三度目の庄司

西原衣都

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第6話

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「さて。お盆の夜は、俺たちは、盆踊りに行こうね。じいちゃんは顔だけ出したらすぐに帰るって行ってたから」

 向希は満面の笑みで行った。この策士!大人だけにさせるって魂胆だ。この家出もそうだ。父と母を二人にさせるため。今度は四人にさせて……。何とかなるのだろうか。

「“俺のため”“子どもたちのため”も、そろそろ解放してもらわないとね、有ちゃん」
「そうだね、向ちゃん」

 私も、そう思うよ。

「楽しみだね、浴衣。ショッピングモールにも特設の浴衣売り場出来てたよ。派手な浴衣がいっぱいあった」
「有ちゃんも派手な今風なのが欲しかった?」
「まさか。私の地味顔は、派手な浴衣なんて着たら負けるでしょうが」
「そう?」
「うん。割りと古風な柄の方が好き」
「ならいいんだけど。あ、顔は可愛いよ」

 不意打ち食らって、何も言えずにうつむいた。父と向希のせいで、私は自分が美人であるという勘違いをさせられそうになる。常に左手に手鏡を持ち、現実を見ながら過ごすべきではないか、と迷走する。

 いつの間にか、顔を近づけてくる向希に後ずさりする。

「こ、この健全な聖地で何をし、しようとするのか」
「健全な精神がお前を前に保たれると思うのか」

 ぎゅっと目を瞑った時、コトンと門戸の開く音がした。

「残念」

 向希がふて腐れた。ガチャンと勝手口が開く音がする。

「ただいまー。暑かった」

 ほっとした私に、向希は素早く唇を重ね、ペロッと舌を出して、台所へと向かう。

「お帰り。ばあちゃんまた雨が降りそう。先に野菜取っちゃう?」

 いや。もう、あいつとんだジョーカーだ。私は大きく肩で息をした。

 
「有ちゃん、育ちすぎたきゅうりは炒めると美味しいらしい」

 その育ちすぎたきゅうりを左手に、右手にタブレットを持って向希が言った。何とかしようとしているらしかった。全くもって高校生らしくないやつだ。

「麻婆きゅうりにしよう」

 そう言って、タブレットを置くとさっそく取りかかっていた。皮を剥いて、中の種をスプーンで取る。なかなかに大変な作業ではないか。

「有ちゃん、見てないで手伝って」
「はい」

 私は横にならんでオクラをあら塩で板ずりする。

「トゲあるからね」

 わかってるのに、言ってくる向希にわかってると強気で言い放ったのに、結局小さな透明なトゲに刺され、そら見たことかという目で見られる。茹でてから輪切りにして鰹節を振りかけた。

 向希のフライパンからはごま油と挽き肉の良い香りがしてくる。

「向ちゃん、思ったんだけど。それ、おじいちゃん好きじゃなさそう」

 向希はピタリと手を止めた。

「やっぱり? 俺も今作りながら思ってた。どうしよう。麻婆茄子にすればよかった。茄子もめっちゃあんのに」
「ごめんねって言えばいいじゃん」
「……そうかな」
「うん」


 祖父は炒められたきゅうりに奇妙な顔をしたが、「向ちゃんが作ったんだよ」と祖母が一言添えると

「うん、良い味だ」

 と、完食した。向希は愉快そうに笑っていた。

「うむ、良い味である」
 私が言うと睨まれたが、祖父と祖母は笑った。

 向希が、私に同情の目を向ける。私も向希に同情の眼を向ける。

 向希がニッと笑い、私もニッと笑い返すと二人で声を出して笑った。

「同類相憐れむ」と自分で言ってツボに入ってる向希に強いなと思う。もし、私がショッピングモールから早く帰らなければ、向希が取り乱すほど悩んでいたことに気づけなかっただろう。強いな、向希は。私のことまで心配してるんだから。

 向希が不意に真面目な顔をする。あからさまに落ち込んだ表情になり、私が同情するのを待っているようだった。

「どうしたの?」
 そう聞いても、眉毛をハの字に提げた上目遣いで見てくるだけ。

「どうしたのよ」
 もう一度尋ねると、おずおずといった様子で口を開いた。

「俺は、出生が複雑だから、もしかすると結婚するとなると向こうの親に反対されるかもしれない」
「あ……」
 そんなことはないとは言いきれなかった。今時は色んな家庭があるのは珍しくないとはいえ、さすがに向希は複雑だ。

「その点、ハナから俺の出生を知ってる人がいたら安心だなって」

 ……こいつ。これが言いたかったんだな。

「情に訴えてきたな?」
「あはは、ダメか」
「あのねえ、向ちゃん」
「なーんか、色々あったからチャラになるくらいいいことなったて思ってさ」
「私とどうにかなることがこの色々がチャラになるくらい良いことだとは思わないけど」

 向希はそうかなぁと緩い返事をした。

「どうにもならないことの一つだよ」
「一生の相手を今選ぶ必要ある?」
「有ちゃん、前例がすぐそこにあるのにそんなこと言う?」
「向ちゃん、二度目の失敗をするかもしれない人たちを前例にするのはどうかと思うよ」
「わかってないなあ、有ちゃんは」

 向希はそう言って笑うとそれ以上何も言わなかった。向希の未来にはいつも私がいて、それが私を喜ばせるけど、同時に心配にもさせる。

 これ以上踏み込むのが怖い。例えば、付き合うという形になれば、恋人は通過点になる。結婚へ向かうのか、それとも気持ちが変わって、以前の兄妹のようにもいかなくなって、以前より疎遠になるのかな。

「10年は長いよ」
 10年も恋人を続けていられるだろうか。
「待てないってこと? じゃあ、すぐに付き合うでもいいけど」
「違うってば!」

 向希はちぇと舌打ちした後、にこりと笑った。

「まあね、俺は急がないから。来年は一緒に室内プールにでも行こうね」
「魂胆が、見え見え」
「バレたか」
 向希は私の知らない顔をしたかと思うと、今度はよく知った顔で笑うのだ。私を物悲しくも嬉しくさせる。

「向ちゃんは凄いなあ」

 ほんと、すごい。いつだって穏やかな清流みたいだ。

「そう? 」
「うん」
「あ、有ちゃん雨が降ってきた」
「ほんとだ、ラッキー」
 最近、雨が降らない日は庭の水まきが私の仕事になっていた。これがなかなか大変なのだ。
 
 薄暗くなってきた空が雨雲がかかり、あっという間に夜を連れてきた。

 鈍色の空はもう、苛立ちを増長させたりはしない。ここから見る雨が、好きだ。
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