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44(ハヤカワ)
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とりあえず、すべてをなるべく『具体性無く、危機感が伝わるように話す』しかない。そのために、アンケート通達の夜から、恐らくの未来を、ノートに書き連ねる日が始まった。
そうでないと、誰が決めたか『ペナルティ対象』だ。何を話せばどれだけの罰、が解らないから、慎重に話す必要がある。この前の社長室での会話がひとつ基準にはなりそうだが、かと言って、どう話せばいいのかは解らない。それに気になる事もある。
「ユカ。まず、大きく言うと、乗り越えるべき危機は三つだ。ただ具体的には言えない。解ってくれるか?」
「うん。そのルールは理解してる」
「ルールもそうなんだが…我慢?…というか、何というか…」
「具体的に聴きたくなっても、我慢しろって事よね?オッケー、わかった」
覚悟をしてくれたのか、これから話す事のスケールがまったく想像出来ないからなのか。
どちらにせよ話していくしかない。
「じゃあ、一つめだ…まず時期は2010年より前の段階で、世界的に大きな金融危機が来る。いきなり直接的に何が起きるという事ではないが…とりあえず簡単に言うと、色んな会社が倒産する。失業者が増える。リストラもたくさん。もっとざっくり言うと景気が悪くなる」
「ふむ?」
「…思っていた反応と違うなあ」
「だって、今も別に景気が良いわけじゃないよ?」
だめだ、抽象的すぎるのか、危機感がまったく伝わっていない。
「えっとだな…今よりもお客様のお財布事情が悪くなる。つまりは、お金の使い先が洋服では無くなってくる…いやちょっと違うな。今よりも安くないと買ってくれない時代になる」
「なるほどー。それは困りますねえ。でも良い物や可愛いモノは高くても買ってくれるでしょ?」
「ファストファッション…解るか?世界を相手に商売している企業達が、一斉に日本のアパレル市場で目立ちはじめる。彼らは、トレンド性が高くて、安くて可愛いモノを大量に展開してくる。そして、それらを支持する声が圧倒的に強くなるんだ。まあ、国内発のブランドもあるが…ジーンズ990円とか」
「は?」
少しだけユカの顔色が変わったのが解る。
「まあ、そういう事で、ユカ。今までやっていたやり方では、彼らとの戦いには勝ち目が、非常に薄くなってしまった訳だ」
「え…?でも990円のジーンズって、それなり…なんでしょ?流石に?ねえ?」
「うーん、ウチのブランドで、今頑張って頑張って原価を下げて、安い安いと買ってくれている4900円ジーンズとの違い…価値の差をお客様は感じてはくれなかった」
「……」
話を…続けるしかない。
「そもそも俺たちの感覚では4900円ジーンズでも超破格だよ。今までは一万円超えるのが普通だったんだから。でも今のお客様は、もう既に、それに慣れつつある。流石に990円ジーンズは目玉商品的な物だったと記憶してるけど…強烈に、印象に残った」
「ちょっと、その価格差はお店側とか、接客サービスだけで埋めるのは厳しいね」
「ああ、だから、その後…何とかお客様を呼ぶための、ちょっとしたお店イベントのブーム?みたいなものが来る。店頭スタッフにとって、過酷で悲惨で地獄で、虚しいだけの」
「何それ?そんなイベントあるの?地獄のイベント?」
一口、コップの水を含む。
「まあ、これも簡単に言えば、セール時期でも何でもない時期でも、売上が厳しい日にいきなり『タイムセール』をやるんだよ。とある時間限定…30分間とか…で、店内全品20%オフ!って、店のみんなで叫ぶ。入り口に立って、呼び込む」
「えええ?いきなり…全品オフ?セールじゃない時期に?」
「これのイヤな所は、そうやって叫ぶ店に『人は集まってしまう』んだ。その店の両隣は、その時間…お客がいなくなる。とんでもなく長いレジ行列が出来て、必死に商品を補充して。それが突然の本部指示で行われるようになる」
「きっついなあ」
ここまで来たら…ある程度話してしまおう。意外に抽象的に話す事も出来ているようだ。
「ここからは…想像出来ると思うけど、結局みんながみんな、タイムセールをやりまくる、って事なんだよ。言ってしまえば、みんなで仲良く、辛くしんどい目に合おう、って事だ。あと当然、そんな事をやっているとタイムセール以外の時間は売上が厳しくなる。お客様はタイムセールを待つ。だからまたタイムセールをやる」
「……」
「ショッピングモールの中は、週末なんかは特に…いつも何処かから、お客を呼び込む大きな声が飛び交い、お世辞にも上品とは呼べないような空気が常にある…そんな状況だよ。ウチだけじゃなく、すべてのアパレル店のみんなは一生懸命やっていたと思うけど…『気持ちが悪かった』よ。俺は」
「それって、ファッション?アパレル業界って、それで良いのかな…あれでしょ?それで辞める人…沢山いたんじゃないの?」
ああ、そうだ。と答えながら、何となくではあるが、ユカに危機感の少しが伝わったような気がして、ほんのちょっとだけ安堵した自分がいた。
そうでないと、誰が決めたか『ペナルティ対象』だ。何を話せばどれだけの罰、が解らないから、慎重に話す必要がある。この前の社長室での会話がひとつ基準にはなりそうだが、かと言って、どう話せばいいのかは解らない。それに気になる事もある。
「ユカ。まず、大きく言うと、乗り越えるべき危機は三つだ。ただ具体的には言えない。解ってくれるか?」
「うん。そのルールは理解してる」
「ルールもそうなんだが…我慢?…というか、何というか…」
「具体的に聴きたくなっても、我慢しろって事よね?オッケー、わかった」
覚悟をしてくれたのか、これから話す事のスケールがまったく想像出来ないからなのか。
どちらにせよ話していくしかない。
「じゃあ、一つめだ…まず時期は2010年より前の段階で、世界的に大きな金融危機が来る。いきなり直接的に何が起きるという事ではないが…とりあえず簡単に言うと、色んな会社が倒産する。失業者が増える。リストラもたくさん。もっとざっくり言うと景気が悪くなる」
「ふむ?」
「…思っていた反応と違うなあ」
「だって、今も別に景気が良いわけじゃないよ?」
だめだ、抽象的すぎるのか、危機感がまったく伝わっていない。
「えっとだな…今よりもお客様のお財布事情が悪くなる。つまりは、お金の使い先が洋服では無くなってくる…いやちょっと違うな。今よりも安くないと買ってくれない時代になる」
「なるほどー。それは困りますねえ。でも良い物や可愛いモノは高くても買ってくれるでしょ?」
「ファストファッション…解るか?世界を相手に商売している企業達が、一斉に日本のアパレル市場で目立ちはじめる。彼らは、トレンド性が高くて、安くて可愛いモノを大量に展開してくる。そして、それらを支持する声が圧倒的に強くなるんだ。まあ、国内発のブランドもあるが…ジーンズ990円とか」
「は?」
少しだけユカの顔色が変わったのが解る。
「まあ、そういう事で、ユカ。今までやっていたやり方では、彼らとの戦いには勝ち目が、非常に薄くなってしまった訳だ」
「え…?でも990円のジーンズって、それなり…なんでしょ?流石に?ねえ?」
「うーん、ウチのブランドで、今頑張って頑張って原価を下げて、安い安いと買ってくれている4900円ジーンズとの違い…価値の差をお客様は感じてはくれなかった」
「……」
話を…続けるしかない。
「そもそも俺たちの感覚では4900円ジーンズでも超破格だよ。今までは一万円超えるのが普通だったんだから。でも今のお客様は、もう既に、それに慣れつつある。流石に990円ジーンズは目玉商品的な物だったと記憶してるけど…強烈に、印象に残った」
「ちょっと、その価格差はお店側とか、接客サービスだけで埋めるのは厳しいね」
「ああ、だから、その後…何とかお客様を呼ぶための、ちょっとしたお店イベントのブーム?みたいなものが来る。店頭スタッフにとって、過酷で悲惨で地獄で、虚しいだけの」
「何それ?そんなイベントあるの?地獄のイベント?」
一口、コップの水を含む。
「まあ、これも簡単に言えば、セール時期でも何でもない時期でも、売上が厳しい日にいきなり『タイムセール』をやるんだよ。とある時間限定…30分間とか…で、店内全品20%オフ!って、店のみんなで叫ぶ。入り口に立って、呼び込む」
「えええ?いきなり…全品オフ?セールじゃない時期に?」
「これのイヤな所は、そうやって叫ぶ店に『人は集まってしまう』んだ。その店の両隣は、その時間…お客がいなくなる。とんでもなく長いレジ行列が出来て、必死に商品を補充して。それが突然の本部指示で行われるようになる」
「きっついなあ」
ここまで来たら…ある程度話してしまおう。意外に抽象的に話す事も出来ているようだ。
「ここからは…想像出来ると思うけど、結局みんながみんな、タイムセールをやりまくる、って事なんだよ。言ってしまえば、みんなで仲良く、辛くしんどい目に合おう、って事だ。あと当然、そんな事をやっているとタイムセール以外の時間は売上が厳しくなる。お客様はタイムセールを待つ。だからまたタイムセールをやる」
「……」
「ショッピングモールの中は、週末なんかは特に…いつも何処かから、お客を呼び込む大きな声が飛び交い、お世辞にも上品とは呼べないような空気が常にある…そんな状況だよ。ウチだけじゃなく、すべてのアパレル店のみんなは一生懸命やっていたと思うけど…『気持ちが悪かった』よ。俺は」
「それって、ファッション?アパレル業界って、それで良いのかな…あれでしょ?それで辞める人…沢山いたんじゃないの?」
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