45 / 48
8 三度目の庄司
第4話
しおりを挟む
父と母と同い年の私たちでさえ、愚行であることがわかる。当事者でないとはそういうことだ。
「父さんも母さんも今は年を重ねたからね。自分たちがどれほど無知で無茶苦茶したか知ってるだよ。それを恥じてる。ほぼ一人で乗り越えて来たつもりだったって。その傲慢さを恥じてた。ただ、父さんは他の生き方もあったのではと疑念を抱くことはなかったって言ったんだ。あの時、俺を引きとらなくても、母さんと二度と会わなくても、毎日俺と母さんの事を思い出しては苦しんだだろうって。だから、父さんは楽な方を選んだって、笑ってたよ。でも、時々思うんだって。母さんには他の生き方があったんじゃないかって」
「自分がお母さんを幸せに出来てないんじゃないかって、不安に思ってるってことね?」
「そう。っていうのが滲んでた。まあ、母さんには拗らしてる。この話はちょっと面白いから後にするね」
ちょっと、面白いんだと思いながら、私は向希の続きを待った。
「父さん、途中からメロドラマみたいなくっさいセリフを吐きはじめてさ。あー……『俺はお前を誰より愛している』みたいなやつ」
「ぶふふ」
母の言葉と相まって、想像出来すぎてしまった。だけど、向希も母も嬉しそうなのだからいいではないか。
「僕はこの家族に不満はないし、完璧だと思ってる。血の繋がった本当の家族でも仲良くない家族はいるんだしって言ったら、怒られたよ」
お父さん、怒るんだ。私は父が怒るのを想像してみた。
「お父さん、怒るの。怒るとどうなるの?」
「早口になる」
「……早口になる」
覚えておこうと思う。
「『家族とは、血なんかじゃなく。日々の積み重ねでつくられるんだと思ってる。それなのに、血が繋がってないと、繋がってる人の底辺より劣っているということかい? 血が繋がってる人の最上級にだって僕は挑むつもりだ。それを言うなら夫婦は血が繋がってない。妻なら愛せて、子なら愛せないのはおかしいじゃないか! 何で底辺と比べるんだ』って、途中、涙声になるし。すぐにごめんなさいって言ったよね、俺。父さん、俺が傷ついてないか焦ってきたんだろうね。超早口」
「そうだよ」
「あの時の選択は正しかったんだって、言った」
「うん」
父が自負を滲ませてそう言った声が私にも聞こえた気がした。
「さて、母さんについて。話すね」
「うん。待ってました!」
「母さんの恋人、有ちゃんのえっと、お父さん」
「うん」
「死んじゃったでしょ? だから、あまりどんな人だったか聞けないじゃん。それにしても死ぬということは最高の思い出になっちゃうわけで、父さんは、母さんは今でもその人を想ってるのだと、思ってる。一生、勝てないんだって言ってた」
「や、まあ、一生忘れることはないとは思うけど、もし、死んでなかったらただの元カレだったと思うよ」
私がいる限りそうはならないのだろうけれど。
「母さんが、いつも父さんと目を合わせないらしいんだ」
「気のせいじゃないの?」
「じゃない、らしい」
「じゃあ、ただの思春期じゃない?」
「俺もそう思う。けど、父さんは自分を見ないのは、その人じゃない夫を見たくないからだ。とか言ってる」
「わあ」
拗れてる。
「そのうち、いいんだ、父さんは二番目でも……とか言い出す始末。母さんが離婚したいって言ったの根に持ってるよ、あれ。相当ショックだったみたいだし。今回もいつ離婚したいって言われるかドキドキして、避けてるんだと思う」
「向ちゃん、もちろん父さんにアドバイスしたんだよね?」
「うん。『僕に言った(歯の浮きそうな)セリフを母さんにも言ったらどう?』ってね」
「うわぉ」
「昔の父さんは、結婚したら即家族になれると思ってたって。結婚することが充足することだと思っていた。でも、実際はお互い先に親になって、夫婦になっただろ? 名ばかりの家族になってないか心配であんな感じになっちゃうんだろうね」
「これ、私たちの出番ある?」
「うーん、子供が巣立ったら、向き合わなきゃならない夫婦って案外多いのかもよ。なんせ、まだ若い二人だから」
と、向希はあの二人より年上の人みたいに言った。それから、私の話したことを噛み砕いていた向希は
「あの二人、両思いだよね」
と、幼い表現をした。
「そうだね。でも拗れてるからいっそ、別れるのもアリかもよ」
別れて、恋人からやり直す。もうしがらみは無く、対一個人なのだ。そういうのもいいのかもしれない。父と母の人生なのだ。
「やっぱり、話し合って欲しいなあ。ちゃんと」
「そうだね」
お母さんはお父さんがパーフェクトだから気後れしてるだけだよって言ってやりたい。全くいつまで気後れしてるのか知らないけど。
「ここのばあちゃんはばあちゃんで、留美さんがいるからさ、本当の姑がいるのに、自分はあまり口出ししちゃ駄目だって、遠慮してるんだよ」
「えー、留さんはずーっと父さんのこと『いい男だねえ、どうしたらあんな風に育つのか親御さんに聞きたいくらいよ』って言ってたよ。ほら、留さんの息子はやんちゃしてたから」
「はは、そうだな。何かあちこちで気の使いあいしてんだ、大変だな大人って」
一番気づかいしてる向希が何言ってんだよと思う。
「母さんが、有ちゃんを産むって決めた時『妊娠を伝えてたらあの人はあんなやんちゃをしなかったはずだから、私のせいだ』って言ったんだけど、留美さん『それなら、あんな風に育てた私のせいだから。責任や生き形見とは無関係なところで決めなさい』って言ったの。救われたって母さん言ってたよ」
「うん。そっか、留美さんは息子を若くで亡くしてるんだもんね。それなのに、凄いと思う」
あちこちに愛は溢れていて、誰か人でも欠けていたら、私たちの命は繋げていなかったのだ。
「ね、不思議なもんだ」
もう父と母が家に着いた頃かなと時計に目をやった。夏休みもあと残すところ、あと少しだった。
「父さんも母さんも今は年を重ねたからね。自分たちがどれほど無知で無茶苦茶したか知ってるだよ。それを恥じてる。ほぼ一人で乗り越えて来たつもりだったって。その傲慢さを恥じてた。ただ、父さんは他の生き方もあったのではと疑念を抱くことはなかったって言ったんだ。あの時、俺を引きとらなくても、母さんと二度と会わなくても、毎日俺と母さんの事を思い出しては苦しんだだろうって。だから、父さんは楽な方を選んだって、笑ってたよ。でも、時々思うんだって。母さんには他の生き方があったんじゃないかって」
「自分がお母さんを幸せに出来てないんじゃないかって、不安に思ってるってことね?」
「そう。っていうのが滲んでた。まあ、母さんには拗らしてる。この話はちょっと面白いから後にするね」
ちょっと、面白いんだと思いながら、私は向希の続きを待った。
「父さん、途中からメロドラマみたいなくっさいセリフを吐きはじめてさ。あー……『俺はお前を誰より愛している』みたいなやつ」
「ぶふふ」
母の言葉と相まって、想像出来すぎてしまった。だけど、向希も母も嬉しそうなのだからいいではないか。
「僕はこの家族に不満はないし、完璧だと思ってる。血の繋がった本当の家族でも仲良くない家族はいるんだしって言ったら、怒られたよ」
お父さん、怒るんだ。私は父が怒るのを想像してみた。
「お父さん、怒るの。怒るとどうなるの?」
「早口になる」
「……早口になる」
覚えておこうと思う。
「『家族とは、血なんかじゃなく。日々の積み重ねでつくられるんだと思ってる。それなのに、血が繋がってないと、繋がってる人の底辺より劣っているということかい? 血が繋がってる人の最上級にだって僕は挑むつもりだ。それを言うなら夫婦は血が繋がってない。妻なら愛せて、子なら愛せないのはおかしいじゃないか! 何で底辺と比べるんだ』って、途中、涙声になるし。すぐにごめんなさいって言ったよね、俺。父さん、俺が傷ついてないか焦ってきたんだろうね。超早口」
「そうだよ」
「あの時の選択は正しかったんだって、言った」
「うん」
父が自負を滲ませてそう言った声が私にも聞こえた気がした。
「さて、母さんについて。話すね」
「うん。待ってました!」
「母さんの恋人、有ちゃんのえっと、お父さん」
「うん」
「死んじゃったでしょ? だから、あまりどんな人だったか聞けないじゃん。それにしても死ぬということは最高の思い出になっちゃうわけで、父さんは、母さんは今でもその人を想ってるのだと、思ってる。一生、勝てないんだって言ってた」
「や、まあ、一生忘れることはないとは思うけど、もし、死んでなかったらただの元カレだったと思うよ」
私がいる限りそうはならないのだろうけれど。
「母さんが、いつも父さんと目を合わせないらしいんだ」
「気のせいじゃないの?」
「じゃない、らしい」
「じゃあ、ただの思春期じゃない?」
「俺もそう思う。けど、父さんは自分を見ないのは、その人じゃない夫を見たくないからだ。とか言ってる」
「わあ」
拗れてる。
「そのうち、いいんだ、父さんは二番目でも……とか言い出す始末。母さんが離婚したいって言ったの根に持ってるよ、あれ。相当ショックだったみたいだし。今回もいつ離婚したいって言われるかドキドキして、避けてるんだと思う」
「向ちゃん、もちろん父さんにアドバイスしたんだよね?」
「うん。『僕に言った(歯の浮きそうな)セリフを母さんにも言ったらどう?』ってね」
「うわぉ」
「昔の父さんは、結婚したら即家族になれると思ってたって。結婚することが充足することだと思っていた。でも、実際はお互い先に親になって、夫婦になっただろ? 名ばかりの家族になってないか心配であんな感じになっちゃうんだろうね」
「これ、私たちの出番ある?」
「うーん、子供が巣立ったら、向き合わなきゃならない夫婦って案外多いのかもよ。なんせ、まだ若い二人だから」
と、向希はあの二人より年上の人みたいに言った。それから、私の話したことを噛み砕いていた向希は
「あの二人、両思いだよね」
と、幼い表現をした。
「そうだね。でも拗れてるからいっそ、別れるのもアリかもよ」
別れて、恋人からやり直す。もうしがらみは無く、対一個人なのだ。そういうのもいいのかもしれない。父と母の人生なのだ。
「やっぱり、話し合って欲しいなあ。ちゃんと」
「そうだね」
お母さんはお父さんがパーフェクトだから気後れしてるだけだよって言ってやりたい。全くいつまで気後れしてるのか知らないけど。
「ここのばあちゃんはばあちゃんで、留美さんがいるからさ、本当の姑がいるのに、自分はあまり口出ししちゃ駄目だって、遠慮してるんだよ」
「えー、留さんはずーっと父さんのこと『いい男だねえ、どうしたらあんな風に育つのか親御さんに聞きたいくらいよ』って言ってたよ。ほら、留さんの息子はやんちゃしてたから」
「はは、そうだな。何かあちこちで気の使いあいしてんだ、大変だな大人って」
一番気づかいしてる向希が何言ってんだよと思う。
「母さんが、有ちゃんを産むって決めた時『妊娠を伝えてたらあの人はあんなやんちゃをしなかったはずだから、私のせいだ』って言ったんだけど、留美さん『それなら、あんな風に育てた私のせいだから。責任や生き形見とは無関係なところで決めなさい』って言ったの。救われたって母さん言ってたよ」
「うん。そっか、留美さんは息子を若くで亡くしてるんだもんね。それなのに、凄いと思う」
あちこちに愛は溢れていて、誰か人でも欠けていたら、私たちの命は繋げていなかったのだ。
「ね、不思議なもんだ」
もう父と母が家に着いた頃かなと時計に目をやった。夏休みもあと残すところ、あと少しだった。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
毒の美少女の物語 ~緊急搬送された病院での奇跡の出会い~
エール
ライト文芸
ある夜、俺は花粉症用の点鼻薬と間違えて殺虫剤を鼻の中に噴射してしまい、その結果生死の境をさまようハメに……。ところが緊急搬送された病院で、誤って農薬を飲み入院している美少女と知り合いになり、お互いにラノベ好きと知って意気投合。自分達の『急性薬物中毒』経験を元に共同で、『毒を操る異世界最強主人公』のライトノベルを書き始めるのだが、彼女の容態は少しずつ変化していき……。
だからって、言えるわけないだろ
フドワーリ 野土香
ライト文芸
〈あらすじ〉
谷口夏芽(28歳)は、大学からの親友美佳の結婚式の招待状を受け取っていた。
夏芽は今でもよく大学の頃を思い出す。なぜなら、その当時夏芽だけにしか見えない男の子がいたからだ。
大学生になって出会ったのは、同じ大学で共に学ぶはずだった男の子、橘翔だった。
翔は入学直前に交通事故でこの世を去ってしまった。
夏芽と翔は特別知り合いでもなく無関係なのに、なぜだか夏芽だけに翔が見えてしまう。
成仏できない理由はやり残した後悔が原因ではないのか、と夏芽は翔のやり残したことを手伝おうとする。
果たして翔は成仏できたのか。大人になった夏芽が大学時代を振り返るのはなぜか。
現在と過去が交差する、恋と友情のちょっと不思議な青春ファンタジー。
〈主要登場人物〉
谷口夏芽…一番の親友桃香を事故で亡くして以来、夏芽は親しい友達を作ろうとしなかった。不器用でなかなか素直になれない性格。
橘翔…大学入学を目前に、親友真一と羽目を外しすぎてしまいバイク事故に遭う。真一は助かり、翔だけがこの世を去ってしまう。
美佳…夏芽とは大学の頃からの友達。イケメン好きで大学の頃はころころ彼氏が変わっていた。
真一…翔の親友。事故で目を負傷し、ドナー登録していた翔から眼球を譲られる。翔を失ったショックから、大学では地味に過ごしていた。
桃香…夏芽の幼い頃からの親友。すべてが完璧で、夏芽はずっと桃香に嫉妬していた。中学のとき、信号無視の車とぶつかりこの世を去る。
二枚の写真
原口源太郎
ライト文芸
外からテニスの壁打ちの音が聞こえてきた。妻に訊くと、三日前からだという。勇は少年が一心不乱にテニスに打ち込む姿を見ているうちに、自分もまたボールを打ってみたくなる。自身もテニスを再開したのだが、全くの初心者のようだった壁打ちの少年が、たちまちのうちに腕を上げて自分よりうまくなっていく姿を信じられない思いで見つめる。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
円環
Pomu
ライト文芸
亡くなった母の遺品から見つかった古い携帯電話。
そこには、謎の電話番号が残されていた。
・ファンタジー要素(非現実的な描写)あり
・妊娠、出産の描写がございますが、物語の都合上、実際とは異なる表現もございます。予めご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる