三度目の庄司

西原衣都

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8 三度目の庄司

第4話

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 父と母と同い年の私たちでさえ、愚行であることがわかる。当事者でないとはそういうことだ。

「父さんも母さんも今は年を重ねたからね。自分たちがどれほど無知で無茶苦茶したか知ってるだよ。それを恥じてる。ほぼ一人で乗り越えて来たつもりだったって。その傲慢さを恥じてた。ただ、父さんは他の生き方もあったのではと疑念を抱くことはなかったって言ったんだ。あの時、俺を引きとらなくても、母さんと二度と会わなくても、毎日俺と母さんの事を思い出しては苦しんだだろうって。だから、父さんは楽な方を選んだって、笑ってたよ。でも、時々思うんだって。母さんには他の生き方があったんじゃないかって」
「自分がお母さんを幸せに出来てないんじゃないかって、不安に思ってるってことね?」
「そう。っていうのが滲んでた。まあ、母さんには拗らしてる。この話はちょっと面白いから後にするね」

 ちょっと、面白いんだと思いながら、私は向希の続きを待った。

「父さん、途中からメロドラマみたいなくっさいセリフを吐きはじめてさ。あー……『俺はお前を誰より愛している』みたいなやつ」
「ぶふふ」

 母の言葉と相まって、想像出来すぎてしまった。だけど、向希も母も嬉しそうなのだからいいではないか。

「僕はこの家族に不満はないし、完璧だと思ってる。血の繋がった本当の家族でも仲良くない家族はいるんだしって言ったら、怒られたよ」

 お父さん、怒るんだ。私は父が怒るのを想像してみた。

「お父さん、怒るの。怒るとどうなるの?」
「早口になる」
「……早口になる」
 覚えておこうと思う。

「『家族とは、血なんかじゃなく。日々の積み重ねでつくられるんだと思ってる。それなのに、血が繋がってないと、繋がってる人の底辺より劣っているということかい? 血が繋がってる人の最上級にだって僕は挑むつもりだ。それを言うなら夫婦は血が繋がってない。妻なら愛せて、子なら愛せないのはおかしいじゃないか! 何で底辺と比べるんだ』って、途中、涙声になるし。すぐにごめんなさいって言ったよね、俺。父さん、俺が傷ついてないか焦ってきたんだろうね。超早口」
「そうだよ」
「あの時の選択は正しかったんだって、言った」
「うん」

 父が自負を滲ませてそう言った声が私にも聞こえた気がした。

「さて、母さんについて。話すね」
「うん。待ってました!」
「母さんの恋人、有ちゃんのえっと、お父さん」
「うん」
「死んじゃったでしょ? だから、あまりどんな人だったか聞けないじゃん。それにしても死ぬということは最高の思い出になっちゃうわけで、父さんは、母さんは今でもその人を想ってるのだと、思ってる。一生、勝てないんだって言ってた」
「や、まあ、一生忘れることはないとは思うけど、もし、死んでなかったらただの元カレだったと思うよ」

 私がいる限りそうはならないのだろうけれど。

「母さんが、いつも父さんと目を合わせないらしいんだ」
「気のせいじゃないの?」
「じゃない、らしい」
「じゃあ、ただの思春期じゃない?」
「俺もそう思う。けど、父さんは自分を見ないのは、その人じゃない夫を見たくないからだ。とか言ってる」
「わあ」
 拗れてる。

「そのうち、いいんだ、父さんは二番目でも……とか言い出す始末。母さんが離婚したいって言ったの根に持ってるよ、あれ。相当ショックだったみたいだし。今回もいつ離婚したいって言われるかドキドキして、避けてるんだと思う」
「向ちゃん、もちろん父さんにアドバイスしたんだよね?」
「うん。『僕に言った(歯の浮きそうな)セリフを母さんにも言ったらどう?』ってね」
「うわぉ」
「昔の父さんは、結婚したら即家族になれると思ってたって。結婚することが充足することだと思っていた。でも、実際はお互い先に親になって、夫婦になっただろ? 名ばかりの家族になってないか心配であんな感じになっちゃうんだろうね」
「これ、私たちの出番ある?」
「うーん、子供が巣立ったら、向き合わなきゃならない夫婦って案外多いのかもよ。なんせ、まだ若い二人だから」

 と、向希はあの二人より年上の人みたいに言った。それから、私の話したことを噛み砕いていた向希は
「あの二人、両思いだよね」
 と、幼い表現をした。
「そうだね。でも拗れてるからいっそ、別れるのもアリかもよ」

 別れて、恋人からやり直す。もうしがらみは無く、対一個人なのだ。そういうのもいいのかもしれない。父と母の人生なのだ。

「やっぱり、話し合って欲しいなあ。ちゃんと」
「そうだね」

 お母さんはお父さんがパーフェクトだから気後れしてるだけだよって言ってやりたい。全くいつまで気後れしてるのか知らないけど。

「ここのばあちゃんはばあちゃんで、留美さんがいるからさ、本当の姑がいるのに、自分はあまり口出ししちゃ駄目だって、遠慮してるんだよ」
「えー、留さんはずーっと父さんのこと『いい男だねえ、どうしたらあんな風に育つのか親御さんに聞きたいくらいよ』って言ってたよ。ほら、留さんの息子はやんちゃしてたから」
「はは、そうだな。何かあちこちで気の使いあいしてんだ、大変だな大人って」

 一番気づかいしてる向希が何言ってんだよと思う。

「母さんが、有ちゃんを産むって決めた時『妊娠を伝えてたらあの人はあんなやんちゃをしなかったはずだから、私のせいだ』って言ったんだけど、留美さん『それなら、あんな風に育てた私のせいだから。責任や生き形見とは無関係なところで決めなさい』って言ったの。救われたって母さん言ってたよ」
「うん。そっか、留美さんは息子を若くで亡くしてるんだもんね。それなのに、凄いと思う」

 あちこちに愛は溢れていて、誰か人でも欠けていたら、私たちの命は繋げていなかったのだ。

「ね、不思議なもんだ」

 もう父と母が家に着いた頃かなと時計に目をやった。夏休みもあと残すところ、あと少しだった。
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