三度目の庄司

西原衣都

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第1話

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 私も受験生の端くれである。そろそろまずということくらいわかっていて、私が家庭の事情によって推薦をボイコットしたとしても、ほぼ合格するという試験を落ちても、後輩たちに迷惑をかけることになるのは同じである。

 祖父の新聞を広げ、時事問題になど挑むべく読み込んでみたり、天声人語のバックナンバーを読み漁り、要約してみたりした。物事の本髄を理解するということは、努力が必要である。継続という努力である。消費した夏休みを取り返す術などなく、出来うる限りの努力に切り替えた。

 継続という努力を怠らない、向希の部屋からはカチカチとシャーペンの芯を出す音が聞こえた。

 シャーペン……。昨日の叫びを思い出し、向希に気づかれないように笑いを噛み殺した。シャーペンなど、壊れでもしない限り買い換えないもんなあ。私も数年は使っているだろうシャーペンの芯をカチカチと出して、そのスムーズな動きにまだまだ現役の使用感を確認した。

「あ!」

 私は声を挙げると、私たちを隔てていた襖に手を掛けた。その勢いに襖は、滑りのよい敷居の上をスパーンと小気味いい音を立てて開く。

 私の急な登場に向希は目を見開いて身を後ろに引いた。

「向ちゃん! シャーペンこれじゃない?」

 これは、中学入学の際に向希とまとめて買ったものだった。
「それ!」

 私が持っている物を指差し、咄嗟に叫ぶ向希に、私は心底、やった!という気持ちになった。

 「そりゃあ、六年近くも経てばメーカーも廃盤にするわな」
「ロングセラーとか定番とかそんなにリニューアルしちゃダメだと思う」

 私は代わりに向希の使っている物を貰った。正直、書きごこちにどのくらいの違いがあるのか、私にはわからなかったけど、向希が満足しているならそれで良かった。

「好きな人の持ち物を持ってたら両思いになれるんだって。ねえ、有ちゃん」
 向希が長い指先でシャーペンをくるくるまわして見せた。そういえば、人差し指より薬指の方が長い人はモテるって聞いたな。自分の指に目を落とすと、案の定モテない方の手をしていた。

 私の反応が無いのを向希が更にからかうように顔を覗き込んでくる。

「それは、もう私のじゃなくて、向ちゃんのだか!……ら」

 動揺して、変なところで言葉を区切ってしまった。

「へえ、これとは言ってないけど」

 顔が燃えるかと思った。私は立ち上がってスパーンと襖を閉めた。さっきより強く閉めたから反対側に開いて閉まって、もう一度閉める間抜けなことになった。

 襖の向こうで、向希の笑い声が聞こえて来た。

「シャーペン返せ、バカ!」
「もう俺のだから、貸してあげるよ」

 言い返せない私に、向希はますます笑ってしまった。性格、悪くないか、あいつ。

 カチカチと音がする。そうそう、これこれ。満足した声に、私も少しだけ笑った。まだ向希のシャーペンを持っている子がどこかにいるのかと思うと、私のシャーペンを使っている向希にザマアミロと思うのだ。盗るのはよくない、うん。
 

 向希の勉強の邪魔をしてしまったなと反省する。やはり、自分が集中出来ない時は出かける方がいいだろう。
「向ちゃん、出掛けてくる」
「……どこに」
「そのへんうろうろ。向ちゃんは勉強してて」
「わかった。スマホ持って行って」

 何となくだけれど、私にも土地勘はあるのだ。緑多き場所ゆえ、自信はないが綺麗な空気を吸うと自分の中も綺麗になりそうだから好きだ。

 昨日、向希と行った川辺まで歩く。自分の吐いたものたちが、ちゃんと流れたのを見に行くのだ。

 河川敷まで下りたはしないが、上の道から川を見下ろした。水面がキラキラしている。透き通る水に上手く水に流せたのだと清々しい気持ちになった。

 フラストレーションは日々溜まるが、それを発散する手段も手に入れた。こうやって、自然の中で浄化すること。同じ境遇の向希と共感し合うこと。

 日傘をガードレールに掛けると、痛いくらいの太陽を体に浴びた。誰もいないのをいいことに、
「んー……」と、おもいっきり伸びをした。気持ちいい。ただ、数秒と持たず、肌がチリチリとして、私は木陰に入った。

 もう少し時間を潰して帰ろう。そう思って、反対側へと歩き進めた。が、さっきガードレールにかけた日傘を取りに戻ることになり、同じところをうろうろするだけの、何とも情けない散歩になってしまった。
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