ヴレイン・ヴレイド―VR剣戟格闘アクションゲーム―

とをふや

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第10話 原石

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「もしもし、ORE通編集部の相沢です。」
 土曜日のオフィス。仕事に追われる愛美は片手間で電話に対応する。面倒な長話でないことを祈るばかりだ。
「お忙しいところすみません。剣崎です。」
「どうも~お世話になっております~。」
 愛美は事務的なあいさつで返した。その苗字では情報が繋がりきらなかったからだ。それほど、優希からの連絡は有り得ないと考えていた。
「ご用件をお伺いし……、」
「剣崎ぃ!?」
 愛美は驚き立ち上がる。その勢いでオフィスチェアが弾き飛ばされ壁に衝突した。その音と声で視線が愛美へと集まる。
「すみません……。」
「壁壊すなよ、相沢。」
 愛美は周りに軽く頭を下げ、椅子をそっと自分のデスクへと戻す。
「編集長、少し席外します。」
「早く戻ってこいよ~。」
 優希からの連絡ということは幽鬼《スペクター》に関することに間違いない。彼女が今も正体を隠し続けている以上、たとえ編集部の人間でも知られることは避けたい。これは信用という綱渡りなのだ。



「まさか、あなたから連絡貰えるなんてね。」
 オフィスビルの非常階段。ここであれば他人が来ることも、他人に聞かれることもない。二人だけになれる場所だ。
「それで、要件を聞かせてくれるかしら?」
 他愛のない話をしている暇は無い。優希もそういうのを求めるタイプではないだろう。彼女は話し始めた。
「ORE通で幽鬼《スペクター》の動画を投稿していただけませんか?」
 愛美には意図が見えなかった。突然の連絡もそうだが、動画の投稿を頼まれるとは思わなかった。ORE通のチャンネルを使えば可能ではあるが、なによりも理由が知りたい。
「動画投稿なら今どき誰でもできるわよね? それでもORE通に頼む理由は何かしら?」
 言いづらいことならば詮索はしないつもりだったが、優希の返答は早かった。
「私が欲しいのは後ろ盾です。」
 愛美はそれを聞いて考えを切り替えた。これは優希がプロに対して前向きになったから来た連絡ではない。記者だからこそ分かる、この世界の闇。それが優希の身を脅かしているのだ。だから助けを求めてきた。
「……もしかして、付きまとわれてる?」
 名のある人物に必ず纏わりつく虫。他者のプライベートを食い漁り、小銭を稼ぐ連虫。それがパパラッチ。その羽音が優希の耳にも届いていた。
「まだ、大丈夫です。」
「それは良かった、とは言えなさそうね。」
 先日の星竜《エルターニャ》との決闘。これは大きな注目を集めた。単に注目のカードだったというだけではない。跳ね上がった賞金額。ゲーム関係以外のメディアはこぞってこの大金に焦点を当てていた。その大金を手にしたのが一人の女子高生だと知ったなら、メディアが見過ごすはずがない。自宅、学校、実家、どこであろうとも安心できる場所ではなくなってしまう。
「わかったわ、優希ちゃん。私にできることをさせて。」
 記者として、一人のプレイヤーとして、優希をつまらない形で終わらせるわけにはいかない。愛美は協力を決めた。



「……あなたが海帝《エイゼ》だったんですね。」
「言ってなかったかしら?」
 幽鬼《スペクター》と海帝は廃城の屋根の上で向かい合う。
 フィールド「常闇の廃城」。かつて繁栄の極みを築いた面影はなく、廃城だけがその過去を証明するものとなっている。
 二人の目的は決闘《デュエル》ではない。動画の撮影だ。
 優希は当初インタビュー動画を想定していたが、愛美はある程度情報を開示しても素性を探るものは絶えないと考えた。それに幽鬼のミステリアスさを失うのは盛り上がりに冷や水をかけてしまう。
 そこで考えたのが宣戦布告PVだ。情報は明かさず、勇剣《ヴレイブ》へ挑むことだけをシンプルに伝える。代わりに、ORE通が独占取材契約をしたことを発表する。ORE通の大本は業界でも一、二を争う大手出版会社だ。優希に無許可に取材しようものなら業界を干されかねない。これでパパラッチは手を出せなくなる。
 もう一つの課題として、この事をどうやってORE通の企画として通すかというものがあった。しかし、事情を説明すると島取は即答で許可を出してくれた。その売れるものを見極める審美眼こそ、彼が編集長に登り詰めることができた理由だ。愛美もこの課題に関してはあまり心配はしていなかった。
「う~ん、こっちのセリフでもう一回お願い。」
「わかりました。」
 幽鬼はモニターを操作する海帝に剣先を向ける。
「勇剣《ヴレイブ》、貴様を倒す。」
「もっと力強く!」
「勇剣《ヴレイブ》ッ、貴様を倒すッ!!」
「もっと無機質に!」
「ヴレイブキサマヲタオス!」
「う~~~~~~~~ん。」
 海帝はモニターとにらめっこしながら何度も何度もうなる。この調子で既に一時間以上が過ぎている。優希は文句こそ言わないが、ため息は零れ落ちそうになる。
「あんまり演技力とか求められると困るんですが……。」
 愛美が納得しないのは自らの演技力不足だと優希は思っていた。経験が無い以上あまり期待されても困る。しかし、実際の問題点は少し違った。
「なんか、幽鬼っぽくないのよねぇ。迫力に欠けるっていうかなんというか……。」
 感覚によるアバウトな要求に応えられる演技などできない。
「なら実戦を撮りますか?」
 演技ができないなら実演すればいい。
「それ! そうしましょ!」
 愛美が対戦設定を変更し、優希がそれに同意すると、幽鬼の前に甲冑を纏った騎士が現れた。その騎士は外見に似合わず俊敏で、一瞬で自らの間合いまで幽鬼に接近した。
 だが、そこまでだった。幽鬼はやすやすと攻撃をかわし、胴体を一刀両断した。
「勇剣、貴様を倒す。」
 海帝へ幽鬼は剣を向ける。その殺意は彼女に向けられたものではなかったが、それでも海帝は身がすくんだ。
「でも、おしい!!」
 愛美はそれでも納得がいかず、髪を両手でかき乱す。正解に近づいているようだが、正解ではないらしい。だが、方向は合っている。
「もう一度お願いします。今度はレベル20を3体で。」
「えっ……!? わ、分かったわ!」
 CPUのレベルの上限は20。その強さは金剛《ダイヤ》ランク中間層に相当する。一対一でも勝てる人間は限られており、一対三ともなれば無謀に近い。
 それでも戦いは始まった。三方位からの連携攻撃が幽鬼に迫る。
「まずは一つ。」
 幽鬼は騎士の一体の縦切りをいなして横に立つと、すかさず横切りで首をはねた。
 それに怯むことなく二体目が突きで距離を詰める。だが幽鬼は首をはねた騎士を盾にして攻撃を防ぐ。そのまま盾にした身体を前方へ蹴り飛ばして衝突させることで、二体目を屋根から突き落とした。
 そして最後の一人。強烈な縦切りを放つが、屋根を破壊するに終わる。と、思われたが、そこから即座に切り上げに転じた。目にもとまらぬ連撃。それでも幽鬼はいなしてしまった。
 そして、最後の騎士は心臓を貫かれた。幽鬼が剣を抜くと騎士は糸が切れた人形のように倒れ、廃城の暗闇へと消えていった。
「……勇剣《ヴレイブ》、」
 風が彼女の髪を揺らし、月明りが赤い刀身を妖しく照らす。
「少しだけ、楽しみにしてるから。」
 幽鬼は剣を海帝に向ける。言葉とは裏腹に表情は暗く悲しみを纏わせていた。演技ではない、幽鬼の本心からの言葉だった。
「これよ……!! これが幽鬼だわ……!!」
 強さと儚さ。相対する要素を併せ持つその姿こそ幽鬼らしくあった。
 愛美の長い撮影会は幕を下ろした。



 幽鬼《スペクター》の宣戦布告は瞬く間に世界中に知れ渡った。興奮する者、勝敗を予想する者、多くの人々が注目していた。
 しかし、それを面白く思わない者もいる。彼女はその一人だ。
「なんっなんですのォ~~~~!!」
 赤いドレスの女性は怒りに肩を震わせて空間モニターを乱暴に閉じた。しかし、そのモニターが再び浮かび上がる。
<<紅宝《ラトランジュ》さん、配信開始の時間です。>>
「……わかりましたわ。」
 紅宝は一度大きく息を吸って心を落ち着かせた。ファンに怒りをぶつけるなどあってはいけない。彼女は両手の人差し指で口角を吊り上げると、笑顔、笑顔と言い聞かせた。

「みなさま、ごきげんうるわしゅう! 本日もお対戦よろしくお願いいたしますわね!」
 紅宝《ラトランジュ》は宙を駆けるチャット欄に目を向ける。予想はしていたものの、その数は普段より少ない。そして、その中に混ざる不愉快な名前。
『幽鬼《スペクター》が勇剣《ヴレイブ》に宣戦布告しましたね。』
『ジュ様は幽鬼《スペクター》の動画見た?』
 チャットで他者の名前を出すのはあまり良いことではないが、トレンドを席巻し話題だ。触れないわけにもいかないだろう。
「もちろん、私も拝見いたしましたわ。幽鬼《スペクター》さんの宣戦布告、大胆なことをなされましたわね。」
「はたしてどちらが勝つのか。円卓の騎士として興味がありますわ。」
 興味があるのは事実。だが、どちらが勝つかは明白だった。勇剣と何度も戦い、その全てにおいて敗北した紅宝だからこそ分かる。幽鬼は勝てない、と。
『ジュ様はどっちが勝つと思う?』
 当然の質問。だが、もし幽鬼が勝ってしまった場合、断言してしまったら立つ瀬がない。
「そうですわね~。どっちが勝ってもおかしくないと思いますわよ。」
 はぐらかした曖昧な返答にファンは満足しなかった。そして、頭の切れるファンが呟いた。
『ジュ様は幽鬼より弱そう。』
「はぁ――!?」
 口を開いてから紅宝は気づく。これは罠だ。だが、ここで弱気にはなりたくなかった。
「私の方が強いに決まってますわ!! 円卓第九位の座を舐めないでくださいませ!!」
 言ってしまった。ここから芋づる式に答えは出てしまう。それでも自らの誇りを傷つけるよりかは遥かにマシだ。
『つまり幽鬼より強いジュ様より強い勇剣が勝つってことか。』
「……まぁ、そうなりますわ……ね?」
 これで後出しでこっちが勝つと思っていたムーブができなくなってしまった。だが、改めて思い返す。勇剣の強さ、いくら幽鬼でも超えられるものではないと。
「私は勇剣が負けるとは思えません。」
 取り繕うことができないとなった今、言いたいことが心の隙間からあふれ出してきた。
「というより、いきなり一位の座を狙うってなんなんですの!? それ以下は眼中に無いってことですの!?」
「もし挑戦状届いたらどうしようかな~って毎晩考えてたんですのよ!? なのになのに――!!」
 紅宝は配信中だということを思い出して口を閉じる。だが、彼女にはよくあることだ。ファンもまた始まったとか、これが見たかったなど平穏にことを済ませた。
「とにかく! 勇剣には円卓の誇りを見せてほしいですわ。」
 紅宝《ラトランジュ》は両頬を叩いて気持ちを落ち着かせる。
『ジュ様が見せてやればいいのでは?』
『先に幽鬼倒したらカッケェぞ。』
『ぺちぺちたすかる。』
 しかし、ファンたちが彼女を煽り立てる。幽鬼に挑戦状を送る。そして倒す。そうすれば自らの威厳を示すことができるし、円卓の洗礼をお見舞いすることもできる。悪くないアイデア。
 だが、もし負ければ大恥をかくうえに、ランキングも落ちてしまう。そんなことになれば一生笑い者だ。しかし、それでも幽鬼が何喰わぬ顔で円卓一位になるなど到底許しがたい。
「ふ、ふふふっ……! いいですわ。送ってあげましょう、挑戦状!」
「円卓の力、ご覧くださいまし!」



「紅宝《ラトランジュ》からの挑戦状……!?」
 風呂上がりの優希はその通知に驚く。円卓からの逆指名は滅多に行われない。円卓には日々多くの挑戦者が現れるうえ、円卓同士の総当たり戦も行われている。わざわざ逆指名する必要性がないのだ。
 ゆえに何か理由があるはずだ。例の宣戦布告動画に触発されたのだろうか。いずれにせよ円卓の実力を確かめるには都合がいい。
 優希は剣戟世界へと潜り込んだ。



 パルシヴァル・エクスプレス。王都アルトリウスからパルシヴァルへと向かう蒸気機関列車。その客車の屋根の上で両者は対峙する。
「よく逃げずに参りましたね。」
 紅宝《ラトランジュ》は白銀のレイピアを幽鬼に向ける。
「勇剣《ヴレイブ》だけが円卓ではないといこと、教えて差し上げますわ!」
<<開戦《エンゲージ》!!>>
 揺れる客車の上、落下すれば即終了の状況でさえ、幽鬼《スペクター》は強襲を仕掛けた。
「ちょ!! 無茶ですわよそんなの!?」
 攻撃は容易に防がれる。だがそれでいい。幽鬼は紅宝の横を通り過ぎ、列車の進行方向へと進んでいく。
「無視ぃ!?」
 紅宝は防御の構えを続けていたが、幽鬼は堂々と背中を見せて走り去っていく。そして、その背中は突如として姿を消した。
「嘘ですわよね……?」
 幽鬼の目的に気付いた紅宝は全力で前方へと走る。だが、徐々に前へと進まないようになっていく。走る速さの問題ではない。客車が後ろへと下がっているのだ。
 幽鬼が客車の連結器を外したせいだ。
「卑怯者ーーーーーッッッ!!!!!」
 このフィールドの中心は機関車にある。そのため、そこから離れすぎると場外に出た扱いとなり敗北扱いとなる。つまり、紅宝は意地でも前方の列車に追いつかなければならない。
「ぬ˝ぅ˝ぅ˝ぅ˝ぅ˝ぅ˝ん˝ッッッ!!」
 紅宝は客車の屋根から前の客車に飛び移る。だが、その客車も徐々にスピードを失っていく。
「ちゃんと戦いなさいよォ~~~!!」
 紅宝は急いで屋根によじ登ると前方へダッシュする。そして、飛び移るためのジャンプ。一体これを何度繰り返すつもりなのか。
 そう思った瞬間だった。
「剣術《ソードスキル》――、」
 客車の外で待ち構えていたのは幽鬼。紅宝は空中で全てを悟った。
(えっ、終わり……?)
 避けることができない空中で身を守るのは防術《ガードスキル》だ。だが、幽鬼が使う幻影呪刺《ファントムペイン》は防術を貫通する。防術を使わなければ威力は落ちるが、それでも急所に食らえば負ける。剣で防いでも今度は列車に届かずに落下するかもしれない。
 つまり、詰みだ。
「幻影呪刺《ファントムペイン》。」
 幽鬼の刺突攻撃。それを紅宝は剣で弾いた。防術を使わなければ威力はさほど高くない。だが、それでも前方へ進む力は削がれてしまう。手は既に届かない。高速で流れる線路と砂利が目前に迫る。
 それでも、落ちはしない。
「届いたっ……!!」
 伸ばした左手の剣が客車に突き刺さり落下を逃れる。
「あらっ……!?」
 だが、足はレールについてしまい、その勢いで身体が仰向けになる。幸い靴底が足を守ってくれるが、摩擦熱が足へと上ってくる。
「どういう状況ですのこれッ!?」
 紅宝は助かったものの、状況が特殊過ぎて対処に困る。その隙に幽鬼はトドメを刺そうと剣を振り上げる。
「が、防術《ガードスキル》――!!」
「鉱輝なる礼装《ファセット・ジュエラルキア》!!」
 紅宝のドレスが宝石のような輝きを帯びる。そして、幽鬼の刃をそのドレスの袖で受け止めたみせた。
「硬い……!!」
 そのふんわりとした袖は風になびきながらも岩石のように硬く頑丈だった。何度剣を打ち付けても傷一つつけることさえ叶わなかった。
 ならば、と幽鬼は突き刺さった紅宝の剣を狙う。これを引き抜いてしまえばそのままフィールドアウトで勝てる。
 だが、それよりも速く紅宝は手を打った。全身硬化したことにより、火花と土煙を上げながら両足で地面を蹴った。その勢いで飛び上がり、紅宝は客車の梯子を掴んだ。
「ここからが本当の勝負ですわ、よっ!?」
 梯子を掴んだからといって、地の利を得ているのは未だ幽鬼だ。彼女の鋭い連続突きが紅宝を襲う。だが、防術が適用されている紅宝にダメージはない。
 そこから幽鬼は次の手に切り替える。彼女は客車の中へと引き返す。
「そうはさせませんわっ!!」
 屋根の上を通るより列車内を移動する方がはるかに速い。紅宝も列車内に入り後を追った。
 前方を走る幽鬼の方が足は速い。このまま追いつくことは難しいが、連結を外すだけの隙は与えない。ただ、何よりも納得いかないことがあった。
「なぜ堂々と戦ってくれないんですのッ!?」
 連結器に手を伸ばそうとする幽鬼に紅宝が切りかかる。幽鬼はすぐさま手を止めて、それを迎撃した。しかし、体勢が悪く押し込まれると考えた幽鬼は、後退して隣の車両へと移った。
「防術を使ったあなたと正面から戦うわけないでしょ。リスクが高すぎる。」
「違いますわっ!!」
 幽鬼は否定されるとは思っておらず理解できなかった。それでも、頭は冷静に警戒を続ける。
「劣勢を華麗な剣技で覆す!! それが幽鬼《スペクター》じゃありませんのっ!?」
「こんな戦い方、幽鬼らしくありませんわっ!!」
 紅宝は剣先を幽鬼に向ける。その表情は険しく、それでいて悲しみを秘めていた。
「……あなたは負けたいの?」
 幽鬼も剣を向けて答える。
「私が劣勢を覆したら、たとえ負けてもあなたは満足なの?」
「そうじゃありませんわ!! ただつまらない勝利を望んでほしくない!! それだけですわ!!」
 紅宝は幽鬼に飛び掛かる。幽鬼としては横降りで列車外に落としたいところだが、それをするには狭くやりづらい。
 ゆえに後方に跳んで紅宝を誘い込む。背後に不安定な足場しかないという状況は相当なプレッシャーになるはずだ。
「なら、つまらない負け方をしなければいいでしょ。違う?」
 さらに幽鬼は挑発して笑みを浮かべる。紅宝は感情的になりやすいタイプだ。有効に作用するだろう。円卓を相手にするならば、おぜん立てはいくらあってもいい。
「……そうですわね。」
「ならこうしましょう。」
 紅宝は背を向けて剣を振るった。甲高い金属音が響く。そして再び向き直った。
「はぁ……!?」
 幽鬼が視線の先の違和感に気付く。紅宝の背後、連絡扉から見えるのは遠ざかっていく後方の客車。
「これなら攻めるリターンも大きいですわよね?」
 幽鬼は防術を使った紅宝と正面から戦うのは分が悪いと言った。だから客車を切り離す戦法を用いていた。
 なら、分の良い状況にしてしまえばいい。そうすれば正面から戦える。だから、紅宝は連結器を破壊した。
「正気じゃない……!!」
 これにより幽鬼は圧倒的優位に立った。にもかかわらず冷や汗が滲む。むしろ勝ち目が見えなくなったような気さえした。
「さぁ、真剣勝負といきますわよ!!」

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