時の織り糸

コジマサトシ

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40(ハヤカワ)

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 アンケート結果を集計した、翌朝。

 全社…というか経営陣とコンサルジジイに向けてのサプライズ。アンケート発表の日。そして、今はその報告会の5分前。社長室の前だ。社長室からは何も声が聞こえては来ないが、おそらく自分以外の全員はすでに『待ち受けている』。

 正直、もう今日の展開は読めているが、気合を入れて社長室に入る。資料は事前に配布済みだ。ちなみに今日、ユカは呼んでいない。こういう面倒な事は、若いヤツにはやらせるべきではない。と言っても、自分も今は二十九歳か。

「ハヤカワです。失礼します」

 全員が無表情に自分を出迎えた。しかし驚くほどに、部屋の空気は淀んでもいないし、動いてもいない。

 そんな中、目が合った社長は、瞬時にいつもの柔らかい顔になり「ハヤカワさん、お疲れさま」とだけ声を掛けて、両手を振り下げ、俺に着席するよう促した。

 社長が立ち上がり、こう言った。

「今日は、私が皆さんにも事前に転送したハヤカワさんからの資料…我々経営陣への評価…社内へのアンケート結果を報告してもらいます。この目的は、ハヤカワさんとユカさんからの提案で、来年のブランド10周年を前に、現場と経営が一体化…さらに一丸となるために、現場社員が我々経営陣をどう評価しているかを答えてもらったものです。この提案を受けて、なるほど確かに、いつも経営側から社員を一方的に評価していましたが、確かにこういうのもアリだな、と思いまして、社長として実行を許可しました。」

 一部の経営陣の表情が曇っているのがよく解る。社長は続ける。

「もしかすると、こういう制度がある事…社員から経営陣を評価する…もちろんそれには社員に権限は与えられませんが、そういう仕組みがある会社…というのは採用活動にもプラスになるかも知れません。ちなみに、回答社員の匿名性を担保するために、誰がどう回答したかは、会長と集計をしたハヤカワさんだけが今回は知っている、という形にしました。データの信頼性と匿名性を同時に担保する方法は、今後は外部を使うなど検討中との事です」

 社長がチラっとこちらを見る。大きく頷いておく。流石だな…社長は。そこまで先に言ってしまえば、誰も、もう何も言えない。

「今回は初めての試み…という所ですので、まずはそのまま集計結果をお手元にお配りしています。この結果について、社長である私から特別にお伝えする事はありませんし、この結果を受けて何かをしようという、考えもありません。ただ、これは社員の声であり、正しく信頼出来るデータです。それぞれが真摯に受け止めましょう。以上です」

 なるほど…社長は、俺から発表を敢えてさせないようにしているんだな。確かに俺から結果を報告して、みたいな形だと、ちょっとまずかったかも知れない。この部屋に入るまでは、自分で話すつもりだったが…どうせ失うものはないけれど、ここは社長に甘えておこう。ただ、少し『弱い』か?

 一瞬、部屋の中はざわついた雰囲気に包まれたが、すぐに静けさを取り戻した。

 じゃあ、今日のところは解散…という空気になった、その一瞬。

「社長、それでは甘すぎる」と、会長が切り出す。

「会長?」
「甘すぎる。ここまで社員に明確に良し悪しの評価をされて、何も行動を起こさないのでは、回答をした社員達に申し訳ない。今回…全員の回答を一つずつ、じっくり時間をかけて読み込んだ。絶対にアンケートを書きながら、何かを期待したはずだ。もしかしたら自分の立場が悪くなるかも知れないという…恐怖感に打ち勝って、だ。正直、社員達はみんな当たり障りのない回答をしてくると思っていた。リスクがあるアンケートであると感じたのが正直な所だろう。経営は全員良くやっている…と。でもそうではなかった。生々しい実態が書いてあったりもした。特に自由記述欄に表記されている事…本当に驚いた…というのが正直なところだ」

 再び、場がざわつく。

「とりあえず…今日の所は解散でいいが、然るべき対応を考える。そうでなければ、このアンケート結果は意味がまったくない」

ーーーーーーーーーーーーーーーー
 2日後。

 2日後…何があったのかは知る由もないが、朝9時の始業のタイミングで、一部経営幹部の電撃的な解任と、コンサルの契約終了が発表された。社内は少しざわついたものの、お昼頃にはいつも通りに、みんなはランチに向かい、いつも通りに午後の勤務に集中する本社スタッフ達がいた。

 店舗スタッフにも通達が行っているはずだが、同じくらいの反応…もしくは、たまに入るチラシFAXと共に捨て去られているのかも知れない。

 特別この件で、俺の所に、誰からも連絡が来ることは無かった。
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