三度目の庄司

西原衣都

文字の大きさ
上 下
48 / 48
エピローグ

エピローグ

しおりを挟む
 私たちが、すっかり日常に戻ったある日、向希のDNA鑑定の結果が届いた。

 何も変わらない日々を過ごしていた。私たちが生まれる前から、事実は何も変わっていないのだ。

「有ちゃん、向ちゃん、お弁当」
「はい、ありがとう」
「ありがとう」
「涼しくなったからといって油断しないで、ちゃんと保冷剤……」
「わかった、わかった、わかったってば!」

 母はまだ寝ている。

 家を出ると、向希が追い付いて来た。

「もう、時間ずらしてって言ってるでしょ?」
「……まだ駄目? 高校生活はあと少しなんだよ? このまま他人の振りして過ごすなんて切ないなあ」

 情に訴えてきた向希を一蹴する。

「面倒くさいだけでしょ」

 向希はペロッと舌を出した。
「じゃあ、付き合ってるってことにしたらどう?」

 ジロッと睨むと
「残念!」
 悪びれることなく向希は笑って、私を追い抜いて行った。

 ――夢だったのかな。そう思うくらい一夏一緒に過ごしたのは知らない男の子だった。

 あの向希は、普段はいつもの向希の中に息を潜め、時々出てきては私に愛を語る。

 大学生になれば、社会人になれば、もっと大人になれば俺たちを知る人の方が少ないぞって、囁くのだ。今はもう私もそんなことは気にしていないのだが、恋は時に、奇妙な意地を張らせ、外から見たら滑稽な行動を取らせるのだ。

 だから、今のこれは私の愚行なのだ。


「そう言えば、お母さんも同じ事言ってたよ」
 私は母からのアドバイスを向希にも授けようと思った。

「周りが好き勝手言うのは気にしなくていいってさ。言った方は忘れてるし、年とともに価値観も変わるんだって」
「そうだね。ずーっと関係を続けたい人なんて、稀だからね。それがいいよ」
 向希が意味深な目を向け、私もそれにこたえた。
「そうだね」
「そうそう、有ちゃん。父さんもこれからの俺にアドバイスをくれたんだけど、何て言ったと思う?」
「んー、何だろう。『好きに生きなさい』とか?」
「『避妊はしなさい』」
 私は絶句した。それから、二人呼吸を合わせた。
「「お前が言うなよ」」

「ま、親は自分と同じ失敗を子供にさせたくはないわけだ」
「失敗じゃないよ、向ちゃん」
「まあねー」

 私は時々やってくる、得も言われぬ気持ちに決着をつけれずに、俯いてしまう。そんな時は向希が察しよくやってきて私の隣に座るのだ。
 
 向希は時々、壁にもたれて空を仰ぐ。そんな時は私が抱き締めて、歪んだ顔を包むのだ。

 絵はがきみたいに切り取ったあの夏は私の心に大切にしまってある。私の引き出しを開ける度、コロンと転がるビー玉は、向希のかくし玉。ころころ転がって、どこが本性かわからないけど、向希が急いで大人になって、失ったように見えた子どもに戻してあげるのは、私の仕事だと思っている。

 ああ、それにしても、あの『愛してる』は、何かもう、最高だった。やられちゃったなあと思う。私の体を脳天から撃ち抜いて、思い出すたび感動が胸に押し寄せる。


 私は偶像崇拝者であった。
 うんっと古いおじさんの考えは、私の中の愚像だったのかもしれない。時々思い出す。今も時々、無意識で白いエプロンか白いワンピースのような愚像を追い抜いかける。

 いいのだ、もう。
 父も母もどうなったのか知らない。実は、もし私が大西有希になったとしても、庄司に戻るルートをもう一つ親から独立して確立している。

 でも、いい加減はっきりして欲しい。しっかりとした新しい家具を買おうと思うから。ほんっと、思春期の親を持つ子どもは辛いのだ。

 さぁ、私に三度目の庄司はあるのか、ないのか。

 





 ――――end



しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

ストロベリー・スモーキー

おふとん
ライト文芸
 大学二年生の川嶋竜也はやや自堕落で、充足感の無い大学生活を送っていた。優一をはじめとした友人達と関わっていく中で、少しずつ日々の生活が彩りはじめる。

だからって、言えるわけないだろ

フドワーリ 野土香
ライト文芸
〈あらすじ〉 谷口夏芽(28歳)は、大学からの親友美佳の結婚式の招待状を受け取っていた。 夏芽は今でもよく大学の頃を思い出す。なぜなら、その当時夏芽だけにしか見えない男の子がいたからだ。 大学生になって出会ったのは、同じ大学で共に学ぶはずだった男の子、橘翔だった。 翔は入学直前に交通事故でこの世を去ってしまった。 夏芽と翔は特別知り合いでもなく無関係なのに、なぜだか夏芽だけに翔が見えてしまう。 成仏できない理由はやり残した後悔が原因ではないのか、と夏芽は翔のやり残したことを手伝おうとする。 果たして翔は成仏できたのか。大人になった夏芽が大学時代を振り返るのはなぜか。 現在と過去が交差する、恋と友情のちょっと不思議な青春ファンタジー。 〈主要登場人物〉 谷口夏芽…一番の親友桃香を事故で亡くして以来、夏芽は親しい友達を作ろうとしなかった。不器用でなかなか素直になれない性格。 橘翔…大学入学を目前に、親友真一と羽目を外しすぎてしまいバイク事故に遭う。真一は助かり、翔だけがこの世を去ってしまう。 美佳…夏芽とは大学の頃からの友達。イケメン好きで大学の頃はころころ彼氏が変わっていた。 真一…翔の親友。事故で目を負傷し、ドナー登録していた翔から眼球を譲られる。翔を失ったショックから、大学では地味に過ごしていた。 桃香…夏芽の幼い頃からの親友。すべてが完璧で、夏芽はずっと桃香に嫉妬していた。中学のとき、信号無視の車とぶつかりこの世を去る。

二枚の写真

原口源太郎
ライト文芸
外からテニスの壁打ちの音が聞こえてきた。妻に訊くと、三日前からだという。勇は少年が一心不乱にテニスに打ち込む姿を見ているうちに、自分もまたボールを打ってみたくなる。自身もテニスを再開したのだが、全くの初心者のようだった壁打ちの少年が、たちまちのうちに腕を上げて自分よりうまくなっていく姿を信じられない思いで見つめる。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

スパイスカレー洋燈堂 ~裏路地と兎と錆びた階段~

桜あげは
ライト文芸
入社早々に躓く気弱な新入社員の楓は、偶然訪れた店でおいしいカレーに心を奪われる。 彼女のカレー好きに目をつけた店主のお兄さんに「ここで働かない?」と勧誘され、アルバイトとして働き始めることに。 新たな人との出会いや、新たなカレーとの出会い。 一度挫折した楓は再び立ち上がり、様々なことをゆっくり学んでいく。 錆びた階段の先にあるカレー店で、のんびりスパイスライフ。 第3回ライト文芸大賞奨励賞いただきました。ありがとうございます。

円環

Pomu
ライト文芸
亡くなった母の遺品から見つかった古い携帯電話。 そこには、謎の電話番号が残されていた。 ・ファンタジー要素(非現実的な描写)あり ・妊娠、出産の描写がございますが、物語の都合上、実際とは異なる表現もございます。予めご了承ください。

処理中です...