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第12話 無敗VS最強

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「ついに来たのね、この日が……!」
 芝の緑で染め上げられた円形のスタジアム、その観客席で海帝《エイゼ》は固唾を飲む。
 幽鬼《スペクター》の宣戦布告から一週間。海帝は幽鬼と共に勇剣《ヴレイブ》との戦いに備えていた。彼の戦闘スタイル、スキル構成、戦績、あらゆる情報を渡せるだけ渡した。戦闘面での役には立てなかったが、海帝はできることは全てやったつもりだ。
「勝って頂戴よ、幽鬼……!!」

「レディィィス・アァァァンド・ジェントルメェェェン!!!!」
「盛り上がっているかな、剣士諸君!!」
 芝の緑で染め上げられた円形のコート、その観客席から上がる歓声は身体を揺さぶるほどの熱気を伝えていた。
 その様子を見て、モニターに映る道化師《ジョーカー》は口角を吊り上げる。
「うんうん伝わるよ、君たちの興奮が!!」
「なんていったって、今日戦うのは「あの二人」だからね!!」
「そして!! その二人に最もふさわしい解説をお招きしました!!」
 道化師の合図とともにモニターに一人の少女が映し出される。
「本日、解説を担当します星竜《エルターニャ》です! よろしくお願いします!」
 勇剣の実の妹であり、チームメイト。そして、幽鬼とも激戦を繰り広げた数少ないプレイヤーだ。今回のカードにこれほどの適任者はいないだろう。
「単刀直入に聞いちゃおうかな!」
「星竜、君はどっちが勝つと思う?」
 沸き立った観客たちが静かになる。各々に予想はあるだろうが、双方を知る彼女の考えは知っておきたい。その場の全員がそう考えた。
「どちらが勝つかは私にもわかりません。」
「ただ――、」
 星竜は真剣、それでいて悩むように眉をひそめた。
「兄が負ける想像ができません。」

 観客席の下、スタジアムの入場口の裏で幽鬼は控えていた。
「すごいことになってる……。」
 幽鬼が目にしたのは試合の世界同時中継。そして、そこに映る賞金額。その額は既に一千万を超え、今もなお上がり続けている。
「バイトしてたのが馬鹿みたい。」
 実家から逃げ出した優希は貧しい生活をしていた。高校生ということもあり、バイトも長時間は働くことができなかった。その足しになると思い始めたのが、ヴレインヴレイドだった。
 だが、今では稼ぎが逆転してしまった。おかげで目標だった、バイトと学校を辞められるかもしれない。
「学校辞めたら、三葉ともお別れか……。」
 幽鬼の思考を遮ったのは、ゲートから漏れ出す、まぶしい光だった。

「さぁ、挑戦者《チャレンジャー》の入場だァーーー!!!!」
 割れんばかりの歓声に大地が揺れる。幽鬼は眼前に広がる緑の芝を踏みしめ、ゆっくりとスタジアム中央へと向かう。
「前代未聞ッ!! 無敗で頂上まで駆け上がってきた、黒きシンデレラッ!!」
「スゥゥゥペクタァァァアアア!!!!」
 幽鬼は観客には目もくれず、ただ一点を見つめる。
 そして、あの男が現れる。
「この剣戟世界の頂点ッ!! 他の追随を許さぬ、円卓最強の騎士ッ!!」
「ヴレェェェイヴゥゥゥ!!!!」
 ヴレイブは客席に手を振り返しながら幽鬼に歩み寄っていく。男女が入り混じっていた歓声が、一気に黄色に染まる。だが、幽鬼に近づくにつれ、勇剣はただ一人を見るようになった。
「お前が来るのを待っていた。ずっとな。」
「……割と早い方でしょ。」
 初めて会ったのは二か月前。唯一人の頂《イレヴン・サヴァイヴ》で戦った時だ。その時は装備に圧倒的な差があった。
 次に会ったのは魔夢《メア》として観光をしていた時。この時は二対一のうえ、一撃でも当てられれば勝ちという条件だった。
 そして、ようやく対等な立場で二人は出会った。
「では、チャレンジャー!! 戦場《フィールド》の選択をしてくれ!!」
 幽鬼は少しの間を置いて答える。
「英雄の、墓標……。」



 黒く染まる夜明け前の空。その闇を切り裂く白銀の月光が、山の頂を照らし出す。周りは雲海に覆われ、頂上だけが顔を覗かせている。
 そして、その頂上に祀られているのは、巨大な石の剣。剣戟世界を救った英雄、その墓標だ。
 その目の前に築かれた祭壇の上で二人は向かい合う。
「両者準備が整ったようだ!!」
 互いに剣を抜き、臨戦態勢を取る。
「全員、刮目せよ!!」
「無敗VS最強、勝つのはどっちだァァァアアア!!!!」
<<開戦《エンゲージ》!!>>
「剣術《ソードスキル》――!」
「ッ――!?」
 勇剣が開幕早々、仕掛けた。縮地の体勢を取っていた幽鬼の身体が、光の十字架へと磔にされる。
「神をも殺す十字星《ノーザン・クロス》ッ!!」
 勇剣は身体を大きく捻り、宙を舞う。だが、剣が到達するよりも速く、幽鬼は十字架から脱した。
 神をも殺す十字星《ノーザン・クロス》は相手を拘束したうえで攻撃できる、確実性の高い攻撃だ。だが、その拘束力は相手の体力に左右される。無傷の相手にはほとんど拘束力は期待できない。
「んんッ!? これはどういう意図だ!?」
「説明してくれ、星竜!!」
「おそらく、幽鬼に先手を取らせないためです。少し、もったいない気がしますが……。」
 幽鬼の速攻は上級者かつ知っていれば対処は容易い。だが、幽鬼の目的は先に攻勢に出て押し切ること。ゆえに、相手が防戦に回った時点で目的を達成している。
 勇剣はそれを理解していたため、自らが先に攻勢に出られる手段を選んだ。
「くッ……!!」
 幽鬼は剣術を避けたものの、勇剣にとってそれは作戦通り。すぐさま攻撃に転じ、幽鬼を防御に回らせた。
(隙が無い……!!)
 たとえ防御に回ろうとも、幽鬼は簡単に崩れたりはしない。反撃のチャンスを見つけ出し、攻勢を勝ち取る。それがいつもの彼女のやり方だ。
 だが、勇剣はそこが上手い。攻勢でありながら深入りはしない。攻め過ぎないことで間合いを保ち、攻撃を継続させるのだ。
 幽鬼は剣を弾くのを止め、一度正面から受け止める。そして、しゃがみながらそれをいなし、続けざまに足払いを放つ。
「おぉっと!! 勇剣が体勢を崩したァ!!」
 すかさず幽鬼は追撃の横切りを放つ。しかし、籠手によって弾かれてしまう。それでも幽鬼はチャンスを得た。
 激しい剣戟。幽鬼は勇剣の防具の無い部位を徹底的に狙う。一方で勇剣は守りに徹し、一つ一つの攻撃を丁寧にいなす。どこを狙うか、どこが狙われるか、幾度となく交わる剣の全てに駆け引きがあった。
「戦術《タクティクス》――、」
 そして、その駆け引きはこの時のため。鎧の無い場所を狙われ続けられたゆえに生まれる隙。
「幽骸《リビングデッド》……!!」
 防御判定を無視できる攻撃であれば鎧は関係ない。
「それは警戒していた。」
 気づけば勇剣は回避の体勢を取っていた。幽鬼の剣は虚しく空を切る。無論、幽鬼も警戒されているとこは理解していた。だから、致命傷狙いではなく、範囲を大きくとって少しでもダメージを与える振り方をした。それでも、彼には届かなかった。
「なら、これは警戒してた?」
 幽鬼は剣を逆手に持ち替える。その瞬間、勇剣は反射で反応した。
「防術《ガードスキル》ッ――!!」
「多面方陣《ヴァリアブル・シールド》!!」
 勇剣の正面に幾重にも正方形の障壁が形成される。
 多面方陣はその大きさや形を自由に変えることができる。しかし、大きければ大きいほど、枚数が多ければ多いほど、形成に時間がかかってしまう。だから、勇剣は防御面積を減らし、一点に集中することで速さと強度を両立させた。
「産まれ墜ちた罰《ゼスピアン》――!!」
 幽鬼が投擲した剣が赤黒い閃光となって放たれる。それは障壁に阻まれることも意に介さず、一枚、また一枚と障壁を砕き破る。その間にも幽鬼が迫ってくる。
「……無理だな。」
 勇剣は防ぎきれないと判断し、防術を解く。その瞬間、光線が勇剣の左肩を掠める。とっさに籠手で防いだものの、左腕はもう力が入らない。

「幻影呪刺《ファントムペイン》を切った……!?」
 星竜は思考を巡らせる。幻影呪刺は幽鬼のスキルの中でも最も採用率の高いスキルだ。スピード重視のアタッカーである幽鬼はパワーが不足する。ゆえに防術の突破手段が求められ、それが幻影呪刺だった。だが、それだけではなかった。
「説明してくれ星竜!」
「幻影呪刺があると見せかけて防術を躊躇させて、そこに高火力で速いスキルを放つ、という戦略です。」
「相手に対して常に二択を迫る、本当にやっかいです。」
 実際、勇剣が防ぎきれなかったのは、単なる不意打ちだっただけではなく、この二択によって生じた一瞬の隙があったことが大きい。
「さて、互いに残るスキルは二つだ!!」
「幽鬼は防術《ガードスキル》、勇剣は戦術《タクティクス》。」
「そして、互いに必殺術《ファイナルスキル》を残している!!」
「まだまだこれからだァ!!!!」

 幽鬼は放たれた剣を再び手にし、間合いを詰める。
(とにかく削るッ……!!)
 二人の剣が火花を散らす。再びの攻防。だが、左腕を負傷した勇剣は攻撃を受け止めるには十分な力を発揮できない。そのため、回避が中心になっていた。
 だが、回避は体力を消耗する。失敗すれば直撃してしまうため、精神的な負担も大きい。ゆえに攻勢である幽鬼がリードする状況にある。だが、わずかに感じる違和感――。
「なっ――!?」
 幽鬼の身体が硬直する。それは必然。誰もがそうなってしまうだろう。
「捨てたッ……!?」
 勇剣は上空に向かって剣を放り投げた。何の前触れもなく、唐突に。人間は理解できないものを目にしたとき、それを理解しようと注意を向けるものだ。
「しまッ――!!」
「はァッ――!!!!」
 勇剣の拳が幽鬼の腹部を叩きつける。
「ぅ、ぐッ……!!」
 そして、追い打ちの蹴り上げ。
「う˝ッッッ!!!!」
 なんとか倒れず踏ん張ったものの、蹴りの衝撃で視界が歪む。何度も瞬きするが変わらないが、勇剣が剣を構えたことは分かった。
「防術《ガードスキル》――、」
「黒影潜転《シャドウダイバー》……!!」
 暗闇が支配するこの場所でなら隠れる場所には困らない。回復するまで影に身をひそめるのが最善手だ。
 幽鬼の身体が闇に溶けていく。だが、それを見過ごす勇剣ではない。逃がすまいと彼は剣を突き立てる。
 甲高い金属音。彼の剣先は髪留めを弾き飛ばすのみで終わった。

「さすがに厳しいかスペクタァーーー!! 闇に身を潜めたァーーー!!」
「珍しいですね、防術を防御に使うなんて。」
「それが本来の使い方だぜ星竜!!」
 幽鬼の判断は正しい。だが、彼女らしくないやり方だ。勇剣が負けるとは思わないが、幽鬼がこのまま終わるとも考え難い。
(この程度じゃ終わらない……絶対に……!!)
(どう出る、幽鬼さん……!!)
 その答えはすぐに分かった。
「お、前ッ……!!」
 勇剣は後方へと跳ぶ。だが、着地に揺らぎが生じた。そして、足元に血が滴り落ちる。
「逃げ、じゃなかった……!!」
 星竜は、いや勇剣さえも時間稼ぎと考えていた。幽鬼も初めはそのつもりだった。だが、相手は世界最強の男。逃げの一手では勝てない、勝ち目が見えない、幽鬼はそう考えた。
 だから間髪入れずに勇剣の足元に忍び寄り、真正面から姿を現す。不意打ちで最も警戒されないのが正面だからだ。
 そして、勇剣の最も厄介な点は回避力。それを封じるため、足を狙って剣を突き刺した。それは功を奏し、勇剣の回避力を奪うことに成功する。
 だが、その代償もある。
「無茶をしたな、幽鬼。」
 勇剣はすぐさま立て直して、幽鬼へと切りかかる。足を負傷しているとは思えないほどの連撃。幽鬼はついに捌き切れなくなり、徐々に傷が増えていく。
 彼女の足取りはおぼつかない。それも当然。先ほど食らった蹴り上げのダメージを回復できていないからだ。攻めの代償は重い。
「わかってるッ……!!」
 思うように動けない。視点が定まらない。痛い。辛い。苦しい。それでも身体を動かすのは、彼女が呪われているから。かつて、祖父に叩きこまれた呪い。
『敗北は死だと思えッ!!』
「ハァァァアアアッッッ!!!!」
 幽鬼は渾身の力で剣を叩き下ろす。決して最善の攻撃ではない。隙の大きい無駄な攻撃。空を切る。だが、その気迫が勇剣の追撃を躊躇させた。
「勇剣《ヴレイブ》……、」
 空が白み始め、闇に染まる世界が失われていく。
「私を殺して。」

 幽鬼の発言に会場がざわめく。棄権とも捉えられる発言だ。
「……諦めるのか?」
 勇剣は眉間にしわを寄せる。今までも諦める者はいた。だが、幽鬼という好敵手がそうであって欲しくはない。戦いの幕引きとしてはあまりに許容しがたい。
「ううん、違う。」
 幽鬼は剣を再び構える。
「全力で来い、って意味。」
 その言葉に勇剣は笑みを浮かべる。
「望むところだ……!!」
 勇剣も剣を構える。だが、今までとは構えが違う。姿勢が低い。
(来る……!!)
「戦術《タクティクス》――、」
「ッ――!!」
 幽鬼は構えていた。にも関わらず、右腕に深い傷を負った。
「超越加速《アクセルドライブ》――。」
 大幅に加速した移動から放たれる攻撃。見てからの対処では間に合わないため、動きを予測する。動きが速くなる分、小回りが利かなくなるため、必ず止まる瞬間がある。その瞬間が見切るための唯一のチャンスだ。狭い祭壇の上ではその回数も増える。
 だが、勇剣もその隙は理解している。だから、何度もフェイントを仕掛け、タイミングを伺う。
(違う……、これも違う……。)
 幽鬼の視界が回復したことで、確実に判別できるようになった。だが、油断はできない。気を抜けば、やられる。
(残り五秒……。)
 戦術《タクティクス》の時間制限が迫る。だが、その五秒が長い。幽鬼はギリギリで攻撃をいなしていく。そして、仕掛ける。
「必殺術《ファイナルスキル》――!!」
 幽鬼は身体を捻り、大きく振りかざす体勢を取る。無論、この構えで何をするかはバレてしまう。だが、速いということは、すぐには止まれないということだ。
「それを待っていた。」
「ッ――!?」
 勇剣は止まらない。だが、動きが遅い。
「スキルをッ……!!」
 勇剣は実際に攻撃の構えを取った。攻撃も仕掛けた。だが、その直前でスキルを解除した。それによる速度低下こそ、勇剣の仕掛けた罠だ。タイミングがずれた幽鬼は剣を振り、隙を晒す。
「お前は、もっと強くなれる。」
 勇剣の突き立てた剣が、幽鬼の鳩尾を貫通した。
「……もう、いいよ。そんなの。」
 幽鬼は瞼を閉じ、満足した笑みを浮かべる。
「ありがとう、勇剣《ヴレイブ》。」
 幽鬼の身体が徐々に消えていく。光に包まれ、散っていく。
「またやろう、幽鬼《スペクター》。」
 勇剣は剣を収め、手を差し出す。好敵手への敬意だ。だが、幽鬼はその手を取らなかった。返したのは、穏やかな微笑み。
 やがて、幽鬼の姿は見えなくなった。
<<終戦《オーバー》!!>>
<<勝者《ウィナー》、勇剣《ヴレイブ》!!>>

「勝ったのは、勇剣だァァァアアア!!!!」
 沸き上がる歓声。スタジアムに戻った二人を百万を超える観客が出迎えた。
 だが、勝者はあくまでも勇剣。幽鬼は静かに出口へと歩みを進める。
「スゥゥゥペェェェクゥゥゥタァァァアアア!!!!」
 その歩みを止めたのは、一人の観客。以前目にしたことのある、赤いドレス。
「紅宝《ラトランジュ》……。」
 彼女には勝利を託されていた。少々顔を合わせづらい。
「カッコよかったですわよォォォオオオ!!!!」
 だが、彼女はそんなことを気にしていなかった。大きく両腕を振り、こちらへとアピールする。
「敗北は死じゃない……!」
 幽鬼は小さく手を振り返した。それ以降、彼女は止まらずに歩き続けた。

「ナイスファイト、幽鬼《スペクター》。」
 控えに戻った幽鬼を出迎えたのは海帝だった。
「すみません、色々協力していただいたのに……。」
「いいのよ、まだチャンスはあるんだから!」
 海帝は親指を立てて彼女を励ます。だが、幽鬼の心境とはかみ合わない。
「すみません、疲れたので今日は帰ります。お話はまた、後日。」
「そうね! ゆっくり休んで頂戴!」
 幽鬼は頭を深々と下げる。
「海帝さん。」
「……どうしたの?」
 幽鬼の澄んだ笑みに海帝は少したじろいだ。
「……ありがとう、ございました。」
 幽鬼はその場を後にした。
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