女の子だって羽ばたけるのよ!

みるく♪

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ポケット電話の夢

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わが家は狭く、部屋が2つしかなかった。
茶の間を兼ねた両親の部屋と、姉弟3人が共用している子ども部屋。
子ども部屋は、ベッドを工夫して置き、ふすまを外した押し入れを、学習机に使っていたんだ。

父が市役所に勤務していたことから、私たちは 公務員用の賃貸住宅に住んでいた。
お隣には、警察官の ご家族が住んでいて、お子さんは、元気な坊やが いた。
たまに遊んであげたものよ。
一般公務員の住宅事情って、こんなかんじ。
とても質素なのよ。

家族が寝てしまった後は、電気スタンドの 灯りだけを点けて勉強した。
正直なところ、受験勉強に適しているとは、言い難い環境だったわ……。

でも、母に言われた。
「もんく言いなさんな。
あなたが遠くへ 行ってしまったら、こんな狭い わが家でも、なつかしくて たまらなくなるわよ」
そうかなあ? 
うん。そうかもしれないね。

でもね、でもね。夏期講習が始まってから、佐保里さほりが うれしい提案を してくれたんだ。
「つぐみ。よかったら、夏休みの間だけでも、うちで勉強しない?
あんた、数学が得意でしょ。教えてよ。
アタシは英語を教えてあげる。どう?」
「ほんと? いいの?     
もちろん行きたい。行く行く、行くよ」

家庭科の授業で佐保里が書いた作文。
そして 佐保里の家へ おじゃましたこと。 
それらが私の将来に つながる、大きな きっかけに なるなんて。
その時は予想もしていなかった。

・・・

佐保里と大親友に なったのは、3年生になってから。
急速に仲良くなったのは、修学旅行の時からよ。
お互いに違う小学校の出身だったし、同じクラスになったのも、3年生になって初めてだったからね。
だから、初めて佐保里の家を訪問したのも、夏休みに入ってからだった。

……立派な お家だったわ。
西洋風の、レンガ造りの、お城みたいな お屋敷だった。

佐保里は、玄関の重厚じゅうこうな扉を開けると、
「母さん、ただいまあ!   
父さん、ただいま」
奥に向かって大きな声で帰宅を告げた後、玄関わきに飾ってある男の人の写真に、小声で挨拶した。
そして私を振り返ると、
「このひと、父さんだよ。海外勤務の仕事をしてるんだ。
だから、写真に挨拶するんだよ」

うちの両親も異色だけど。
佐保里の両親は、もっと ずっと、桁違いに異色だったのね……。

・・・

佐保里の家族は、東京からの移住者だったの。

佐保里には、うんと年上の お兄さんがいて、からだが弱かったそうなの。
お父さんが子どものころは戦時中で、この町に疎開していて、
当時の素晴らしい自然環境を覚えていて、お兄さんのために、この町に住むと決めたんだって。

お兄さんは素晴らしい自然の中で、どんどん元気になったそうよ。
佐保里の ご両親と お兄さんは、清らかな水が流れ 蛍が乱舞する大川を 知っていたの。
佐保里も私も知らない、過去の大川。

それから佐保里が生まれたの。
すっかり健康になった お兄さんは、今は東京で働いてるそうよ。

お父さんは大きな企業に お勤めで、現在は、海外支店の重役なのですって。

お母さんは翻訳家ほんやくか
英語やドイツ語などの文書を、日本語に直したり。日本語の文書を、外国語に直す お仕事よ。
お家に居ながら、できる お仕事なんだって。

さらに驚かされたことが あってね。
佐保里たちは、遠く離ればなれの お父さんや お兄さんと、毎日 普通に、会話してるのですって!

「毎日 電話してるの?」 
って聞いたら、佐保里は笑って
「まさか。毎日 国際電話するのは厳しいよ」
じゃあさ、どうしたら、そんなことが できるの?    

で、その日 初めて見せてもらったものが、アマチュア無線という設備だったの。
電波で通信する機械よ。
こんなの初めて見た。
すごいわねえ……。

たしか、ウルトラマン シリーズの、地球防衛本部の通信室に、こんな設備があったかなあ。
あと、巨大ロボットのアニメで見たような気がする。

その設備を使うと、遠くに住む家族のほかに、世界中の人たちと、お話し できるそうなの。
どうりで佐保里は、英語がペラペラなわけよ。
各地の知識人と情報交換してるから、外交官の夢を持ったわけよ。
あの時の作文で、ネットワークが普及した未来を、想像したわけよ!
すごくないですか!?

でも 今の時代は、アマチュア無線は、勉強して資格を取らなきゃならないそうなの。
専用の設備を整える必要もある。
そうして、個人の放送局を開設し、社会的責任を持って運営するの。

まるでSFマンガの世界だわ。
……わが家では、とうてい無理ね。
でも、アマチュア無線。いいなあ。
いつかは、私も使えるように なりたいなあ。

ううん。そうじゃない。作ればいいのよ。
大人になったら、そういう未来を……。

・・・

その夜。私は不思議な夢を見た。

大人に なった私は、東京にいた。
雑踏の中で立ち止まり、ポケットから、小さなラジオを取り出した。
ラジオには、プッシュホンのようなボタンが あって、無線電話ができるの。
ピ・ポ・パ。
ボタンを押して、ふるさとの父さんと母さんに、電話したわ。

不思議な不思議な夢だった……。

・・・

その年は夏休みが終わるまで、毎日 佐保里の家へ おじゃましたわ。
あの すごい設備も、資格がないから使うことは できなかったけど、さわらせてもらったよ。

ついでに受験勉強をした。
ばっちり冷房の効いた部屋でね。
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