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第1章

第4話 初仕事

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「う~ん……」

 ベッドの普段より柔らかい感触。それほど厚みはなく、軽いはずなのに十分な暖かさを持った布団。
 窓からの朝日に照らされ、いつもとは少し違った違和感を覚えながら僕はゆっくり目を開いた。

「…………あっ、今何時!?」

 数秒のまどろみの時間の後、あわてて飛び起き、周囲を確認する。

「ああ、そうだったんだ……」

 今、自分が置かれていた状況を思い出す。下校途中の交通事故で死んだ僕はこの世界に連れてこられ、魔術師を名乗る、え~と……そうセシルさんに魂を別の体に入れられ、この世界で生きることになった。
 ベッドに腰かけたまま、自分の手を見つめながら、何度か握りしめ自分の体であることを確認する。しっかりと動く、間違いない、僕の身体だ。
 そしてさっきまで寝ていたベッドがなんだかほんのりいい匂いだ……これが女の子の匂い……

「そういえば昨日は……んんんっ──!」

 ふと昨晩あったこと、それを思い出そうと記憶をたどった僕は……浴室での出来事を思い出し、思わず両手を顔で押さえた。
 布団から出ると空気はやや肌寒いというのに、身体が火照り、顔が赤くなっていくのを実感する。

 もう自分の身体とはいえ初めてまじまじと女性の身体を見たというのに、どうして昨日はあんなに冷静でいれたんだ?
 それどころか他の女性とお風呂に入って髪や身体を洗われて……後ろからあんなことまでされて、本当に何だったんだろうか。もしかして……軽く気づかないくらいに精神をいじられていたとか?

「まあ……いいや」
 
 多分そんなところだろうが、ここで止まって考えても仕方ないので、とりあえず部屋を出て洗面台で顔を洗うことにした。
 スリッパを履いて部屋を出て、慣れないお屋敷の道を思い出しながら洗面台にたどり着き、鏡を見ると眠たそうな目をした少女が映っていた。

 しかし……昨日は驚きの方が大きく、そこまで気にする余裕がなかったが、明るいところで見るとやっぱり相当な美少女だ。誰からも好かれそうな印象を感じられ、寝起きですっぴんだというのに、どんなアイドルよりも可愛く見える。
 ゆっくりと胸に手を当てると、やっぱり程よい柔らかさと弾力、そして触られる感触を得た。
 正直言って、少し気持ちいい。女の子の身体……やっぱりいいな。

 それにこの身体は不老で、その上すごい魔術の才能が有ると言っていたよな……

「ふふっ……」

 これからの生活のことを考え、自然と少し笑みがこぼれた。鏡の中の少女もそれに合わせてかすかに可愛らしい笑顔を浮かべる。
 決して生前が充実していなかったわけではないが、きっとここでの生活はそれより楽しいものに……生きがいを感じられるものなるだろう。

 洗い終えて、置いてあった布で顔とちょっと濡れてしまった前髪を拭いていると、ほんのりいい匂いが漂ってきたので、寝ぐせを軽く手ぐしで整え、食卓のある部屋ヘ向かう。
 その際のサラサラとした感触でさえもすごく新鮮な感じだ。

「……えっと~」
「あっ、おはよう! レンちゃん」
「おはようございます、セシルさん」

 僕がゆっくりと中の様子をうかがいながらドアを開けると、セシルさんはキッチンに立って料理をしていた。
 朝食を作っているのだろう。相変わらず手際がよく、それに楽しそうだ。

「昨日はよく眠れたでしょ? 落ち着けるよう軽いおまじないしてあげたからね」
「はあ」
「丁度起こしに行こうと思ったところ、すぐ朝ごはんできるから座って待ってて」

 言われるがまま席に座り、数分後に運ばれた朝食はパンを中心として、目玉焼きやサラダといったオーソドックスなものだった。
 僕はあまり朝食を重視する方ではなく、食べないこともよくあったが、そんなことを忘れさせてしまうぐらいおいしそうだ。
 
 まずバターを付けた焼きたてのパンを一口頬張ると、香ばしい香りが鼻を抜け、皮はザクっと中はふわふわの感触、そして小麦の味が口の中に広がった。やっぱり……本当においしい。
 想像以上においしかったパンをもぐもぐと味わい、噛み締めながら、僕は上機嫌そうなセシルさんに質問をした。

「そういえば、助手っていっても僕は何を手伝えばいいんですか?」
「とりあえずはねぇ……今日やることは決まってる。ここのお掃除だよ」
「へ? そう……じ?」

 掃除……予想外の回答だった。

「いや~、一人だとなかなかやる気がでなくてね。それに新しい身体にも慣れてもらうため、ちょっとした肩慣らしだと思って」

 確かに散らかってはいるけど……な~んかイメージと違う……



 悶々とした気持ちを抱きながらも、僕は朝食をきれいに食べ終えた。昨日よりも多くの量をおいしく食べられたので、この身体は少食というわけではないらしい。
 見ているとセシルさんも結構食べる方みたいだ。

 その後は半ば強引に三角巾にエプロンといった服装に着替えさせられた。残っていた寝ぐせも不思議なくしで一瞬で直され、お団子にささっと纏められた。
 昨日の身体を拭いた布といい、妙に心地いい布団といいこっちには便利なものがあるなあ。髪が長いと手入れなど面倒ではないかと思っていたが、その心配はなさそうだ。

「じゃあまずこの部屋からお願いするね。何か気になることがあったら聞いてね」
「了解です」

 言われたように黙々と部屋に散らばる本の整理をする。こういう作業は嫌いではない。
 少し気になって本を開くとはじめて見る文字が並んでいるというのに読むことができた。不思議な感覚だったが、よくよく考えてみたら普通に会話もできているのだからこれも魔術によるものなのだろう。
 きっと僕が考えてもわからないだろうし、深く考えないでいいや。


「よっこらしょっと……」

 こうやって何かを持つと以前よりも少し重い気がする。少女の身体になったことが原因に違いない。こればっかりは仕方ないか。
 
 そうして大体の本の整理も終わり、床や机を拭いていると……

「……ん?」

 本に埋もれていたらしい、美しい結晶のようなものが入った小さなビンがあった。
 上手く説明できないが、一目見た瞬間この世のものではないような何かを感じたので、隣の部屋を掃除しているセシルさんに渡しに向かう。

「セシルさ~ん」
 
 そうっと部屋に入ると、セシルさんは本を積んだまま座って読んでいた。
 ……これでは片付かないのも納得。

「あ、あの~」
「!? な……なに?」

 そんなに驚かなくても……

「これ、落ちてたんですが」
「え!? これ見つけてくれたの? ありがとね!」
 
 予想外の反応。長年無くしていたものが見つかったように、目を輝かせてとても喜んでいる。なんだか大切なものだったようだ。
 渡したのならもう僕がここにいても時間の無駄だろう。気を取り直して掃除を続けることにした。

 しかしなあ……なかなか広い家だ、セシルさんお金持ちなんだなあ。こうして掃除をしていると家政婦にでもなった気分だよ。


 そうして床の雑巾がけも済ませ、すべて終わったときには時計の針は一時を指そうとしていた。

「ようやく一段落したしたようだね、お疲れ様」

 僕はセシルさんの差し出した飲み物を受け取る。氷入りのグラスに入った、それはよく冷えていて麦茶に似た味がする。疲れた体に染みわたるようでとてもおいしい。

「お昼を食べたら、散歩がてら街へ出ようか。この世界のことも教えてあげるよ」

 そういえばここは昨日までいた世界とは違う、いわゆる異世界だった。少し忘れかけていたよ。この家ずいぶん現代的だし……
 思えば掃除した部屋は窓がない部屋だったし、起きた後、寝室から外を眺めたりもしてない。僕はまだこの家の外がどうなっているのかを知らないのだ。

 考えるほどに混乱してきた……とりあえずお腹すいたし、お昼にしてもらおう。


「はい、どうぞ」 
「いただきます……」
「おや、どうかした? 嫌いなものでも入ってる? それともライスがよかった?」
「ああ……大丈夫です。何でもないですよ」
 
 昼食はパンと野菜やお肉がじっくり煮込まれたシチューだった。それを見た僕は口に運ぶ前に、無意識に動きを止めていた。
 それを気にとめたのか、セシルさんは言葉をかけてくれた。よく人を見ているものだ。

 シチューを食べながら僕は自分の心が浮き足立っているのを感じた。何だか子どものころおもちゃ屋に連れて行ってもらう前……そんな気分を思い出す。
 思い返せば母さんの得意料理もシチューだった。きっとさっきはそれが頭によぎったのだろう。よく作ってくれたあれは……すごく優しい味だった。
 このシチューも文句なしだが、またあれも食べてみたいかも……今度自分で作ってみようかな。

「うんうん、おいしくできた。はやる気持ちはわかるけどゆっくり食べてね」

 そう言って嬉しそうに食べる姿を見つめてくるセシルさんを見て、僕は昔の母さんの姿を思い出していた。
 
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