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子どもたちは 羽ばたけるのよ!

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初日の講習を終えると、女の子は みんな、百合子ゆりこ先生のもとに集まった。
みんな……と言っても5人きり、なんだけどね。

私たち 興奮していたわ。
だって百合子先生が、脳筋のうきん先生よりも、校長先生よりも、ずうっと、上の立場の人だったなんて。
そりゃ興奮するわよ!

・・・

金沢かなざわ百合子ゆりこ先生は、文部省の方。
地方の教育現場を知るために、出向していらした方。
ご存知だったのは、市長さんと、教育委員会の一部の方々だけ。

出向先が私たちの学校と決まった当初は、社会科を担当するはずだった。
ところが、いざ着任してみると、家庭科を担当するよう命じられた。
家庭科の免許は持っていなかったので、急きょ特別研修を受け、臨時免許を取得した。
で、社会科を担当したい希望が叶わないまま、期限の3年目を迎えてしまった。

・・・

「……というわけで、夏期講習が最後のチャンスだったの。
それで、私の身分と使命を明かし、校長先生に直談判じかだんぱんしたの。
これで先生方にも みなさんにも、すっかり知られてしまったわね。
それでも私、どうしても、男の子たちにも、私の授業を受けてほしかったのよ」

百合子先生は説明してくださったけど.……。
私、その時は、少し怒っていたの。
はじめから正体を明かしてくだされば よかったのに。
そうしたら、百合子先生も私たち女子も、あんなに いろいろ、辛い思いを しなくてすんだのに。
ってね。

でも百合子先生は、私の顔を ごらんになって、
「隠していたこと、ごめんなさいね。
でも このことばかりは、誰にも知られるわけには いかなかったの。
そうしないと、改革すべき課題が、何も見えないまま だったと思うよ。
……今はね、いろんな課題が見えているわ。
あなたたちの現状も、あなたたちの辛さも、夢や願いも、ちゃんと見える。
だから きっと、より良い未来を目指して、進んでいけるわ。
あなたたちと共にね」

ああ……そっか。

百合子先生の お話を、私たちが本当に理解できたのは、夏休みが終わってからの ことになる。

2学期になると、先生方の様子が一変したんだ。
百合子先生と すれ違う先生方は、みんな一礼するようになっていた。
校長先生も、あの脳筋のうきん先生もね。
百合子先生は百合子先生なのに、大人って、へんだよね。

・・・

「百合子先生の授業って、すげえ おもしろいな。
女子は いいなあ。オレら男子より成績を上げたもんな」
夏期講習に参加した男子は、女子だけが百合子先生に教わっていたことを、うらやましがっていた。

そうね。男子は……残念だったわね。
私たちは女だったから、あんなに素晴らしい授業を 3年間ずっと 受けることができたのよ。

文部省は、なぜ、家庭科を女子限定の教科にしたのか。
この学校では、なぜ、百合子先生に社会科を担当させなかったのか。

その理由は、私たちには、わからない。
でも、変わらなきゃいけないことだわ。
いいえ、変えるのよ。
私たちが大人になったら━━。

・・・

「みなのもの、ひかえおろう。この もんどころが、目に はいらぬか!  
あはは。おほほ。うふふ。ああ、ごめんなさい。
真実を知った時の 先生方の お顔を想像しちゃうと、お母さん、笑いが止まらない」
お母さんたら、笑いすぎ!   

夜。百合子先生の ことを 報告したら、母の笑いが、なかなか止まなかった。

そして翌日からの夏期講習は、ステキな変化があった。
受講する女子が 増えたんだよ!
古い地域社会では、うわさ話は娯楽。広まり方が早いからね。
若い新米教師で、女で、家庭科担当の先生が、じつは━━。

女子の参加者が増えた教室で、百合子先生は おっしゃった。
「子どもたちは、未来に羽ばたく翼を持っているの。
子どもたちは、羽ばたけるのよ!」
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