時の織り糸

コジマサトシ

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52(ハヤカワ)

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「ユカ」
「はい」
「さっきのメモ、まだ持ってるか?」
「もちろん…流石に持っているし、具体的に覚えているよ。明日にでも社長に話すつもりだし。それに、つい、さっきの話だし」

 といって、ユカはカバンをゴソゴソと確かめる。

「そのメモは、実はユカにとっても、スゴく大事な内容になるんだ」
「あれ?」
「どうした?」
「何処を探しても、ない」

 あり得ない。カバンのポケットに大事に入れたところは、俺の、この目で見ている。

「じゃ、じゃあ…流石にまだ記憶には残っているよな?」
「当たり前でしょ…いや…何だっけ?何にも覚えていないよ…なんで…」

 なるほど。いや、なるほどではなく、具体的で直接的な回避方法は、結局伝える事が出来ないのかも知れない。

…だとすれば、俺が伝えている事、やっている事って、何の意味があるんだ?…自分の猶予時間らしきモノを減らして、具体的に伝えた事は、結局何も残っていないじゃないか。

 何の意味もない。

 何の意味もないのか。

「ユカ」
「はい」
「とりあえず、これだけ…これだけを、これから、忘れないでいてくれるか?」
「うん。なに?」

 果たして、どうなるか。伝えるしかない。

「これからずっと、どんなに忙しくても、お金に苦労する時でも、辛い事があった時でも、ずっとファッションを好きでいてくれ。コーディネートを楽しんでくれ。洋服に拘ってくれ。すぐボタンが取れるような服を着ないと約束してくれ。そしてそれを娘ちゃんにも。旦那さんにも」
「うん。大丈夫。解った。そんなの忘れるわけがないよ。昔から…今だってそうしてる」
「すぐに糸がほころぶような服は絶対に着ないでくれ。強く引っ張っても破れないような、丈夫な服を着てくれ」
「うん。わかった」

「そうすれば、ユカ。次は、大丈夫だ」

 大丈夫だ。きっと。

 きっと、あの幸せそうな家族が、落ちそうになったり、流されそうになったり、何かにぶつかりそうになっても、互いにきっと手繰り寄せ合える。きっと流されない。あの濁流には。

 腕時計は、00時00分。
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