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5 かくし玉
第2話
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「有ちゃん、散歩行こっか」
「今日は十分に歩いた気が……」
向希の片眉がピクリと動いたのを確認し、言い出しっぺの私は渋々立ち上がった。そろそろ祖母が帰ってくる時間だった。
私は昨日の失敗を生かして財布を持つ。思い直して、中から二人分の飲み物代を直接ポケットに入れた。
チャリチャリとあまり格好よくない音がする。まあ、いいかと思ったが、向希によって置いてくるように言われてしまった。
「俺が持つから」
向希はレザー製のコインケースに小銭を入れると、軽そうなロードランナーバッグに入れて斜めに背負った。ちょっとそこまでなのに、その準備の良さに確かに向希の中に父を見た気がした。
「お母さんそっくりだね、有ちゃん」
先に言われてしまい
「向ちゃんだって!」
そう言い返すと、向希は得意気に笑った。滲み出る品の良さはここの家がルーツであることを物語っているようで、さっきのトーナメント……家系図の下に続く未来に想いを馳せた。
「ゆるさがいいんだろうね、母さんは」
「そうだろうね。父さんはいつも母さんにハラハラしてるよ」
そうだろうね。と、私も同意した。そこが母の魅力でもあるのだろう。
向希が何かを思い出すように肩を震わせたと思うと、笑いだした。
「父さんさ、俺に『人によって態度を変えるのは好ましくないよ』って言ったんだけどさ、父さんは明らかにおじいちゃんの前では別人だよね」
「あんまり喋ってるの見たことないなあ」
祖父も、父も、二人で会話するというより、私や向希を通して会話する感じだ。
「そう。わだかまりがねえ、溶けてないのよ」
向希は肩をすくめておどけて見せた。
「わだかまり」
「そう。子供の手前、ずっとなんとなく過ごしてるけど、父さんはまだじいちゃんを許せてないんだ。じいちゃんもまだ父さんを許せてない」
「結婚を反対されたこと? 」
向希はゆるく頭を振った。
「俺を引き取ることを反対されたらしい。簡単に言うと、俺の産みの親の素行を疑ってのことなんだけど。父さん、反抗したことなかったんだよ。それが反抗したのがとんでもなかったってわけ。まさかの他の女、しかも他の男の子を妊娠してる女と結婚したいとか言い出したんだぞ? そりゃ、じいちゃんもばあちゃんも黙ってないぞ。でも、俺たちは産まれた。じいちゃんは俺たちのために父さんたちを許して、父さんも俺たちのためにじいちゃんを許した」
「ねえ、お父さんは向ちゃんの本当のお母さんのこと好きだったのかな? それからすぐに本当にお母さんを好きになったのかな?」
「俺を産んだ人に関しては、たぶん、『あやまち』」
あまりにあっさりと向希が言うのだ、私もさらりと受け止めることにした。 若気の至りというのは確かに存在する。
「母さんに対しては、俺の憶測だけど、最初は同士みたいな気持ちだったんじゃないかな。大人はわかってくれないみたいな。母さんも母さん側のじいちゃんばあちゃんに、堕胎しろって言われたんだ。まあ、向こうは向こうでそれを許せてないっていうか」
この話を親からされていたら、私はイライラしてしまっていたと思う。
「私、前から思ってたんだけど、ヒーローが非業の死を遂げる話でね、死んでから恋人なり奥さんなりのお腹に子供がいることがわかって、未来を繋ぐ……みたいな話をハッピーエンドだと思うことに違和感がある。愛した人の子供を一人で育てるのが、女の幸せなのかなって。それこそ、誰かの偶像だなって」
「うん。わかる。十八歳の子に死んだ相手の子供を育てるの、無理だよ。でもさ、死んだヒーローの子でもなけりゃ、どんな経緯で産まれた赤ちゃんの話ではなくて、俺たちの話なんだよ」
「何で産んだんだろう」
「なあ、俺も思う。悲観的に思ってんじゃなくて、単純に疑問」
「そうだね、でもさ、お父さんお母さんも必死だったんだろうなってことはわかる」
「そう。本当はじいちゃんばあちゃんの言ってることが正しいってどこかでわかってるんだよ。義務感と見栄で作られたレールの上を走る予定だったんだよ、父さんは。それが、うまくいかなった。反発してむきになった。優等生だった父さんの反発はそりゃもう、大騒ぎだ。けど、結局さ、手を差しのべてくれたのは、どっちもじいちゃんばあちゃんなんだよ。だから、俺たちは生きてる」
「堕ろせって言ったくせに孫は可愛がるの? でも可愛がってくれなかったらもっと困る。可愛がって欲しいっていう葛藤か」
「大学行かずに働いた方が苦労させるってことで、父さん大学も行ってるしな」
「あああ、あああ」
難しい問題だ。父さんと母さんが守ったようで、じいちゃんとばあちゃんが守った命でもあるのだ。
「今日は十分に歩いた気が……」
向希の片眉がピクリと動いたのを確認し、言い出しっぺの私は渋々立ち上がった。そろそろ祖母が帰ってくる時間だった。
私は昨日の失敗を生かして財布を持つ。思い直して、中から二人分の飲み物代を直接ポケットに入れた。
チャリチャリとあまり格好よくない音がする。まあ、いいかと思ったが、向希によって置いてくるように言われてしまった。
「俺が持つから」
向希はレザー製のコインケースに小銭を入れると、軽そうなロードランナーバッグに入れて斜めに背負った。ちょっとそこまでなのに、その準備の良さに確かに向希の中に父を見た気がした。
「お母さんそっくりだね、有ちゃん」
先に言われてしまい
「向ちゃんだって!」
そう言い返すと、向希は得意気に笑った。滲み出る品の良さはここの家がルーツであることを物語っているようで、さっきのトーナメント……家系図の下に続く未来に想いを馳せた。
「ゆるさがいいんだろうね、母さんは」
「そうだろうね。父さんはいつも母さんにハラハラしてるよ」
そうだろうね。と、私も同意した。そこが母の魅力でもあるのだろう。
向希が何かを思い出すように肩を震わせたと思うと、笑いだした。
「父さんさ、俺に『人によって態度を変えるのは好ましくないよ』って言ったんだけどさ、父さんは明らかにおじいちゃんの前では別人だよね」
「あんまり喋ってるの見たことないなあ」
祖父も、父も、二人で会話するというより、私や向希を通して会話する感じだ。
「そう。わだかまりがねえ、溶けてないのよ」
向希は肩をすくめておどけて見せた。
「わだかまり」
「そう。子供の手前、ずっとなんとなく過ごしてるけど、父さんはまだじいちゃんを許せてないんだ。じいちゃんもまだ父さんを許せてない」
「結婚を反対されたこと? 」
向希はゆるく頭を振った。
「俺を引き取ることを反対されたらしい。簡単に言うと、俺の産みの親の素行を疑ってのことなんだけど。父さん、反抗したことなかったんだよ。それが反抗したのがとんでもなかったってわけ。まさかの他の女、しかも他の男の子を妊娠してる女と結婚したいとか言い出したんだぞ? そりゃ、じいちゃんもばあちゃんも黙ってないぞ。でも、俺たちは産まれた。じいちゃんは俺たちのために父さんたちを許して、父さんも俺たちのためにじいちゃんを許した」
「ねえ、お父さんは向ちゃんの本当のお母さんのこと好きだったのかな? それからすぐに本当にお母さんを好きになったのかな?」
「俺を産んだ人に関しては、たぶん、『あやまち』」
あまりにあっさりと向希が言うのだ、私もさらりと受け止めることにした。 若気の至りというのは確かに存在する。
「母さんに対しては、俺の憶測だけど、最初は同士みたいな気持ちだったんじゃないかな。大人はわかってくれないみたいな。母さんも母さん側のじいちゃんばあちゃんに、堕胎しろって言われたんだ。まあ、向こうは向こうでそれを許せてないっていうか」
この話を親からされていたら、私はイライラしてしまっていたと思う。
「私、前から思ってたんだけど、ヒーローが非業の死を遂げる話でね、死んでから恋人なり奥さんなりのお腹に子供がいることがわかって、未来を繋ぐ……みたいな話をハッピーエンドだと思うことに違和感がある。愛した人の子供を一人で育てるのが、女の幸せなのかなって。それこそ、誰かの偶像だなって」
「うん。わかる。十八歳の子に死んだ相手の子供を育てるの、無理だよ。でもさ、死んだヒーローの子でもなけりゃ、どんな経緯で産まれた赤ちゃんの話ではなくて、俺たちの話なんだよ」
「何で産んだんだろう」
「なあ、俺も思う。悲観的に思ってんじゃなくて、単純に疑問」
「そうだね、でもさ、お父さんお母さんも必死だったんだろうなってことはわかる」
「そう。本当はじいちゃんばあちゃんの言ってることが正しいってどこかでわかってるんだよ。義務感と見栄で作られたレールの上を走る予定だったんだよ、父さんは。それが、うまくいかなった。反発してむきになった。優等生だった父さんの反発はそりゃもう、大騒ぎだ。けど、結局さ、手を差しのべてくれたのは、どっちもじいちゃんばあちゃんなんだよ。だから、俺たちは生きてる」
「堕ろせって言ったくせに孫は可愛がるの? でも可愛がってくれなかったらもっと困る。可愛がって欲しいっていう葛藤か」
「大学行かずに働いた方が苦労させるってことで、父さん大学も行ってるしな」
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