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第三章 指切
第四十九話
しおりを挟む取り調べで龍哉は黙秘、代わりに遥希が経緯を刑事に語る。
後ほど花婿花嫁の両親が派遣した弁護士が到着。一度は障害で刑事告訴を視野に入れていた両家の親だったが、けれども花婿の言葉でそれを取り下げる。
おそらくは裁判になれば遥希との関係がばれてしまう。一大が虚言を申し立てたところで、遥希が真実を語れば明るみになるのだ。
頬と鼻を骨折。全治一か月の重傷を負ったものの、悔しさを堪え泣き寝入るしかない。真実を話そうとしない一大は、妻や両親に「彼の怒りを買ってしまった。自分が悪い」と伝えるしかなかった。
警察に拘留されたもの無罪となった龍哉、以後は一大の存在を忘れたかのように仕事に没頭した。以前にも増して女からの誘いを受けるようになり、遥希の許にも帰らない日が増える。
これまでは女と過ごしただろう日であっても、必ず毎日マンションに帰宅してきた。けれど事件後は人が変わったように遥希に素っ気なく、また身体を求めることも少なくなったのだ。
だが遥希には分かっていた。自分が口にできなかった言葉が龍哉を深く傷つけてしまったのだと。一大に未練があるのかと訊かれ、とっさにノーと言えなかったのだ。
もう一大に対する愛情など枯れ果てたと思っていたのに、目のまえで彼が血だらけになり死ぬかもしれないと考えたら怖くなったのだ。死んで欲しくない、どうか助けて。
そして心の隅で小さく輝く彼に対する想いの欠けらを見つけてしまったのだ。まだ一大のことが好きだ、死んで欲しくないと思えるほどには愛している、と。
龍哉の帰ってこない部屋はだだっ広く感じる。もうずっとひとりで暮らしてきた部屋だ、そんなふうに感じるなど脳神経とは不思議なものだと可笑しく思う。
それだけ彼の存在が大きかったということだろう。帰ってこなくなってから気づく、龍哉を愛していると。けれど一大のことも嫌いにはなれず、矛盾した己の心が怖ろしき化け物に感じた。
他人事のように日々を坦々と生きていないと神経が参ってしまう。今このときに龍哉は女を抱いているのだろうか、一大と妻は夫婦生活を送っているのだろうか。
けれどもうすでに遥希の精神は侵食され、少しずつおかしくなっていることを遥希自身は気づいていなかった───
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