ヴレイン・ヴレイド―VR剣戟格闘アクションゲーム―

とをふや

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第13話 ゲームが好きだから

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 幽鬼《スペクター》の敗北は瞬く間に世界中に伝わった。落胆する者、次に期待する者、彼女に対する反応は賛否両論、千差万別であった。
 だが、勇剣《ヴレイブ》に対しては、一つの共通認識があった。

「……本気なの? 優希ちゃん。」
「そのつもりです。」
 勇剣との戦いの翌日、優希はORE通編集部を訪れていた。
 これは優希からの希望だった。ORE通は幽鬼の後ろ盾となって身の安全を確保してくれていた。そのお礼と信頼の証として、優希は正体を明かすことにしたのだ。
「俺ももったいないと思うぜ? 円卓を棄権するなんてよ。」
 島取編集長も愛美と共に優希を踏みとどまらせようとする。
 優希は紅宝《ラトランジュ》に勝利したことで、円卓序列暫定九位となった。そのため、円卓総当たり戦に参加し、正式な円卓の騎士となる権利を得た。だが、優希はそれを棄権すると告げたのだ。
「勇剣に負けたことが原因なの?」
「大丈夫よ! まだチャンスはあるし――!」
「相沢さん。」
 興奮気味の愛美を優希は静かに制止する。
「戦う理由はもう、無いんです。私には。」
 優希が戦う理由は金銭的な事情だということは愛美も把握していた。優希もそれを認めるが、理由はもう一つあった。
「私は最強の剣士になれと、お爺様に育てられました。」
「勝たなければ、愛されませんでした。」
 愛美は返す言葉を失った。かつて幽鬼の正体を探っていた際に、剣崎家での優希の扱いを聞いていたからだ。負ければ何度も殴られ、食事も取れず、家にすら入れてはくれない。想像を絶する環境に彼女はいた。
「私は勝利することでしか自分を愛せなかったんです。」
 優希は自らを卑下するように笑った。しかし、彼女の表情は晴れやかなものへと変わる。
「でも、あの時は違いました。」
「負けた私をカッコよかったって、言ってくれた人がいたんです。」
「初めて、負けを許されました。」
「最強の剣士であれという重荷を、下せました。」
「私はやっと、過去から抜け出せるんです……!!」
 優希の訴えを二人は黙って聞いていた。愛美は何も言えなかった。優秀なプレイヤーとして引き留めたい一方で、個人の幸せを尊重したいというジレンマ。
 先に口を開いたのは島取だった。
「そうか、よく頑張ったな。」
 彼は強面ながらも、穏やかな口調で優希を認めた。
「棄権するのも自由。自分の人生だ。自分で決めていい。」
「ただ、期限ギリッギリまでは棄権を待ってくんねぇか?」
「お前さんの活躍を楽しみにしてる人もいるからよ。」
 島取は愛美の方へと視線を向ける。それに気づいた愛美は言葉を選ぶために、少し間を置いた。
「……これは提案、なんだけど。」
「一度、会ってみない?」
「勇剣のプレイヤー、天道星我《てんどうせいが》君に。」



「優希ちゃん、迷ってないといいけど。」
 日の沈んだ新波駅《しんばえき》の五番出口で、愛美と島取は優希の到着を待っていた。
 新波駅は都内でも指折りで広い駅だ。初めて来ると大抵の人が迷う。
「相沢はここで待ってろ。ちょっと迎えに行ってくる。」
 時間には余裕があるものの、浪費する意義はない。
「顔、分かるんです?」
 島取はついこの前に、一度会っただけだ。服装や髪型が違えばより一層気づきづらいだろう。
「分かるに決まってんだろ。」
「美人だからな!」
 そう言い残して島取は愛美を置き去りにしようとした。
「お待たせしました。」
 その足が止まったのは優希が現れたから、それだけではない。
「マジか……!!」
 二人の前に現れたのは確かに優希だ。だが、以前会った時とは別人。
 長い髪はまとめ上げつつも少し遊ばせ、毛先はカールさせている。肩回りや背中を見せるドレスと合わさり、大人びた女性の品格を漂わせていた。
「行きますよ、編・集・長。」
 愛美が視線と口調で圧をかけると島取は我に返る。
「じゃ、行きますか。」
「勇剣の祝勝パーティに。」



 新波駅から徒歩で五分。スカイラルタワーにてパーティは開かれていた。
 幽鬼《スペクター》との対決は大きな注目を浴び、様々なスポンサーの協力を得ることに成功した。それに対する感謝と親睦を兼ねたものが今回のパーティだ。
 愛美たちもその協力者の一員で、パーティの招待状を得ていた。
「招待状とお名前のご確認をさせていただいてもよろしいですか?」
 入口前で警備員に呼び止められた。ゲーム業界のみならず、多くの要人が集まるため、警備も厳重なものになっている。
「ORE通編集部、編集長の島取大吾です。」
「ライターの相沢愛美です。」
「アシスタントの剣崎優希です。」
 優希は正体を明かさない。それがパーティに同伴する彼女の提示した条件だった。根掘り葉掘り聞かれることや、敗者として気遣われることを避けたかったからだ。
 無事に警備を通過した三人は、パーティ会場へと足を踏み入れた。
「さっすが勇剣、広いわねぇ!」
 細い通路から一転、開けたパーティ会場が広がる。ビルのワンフロアを贅沢に丸ごと使用したスペースは、吸い込まれそうになるほど遠くまで続いている。
「お待ちしておりました、ORE通ご一行様。」
 出迎えたのはタキシードに身を包んだ紳士。このパーティ会場で働くバンケットスタッフだ。三人は彼の案内によってテーブルへとたどり着く。その後、彼は深く一礼して離れていった。
「さて、まずは挨拶回りだな。」
 島取はグラスを片手に持つと、周りをぐるりと見まわす。
「ちょうど主催がフリーだ。行くぞ。」
 速足で席を離れる島取を追って、二人も席を離れた。
「お久しぶりです! 天道社長!」
 島取が声をかけたのは細身の中年男性。少しやつれているように見えるが、屈託のない笑みが素敵なナイスミドルだ。
「やぁ、島取君! 元気そうだねぇ!」
「社長こそ、相変わらず若々しいですね!」
 大人たちの当たり障りの無い会話。優希には興味が無かったが、一つ引っ掛かったことがあった。
(天道……。)
 その苗字には覚えがある。勇剣《ヴレイブ》のプレイヤー、天道星我《てんどうせいが》だ。彼の所属する会社の社長ということは、おそらく血縁なのだろう。
「そちらの女性は? 会うのは初めてだったかな?」
 社長が優希へ声をかける。
「初めまして、アシスタントの剣崎優希です。」
 当たり障りの無い挨拶。そのつもりだったが、天道社長は少し考える素振りを見せた。
「もしかして、清史郎さんのお孫さん?」
 優希の身体が一瞬強張る。それは正体に近づかれたから、だけではない。その名が持つ呪いの残滓がそうさせた。
「違いますよ。」
 優希は否定した。自分はあの男の剣ではない。そういう思いを込めて。
「それは失敬。」
 天道社長は軽く頭を下げた。それ以上は詮索しないという証だ。
「私は天道星斗《てんどうせいと》。GAMEEYESゲームアイズで社長をさせてもらっているよ。」
「今日はパーティを存分に楽しんでおくれ。」
「そうさせていただきます。」
 優希は愛想笑いで返事をした。

「お飲み物をお持ちしました。」
 気を聞かせてウェイターが細いグラスを差し出した。四つの内、三つはシャンパン。残り一つはオレンジジュース。
「すみません、私お酒飲めないので。」
 優希はジュースのグラスを手に取る。彼女が飲酒できないのは未成年だからだ。だが、それを言ってしまうと孫である可能性を強めてしまう気がした。意味はないかもしれないが、やんわりとぼかして伝えた。
「構わないよ。」
 全員にグラスが行きわたり、軽くグラスを持ち上げる。
「それじゃあ、乾杯!」

 それから四人はしばらく会話を交えた。もっとも、部外者である優希には分からない話も多く、適当に相槌を打つ時間だった。
 それに気を回したのは島取だった。
「社長、ちょっと込み入った話があるんですが……。」
「ん、なんだね?」
 ニコニコと笑っていた社長の表情がキッと引き締まる。会社のトップに立つ人間として、仕事の話には真剣に向き合わなければならない。
「悪いが席を外してくれるか?」
 島取が手を合わせて頼む姿を見せる。事情を察した愛美は優希を連れてテーブルを離れていった。
「それで、話とはなんだい?」
「いやぁ、すいません。」
 島取は少し申し訳なさそうに頭を掻く。
「サシで飲みたかっただけです。」
 社長は再び笑みを取り戻した。

「さて、こっからが本番よ。優希ちゃん。」
「はい……!」
 二人は真剣な面持ちで視線を向ける。それは一つではない。目の前には見たことのないようなものの数々が広がっている。だが、そのどれもが視線を奪われそうになるほど輝いていた。
「たらふく食べるわよ!」
「はい!」
 二人は手にした皿の上に各々好みの料理を乗せていった。高級な洋食が多く、優希には知らない世界だった。だが、それがむしろ彼女を夢中にさせ、あっという間に皿が埋まってしまった。
 先にテーブルに戻った優希は愛美が戻ってくるのを待っていた。だが、愛美は知り合いと話が弾んでいるようで、しばらく待ちぼうけを食らっていた。
「お口に合いませんでしたか?」
 料理を見つめていた優希は顔を上げた。そこに立っていたのはスーツに身を包んだ青年。切れ長で知的な眼差し、真っすぐ通った鼻筋、細身ながらも鍛えられたシルエット。恋愛感情の薄い優希も一瞬ときめいてしまいそうになるほどの美男だった。
「いえ、いただきます。」
 優希は再び皿へと視線を戻し、フォークで魚の切り身を刺した。それは彼に気を使わせないためでもあったが、もう一つ理由があった。
(お願いだから、どっか行って……!!)
 何を隠そう、その男こそ勇剣。天道星我本人だった。先ほどの天道社長のように星我も祖父を知っているかもしれない。正体を感づかれる危険性が高いのだ。
 もっとも、バレたとしても言いふらしたりはしないだろう。ただ、ヴレイン・ヴレイドを辞めることを知られたら面倒になりそうな予感がした。
「本日は僕のパーティにお越しいただいてありがとうございます。」
「どうぞ、ごゆっくりお楽しみください。」
 お決まりの挨拶を告げて、星我は席を離れた。優希の無言の圧力が伝わったのか、それとも興味がなかったのか。それはわからなかった。
「なにしゃべってたの?」
 戻ってきた愛美が何かを期待したように笑みを見せる。だが、その期待には応えられない。
「あいさつしただけです。」
 優希は料理を口にして黙った。

 時間が経つにつれ、パーティに流動性は失われる。各々、親しい者やビジネスパートナーなど、固定された誰かと集まるようになった。
 困ったことに優希は完全に部外者だ。アシスタントでもないし、仕事の話は分からない。次第に疎外感が心に積もっていった。独りは嫌いではないが、独りにされるのは嫌いだ。
 優希は愛美に一言告げてパーティ会場の外へ出た。とはいえ遠くに行くわけにはいかない。優希はちょうど下の階層にあるゲームセンターへと足を運んだ。
「これがクレーンゲーム……。」
 優希はほとんどゲームをしたことがない。ゲームセンターにも行ったことがない。実家にいたときはそれが許されなかったし、実家を出てからは節約の日々だったからだ。それでも、うっすらと話には聞いたことがあった。
 優希は大きなキツネのぬいぐるみに惹かれ、百円硬貨を機械へと投入した。
「……どうすればいいの?」
 機械からは愉快な音楽が流れているものの、手順に関しては全く言及しない。しかし、点滅するボタンを見れば意味は分かる。
「あれ……?」
 優希は矢印のあるボタンを押した。それによってクレーンは動いたが、一瞬で動きを止めてしまう。
「長押しか……。」
 もう一つのボタンで仕組みを理解する。クレーンは空を掴むが問題はない。優希はもう一度挑戦することにした。
 今度は意のままにクレーンを動かす。優希の鍛えられた空間把握能力は、完璧にクレーンを対象へと向かわせた。
(思ったより簡単。)
 アームが開き、クレーンはぬいぐるみの頭部を掴む。だが――。
「えぇっ!?」
 閉じたアームが優しくぬいぐるみの顔を撫でる。当然、持ち上がることすら叶わず、何も得ぬままクレーンは帰ってきた。
「……詐欺だ。」
 優希は恨めしそうにクレーンを睨みつけるが、悪びれる様子もなく陽気な音楽を流し続ける。
「詐欺じゃないさ。」
 優希は睨む対象を声の主へと変える。だが、それが誰かを理解して慌てて取り繕った。
「勇剣《ヴレイブ》っ……さん?」
 先ほど顔を合わせたスーツの男、天道星我。
「……どうしてこんな場所に?」
 優希はともかく、彼はパーティの主役だ。抜け出すのは色々と問題があるだろう。
「息抜きに来ただけだ。」
 星我は邪魔くさそうにネクタイを人差し指で緩めると、懐から百円硬貨が束のように入ったケースを取り出した。
「ちょっと変わって。」
 優希は横に避けて星我に譲る。何か裏技のようなものがあるのだろう。優希はそれを見逃すまいと真剣に彼の手元を見ていた。
「……なにしてるんですか。」
 だが、期待は裏切られた。星我が動かしたクレーンは先ほどと変わらず、ただぬいぐるみを撫でて帰ってきただけだった。
「そのうち分かる。」
 その後も星我はプレイを重ねたが、わずかに動かすことしか叶わなかった。しかし、ある時を境に状況は一変する。
「持ち上がった……!!」
 今まで赤子のように弱弱しい力だったアームが、突如としてぬいぐるみをガッチリと捕らえた。だが、クレーンは持ち上げ運ぼうとする瞬間にぬいぐるみを落としてしまった。
「これは確率機だ。」
 クレーンゲームには確率機というものが存在する。アームの強さが一定ではなく、プレイ回数などによって変化するのだ。最初は取れなくとも、回数を重ねれば取れるようになる。これにより、店はある程度の利益を保証できるのだ。
「次は君の番だ。」
 星我は横にずれて優希にプレイを譲る。
「……失敗しても怒らないでくださいね。」
 優希は恐る恐るボタンへと手を伸ばした。
(まずは横……。)
 優希はしっかりとボタンを押し込み、クレーンを動かす。
(ちょっと行き過ぎたかも……。)
 クレーンは奥へと進み、アームを開いて下降していく。そして、狙い通りに頭部に被さると、今度こそ完璧に掴み上げた。
「いけ……!」
 ぬいぐるみは移動の振動でわずかに体勢を崩す。それでも、離してしまうことはなかった。
「取れた……!」
 優希は取り出し口からぬいぐるみを抱き上げ、その大きな瞳を見つめる。
「おめでとう。」
 星我は笑みを浮かべて称賛の拍手を送った。ただ、それが馬鹿にされているようで、優希には少し面白くなかった。
「……なんで、その……手助けしてくれたんですか?」
 お礼よりも先に疑念が出てしまう。そんな自分を優希は嫌悪した。だが、星我は特に意に介した様子はなかった。
「俺はゲームが好きだ。」
「だから、ゲームを嫌いになってほしくなかった。それだけだ。」
 星我は特に対価を求めることもせずに優希の横を通り過ぎた。

「どうしたの? そのぬいぐるみ。」
 パーティが幕を下ろし、帰路に就く三人。優希はぬいぐるみを抱えて歩いていた。
「クレーンゲームで取りました。」
「へぇ~、やっぱりゲーム得意なのね。」
「まぁ……。」
 優希は否定も肯定もしなかった。彼女は全くと言っていい程ゲームをしない。だが、ヴレイドで結果を出していたため、否定していいものなのかと迷った。
「愛美さんは、ゲーム好きですか?」
 唐突な質問に愛美はきょとんとした表情を浮かべる。
「もちろん好きよ、ゲームライターだし。」
「でも仕事でやるとなると、嫌になるときもあるわね。」
「クソゲーだったときなんかも、コントローラーぶん投げるわ! クッションにね。」
「だから……、う~ん……、」
 愛美は複雑な感情を言語化しようと考える。
「好きで嫌いで……、でもやっぱり大好き、かな?」
 愛美は難しい顔で考えることを止め、笑ってそう答えた。
「好きで嫌い……。」
 優希は少し強く、ぬいぐるみを抱きしめた。



「みんなぁーーー!! 応援ありがとぉーーー!!」
 大勢の歓声につつまれるスタジアム。その中心に立つのは小柄な少女。彼女は周りをぐるりと見渡しながら両腕を振る。
『や~は~り~、強いッ!! 圧倒的ッ!!』
『かつて勇剣を討ち取ったその実力、今も健在だァーーー!!』
 その言葉で観客は一層に盛り上がりを見せる。
「そうだ、あいつなら……!!」
 勇剣は剣戟世界最強の剣士。それに間違いはない。だが、無敗の剣士ではない。
「次の戦いで円卓の序列は変わる!」
「私が変えてみせるから!」
「だからみんな! 応援よろしくぅ☆」
 少女はウィンクで別れを告げた。
『さぁ、決戦は明日!!』
『円卓序列第一席、剣戟世界最強剣士、「勇剣《ヴレイブ》」!!』
『円卓序列第二席、妖精姫君、「聖翼《フェノン》」!!』
『その結末は君の目で確かめろーーーッッッ!!!!』


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