三度目の庄司

西原衣都

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4 理想の家族

第5話

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 バスに乗り込むと、次のバス停から同い年くらいの二人組の女の子が乗り込んで来た。向希の方を窺うが、無反応なことから知り合いではないらしかった。

 って、郊外とはいえ、そんなに世間は狭くはないか。だが、女の子の方はちらちらと向希を見ていて、やはり知り合いなのではと、もし知り合いだった場合でもそれなりに格好がつくように少し澄ましていた。

「向ちゃん、知り合い?」
 出来るだけ小声で聞くと向希は私越しに僅かに視線を動かした。

「全く知らない子」

 そっか。でも乗客が少ないバスで彼女たちの視線のありかなどはすぐに分かる。やはり、向希に向けられている。私は今度は視線は向希に注いだまま、聴力に意識を注いだ。「格好いい」という言葉を拾った。
 なるほど。向希が格好いいから見ているだけのようだ。そうか、格好いいのか。格好いいんだよなあ、この人は。

 まじまじ見入っていたら、向希も見返してきたもので、私たちは至近距離で見つめあっているように見えたらしい。

「いいなあ」という言葉が聞こえた。どうやら、私が彼女かなんかと勘違いされたらしい。違う、これはただの兄妹の距離感だ。それから目的地に着くまで彼女たちの視線は何度か向希に注がれたが、私を蔑むような表現は聞こえてくることはなく、私はホッと胸を撫で下ろした。

 私が聞こえたということは、向希も彼女たちの羨望が伝わったはずだが、向希は気に止める素振りもなかった。

「向ちゃん、格好いいって言われてたよ」

 敢えて言ってやると、向希は

「うん、知ってる」
 と、湿度を感じさせない笑顔で言った。

「あっそ。やっぱ聞こえてたんだ」
「いや、格好いいのを知ってるってハナシ!」

 ぐっ、こいつ……。慣れてやがる。

「あっそ」

 置いて行ってやろうかしら。早足で歩くと、自分の身軽さに気がついた。慌てて振り向くと、向希が日傘を持ってにっこりと笑った。……私ってどうしてこうなのだろう。

「有ちゃん、どうやらカップルに見えたらしい、俺たちは」

 何よ、しっかり聞こえてるんじゃないのよ、この男。

「ふうん」

 どうも、向希といるのに向希じゃない男の子といるみたいで調子が狂う。

「そりゃそうだよねえ。普通は兄妹で水着を買いに来たりしないもんねえ」
「……そ」

 そりゃ、そうだ。でも、誰も疑わなかったし。おじいちゃんもおばあちゃんも。

「父さんと母さんは俺たちの年で子供できたのにね。どうして俺たちはこんなに子供扱いされるのか? 希望も入ってると思うよ。いつまでも子供でいて欲しいような、信じたいような……ねえ?」

 向希は私の知らない顔で笑った。

「あんたって、その二面性が怖いわ。いや、でも二面じゃないなあ。多面性」

 私がそう言うと、向希はあははと悪びれることなく笑った。


 心中、複雑である。向希と水着を選ぶなんて考えてみたら恥ずかしいではないか。『どれがいいと思う?』とは聞けないが、自分の目にも自信があるわけない。安くはない買い物なので『どっちがいい?』くらいは誰かに意見を求めたい。

 向希もそうだったらしく二枚を手に持って「どっちがいい?」って聞いてきたのだ。紺に白のボタニカルな柄が入ったものと、ミントブルーのグラデーションになったもの。

「パイナップルとフラミンゴもあったけど」
 ぶっと、吹き出してしまう。確かにハデだけど夏だから許される柄が可愛い。外したおしゃれ、上級者向けだ。

「こっち」
 ミントブルーの方を指差した。
「ん」
 向希はそれじゃない方を戻してくると、私の買い物に付き合う形になった。

 私は、なぜこれを平気だと思っていたのだろうか。

「これなんか普通に服じゃん」

 向希が見ているのは、素材が水着なだけの一見洋服のワンピースだった。ちょっと丈が短いくらいだ。

「ほんとだね。でも可愛いな」

 とはいえ、対面のラックには布地の少ないものもあり、恥ずかしいな、これ。

 どのみち着たら向希に見られることになるのだ。色んな水着を手に取って悩む振りをしながら向希にどう見られるかばかりを考えてしまっていた。

「有ちゃん、あれも買いな」

 向希が指差したのは、パーカー型のラッシュガードだった。あれ羽織るなら、下に着る水着、何でもいいじゃん。
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