三度目の庄司

西原衣都

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第1話

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 ショッピングモールから家に帰るまで、私たちはずっと他愛のないことを話していた。ずっと他愛のないことを話していたのに、家に着く寸前になって向希は

「俺だって勇気を出したんだからな」
 と、私に水着の入ったショッピングバッグと日傘を強く押し付けた。

「それなら、私もちゃんと考えてみるね」

 私は向希のことをもう少し知ろうと思った。向希の事を知るには、父や母や、祖父母、私について知らなければならなかった。

 私は勉強し始めた向希の横でルーズリーフを1枚取り出す。
「……何してんの」
「向ちゃんは気にしないで。あれを書こうと思って」
「あれって? 」
「先祖の、トーナメント表みたいなやつ」
 向希ちゃんは、ぶふっと吹き出してテーブルに突っ伏した。

「家系図かよ! 何で?」
「だって、向ちゃんのことを知ろうと思って」
「ものすごいバックグラウンドから始めるんだな、有ちゃん。でもいいや、俺も有ちゃんのことを知りたいし。二人でわかる分を書いてみようか」
「ごめん。勉強の邪魔しちゃった」
「いいよ。今日は有ちゃんの選んだ水着のことで頭がいっぱいで勉強にならないと思うから」
 今度は私がテーブルに突っ伏すことになったけど、二人してクスクス笑った。

 この作業はきっと、楽しいだけで終わらないものだから、こうやって笑ってするほうが都合がいい。


 家系図はやっぱり父と母のところでもたもたしてしまい、向希や私を中心に書けば父に並ぶ母ではない女性の存在は受け入れがたいが、その女性は確実に向希の母親であるのだから無視することは出来なかった。

 私の父の欄も同じだった。もう亡くなってしまった父親の名前を向希が知ってることに驚いたが、私は一度もその名字になったこともなく、ただの文字として無機質に目に映った。

 私の父親の上の世代や向希の母の上の世代、もしくは向希の母親の今の配偶者や子供の有無は情報として必要でなく割愛されたが、もしかするとこの世には向希の本当の弟妹がいるのかもしれないと思った。

「よし、こんなものか」
「うん」

 私たちはそれを同時に眺めていたが、顔を見合わせた。
「わざわざ書くほどでもなかったな」
「ほんと、ほんと。だいたい知ってたわ。私は死んだお父さんに似てるのかな? お母さんも美人だし、似てないもん」
「あー、でもとめさんには少し似てるからそうかもね」
 向希はそう言いながら、亡くなった父親の上の世代、父親の母にあたる部分の長方形の中に書かれた文字を指した。

“今津留美”と書かれていた。

「え、どなた? 」
「あれ。有ちゃん、それも知らなかったの? 留さん、有ちゃんのおばあちゃんだよ」

 心臓が、ばくばくしてきた。嘘でしょ。そしたらお母さんは姑と働いてるってことなのか。

 ショックというより、衝撃だった。

「留さん、源氏名だって言ったじゃん」
「うん。源氏名はジョークだろうけど、あだ名なんだろうね。留美の留の字を取って“とめさん”」
留美るみの方か源氏名ぽいじゃんよう、あの人~」

 もう、嬉しいやら悲しいやら、悔しいやら、おかしいやら。感情が忙しい。

「面白い人だね。いいなあ。ばあちゃん三人もいて。俺なんか二人だよ」
「普通は二人だわ! って、今シリアスな気持ちなのに!」
 とにかく、複雑な感情からおかしいって思うのが表面に出て来て、私も向希も何がおかしいのか、ツボに入っていた。

「これ、合ってますか? ねえ」

 向希が遺影に家系図を掲げて訊くから、私はまたツボに入ってしまった。私とは血の繋がりがない人たちだ。会ったこともない人たちなのに、血の繋がりがないことを悲しく思うのは、向希と兄妹でありたかったと思うからなのだろうか。

 兄妹であれば、向希は私を心配してここへ来ただろうか。私は向希と過ごして、こんなに笑っただろうか。

「もうすぐお盆だから、みんな帰ってくるよ、有ちゃん」
「そうだね。お母さんのおじいちゃんおばあちゃんとこにも長く行ってないし。本当のお父さんのお墓参りも一度もしたことないや」
「うん。有ちゃんの気持ちが落ち着いてからでもいいと思うよ」
「うん、そうだね」
 向希が心配そうな視線を寄越したので、私は笑顔を作って見せた。

 「父さん、お盆にはここに来ると思うよ」

 そっか。あの人、ちゃんとお参りしそうだものな。非常に気まずい。のは、父も同じだろう。いや、父の方がより一層だ。
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