも横だったら煙突に入れないどころか、屋根に激突してひどいことになってましたよ。やはり訓練と経験の賜物ですなあ」
そんな訓練したことない、と僕は焦りました。
「ああ、君ら新人さんたちはまだですね。この落ち方訓練は結構難しいのでね、着地もコツがいるしね、二年目から訓練するのだったかな。そのときの新人さんは自分の力ではうまく落ちれなかったけれど、そこは先輩たちのカバー力でね、うまく落ちたわけですよ」
「そんな訓練があるのですね…」
僕のツノから大粒の冷や汗がでてきました。
しかし先輩は、なんてことないよ、というふうに話しました。
「サンタクロースにもその訓練はあるのです。荷台にもね、体を縮こませてちゃんと煙突を通るようにする訓練があるのです、だって荷台こそ頑張らないと引っ掛かりますから」
「荷台にも訓練があるのか」
僕にとっては驚くことばかりです。
「それで、そのあとどうなったのですか?」
僕は気になったので聞いてみました。
「うん」
先輩は、自分の胸のふかふかの毛を何度か撫でると続けました。
「いや、あのときはびっくりしたな。煙突をとおって暖炉に落っこちると、そこにはもう別のサンタクロースがいたのですよ」
「えっ?」
「それがね、”闇のサンタクロース一味”だったのです」
「”闇のサンタクロース一味”とはなんでしょうか?」
僕は驚きすぎて、あごが外れそうになりました。
「子どもたちの欲しがらないものを運ぶんです」
と、当たり前の事実を言うような口調で、先輩は言いました。
「さんすうの宿題とか?」
「ちょっと違う」
先輩は笑って首を振りました。そしてすぐに真顔になって続けました。
「うん、"闇のサンタクロース一味"のことは、やはり二年目の訓練時に教わるものなのです。それは、緊張しやすい新人さんがさらに恐怖にとらわれて動けなくなってしまうことを避けるためなのです。
でもね、僕は新人さんにもちゃんと教えたほうが良いと思っているのです。だからいまここで君に教えます。
うん…そう…世の中にはね、誰かを傷つけたい気持ち、イライラした気持ち、何もかもが許せない気持ち、そういうものを運ぶ”闇のサンタクロース一味”がいるのです。そいつらはね、”光のサンタクロース”が鏡に映った向こう側に住んでるのです。クリスマスイブに向けてやつらは力をためているのです。
力がたまってしまうとこっそりと鏡のこちらの世界にやってきて、我々の目をかいくぐり、”闇のプレゼント”を運び、子どもたちの口の中にぐいっと押し込めるのです。そうしたら、ひどいことになってしまうのです」
僕は皮どころか、お腹の中までが固まっていくのを感じました。そんな恐ろしいやつらがいたとは。
そんな僕を見た先輩は、
「大丈夫でしたよ」
と言いました。
「あの日、”闇のプレゼント”はね、まだ子どもたちの口の中に入ってなかったのです。間に合いました。
僕らのサンタクロースが、”光のプレゼント”を掲げると、あいつらの持っている”闇のプレゼント”はすべて粉々になったのです。どうやら、”闇のサンタクロース一味”がその年最初に入った家だったようでね。
そして”闇のサンタクロース一味”はすたこらさっさと逃げたのです。あいつら、しばらくは悪いものを運べないくらいに弱りましたよ」
「よかった」
と、僕は胸をなでおろしました。
先輩はさらに続けました。
「そのときにね、サンタクロースは新人さんに言ったのです。
”君が足を絡ませてくれたから、落っこちたから、この家で”闇のサンタクロース一味”に会えたのだよ。私らがゆっくり降りていたら危なかったかもしれないね。君のおかげで子どもたちを傷つけることなく”闇のサンタクロース一味”を追い出すことができたんだよ。ありがとう”
ってね。
先輩たちも新人さんを叱ることはなかったのです。
そして、新人さんはそんなサンタクロースや先輩たちのことをありがたく思い、でも失敗は失敗だし。サンタクロースや先輩たちに痛い思いをさせたりしたからね、よし、今度はちゃんと走るぞ、と決意してがんばったのですよ」
「そうだったんですね」
「すべてはね、繋がっているとそのとき僕は思ったのですよ。失敗だって繋がってる。悪い場所にだけではなく、良い場所にもね」
「はい」
僕はうなずきました。
先輩は僕をじいっと見つめると、僕の体にしみこませるようにゆっくりと、言葉を重ねていきました。
「あのね、君が想像するよりずっと僕たちは強いのですよ。"光のサンタクロース一味"はね。だから、君も思いきりいきなさい。我々先輩たちがついているから」
「はいっ、ありがとうございます」
僕の緊張したお腹は、やっと安心したのか歌を歌い始めました。良い歌だなあと僕は思いました。
「おや、歌が聞こえるねえ。楽しそうな歌だねえ」
と、先輩が言いました。
僕は少し恥ずかしくなりながら、
「はい」
と言いました。
「ああ、そうそう」
と、先輩は思い出したように言いました。
「十年以上前の足を絡ませた新人さんってね、僕のことなんだよ」
「えっ」
先輩は、にっこり笑って
「ほら、君も飲みなさいな」
と、僕にお茶を入れてくれました。
*****終わり*****
今年はじめて、クリスマスイブ本番に参加させていただくことになったんです。
もう、待望の、憧れの、クリスマスイブ本番ですよ。
もちろん世の中にはいろいろな生き方があって、歌手になったり、農地を耕したり、そしてバレーボールの選手になるのだって、そのトナカイ自身が幸せであり、心が前に進める生き方ならば、本当に良いものだと思ってます。
それでも、それでも、クリスマスイブに子どもたちへのプレゼントを運ぶという、大切な役割を担う仕事に就くことは、僕にとっては幼い頃からの夢だったんです。
だってこの仕事は、あのカッコいい馬さんや、象さん、そしてガソリンやら電気で走る自動車さんも、
「いや、俺たちではない。サンタクロースのパートナーの役割は、君たちにしかできないよ」
と首を横にふる、そんな仕事なんです。
僕らにしかできない、背筋が伸びます。
「緊張しすぎないことですよ、新人さん」
休憩室で、先輩がにっこり笑いながら言います。おいしそうにお茶を飲みながら。
「そうですね、緊張して本番で足がからまってしまうと大変です」
僕は言いました。もうすでに緊張しています。
緊張で僕のお腹の皮は固まってきました。どうしよう。
先輩はそんな僕を興味深そうに眺めて言いました。
「もう十年以上も前のことですけどね、僕の参加したチームで君と同じくらい緊張した新人さんがいましてね、いやあ、あの年はすごかった。新人さん、空の上で自分の足をからませましてね、それで悪いことに我々をつなぐロープを器用に奇妙にぐちゃぐちゃにからませてしまい、その結果、最後はトナカイ全員の足をからませてしまったのですよ」
「どうなったんですか」
「落ちたのです」
「落ちたんですか」
僕は声がひっくり返ってしまいました。
「そしたらねえ、ある家の煙突の中にうまいことすぽっと入ったのですよ。実は我々のチームは縦に落ちていったのですよ。たてに。もしも横だったら煙突に入れないどころか、屋根に激突してひどいことになってましたよ。やはり訓練と経験の賜物ですなあ」
そんな訓練したことない、と僕は焦りました。
「ああ、君ら新人さんたちはまだですね。この落ち方訓練は結構難しいのでね、着地もコツがいるしね、二年目から訓練するのだったかな。そのときの新人さんは自分の力ではうまく落ちれなかったけれど、そこは先輩たちのカバー力でね、うまく落ちたわけですよ」
「そんな訓練があるのですね…」
僕のツノから大粒の冷や汗がでてきました。
しかし先輩は、なんてことないよ、というふうに話しました。
「サンタクロースにもその訓練はあるのです。荷台にもね、体を縮こませてちゃんと煙突を通るようにする訓練があるのです、だって荷台こそ頑張らないと引っ掛かりますから」
「荷台にも訓練があるのか」
僕にとっては驚くことばかりです。
「それで、そのあとどうなったのですか?」
僕は気になったので聞いてみました。
「うん」
先輩は、自分の胸のふかふかの毛を何度か撫でると続けました。
「いや、あのときはびっくりしたな。煙突をとおって暖炉に落っこちると、そこにはもう別のサンタクロースがいたのですよ」
「えっ?」
「それがね、”闇のサンタクロース一味”だったのです」
「”闇のサンタクロース一味”とはなんでしょうか?」
僕は驚きすぎて、あごが外れそうになりました。
「子どもたちの欲しがらないものを運ぶんです」
と、当たり前の事実を言うような口調で、先輩は言いました。
「さんすうの宿題とか?」
「ちょっと違う」
先輩は笑って首を振りました。そしてすぐに真顔になって続けました。
「うん、"闇のサンタクロース一味"のことは、やはり二年目の訓練時に教わるものなのです。それは、緊張しやすい新人さんがさらに恐怖にとらわれて動けなくなってしまうことを避けるためなのです。
でもね、僕は新人さんにもちゃんと教えたほうが良いと思っているのです。だからいまここで君に教えます。
うん…そう…世の中にはね、誰かを傷つけたい気持ち、イライラした気持ち、何もかもが許せない気持ち、そういうものを運ぶ”闇のサンタクロース一味”がいるのです。そいつらはね、”光のサンタクロース”が鏡に映った向こう側に住んでるのです。クリスマスイブに向けてやつらは力をためているのです。
力がたまってしまうとこっそりと鏡のこちらの世界にやってきて、我々の目をかいくぐり、”闇のプレゼント”を運び、子どもたちの口の中にぐいっと押し込めるのです。そうしたら、ひどいことになってしまうのです」
僕は皮どころか、お腹の中までが固まっていくのを感じました。そんな恐ろしいやつらがいたとは。
そんな僕を見た先輩は、
「大丈夫でしたよ」
と言いました。
「あの日、”闇のプレゼント”はね、まだ子どもたちの口の中に入ってなかったのです。間に合いました。
僕らのサンタクロースが、”光のプレゼント”を掲げると、あいつらの持っている”闇のプレゼント”はすべて粉々になったのです。どうやら、”闇のサンタクロース一味”がその年最初に入った家だったようでね。
そして”闇のサンタクロース一味”はすたこらさっさと逃げたのです。あいつら、しばらくは悪いものを運べないくらいに弱りましたよ」
「よかった」
と、僕は胸をなでおろしました。
先輩はさらに続けました。
「そのときにね、サンタクロースは新人さんに言ったのです。
”君が足を絡ませてくれたから、落っこちたから、この家で”闇のサンタクロース一味”に会えたのだよ。私らがゆっくり降りていたら危なかったかもしれないね。君のおかげで子どもたちを傷つけることなく”闇のサンタクロース一味”を追い出すことができたんだよ。ありがとう”
ってね。
先輩たちも新人さんを叱ることはなかったのです。
そして、新人さんはそんなサンタクロースや先輩たちのことをありがたく思い、でも失敗は失敗だし。サンタクロースや先輩たちに痛い思いをさせたりしたからね、よし、今度はちゃんと走るぞ、と決意してがんばったのですよ」
「そうだったんですね」
「すべてはね、繋がっているとそのとき僕は思ったのですよ。失敗だって繋がってる。悪い場所にだけではなく、良い場所にもね」
「はい」
僕はうなずきました。
先輩は僕をじいっと見つめると、僕の体にしみこませるようにゆっくりと、言葉を重ねていきました。
「あのね、君が想像するよりずっと僕たちは強いのですよ。"光のサンタクロース一味"はね。だから、君も思いきりいきなさい。我々先輩たちがついているから」
「はいっ、ありがとうございます」
僕の緊張したお腹は、やっと安心したのか歌を歌い始めました。良い歌だなあと僕は思いました。
「おや、歌が聞こえるねえ。楽しそうな歌だねえ」
と、先輩が言いました。
僕は少し恥ずかしくなりながら、
「はい」
と言いました。
「ああ、そうそう」
と、先輩は思い出したように言いました。
「十年以上前の足を絡ませた新人さんってね、僕のことなんだよ」
「えっ」
先輩は、にっこり笑って
「ほら、君も飲みなさいな」
と、僕にお茶を入れてくれました。
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