三度目の庄司

西原衣都

文字の大きさ
上 下
24 / 48
4 理想の家族

第6話

しおりを挟む
 万が一の事を考え、私は服に見えるような水着を買った。水色に淡い黄色の花柄のものだ。向希も特に何も言わなかった。

 無反応なことにはホッとしたが、腹立たしくもあった。私は動揺したのに、向希は平気なのだ。高校生の男子たるもの、女子の水着売り場に平気で来るとはなんたること。

「有ちゃん、あと何か見る?」
「えー、特にないけど。向ちゃんは?」
「俺はシャーペンの芯」
「あ、うん。文房具見に行こ」

 私は、久しく文字なんて書いていなかった。

 文房具売り場へ向かう途中、ふと思い出したことがあった。

「そういえば、向ちゃんは昔からやたらと消しゴムとかペンの消費早かったね。勤勉だよね~」
 向希は微妙な顔をしていて、それがなぜだかわからなかった。
「どうしたの?」
「文房具、盗られたんだ」
「え!? 向ちゃん虐められてたの?」
「いや。何か俺の私物持っときたいとか、持ってたら両思いになれるとか。直接くれって言うやつだけじゃなくて、勝手に持っていくやつもいて。教科書とかもそう。俺に話しかける口実として盗っておいて、『これ、庄司くんのじゃない? 落ちてたよ』って言ってくんの。悪いけど、教科書なんて落とさない。人間不信だよ。隠し撮りもされるしな」
「……怖いー」
「同じの買って自分のとすり替えるというパターンもあったな。高校入ってからはさすがに盗られることはないけどな。とにかく、モテるのも大変」

 大変だ。だけど、好きな人の物を持っておくと両思いになれるだなんて、馬鹿げたジンクスもあるもんだ。

「モテるって大変なんだね。盗む勇気があれば告白したらいいのにね」
「なあ。何か変な黒魔術でもかけられてそうで嫌」
「うっわぁ。気持ち的に嫌だね。良かったあ、私は相手が普通の人で」

 向希が立ち止まり、パチパチと二、三度長い睫毛を打ち合わせた。

「私は……って?」
「え、だから私の相手」
「……俺、じゃないよね。告白された相手ってこと?」
「うん、そう。私の場合は付き合ったからそんな不穏なことはなかったよ」

 向希は瞬きを忘れてしまったように目を見開いた。

「付き合った」
「そうだよ。私だって何人か彼氏くらいいたよ」
「何人か」
「あはは。向ちゃん繰り返してるだけじゃん」

 私は向希の背中を押して歩き始めた。文房具売り場に着いても、向希はシャーペンの芯の前でボーッとしている。HBの0.5にそんなに選択肢はないだろうに。

「向ちゃん?」
「あ、ああ。買ってくる」

 向希は日傘を持つのも忘れてレジへ向かってしまった。日傘は私の手に戻ってきてしまった。

 店のテープだけ貼られたシャーペンの芯は失くす前に私の鞄へと引き取った。

「向ちゃん、もしかして、ショック受けてんの?」
 向希はムッとした顔で私を睨んだ。そして、思い直すようにため息を吐くと

「有ちゃんは俺の告白を何だと思ってんの」

 咎めるような口振りだった。

「信じられない気持ちもある。信じてないわけじゃないんだけど」
「俺が有ちゃんを好きになったきっかけのこと? 有ちゃんと結婚したら、家族の結び付きを強固に出来るんじゃないかって思ったからだって、有ちゃんは思ってるんだよね」
「うん、そう。卑屈で言ってるわけじゃなくて、他にもいっぱい女の子がいて、妹だった子を恋愛対象に見れる?」
「有ちゃんは、人を好きになる理由ってあると思う?」
「うーん、告白されて気になりはじめたり、優しくされたり、意外な一面を知ったり……色々あると思う。明確な理由がない場合もあるんじゃない? 気づけば好きだった、みたいな」

 向希は話が長くなると思ったのか、じっくり話したかったのか、ちょいっとベンチの方を指差すとそちらへ向かって歩いて行った。

 ドカッと腰を下ろすと、横のスペースをポンポン叩き私にも座るように促した。

「そうだね。人それぞれで、有ちゃんの言うとおり、俺は有ちゃんと結婚したら~って思ったかもしれない。でもそれがきっかけでもよくない? 特殊なきっかけだけど、最終形態は同じ『好き』なんだし。だいたい、俺が有ちゃんを好きになったことに後ろめたいことなんてないし」
 確かに、きっかけとしては特殊だけど悪いことしているわけではないか。

「いや、もちろん責めてるわけじゃなくて、あまりにも向ちゃんが普通で、それでつい。無神経でした、ごめんなさい」
 向希はきゅっと眉間に皺を寄せた。

「普通。普通って?」
「水着だよ、水着。もう少し動揺してもよくない? い、妹とは一緒に買いに行かないでしょう?」
「ああ。あの父さんさえ、そそのかされた……」
 向希はさすがにショッピングモールでその言葉を口にするのは憚られたのか“おっぱい”と口パクで言った。不似合いな低俗さに逆に卑猥さが増す。

「ほんと、信じられんない。尊敬できないわ」
「俺は逆。俺は目の前にあっても手を出せてないんだから。手を出した父さんには、オヤジ、尊敬するぜって気持ちもなきにしもあらず。いや、うらやま?」
「最低、最悪」
 目の前って、目の前!
「勇気の質量と目の前の女の子の胸の質量が比例するのかもね」
「ちょおっと!」
 確かに私の質量は微々である。
「ふっはっは。とにかく。お互いを尊重できるならきっかけなんてどうでもいい」
「……うん」
「俺は有ちゃんが好き。平気そうに見えたなら、それはそれで格好悪くなくて良かった」

 向希は、私の日傘を持ちすっくと立ち上がると、「さあ、お昼は何にする?」と先々行ってしまった。

 向希はとても色が白い。だから、すぐに耳が赤くなってしまうのだ。向希の赤くなった耳は私を十分に満足させてくれた。なぁんだ。そっか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

毒の美少女の物語 ~緊急搬送された病院での奇跡の出会い~

エール
ライト文芸
 ある夜、俺は花粉症用の点鼻薬と間違えて殺虫剤を鼻の中に噴射してしまい、その結果生死の境をさまようハメに……。ところが緊急搬送された病院で、誤って農薬を飲み入院している美少女と知り合いになり、お互いにラノベ好きと知って意気投合。自分達の『急性薬物中毒』経験を元に共同で、『毒を操る異世界最強主人公』のライトノベルを書き始めるのだが、彼女の容態は少しずつ変化していき……。

ストロベリー・スモーキー

おふとん
ライト文芸
 大学二年生の川嶋竜也はやや自堕落で、充足感の無い大学生活を送っていた。優一をはじめとした友人達と関わっていく中で、少しずつ日々の生活が彩りはじめる。

だからって、言えるわけないだろ

フドワーリ 野土香
ライト文芸
〈あらすじ〉 谷口夏芽(28歳)は、大学からの親友美佳の結婚式の招待状を受け取っていた。 夏芽は今でもよく大学の頃を思い出す。なぜなら、その当時夏芽だけにしか見えない男の子がいたからだ。 大学生になって出会ったのは、同じ大学で共に学ぶはずだった男の子、橘翔だった。 翔は入学直前に交通事故でこの世を去ってしまった。 夏芽と翔は特別知り合いでもなく無関係なのに、なぜだか夏芽だけに翔が見えてしまう。 成仏できない理由はやり残した後悔が原因ではないのか、と夏芽は翔のやり残したことを手伝おうとする。 果たして翔は成仏できたのか。大人になった夏芽が大学時代を振り返るのはなぜか。 現在と過去が交差する、恋と友情のちょっと不思議な青春ファンタジー。 〈主要登場人物〉 谷口夏芽…一番の親友桃香を事故で亡くして以来、夏芽は親しい友達を作ろうとしなかった。不器用でなかなか素直になれない性格。 橘翔…大学入学を目前に、親友真一と羽目を外しすぎてしまいバイク事故に遭う。真一は助かり、翔だけがこの世を去ってしまう。 美佳…夏芽とは大学の頃からの友達。イケメン好きで大学の頃はころころ彼氏が変わっていた。 真一…翔の親友。事故で目を負傷し、ドナー登録していた翔から眼球を譲られる。翔を失ったショックから、大学では地味に過ごしていた。 桃香…夏芽の幼い頃からの親友。すべてが完璧で、夏芽はずっと桃香に嫉妬していた。中学のとき、信号無視の車とぶつかりこの世を去る。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

二枚の写真

原口源太郎
ライト文芸
外からテニスの壁打ちの音が聞こえてきた。妻に訊くと、三日前からだという。勇は少年が一心不乱にテニスに打ち込む姿を見ているうちに、自分もまたボールを打ってみたくなる。自身もテニスを再開したのだが、全くの初心者のようだった壁打ちの少年が、たちまちのうちに腕を上げて自分よりうまくなっていく姿を信じられない思いで見つめる。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

「世界で1番短い物語」一瞬のあの切なさを閉じ込めて

麻美拓海
ライト文芸
a good story for good life 起承転結で綴る4コマ漫画的な物語 例えば人生のこんな一場面

炭鉱長屋

むとう けい(武藤 径)
ライト文芸
昭和の中頃の夕張の話。 そのころはまだ昔ながらの炭鉱住宅が残っていた。 風にのって、シャンコ シャンコと子供盆踊りの唄が聞こえてきた。録音機から流れる子供の歌声は、どこか懐かしく、うきうきさせる。 小学生一年生の少女が過ごしたひと夏。 登場人物 前田愛 物語の主人公。小学一年生 前田康子 愛の母 村瀬基子 愛の祖母 村瀬達夫 愛の祖父 炭鉱のエンジニア

処理中です...