22 / 48
4 理想の家族
第4話
しおりを挟む
川まで来ると夏の湿っぽい風が涼やかなものに変わった。立ち止まったせいで急に汗が吹き出てくる。
「はあ、もうマドレーヌは消費したかな?」
「何個食べたの」
「三個」
ジロリと睨まれて白状した。
「五個」
「山、一周しなきゃなんないんじゃない?」
「ええ、おばあちゃんのマドレーヌはそんなにカロリーないはず」
「バターたっぷり」
「……美味しいんだもん。向ちゃんは昔からよく作ってもらった?」
「うん、そうだな。おじいちゃんも好きそうだった」
「うん。明日からこのくらいの時間に毎日歩こうかな。家でゴロゴロしてたら太るし。昼間はもう無理だな~」
私は、一人で、のつもりだったが
「いいね、そうしよう」
向希は一緒に、のつもりで頷いた。
「向ちゃん、勉強あるし、いいよ。のんびり一人で歩くよ」
向希は返事もしなかったが、一緒に行くことになるのだろう。
帰り道は、ほの暗い程度で危なくはない。土の道は踏みしめると、草の匂いがした。ジーとかコロコロとかセミとは違う虫が鳴いていた。
行きは開いていた店は閉まっていて、明日からもこうやって出かけるならお金を持って行こうと思い出した。
祖母の日傘はいつの間にか向希が持っていて、やっぱり私は閉じた傘を持つのは苦手なのだと思った。向希は、ちゃんとしてる。
夜中に目覚めるというリズムが出来てしまったのか、私はまた夜中に目が覚めた。
欄間からは光が漏れていたし、水を飲みに行くと、祖父の書斎からも光が漏れているのが見えた。
こんな時間まで……。全く、勤勉な血統である。と思いつつ何事もなかったかのように私はすぐに眠りについた。
――――翌朝。
この日は水着を買いに行く予定にしていたが、布団の上に寝転がったまま、向希はあんなに遅くまで起きていたのだから、また寝ているのではないかと耳をそばだててみた。
が、私たちの間の襖ではなく縁側と反対側の引き戸がスパンと開いた。
「有ちゃん、早く起きなよ。もうじいちゃんもばあちゃんも仕事行ったよ」
嘘でしょ。何時なの、今。時計は9時をまわっていた。夜中に目が覚めちゃったから、寝坊しちゃったんだ。
「いや、起きてるし」
と、負け惜しみを言ったところで寝坊は寝坊だ。
「買い物行くんでしょ」
小さく舌打ちをした後でそう言われ、私は自分が悪いのにふて腐れた態度で起き上がった。
「布団は明日干すかな」
そう言いながら向希はサッサと私の布団を三つ折りにした。主婦みたいな男だ。
価値ある女子高生が眠っている部屋に勝手に入ってくるなんて、どうかと思う。……布団の上げ下ろしまでしてもらってては、何も言えないけど。
台所に朝食が用意されていて、ますます何も言えなかった。唯一言えたのは「いただきます」だった。
「こうちゃん、あんなに遅くまで起きてたのによく朝起きられるね」
「そう? 俺はいつもこんなんだよ。ショートスリーパーなんだ」
「へえ。そうなんだ」
「あんまり眠れないんだ」
「デリケートなんだね。ってそんなわけないか」
「有ちゃんのイビキがうるさくて」
「え、うそ!?」
向希はふふんと笑うと私の食器をカチャカチャと洗い始めた。
「有ちゃん、着替えてきて。えーっと、白いワンピース以外で」
ふっと、肩を揺らす後ろ姿が見えた。やっぱり性格悪いな、あいつ。
「はい。すみません」
洗い物までしてもらっては、文句など言えない。手早くワンピース以外に着替えると、向希は既に準備を終えていた。
「有ちゃんは何もかもゆっくりだよね」
「ご、ごめん。昨日も夜中に目が覚めちゃったから」
「俺の部屋、眩しい?」
「いや、そうじゃないと思う」
「そっか。よく寝るよね。夜中って言ったって俺はまだ起きてたし」
「……そうだね」
そこから直ぐ寝てしまったし、向希よりは寝てることになる。向こうの家にいた時は光が漏れなかったから向希がこんなに遅くまで起きてるって知らなかった。お母さんは夜遅くても朝が遅いし、お父さんも夜更かしのイメージはないなあ。
「父さんも母さんもよく寝るもんな」
「あ、だよね」
「うん。ショートスリーパーかロングスリーパーかは遺伝らしいよ」
「へえ」
私は勝手口でスニーカーかサンダルかで悩んでサンダルを履くことにした。
「おばあちゃんからお小遣い貰ったから。これで昼も食べてこいってさ」
バス停まで歩きながら向希が言った。私は今日も日傘を差していた。いくら貰ったんだろうかと思いながら、傘を忘れないようにしなくちゃとも思った。
「有ちゃん、日焼け止めは持ってるの?」
「うん。あるよ、スプレーのやつ」
「そっか。他にもいるものがあれば、買っておいたら?」
「そうする」
小さな頃は日焼けなど気にしなくて、限界まで黒くなっていたな。向希は色白なので、日に焼けると赤くなってしまっていた。赤くなるのが落ち着くとまた白い肌に戻っていた。
大人たちが真っ黒に日焼けした私と白いままの向希を見て『有ちゃんは元気でいいね』と言ったのを間に受けて、元気でいいでしょって思ってたけど、今から考えたら全然よくねーわ。ずっと、比べられては、劣ってた。日焼け止めを塗っても私の方が黒くなるのだろう。
「そういえばさ。昔は有ちゃんみたいに日焼けするの、憧れたなあ。俺なんて真っ赤になって、夜に熱持って眠れなくなってさ。母さんと父さんがずっと冷やしてくれて、それからずっとラッシュガード着せられてた」
嫌みかな?と思ったがそんなことは微塵もなさそうな向希に、白さに同情すべきかどうか考えあぐねていた。
「はあ、もうマドレーヌは消費したかな?」
「何個食べたの」
「三個」
ジロリと睨まれて白状した。
「五個」
「山、一周しなきゃなんないんじゃない?」
「ええ、おばあちゃんのマドレーヌはそんなにカロリーないはず」
「バターたっぷり」
「……美味しいんだもん。向ちゃんは昔からよく作ってもらった?」
「うん、そうだな。おじいちゃんも好きそうだった」
「うん。明日からこのくらいの時間に毎日歩こうかな。家でゴロゴロしてたら太るし。昼間はもう無理だな~」
私は、一人で、のつもりだったが
「いいね、そうしよう」
向希は一緒に、のつもりで頷いた。
「向ちゃん、勉強あるし、いいよ。のんびり一人で歩くよ」
向希は返事もしなかったが、一緒に行くことになるのだろう。
帰り道は、ほの暗い程度で危なくはない。土の道は踏みしめると、草の匂いがした。ジーとかコロコロとかセミとは違う虫が鳴いていた。
行きは開いていた店は閉まっていて、明日からもこうやって出かけるならお金を持って行こうと思い出した。
祖母の日傘はいつの間にか向希が持っていて、やっぱり私は閉じた傘を持つのは苦手なのだと思った。向希は、ちゃんとしてる。
夜中に目覚めるというリズムが出来てしまったのか、私はまた夜中に目が覚めた。
欄間からは光が漏れていたし、水を飲みに行くと、祖父の書斎からも光が漏れているのが見えた。
こんな時間まで……。全く、勤勉な血統である。と思いつつ何事もなかったかのように私はすぐに眠りについた。
――――翌朝。
この日は水着を買いに行く予定にしていたが、布団の上に寝転がったまま、向希はあんなに遅くまで起きていたのだから、また寝ているのではないかと耳をそばだててみた。
が、私たちの間の襖ではなく縁側と反対側の引き戸がスパンと開いた。
「有ちゃん、早く起きなよ。もうじいちゃんもばあちゃんも仕事行ったよ」
嘘でしょ。何時なの、今。時計は9時をまわっていた。夜中に目が覚めちゃったから、寝坊しちゃったんだ。
「いや、起きてるし」
と、負け惜しみを言ったところで寝坊は寝坊だ。
「買い物行くんでしょ」
小さく舌打ちをした後でそう言われ、私は自分が悪いのにふて腐れた態度で起き上がった。
「布団は明日干すかな」
そう言いながら向希はサッサと私の布団を三つ折りにした。主婦みたいな男だ。
価値ある女子高生が眠っている部屋に勝手に入ってくるなんて、どうかと思う。……布団の上げ下ろしまでしてもらってては、何も言えないけど。
台所に朝食が用意されていて、ますます何も言えなかった。唯一言えたのは「いただきます」だった。
「こうちゃん、あんなに遅くまで起きてたのによく朝起きられるね」
「そう? 俺はいつもこんなんだよ。ショートスリーパーなんだ」
「へえ。そうなんだ」
「あんまり眠れないんだ」
「デリケートなんだね。ってそんなわけないか」
「有ちゃんのイビキがうるさくて」
「え、うそ!?」
向希はふふんと笑うと私の食器をカチャカチャと洗い始めた。
「有ちゃん、着替えてきて。えーっと、白いワンピース以外で」
ふっと、肩を揺らす後ろ姿が見えた。やっぱり性格悪いな、あいつ。
「はい。すみません」
洗い物までしてもらっては、文句など言えない。手早くワンピース以外に着替えると、向希は既に準備を終えていた。
「有ちゃんは何もかもゆっくりだよね」
「ご、ごめん。昨日も夜中に目が覚めちゃったから」
「俺の部屋、眩しい?」
「いや、そうじゃないと思う」
「そっか。よく寝るよね。夜中って言ったって俺はまだ起きてたし」
「……そうだね」
そこから直ぐ寝てしまったし、向希よりは寝てることになる。向こうの家にいた時は光が漏れなかったから向希がこんなに遅くまで起きてるって知らなかった。お母さんは夜遅くても朝が遅いし、お父さんも夜更かしのイメージはないなあ。
「父さんも母さんもよく寝るもんな」
「あ、だよね」
「うん。ショートスリーパーかロングスリーパーかは遺伝らしいよ」
「へえ」
私は勝手口でスニーカーかサンダルかで悩んでサンダルを履くことにした。
「おばあちゃんからお小遣い貰ったから。これで昼も食べてこいってさ」
バス停まで歩きながら向希が言った。私は今日も日傘を差していた。いくら貰ったんだろうかと思いながら、傘を忘れないようにしなくちゃとも思った。
「有ちゃん、日焼け止めは持ってるの?」
「うん。あるよ、スプレーのやつ」
「そっか。他にもいるものがあれば、買っておいたら?」
「そうする」
小さな頃は日焼けなど気にしなくて、限界まで黒くなっていたな。向希は色白なので、日に焼けると赤くなってしまっていた。赤くなるのが落ち着くとまた白い肌に戻っていた。
大人たちが真っ黒に日焼けした私と白いままの向希を見て『有ちゃんは元気でいいね』と言ったのを間に受けて、元気でいいでしょって思ってたけど、今から考えたら全然よくねーわ。ずっと、比べられては、劣ってた。日焼け止めを塗っても私の方が黒くなるのだろう。
「そういえばさ。昔は有ちゃんみたいに日焼けするの、憧れたなあ。俺なんて真っ赤になって、夜に熱持って眠れなくなってさ。母さんと父さんがずっと冷やしてくれて、それからずっとラッシュガード着せられてた」
嫌みかな?と思ったがそんなことは微塵もなさそうな向希に、白さに同情すべきかどうか考えあぐねていた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
毒の美少女の物語 ~緊急搬送された病院での奇跡の出会い~
エール
ライト文芸
ある夜、俺は花粉症用の点鼻薬と間違えて殺虫剤を鼻の中に噴射してしまい、その結果生死の境をさまようハメに……。ところが緊急搬送された病院で、誤って農薬を飲み入院している美少女と知り合いになり、お互いにラノベ好きと知って意気投合。自分達の『急性薬物中毒』経験を元に共同で、『毒を操る異世界最強主人公』のライトノベルを書き始めるのだが、彼女の容態は少しずつ変化していき……。
だからって、言えるわけないだろ
フドワーリ 野土香
ライト文芸
〈あらすじ〉
谷口夏芽(28歳)は、大学からの親友美佳の結婚式の招待状を受け取っていた。
夏芽は今でもよく大学の頃を思い出す。なぜなら、その当時夏芽だけにしか見えない男の子がいたからだ。
大学生になって出会ったのは、同じ大学で共に学ぶはずだった男の子、橘翔だった。
翔は入学直前に交通事故でこの世を去ってしまった。
夏芽と翔は特別知り合いでもなく無関係なのに、なぜだか夏芽だけに翔が見えてしまう。
成仏できない理由はやり残した後悔が原因ではないのか、と夏芽は翔のやり残したことを手伝おうとする。
果たして翔は成仏できたのか。大人になった夏芽が大学時代を振り返るのはなぜか。
現在と過去が交差する、恋と友情のちょっと不思議な青春ファンタジー。
〈主要登場人物〉
谷口夏芽…一番の親友桃香を事故で亡くして以来、夏芽は親しい友達を作ろうとしなかった。不器用でなかなか素直になれない性格。
橘翔…大学入学を目前に、親友真一と羽目を外しすぎてしまいバイク事故に遭う。真一は助かり、翔だけがこの世を去ってしまう。
美佳…夏芽とは大学の頃からの友達。イケメン好きで大学の頃はころころ彼氏が変わっていた。
真一…翔の親友。事故で目を負傷し、ドナー登録していた翔から眼球を譲られる。翔を失ったショックから、大学では地味に過ごしていた。
桃香…夏芽の幼い頃からの親友。すべてが完璧で、夏芽はずっと桃香に嫉妬していた。中学のとき、信号無視の車とぶつかりこの世を去る。
二枚の写真
原口源太郎
ライト文芸
外からテニスの壁打ちの音が聞こえてきた。妻に訊くと、三日前からだという。勇は少年が一心不乱にテニスに打ち込む姿を見ているうちに、自分もまたボールを打ってみたくなる。自身もテニスを再開したのだが、全くの初心者のようだった壁打ちの少年が、たちまちのうちに腕を上げて自分よりうまくなっていく姿を信じられない思いで見つめる。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
浴槽海のウミカ
ベアりんぐ
ライト文芸
「私とこの世界は、君の深層心理の投影なんだよ〜!」
過去の影響により精神的な捻くれを抱えながらも、20という節目の歳を迎えた大学生の絵馬 青人は、コンビニ夜勤での疲れからか、眠るように湯船へと沈んでしまう。目が覚めるとそこには、見覚えのない部屋と少女が……。
少女のある能力によって、青人の運命は大きく動いてゆく……!
※こちら小説家になろう、カクヨムでも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる