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6 DNA
第4話
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「俺だけ、似てないもんな」
涙が落ち着き、取り乱したことを向希は恥ずかしそうに笑ったあと、ぼそりと溢した。
「私だって似てない」
「だから、留美さんに似てるって」
「ねえ、本当なの?」
「そう、母さんの店にあの人が行った時に、自分の子じゃないのによく育てるわねって言ったみたいだね」
最悪だ、その女。未練なんて絶ち切れるくらい、最悪。
「それで、母さんが父さんを問い詰めてるとこ聞いちゃって。母さんも父さんも俺はとっくに有ちゃんを追いかけてここに来てると思ってたから、家にいると思ってなかったんだろね」
「じゃあ、向ちゃんも家出してきたの?」
「いや、普通に詳細聞いて、父さんにDNA鑑定しろよって言って、じゃあ、俺も有ちゃんと一緒に居るねって言って出てきた」
「どうかしてる! お父さんは?」
「そうか。すまない。って」
「どうかしてる!!!!!」
私は渾身の力を振り絞って叫んだ。いや、待て。
「DNA鑑定って、どういうこと?」
「俺と父さんの。親子関係があるかどうか」
「ないんじゃないの?」
「わかんないんだってさ」
「じゃあ、親子かもしれないじゃん」
そんな可能性だってあるのなら……そう思ったけど、向希は嘲った。
「有ちゃん、あの父さんが避妊しないと思う?」
ああ、でも少しの可能性もないのだろうか。親のそんなことは聞きたくないけど、そうじゃなくて、ああ。もっとだらしない人であって欲しかった。
「じいちゃんたちにも言われたみたいだ。けど、父さんは頑なに拒否した。何で拒否すると思う?」
私は何も言えずに、首を振った。
「俺の可能性を持っておきたかったんだと思う。俺のため、だよね。俺の居場所をつくるため」
「ふえぇえ」
情けなく、私はポロポロ涙が出て来てしまった。向希は私の背中を優しくさすりながら、続けた。
「知ってたんだよなぁと思ってさ。それってどんな気持ちなんだろう。父さんもじいちゃんたちも」
「向ちゃんは、どんな気持ちだったのよ。私のなまっちろい悩みなんて、向ちゃんに比べたら、下らなかったでしょう」
向希は悪くないのに、何とも言えない腹立たしさがあった。
「言ったじゃん。悩みは人それぞれ。人と比較しないって。有ちゃんはどう? 自分より不幸なやつを見た感想は」
「向ちゃん!」
「な? 下らないだろ?」
向希は自分に言い聞かせるように、そう呟いた。……下らないよな。って。
納得出来ない降ってきた理不尽に、表向きは納得しているように見せなければならなかった。感情を押し殺して笑う向希は誰より大人だと思う。でも、それじゃあ、ダメだ。誰か一人が我慢する家族なんて、ダメだと思う。
「向ちゃん、向ちゃんはどう思ってる?」
「どうって? そんなの、俺の意思ではどうもならないしなあ」
「それでも思ってることがあるでしょ?」
きょとんとする向希に、私は低い声で言った。「吐けよ」
「言ってもしょうがないこと、言ってみてよ。私だって言ったんだからさ」
向希は泣き腫らした目で、ふっと笑った。
「父さんと母さんの子供に生まれたかったよ。でも、母さんの子供じゃないことはとっくに受け入れていて、だからこそ今のこの感情がある。これが行き場を無くすのは、もう困る」
向希は優しく笑いながら私の頭を撫でるから、私は意図せず顔が熱くなる。
「でも、せめて、父さんの子供ではいたかったかな」
向希の目に涙が溜まり、落ちないように上を向いてしまったけれど、私があんまり泣くものだから、向希も泣いてしまった。何も言えないけど、向希の手を強く強く握った。
「痛いよ」って、向希はぐしゃぐしゃの顔で笑った。
「……有ちゃん、俺、やっぱり知りたい」
私も、うんと頷く。
「このお盆にでも父さんに言ってみる。鑑定してくれって。もし、俺が父さんの子でもそうじゃなくても、何も変わらないって、知ってる」
「うん。向希は向希だ」
「うん。俺の名前は『庄司』の名字に合うように、父さんと母さんが考えてつけてくれたんだ」
「違うよ、向ちゃん。向希の名前は、ここのおじいちゃんとおばあちゃんが考えたんだって」
昔、お母さんがそう言ってた。お父さんとお母さんが出した候補からおじいちゃんが最後に決めたって。
「ちょっと、ゴロが悪いんだよ」なんて、貶したけど、向希はまた泣いてしまった。
「ゼリーをね、買ってきたのだった」
私は畳の上に転がったままのゼリーを拾い上げた。
「ああ~」
恐る恐る箱を開けるとひっくり返ってた。食べられないわけじゃないが、あの綺麗な羅列を見て欲しかったな。
「食べ物を放り投げたらダメだよ、有ちゃん」
「死んでるのかと思ったんだもん」
「殺すなよ」
「真っ白だったよ、向ちゃん。もう、一人で泣かないで!」
強い口調で注意すると、向希ははにかんだ。そして、案の定
「有ちゃん、どっちがいい?」
って、私に聞いてきた。向希のこういうところが、ダメなんだと思う。
「選ばせてやる自分、大人だって思ってるんでしょ」
「……え、マジでどっちでもいんだけど」
「つまらない男!」
「んな、理不尽な」
そう言いながら、向希ちゃんは崩れがひどい方のゼリーを取った。私の手元には比較的原型を保ってるピオーネのゼリーが残った。サッと取り換えると、向希はくすくす笑って
「半分こ」
そう言って私に多くのシャインマスカットを残した。私はそれをスプーンですくって、向希の口にぐいぐい入れてやった。
「情味が手荒」だと抗議しながらも、向希は「ありがとう、有ちゃん」と微笑んだ。
「どういたしまして」
私も、澄まして言った。
食べ終わると、ごろんと畳に横になった。い草の匂いがする。見馴れた天井板の杢柄を二人でただ見ていた。何の木だろう。そんな風に思った。
涙が落ち着き、取り乱したことを向希は恥ずかしそうに笑ったあと、ぼそりと溢した。
「私だって似てない」
「だから、留美さんに似てるって」
「ねえ、本当なの?」
「そう、母さんの店にあの人が行った時に、自分の子じゃないのによく育てるわねって言ったみたいだね」
最悪だ、その女。未練なんて絶ち切れるくらい、最悪。
「それで、母さんが父さんを問い詰めてるとこ聞いちゃって。母さんも父さんも俺はとっくに有ちゃんを追いかけてここに来てると思ってたから、家にいると思ってなかったんだろね」
「じゃあ、向ちゃんも家出してきたの?」
「いや、普通に詳細聞いて、父さんにDNA鑑定しろよって言って、じゃあ、俺も有ちゃんと一緒に居るねって言って出てきた」
「どうかしてる! お父さんは?」
「そうか。すまない。って」
「どうかしてる!!!!!」
私は渾身の力を振り絞って叫んだ。いや、待て。
「DNA鑑定って、どういうこと?」
「俺と父さんの。親子関係があるかどうか」
「ないんじゃないの?」
「わかんないんだってさ」
「じゃあ、親子かもしれないじゃん」
そんな可能性だってあるのなら……そう思ったけど、向希は嘲った。
「有ちゃん、あの父さんが避妊しないと思う?」
ああ、でも少しの可能性もないのだろうか。親のそんなことは聞きたくないけど、そうじゃなくて、ああ。もっとだらしない人であって欲しかった。
「じいちゃんたちにも言われたみたいだ。けど、父さんは頑なに拒否した。何で拒否すると思う?」
私は何も言えずに、首を振った。
「俺の可能性を持っておきたかったんだと思う。俺のため、だよね。俺の居場所をつくるため」
「ふえぇえ」
情けなく、私はポロポロ涙が出て来てしまった。向希は私の背中を優しくさすりながら、続けた。
「知ってたんだよなぁと思ってさ。それってどんな気持ちなんだろう。父さんもじいちゃんたちも」
「向ちゃんは、どんな気持ちだったのよ。私のなまっちろい悩みなんて、向ちゃんに比べたら、下らなかったでしょう」
向希は悪くないのに、何とも言えない腹立たしさがあった。
「言ったじゃん。悩みは人それぞれ。人と比較しないって。有ちゃんはどう? 自分より不幸なやつを見た感想は」
「向ちゃん!」
「な? 下らないだろ?」
向希は自分に言い聞かせるように、そう呟いた。……下らないよな。って。
納得出来ない降ってきた理不尽に、表向きは納得しているように見せなければならなかった。感情を押し殺して笑う向希は誰より大人だと思う。でも、それじゃあ、ダメだ。誰か一人が我慢する家族なんて、ダメだと思う。
「向ちゃん、向ちゃんはどう思ってる?」
「どうって? そんなの、俺の意思ではどうもならないしなあ」
「それでも思ってることがあるでしょ?」
きょとんとする向希に、私は低い声で言った。「吐けよ」
「言ってもしょうがないこと、言ってみてよ。私だって言ったんだからさ」
向希は泣き腫らした目で、ふっと笑った。
「父さんと母さんの子供に生まれたかったよ。でも、母さんの子供じゃないことはとっくに受け入れていて、だからこそ今のこの感情がある。これが行き場を無くすのは、もう困る」
向希は優しく笑いながら私の頭を撫でるから、私は意図せず顔が熱くなる。
「でも、せめて、父さんの子供ではいたかったかな」
向希の目に涙が溜まり、落ちないように上を向いてしまったけれど、私があんまり泣くものだから、向希も泣いてしまった。何も言えないけど、向希の手を強く強く握った。
「痛いよ」って、向希はぐしゃぐしゃの顔で笑った。
「……有ちゃん、俺、やっぱり知りたい」
私も、うんと頷く。
「このお盆にでも父さんに言ってみる。鑑定してくれって。もし、俺が父さんの子でもそうじゃなくても、何も変わらないって、知ってる」
「うん。向希は向希だ」
「うん。俺の名前は『庄司』の名字に合うように、父さんと母さんが考えてつけてくれたんだ」
「違うよ、向ちゃん。向希の名前は、ここのおじいちゃんとおばあちゃんが考えたんだって」
昔、お母さんがそう言ってた。お父さんとお母さんが出した候補からおじいちゃんが最後に決めたって。
「ちょっと、ゴロが悪いんだよ」なんて、貶したけど、向希はまた泣いてしまった。
「ゼリーをね、買ってきたのだった」
私は畳の上に転がったままのゼリーを拾い上げた。
「ああ~」
恐る恐る箱を開けるとひっくり返ってた。食べられないわけじゃないが、あの綺麗な羅列を見て欲しかったな。
「食べ物を放り投げたらダメだよ、有ちゃん」
「死んでるのかと思ったんだもん」
「殺すなよ」
「真っ白だったよ、向ちゃん。もう、一人で泣かないで!」
強い口調で注意すると、向希ははにかんだ。そして、案の定
「有ちゃん、どっちがいい?」
って、私に聞いてきた。向希のこういうところが、ダメなんだと思う。
「選ばせてやる自分、大人だって思ってるんでしょ」
「……え、マジでどっちでもいんだけど」
「つまらない男!」
「んな、理不尽な」
そう言いながら、向希ちゃんは崩れがひどい方のゼリーを取った。私の手元には比較的原型を保ってるピオーネのゼリーが残った。サッと取り換えると、向希はくすくす笑って
「半分こ」
そう言って私に多くのシャインマスカットを残した。私はそれをスプーンですくって、向希の口にぐいぐい入れてやった。
「情味が手荒」だと抗議しながらも、向希は「ありがとう、有ちゃん」と微笑んだ。
「どういたしまして」
私も、澄まして言った。
食べ終わると、ごろんと畳に横になった。い草の匂いがする。見馴れた天井板の杢柄を二人でただ見ていた。何の木だろう。そんな風に思った。
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