27 / 48
5 かくし玉
第3話
しおりを挟む
「オレが可愛かったバッカリニ」
「ワタシモ」
冗談でお互いを慰めた。
私たちの知ってる事実は一つしかない。私たちが
「まっすぐに育ちすぎている」
ということだ。うむ。完全同意。
私は冗談だけど、向希はなぜこんなに清らかでいられるのだろうか。誰より早く大人になってしまった向希は淡々と語る。
「私たちが、今お父さんとお母さんみたいになったらどうだろうね」
私は仮定をして、膨らんでもいないお腹を愛しげに撫でた。もちろん、本気ではなかったが、向希はギョッとした顔をした。そして、私に言い聞かせるような優しい瞳で見つめた。
「初めて親に反発してまで守り抜いた過去に逆襲するのが、俺たちであるという悲惨な状況だけは避けてやりたいじゃないか。俺たちがかすがいになるように……いや、荷が重いな。でも、それはやめておこう。せめて、俺たちはあと10年待とう?」
しっかりと手を取ってそう言われては、私はしばらく口をきけなかった。
「向ちゃん、例えだよ」
向希の耳が赤くなって
「わかってるし」
と、悪態をついた。それから、握っていた片方の手だけを離すと私を引っ張るように歩き出した。向希は……父とそっくりだ。
「俺は! 簡単にそそのかされてしまうんだからな!」
と、得意気に言うことでもないことを言った。
向希は本当に、父にそっくりだ。
「なんだよ。俺のプロポーズを受けたってことだからな」
向希が私の手を道づれに、掲げて言った。
「どうしてそうなるのか」
とはいえ、私も向希の手を払う気にはなれなかった。
川辺まで歩くと、引き返す。
「今日も雨が降らなかったね」
「そうだね。今日さ直接川行っても良かったよねえ」
「……ダメ、明日」
何だかわからないけど、向希は明日がいいらしい。家の近くのお店に差し掛かる少し前に私たちは手を離した。
「あらあ、向ちゃん」
たまたま外へ出ていたおばさんが向希に声をかけた。
「こんにちは。まだお店開いてます?」
「まだ大丈夫よ。どうぞ」
「こんにちは」
私も慌てて頭を下げた。
「あら、あらあら、あらぁ! もしかして有ちゃん?」
昔から知ってる人はまだ少し身構えてしまう。もしかして、私たちの出生を知っているのかなって。でもどうやら、おばさんの様子から知らないらしかった。そしたら別の意味で身構えてしまう。向希と比べられるというトラウマだ。
「はい、ご無沙汰してます」
「綺麗になったわねえ、びっくりしちゃった。夏休みだから来てるのね」
「……あ、そうです。ありがとうございます」
褒められると思っていなくて、恥ずかしい。
「有ちゃん、ラムネあるよ、ラムネ」
「ええ、50円、やす!」
つい、言ってしまって、おばさんも笑ってる。
「二本ください」
向希が二人分の支払いをしてくれる。
「前のベンチで座って飲んだらいいわ」
言われるまま、ベンチに腰かけると向希から一本受け取った。夕暮れと青が錆びたベンチとラムネが懐かしい気持ちにさせてくれた。
「これ、ビンじゃないの」
「そうみたいだね」
ラムネ瓶の形をしたペット素材だ。
「まあ、そうだよね」
「うん。まあ、雰囲気は味わえるから」
ずっと店にあったのか、ラムネはよく冷えていた。ぐいっと上を向けると、ビー玉のぶつかる振動が歯に伝わる。
どれだけノスタルジックな雰囲気にのまれようと、私たちは昭和を知らない。 だけど何だか懐かしい気がするから不思議だ。
飲み口がスクリューになっていて外したら中のビー玉が簡単に取り出せるようになっている。空になったボトムの中でビー玉を揺らすと、ボトルに当たる音は鈍いガラスじゃなのが残念だ。
「明日は有ちゃんの水着だし、楽しみだね」
「パーカー着るし」
「一回くらい脱ぐっしょ」
「脱がないよ」
「俺も脱ぐから」
「赤くなるから止めなさい」
「チッ」
「あんた、人格変わってるから。二面性の裏が出ちゃってるから。いや、多面性」
「そりゃ、父さんも、ほら。色んな顔があるからね」
「まあね、でも、父さんは父さんだわ」
向希はラムネのボトルを目の高さまで持ち上げると中のビー玉を眺めた。
「俺はねえ、面じゃないと思う」
私もそのビー玉を眺めた。ボトル、ビー玉、その向こうに向希の瞳があった。
「ほら、面はさ今どこの面がこっち向いてるかわかるじゃん」
私はサイコロを思い浮かべて、うんと頷いた。
「球体はどこが上か、どこが下かわからない。でも確かに揺らすと色んな部分が見える。面みたいにはっきりした切り替えじゃなくて、勝手に転がって変わってしまう。人ってこんな球体なんじゃないかなあ。トータル、俺」
「ああ、なるほど。向ちゃんが友達に見せる顔と私に見せる顔、似てるけどちょっと違うの。友達からほんのちょっとだけずれた場所を私はいつも向けられてるのかな?」
「そりゃあね、自分でもわからないけど、何せ丸いから転がってしまうんだ」
今見てる向希は向希だけど、向希じゃない、私が知らなかった部分だ。知らない男の子みたいな、向希。
向希は私の手からするりと空になったボトルを抜き取ると、店の中に入って行った。
「おばさん、ごちそう様でした。これ、外はペットボトル素材なんだけど、中のビー玉はガラスなんだ。ゴミ、分別しなくていいのかな?」
そんな声が聞こえて来て、私は死ぬほど笑った。あれは間違いなく、向希だ。お父さんの気配が息づいた向希だ。
一通り笑い終えた頃、向希が眉を下げて出てきた。
「どうしたの?」
「や、ゴミの分別聞いたんだけど、ビー玉を欲しがってると勘違いされてさ」
向希の手のひらには、ビー玉が二つ乗せられていた。
「ネトネトする」
「ぶふーっ」
もうダメだった。断り切れず持たされてるのも面白かったし、複雑な表情も面白かった。
「帰って洗おう。私、欲しい」
「そっか。有ちゃん欲しかったんだ。断らなくて良かった」
私がゲラゲラ笑うのを向希は不思議そうに見ていた。ダメだ、しばらく笑えそう。
「ワタシモ」
冗談でお互いを慰めた。
私たちの知ってる事実は一つしかない。私たちが
「まっすぐに育ちすぎている」
ということだ。うむ。完全同意。
私は冗談だけど、向希はなぜこんなに清らかでいられるのだろうか。誰より早く大人になってしまった向希は淡々と語る。
「私たちが、今お父さんとお母さんみたいになったらどうだろうね」
私は仮定をして、膨らんでもいないお腹を愛しげに撫でた。もちろん、本気ではなかったが、向希はギョッとした顔をした。そして、私に言い聞かせるような優しい瞳で見つめた。
「初めて親に反発してまで守り抜いた過去に逆襲するのが、俺たちであるという悲惨な状況だけは避けてやりたいじゃないか。俺たちがかすがいになるように……いや、荷が重いな。でも、それはやめておこう。せめて、俺たちはあと10年待とう?」
しっかりと手を取ってそう言われては、私はしばらく口をきけなかった。
「向ちゃん、例えだよ」
向希の耳が赤くなって
「わかってるし」
と、悪態をついた。それから、握っていた片方の手だけを離すと私を引っ張るように歩き出した。向希は……父とそっくりだ。
「俺は! 簡単にそそのかされてしまうんだからな!」
と、得意気に言うことでもないことを言った。
向希は本当に、父にそっくりだ。
「なんだよ。俺のプロポーズを受けたってことだからな」
向希が私の手を道づれに、掲げて言った。
「どうしてそうなるのか」
とはいえ、私も向希の手を払う気にはなれなかった。
川辺まで歩くと、引き返す。
「今日も雨が降らなかったね」
「そうだね。今日さ直接川行っても良かったよねえ」
「……ダメ、明日」
何だかわからないけど、向希は明日がいいらしい。家の近くのお店に差し掛かる少し前に私たちは手を離した。
「あらあ、向ちゃん」
たまたま外へ出ていたおばさんが向希に声をかけた。
「こんにちは。まだお店開いてます?」
「まだ大丈夫よ。どうぞ」
「こんにちは」
私も慌てて頭を下げた。
「あら、あらあら、あらぁ! もしかして有ちゃん?」
昔から知ってる人はまだ少し身構えてしまう。もしかして、私たちの出生を知っているのかなって。でもどうやら、おばさんの様子から知らないらしかった。そしたら別の意味で身構えてしまう。向希と比べられるというトラウマだ。
「はい、ご無沙汰してます」
「綺麗になったわねえ、びっくりしちゃった。夏休みだから来てるのね」
「……あ、そうです。ありがとうございます」
褒められると思っていなくて、恥ずかしい。
「有ちゃん、ラムネあるよ、ラムネ」
「ええ、50円、やす!」
つい、言ってしまって、おばさんも笑ってる。
「二本ください」
向希が二人分の支払いをしてくれる。
「前のベンチで座って飲んだらいいわ」
言われるまま、ベンチに腰かけると向希から一本受け取った。夕暮れと青が錆びたベンチとラムネが懐かしい気持ちにさせてくれた。
「これ、ビンじゃないの」
「そうみたいだね」
ラムネ瓶の形をしたペット素材だ。
「まあ、そうだよね」
「うん。まあ、雰囲気は味わえるから」
ずっと店にあったのか、ラムネはよく冷えていた。ぐいっと上を向けると、ビー玉のぶつかる振動が歯に伝わる。
どれだけノスタルジックな雰囲気にのまれようと、私たちは昭和を知らない。 だけど何だか懐かしい気がするから不思議だ。
飲み口がスクリューになっていて外したら中のビー玉が簡単に取り出せるようになっている。空になったボトムの中でビー玉を揺らすと、ボトルに当たる音は鈍いガラスじゃなのが残念だ。
「明日は有ちゃんの水着だし、楽しみだね」
「パーカー着るし」
「一回くらい脱ぐっしょ」
「脱がないよ」
「俺も脱ぐから」
「赤くなるから止めなさい」
「チッ」
「あんた、人格変わってるから。二面性の裏が出ちゃってるから。いや、多面性」
「そりゃ、父さんも、ほら。色んな顔があるからね」
「まあね、でも、父さんは父さんだわ」
向希はラムネのボトルを目の高さまで持ち上げると中のビー玉を眺めた。
「俺はねえ、面じゃないと思う」
私もそのビー玉を眺めた。ボトル、ビー玉、その向こうに向希の瞳があった。
「ほら、面はさ今どこの面がこっち向いてるかわかるじゃん」
私はサイコロを思い浮かべて、うんと頷いた。
「球体はどこが上か、どこが下かわからない。でも確かに揺らすと色んな部分が見える。面みたいにはっきりした切り替えじゃなくて、勝手に転がって変わってしまう。人ってこんな球体なんじゃないかなあ。トータル、俺」
「ああ、なるほど。向ちゃんが友達に見せる顔と私に見せる顔、似てるけどちょっと違うの。友達からほんのちょっとだけずれた場所を私はいつも向けられてるのかな?」
「そりゃあね、自分でもわからないけど、何せ丸いから転がってしまうんだ」
今見てる向希は向希だけど、向希じゃない、私が知らなかった部分だ。知らない男の子みたいな、向希。
向希は私の手からするりと空になったボトルを抜き取ると、店の中に入って行った。
「おばさん、ごちそう様でした。これ、外はペットボトル素材なんだけど、中のビー玉はガラスなんだ。ゴミ、分別しなくていいのかな?」
そんな声が聞こえて来て、私は死ぬほど笑った。あれは間違いなく、向希だ。お父さんの気配が息づいた向希だ。
一通り笑い終えた頃、向希が眉を下げて出てきた。
「どうしたの?」
「や、ゴミの分別聞いたんだけど、ビー玉を欲しがってると勘違いされてさ」
向希の手のひらには、ビー玉が二つ乗せられていた。
「ネトネトする」
「ぶふーっ」
もうダメだった。断り切れず持たされてるのも面白かったし、複雑な表情も面白かった。
「帰って洗おう。私、欲しい」
「そっか。有ちゃん欲しかったんだ。断らなくて良かった」
私がゲラゲラ笑うのを向希は不思議そうに見ていた。ダメだ、しばらく笑えそう。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
形而上の愛
羽衣石ゐお
ライト文芸
『高専共通システムに登録されているパスワードの有効期限が近づいています。パスワードを変更してください。』
そんなメールを無視し続けていたある日、高専生の東雲秀一は結瀬山を散歩していると驟雨に遭い、通りかかった四阿で雨止みを待っていると、ひとりの女性に出会う。
「私を……見たことはありませんか」
そんな奇怪なことを言い出した女性の美貌に、東雲は心を確かに惹かれてゆく。しかしそれが原因で、彼が持ち前の虚言癖によって遁走してきたものたちと、再び向かい合うことになるのだった。
ある梅雨を境に始まった物語は、無事エンドロールに向かうのだろうか。心苦しい、ひと夏の青春文学。
余命-24h
安崎依代@『絶華の契り』1/31発売決定
ライト文芸
【書籍化しました! 好評発売中!!】
『砂状病(さじょうびょう)』もしくは『失踪病』。
致死率100パーセント、病に気付くのは死んだ後。
罹患した人間に自覚症状はなく、ある日突然、体が砂のように崩れて消える。
検体が残らず自覚症状のある患者も発見されないため、感染ルートの特定も、特効薬の開発もされていない。
全世界で症例が報告されているが、何分死体が残らないため、正確な症例数は特定されていない。
世界はこの病にじわじわと確実に侵食されつつあったが、現実味のない話を受け止めきれない人々は、知識はあるがどこか遠い話としてこの病気を受け入れつつあった。
この病には、罹患した人間とその周囲だけが知っている、ある大きな特徴があった。
『発症して体が崩れたのち、24時間だけ、生前と同じ姿で、己が望んだ場所で行動することができる』
あなたは、人生が終わってしまった後に残された24時間で、誰と、どこで、何を成しますか?
砂になって消えた人々が、余命『マイナス』24時間で紡ぐ、最期の最後の物語。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる