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5 かくし玉
第3話
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「オレが可愛かったバッカリニ」
「ワタシモ」
冗談でお互いを慰めた。
私たちの知ってる事実は一つしかない。私たちが
「まっすぐに育ちすぎている」
ということだ。うむ。完全同意。
私は冗談だけど、向希はなぜこんなに清らかでいられるのだろうか。誰より早く大人になってしまった向希は淡々と語る。
「私たちが、今お父さんとお母さんみたいになったらどうだろうね」
私は仮定をして、膨らんでもいないお腹を愛しげに撫でた。もちろん、本気ではなかったが、向希はギョッとした顔をした。そして、私に言い聞かせるような優しい瞳で見つめた。
「初めて親に反発してまで守り抜いた過去に逆襲するのが、俺たちであるという悲惨な状況だけは避けてやりたいじゃないか。俺たちがかすがいになるように……いや、荷が重いな。でも、それはやめておこう。せめて、俺たちはあと10年待とう?」
しっかりと手を取ってそう言われては、私はしばらく口をきけなかった。
「向ちゃん、例えだよ」
向希の耳が赤くなって
「わかってるし」
と、悪態をついた。それから、握っていた片方の手だけを離すと私を引っ張るように歩き出した。向希は……父とそっくりだ。
「俺は! 簡単にそそのかされてしまうんだからな!」
と、得意気に言うことでもないことを言った。
向希は本当に、父にそっくりだ。
「なんだよ。俺のプロポーズを受けたってことだからな」
向希が私の手を道づれに、掲げて言った。
「どうしてそうなるのか」
とはいえ、私も向希の手を払う気にはなれなかった。
川辺まで歩くと、引き返す。
「今日も雨が降らなかったね」
「そうだね。今日さ直接川行っても良かったよねえ」
「……ダメ、明日」
何だかわからないけど、向希は明日がいいらしい。家の近くのお店に差し掛かる少し前に私たちは手を離した。
「あらあ、向ちゃん」
たまたま外へ出ていたおばさんが向希に声をかけた。
「こんにちは。まだお店開いてます?」
「まだ大丈夫よ。どうぞ」
「こんにちは」
私も慌てて頭を下げた。
「あら、あらあら、あらぁ! もしかして有ちゃん?」
昔から知ってる人はまだ少し身構えてしまう。もしかして、私たちの出生を知っているのかなって。でもどうやら、おばさんの様子から知らないらしかった。そしたら別の意味で身構えてしまう。向希と比べられるというトラウマだ。
「はい、ご無沙汰してます」
「綺麗になったわねえ、びっくりしちゃった。夏休みだから来てるのね」
「……あ、そうです。ありがとうございます」
褒められると思っていなくて、恥ずかしい。
「有ちゃん、ラムネあるよ、ラムネ」
「ええ、50円、やす!」
つい、言ってしまって、おばさんも笑ってる。
「二本ください」
向希が二人分の支払いをしてくれる。
「前のベンチで座って飲んだらいいわ」
言われるまま、ベンチに腰かけると向希から一本受け取った。夕暮れと青が錆びたベンチとラムネが懐かしい気持ちにさせてくれた。
「これ、ビンじゃないの」
「そうみたいだね」
ラムネ瓶の形をしたペット素材だ。
「まあ、そうだよね」
「うん。まあ、雰囲気は味わえるから」
ずっと店にあったのか、ラムネはよく冷えていた。ぐいっと上を向けると、ビー玉のぶつかる振動が歯に伝わる。
どれだけノスタルジックな雰囲気にのまれようと、私たちは昭和を知らない。 だけど何だか懐かしい気がするから不思議だ。
飲み口がスクリューになっていて外したら中のビー玉が簡単に取り出せるようになっている。空になったボトムの中でビー玉を揺らすと、ボトルに当たる音は鈍いガラスじゃなのが残念だ。
「明日は有ちゃんの水着だし、楽しみだね」
「パーカー着るし」
「一回くらい脱ぐっしょ」
「脱がないよ」
「俺も脱ぐから」
「赤くなるから止めなさい」
「チッ」
「あんた、人格変わってるから。二面性の裏が出ちゃってるから。いや、多面性」
「そりゃ、父さんも、ほら。色んな顔があるからね」
「まあね、でも、父さんは父さんだわ」
向希はラムネのボトルを目の高さまで持ち上げると中のビー玉を眺めた。
「俺はねえ、面じゃないと思う」
私もそのビー玉を眺めた。ボトル、ビー玉、その向こうに向希の瞳があった。
「ほら、面はさ今どこの面がこっち向いてるかわかるじゃん」
私はサイコロを思い浮かべて、うんと頷いた。
「球体はどこが上か、どこが下かわからない。でも確かに揺らすと色んな部分が見える。面みたいにはっきりした切り替えじゃなくて、勝手に転がって変わってしまう。人ってこんな球体なんじゃないかなあ。トータル、俺」
「ああ、なるほど。向ちゃんが友達に見せる顔と私に見せる顔、似てるけどちょっと違うの。友達からほんのちょっとだけずれた場所を私はいつも向けられてるのかな?」
「そりゃあね、自分でもわからないけど、何せ丸いから転がってしまうんだ」
今見てる向希は向希だけど、向希じゃない、私が知らなかった部分だ。知らない男の子みたいな、向希。
向希は私の手からするりと空になったボトルを抜き取ると、店の中に入って行った。
「おばさん、ごちそう様でした。これ、外はペットボトル素材なんだけど、中のビー玉はガラスなんだ。ゴミ、分別しなくていいのかな?」
そんな声が聞こえて来て、私は死ぬほど笑った。あれは間違いなく、向希だ。お父さんの気配が息づいた向希だ。
一通り笑い終えた頃、向希が眉を下げて出てきた。
「どうしたの?」
「や、ゴミの分別聞いたんだけど、ビー玉を欲しがってると勘違いされてさ」
向希の手のひらには、ビー玉が二つ乗せられていた。
「ネトネトする」
「ぶふーっ」
もうダメだった。断り切れず持たされてるのも面白かったし、複雑な表情も面白かった。
「帰って洗おう。私、欲しい」
「そっか。有ちゃん欲しかったんだ。断らなくて良かった」
私がゲラゲラ笑うのを向希は不思議そうに見ていた。ダメだ、しばらく笑えそう。
「ワタシモ」
冗談でお互いを慰めた。
私たちの知ってる事実は一つしかない。私たちが
「まっすぐに育ちすぎている」
ということだ。うむ。完全同意。
私は冗談だけど、向希はなぜこんなに清らかでいられるのだろうか。誰より早く大人になってしまった向希は淡々と語る。
「私たちが、今お父さんとお母さんみたいになったらどうだろうね」
私は仮定をして、膨らんでもいないお腹を愛しげに撫でた。もちろん、本気ではなかったが、向希はギョッとした顔をした。そして、私に言い聞かせるような優しい瞳で見つめた。
「初めて親に反発してまで守り抜いた過去に逆襲するのが、俺たちであるという悲惨な状況だけは避けてやりたいじゃないか。俺たちがかすがいになるように……いや、荷が重いな。でも、それはやめておこう。せめて、俺たちはあと10年待とう?」
しっかりと手を取ってそう言われては、私はしばらく口をきけなかった。
「向ちゃん、例えだよ」
向希の耳が赤くなって
「わかってるし」
と、悪態をついた。それから、握っていた片方の手だけを離すと私を引っ張るように歩き出した。向希は……父とそっくりだ。
「俺は! 簡単にそそのかされてしまうんだからな!」
と、得意気に言うことでもないことを言った。
向希は本当に、父にそっくりだ。
「なんだよ。俺のプロポーズを受けたってことだからな」
向希が私の手を道づれに、掲げて言った。
「どうしてそうなるのか」
とはいえ、私も向希の手を払う気にはなれなかった。
川辺まで歩くと、引き返す。
「今日も雨が降らなかったね」
「そうだね。今日さ直接川行っても良かったよねえ」
「……ダメ、明日」
何だかわからないけど、向希は明日がいいらしい。家の近くのお店に差し掛かる少し前に私たちは手を離した。
「あらあ、向ちゃん」
たまたま外へ出ていたおばさんが向希に声をかけた。
「こんにちは。まだお店開いてます?」
「まだ大丈夫よ。どうぞ」
「こんにちは」
私も慌てて頭を下げた。
「あら、あらあら、あらぁ! もしかして有ちゃん?」
昔から知ってる人はまだ少し身構えてしまう。もしかして、私たちの出生を知っているのかなって。でもどうやら、おばさんの様子から知らないらしかった。そしたら別の意味で身構えてしまう。向希と比べられるというトラウマだ。
「はい、ご無沙汰してます」
「綺麗になったわねえ、びっくりしちゃった。夏休みだから来てるのね」
「……あ、そうです。ありがとうございます」
褒められると思っていなくて、恥ずかしい。
「有ちゃん、ラムネあるよ、ラムネ」
「ええ、50円、やす!」
つい、言ってしまって、おばさんも笑ってる。
「二本ください」
向希が二人分の支払いをしてくれる。
「前のベンチで座って飲んだらいいわ」
言われるまま、ベンチに腰かけると向希から一本受け取った。夕暮れと青が錆びたベンチとラムネが懐かしい気持ちにさせてくれた。
「これ、ビンじゃないの」
「そうみたいだね」
ラムネ瓶の形をしたペット素材だ。
「まあ、そうだよね」
「うん。まあ、雰囲気は味わえるから」
ずっと店にあったのか、ラムネはよく冷えていた。ぐいっと上を向けると、ビー玉のぶつかる振動が歯に伝わる。
どれだけノスタルジックな雰囲気にのまれようと、私たちは昭和を知らない。 だけど何だか懐かしい気がするから不思議だ。
飲み口がスクリューになっていて外したら中のビー玉が簡単に取り出せるようになっている。空になったボトムの中でビー玉を揺らすと、ボトルに当たる音は鈍いガラスじゃなのが残念だ。
「明日は有ちゃんの水着だし、楽しみだね」
「パーカー着るし」
「一回くらい脱ぐっしょ」
「脱がないよ」
「俺も脱ぐから」
「赤くなるから止めなさい」
「チッ」
「あんた、人格変わってるから。二面性の裏が出ちゃってるから。いや、多面性」
「そりゃ、父さんも、ほら。色んな顔があるからね」
「まあね、でも、父さんは父さんだわ」
向希はラムネのボトルを目の高さまで持ち上げると中のビー玉を眺めた。
「俺はねえ、面じゃないと思う」
私もそのビー玉を眺めた。ボトル、ビー玉、その向こうに向希の瞳があった。
「ほら、面はさ今どこの面がこっち向いてるかわかるじゃん」
私はサイコロを思い浮かべて、うんと頷いた。
「球体はどこが上か、どこが下かわからない。でも確かに揺らすと色んな部分が見える。面みたいにはっきりした切り替えじゃなくて、勝手に転がって変わってしまう。人ってこんな球体なんじゃないかなあ。トータル、俺」
「ああ、なるほど。向ちゃんが友達に見せる顔と私に見せる顔、似てるけどちょっと違うの。友達からほんのちょっとだけずれた場所を私はいつも向けられてるのかな?」
「そりゃあね、自分でもわからないけど、何せ丸いから転がってしまうんだ」
今見てる向希は向希だけど、向希じゃない、私が知らなかった部分だ。知らない男の子みたいな、向希。
向希は私の手からするりと空になったボトルを抜き取ると、店の中に入って行った。
「おばさん、ごちそう様でした。これ、外はペットボトル素材なんだけど、中のビー玉はガラスなんだ。ゴミ、分別しなくていいのかな?」
そんな声が聞こえて来て、私は死ぬほど笑った。あれは間違いなく、向希だ。お父さんの気配が息づいた向希だ。
一通り笑い終えた頃、向希が眉を下げて出てきた。
「どうしたの?」
「や、ゴミの分別聞いたんだけど、ビー玉を欲しがってると勘違いされてさ」
向希の手のひらには、ビー玉が二つ乗せられていた。
「ネトネトする」
「ぶふーっ」
もうダメだった。断り切れず持たされてるのも面白かったし、複雑な表情も面白かった。
「帰って洗おう。私、欲しい」
「そっか。有ちゃん欲しかったんだ。断らなくて良かった」
私がゲラゲラ笑うのを向希は不思議そうに見ていた。ダメだ、しばらく笑えそう。
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