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4 理想の家族
第2話
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向希がうーとかあーとか言って悔しさを味わっていると、台所から甘い香りが漂ってきた。
「終わった?」
ひょっこりと祖母が顔を出す。
「終わったよー、向ちゃんの負けー」
「あら、手加減してあげたんじゃないの?」
「何を言うか」
祖母に祖父が反論し、祖母が可笑しそうに笑った。
「おやつにしましょう。ここに持ってくるわね」
祖母が縁側から向ちゃんの使ってる方の和室の障子を開けた。
「あ、避けるね」
向希が座敷机の上を片付けてる間に私は祖母の手伝いに台所へと向かった。
「わあ、マドレーヌ! おばあちゃんいつの間に」
「簡単なのよ」
祖母は謙遜という形をとってはいるが、得意気だ。もちろん私もそんな祖母を見ているのが嬉しい。
「アイスコーヒーにする?」
「そうしよう」
「アイスコーヒーに牛乳入れる人ー?」
台所から尋ねると、誰も返事をしなかった。
「おじいちゃんにもちょっと入れてやって。こうでもしないとカルシウム取らないんだから」
言われた通り祖父と自分のアイスコーヒーに牛乳を注いだ。
「気をつけてね」
アイスコーヒーの乗ったお盆を引き受けた私に祖母が背中から声を掛けてくる。私は返事をする余裕もなく細身のグラスを見守りながらそろりそろりと歩いた。
「はい。おじいちゃんのはカルシウム入り」
祖父は牛乳の入ったグラスを丁寧に受け取った。どうやら牛乳を入れられることは想定していたらしい。ふむ、おばあちゃんの愛の勝利である。
まさに、理想の家庭である。少し遅くに子どもを授かったと想定するとこのくらいの年の差の親子関係も成り立つ。どうだっただろうかと考えてみる。休日に父と息子が縁側で囲碁を打ち、母親は、面倒な工程をちゃんと成し遂げて作られた間食を運んでくる。
市販では味わえない優しい甘さ、バターを100%使った贅沢な香り。保存料、香料、無添加。
「僕、これ大好き」
向希がそう言うと、はっと現実に戻った。
「そう思って作ったのよ。お父さんも大好きだったのよ」
そうか、向希もお父さんも食べたことあるのか。焼きたてのマドレーヌは縁のところがサクサクしている。焼きたてだから味わえる今日だけの食感だ。
祖母は私たちの前では父のことを『お父さん』と呼ぶ。父の前では祖父のことを『お父さん』と呼ぶ。そして、祖父のことは『おじいちゃん』と呼ぶのだ。当然のことを今さらながらに実感した。
向希も『僕』に戻ってる。私も向希も祖父母の前ではいつもより幼くなってしまう気がする。
私といる時の向希は子どもっぽくはあるけれど、祖父母の前の幼さとはまた違うのだ。
「ねえ、あの人はおじいちゃんのお父さん?」
長押の写真、一番右端のを指差した。おそらく、右にいけばいくほど新しいのだろう。
「そうよ。似てるでしょ」
祖母に言われて見ると、確かに目の辺りが似ている。
「そんなに似てると思わなかったけど、年々似てくるもんだな」
祖母が笑うものだから、不思議に思って祖母を見つめた。
「いやね、有ちゃん小さな頃にここへ来るたびに聞いてたわよ。あれは誰? こっちは誰? お仏壇には何が入ってるの? って。いつもお供え物してたから、中にはもっと美味しい物が入ってると思ったんでしょうね」
「そうだったな。供えた物は写真より数が少ないけど、みんなでわけるのか? って」
可愛いじゃないか、私。そうは思うけど、私の覚えていない過去を暴露されることは恥ずかしいものだ。
「もっと古いものはどうしてるの? 江戸の人とか」
「有ちゃん、江戸に写真はないって。そもそもこの家は江戸くらいまで遡れるの?」
「ああ、わかると思うよ。戸籍が出来たのがもう少し後だけどそれ以前はお寺が管理していたからね。ここあたりはまだその寺がある」
「へえ」
すごい、面白い。
「僕、何となく覚えてる。僕と有ちゃんもあそこに並ぶの? って聞いた覚えがあるな」
面白いけど、気付いちゃった。その家系図、たぶん私は無関係だ。
おじいちゃんもおばあちゃんも、幼い向ちゃんに聞かれて何て答えたんだろう。
「もう、陰気臭いわね。私たちだってまだまだなのに。ねえ?」
「そりゃあそうだ」
祖父が祖母に同意した。確かに曾祖父の遺影を見る限り、今の祖父より年上だ。私と向希が小さな頃はまだ健在だったらしいが、私の記憶には残っていなかった。今、生きていたら90歳くらいだろうか。あり得るではないか。ひいおじいちゃん、ひいおばあちゃんて、どんな感じなのかな。
早くに子どもを産むのも悪くないと思わせる。自分本位だけれど。そして、もしそうするなら私、もしくは向希が早く結婚しなくちゃな。
向希はいつかあそこに並ぶ。私があそこに並ぶには……考えるのを止めた。
ぼうっと遺影の並びを見ている向希は何を思うのだろうか。
「美味しい」
「そう? まだあるけど……」
「食べる!」
食事が食べられなくなるかもしれないけど、手作りのおやつならと、手作りは普通のお菓子より別格の扱いを受けるのだ。最後の一つを口に入れ、ありがたくいただく。レシピを聞こうかと思ったが、これはきっと祖母が作ったということが美味しくさせているのだろうと、やめた。
「よし、有ちゃん五目並べしよう」
向希に誘われて、私は囲碁盤の前に座った。白い碁石を碁盤に置くと控え目に音がなった。
よし、勝ちに行こう、私も。
「終わった?」
ひょっこりと祖母が顔を出す。
「終わったよー、向ちゃんの負けー」
「あら、手加減してあげたんじゃないの?」
「何を言うか」
祖母に祖父が反論し、祖母が可笑しそうに笑った。
「おやつにしましょう。ここに持ってくるわね」
祖母が縁側から向ちゃんの使ってる方の和室の障子を開けた。
「あ、避けるね」
向希が座敷机の上を片付けてる間に私は祖母の手伝いに台所へと向かった。
「わあ、マドレーヌ! おばあちゃんいつの間に」
「簡単なのよ」
祖母は謙遜という形をとってはいるが、得意気だ。もちろん私もそんな祖母を見ているのが嬉しい。
「アイスコーヒーにする?」
「そうしよう」
「アイスコーヒーに牛乳入れる人ー?」
台所から尋ねると、誰も返事をしなかった。
「おじいちゃんにもちょっと入れてやって。こうでもしないとカルシウム取らないんだから」
言われた通り祖父と自分のアイスコーヒーに牛乳を注いだ。
「気をつけてね」
アイスコーヒーの乗ったお盆を引き受けた私に祖母が背中から声を掛けてくる。私は返事をする余裕もなく細身のグラスを見守りながらそろりそろりと歩いた。
「はい。おじいちゃんのはカルシウム入り」
祖父は牛乳の入ったグラスを丁寧に受け取った。どうやら牛乳を入れられることは想定していたらしい。ふむ、おばあちゃんの愛の勝利である。
まさに、理想の家庭である。少し遅くに子どもを授かったと想定するとこのくらいの年の差の親子関係も成り立つ。どうだっただろうかと考えてみる。休日に父と息子が縁側で囲碁を打ち、母親は、面倒な工程をちゃんと成し遂げて作られた間食を運んでくる。
市販では味わえない優しい甘さ、バターを100%使った贅沢な香り。保存料、香料、無添加。
「僕、これ大好き」
向希がそう言うと、はっと現実に戻った。
「そう思って作ったのよ。お父さんも大好きだったのよ」
そうか、向希もお父さんも食べたことあるのか。焼きたてのマドレーヌは縁のところがサクサクしている。焼きたてだから味わえる今日だけの食感だ。
祖母は私たちの前では父のことを『お父さん』と呼ぶ。父の前では祖父のことを『お父さん』と呼ぶ。そして、祖父のことは『おじいちゃん』と呼ぶのだ。当然のことを今さらながらに実感した。
向希も『僕』に戻ってる。私も向希も祖父母の前ではいつもより幼くなってしまう気がする。
私といる時の向希は子どもっぽくはあるけれど、祖父母の前の幼さとはまた違うのだ。
「ねえ、あの人はおじいちゃんのお父さん?」
長押の写真、一番右端のを指差した。おそらく、右にいけばいくほど新しいのだろう。
「そうよ。似てるでしょ」
祖母に言われて見ると、確かに目の辺りが似ている。
「そんなに似てると思わなかったけど、年々似てくるもんだな」
祖母が笑うものだから、不思議に思って祖母を見つめた。
「いやね、有ちゃん小さな頃にここへ来るたびに聞いてたわよ。あれは誰? こっちは誰? お仏壇には何が入ってるの? って。いつもお供え物してたから、中にはもっと美味しい物が入ってると思ったんでしょうね」
「そうだったな。供えた物は写真より数が少ないけど、みんなでわけるのか? って」
可愛いじゃないか、私。そうは思うけど、私の覚えていない過去を暴露されることは恥ずかしいものだ。
「もっと古いものはどうしてるの? 江戸の人とか」
「有ちゃん、江戸に写真はないって。そもそもこの家は江戸くらいまで遡れるの?」
「ああ、わかると思うよ。戸籍が出来たのがもう少し後だけどそれ以前はお寺が管理していたからね。ここあたりはまだその寺がある」
「へえ」
すごい、面白い。
「僕、何となく覚えてる。僕と有ちゃんもあそこに並ぶの? って聞いた覚えがあるな」
面白いけど、気付いちゃった。その家系図、たぶん私は無関係だ。
おじいちゃんもおばあちゃんも、幼い向ちゃんに聞かれて何て答えたんだろう。
「もう、陰気臭いわね。私たちだってまだまだなのに。ねえ?」
「そりゃあそうだ」
祖父が祖母に同意した。確かに曾祖父の遺影を見る限り、今の祖父より年上だ。私と向希が小さな頃はまだ健在だったらしいが、私の記憶には残っていなかった。今、生きていたら90歳くらいだろうか。あり得るではないか。ひいおじいちゃん、ひいおばあちゃんて、どんな感じなのかな。
早くに子どもを産むのも悪くないと思わせる。自分本位だけれど。そして、もしそうするなら私、もしくは向希が早く結婚しなくちゃな。
向希はいつかあそこに並ぶ。私があそこに並ぶには……考えるのを止めた。
ぼうっと遺影の並びを見ている向希は何を思うのだろうか。
「美味しい」
「そう? まだあるけど……」
「食べる!」
食事が食べられなくなるかもしれないけど、手作りのおやつならと、手作りは普通のお菓子より別格の扱いを受けるのだ。最後の一つを口に入れ、ありがたくいただく。レシピを聞こうかと思ったが、これはきっと祖母が作ったということが美味しくさせているのだろうと、やめた。
「よし、有ちゃん五目並べしよう」
向希に誘われて、私は囲碁盤の前に座った。白い碁石を碁盤に置くと控え目に音がなった。
よし、勝ちに行こう、私も。
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