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3 五月雨と蝉しぐれ
第5話
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「ま、考えといて」
向希は晩ごはんのメニューを決めるくらい軽く言った。
「え、え、うん」
「さあ、有ちゃん。俺たちも泳ぎに行かない? せっかくだし」
「……川に?」
「そう」
「え、恥ずかしいよ。知らない男の子の中に一人なんて」
「バカ、誰がそこに連れてくかよ。俺と二人」
「……まあ、いいけど。水着ないよ」
「買いに行こ。バス出てるし」
たって、このあたりで水着買うとなると大手スーパーの大規模郊外店しかない。
「ええ、そんなとこに可愛いのあるのかな」
「……有ちゃん、俺と川遊びするのに可愛い水着買いたいんだ。へえ」
あああ、腹立つ。
「違う! また今度、彼氏出来たらそれ着ていくんだから。1回着ただけなんてもったいないじゃない」
「そっか。彼氏より先に見ちゃって、悪いね。あ、じゃあ水着も白でどう?」
「もう、バカにしてる!」
「あはは!」
また笑いだす向希につられて私も笑った。
「水着、ばあちゃんが洗うからセクシーなのはやめときなね」
なんて言うもんだから、私たちはまた笑い転げた。
「ただいま~」
勝手口から祖母の声が聞こえ
「お帰りなさーい」
私たちは元気に返事して二人でリビングへ向かった。
「どうしたの、楽しそうに笑って」
祖母が嬉しそう尋ねてくる。
「うん。今度有ちゃんと水着買いに行って、川に行こうって言ってたんだ。今日、僕の小学校の友達が川で遊んでるの見かけてさ。ね?」
「うん。相変わらず川で泳げるとか、嬉しい」
「あら、いいわね。バケツはあるけど、網は捨てちゃったわ」
「おばあちゃん、さすがにもう魚は捕まえないよ」
向希は苦笑いしたけど、祖母の中で私たちはまだ子供のままなのだろう。私はやっぱり水着は大人しいものにしようと決めた。
「ごめんねえ、夏休みだっていうのにどこも連れてってあげられなくて。お詫びに水着は買ってあげる」
「ばあちゃん、いいって。ずっと世話になってるんだし。俺たちも高校生だし勝手に遊びに行く……」
「ありがとう! おばあちゃん!」
向希の話を遮ってお礼を言うと、祖母はほっとしたように笑って、向希は呆れたような目を私に向けた。
「いいじゃん。どうせ、お父さんのお金で買うつもりだったし」
父も、祖父母もこうやって甘えることで安心する部分もあるのだ。私はそれよくわかっている。遠慮しないことがいいこともある。
「ありがとう、じゃあ、僕もそうさせてもらう。ご飯何作るの、僕たちが」
「いーの、いーの、今日は私がおばあちゃんと作るから、向ちゃんはお勉強ー!」
私はそう言って向希を追い出した。
「あ、トマトは取りたて冷やそう」
菜園で取れた黄色とオレンジのロケットみたいな形のプチトマトをボウルにあけて流水でさっと洗ってそのまま冷やした。
「んー、美味しい」
一つ口へ運ぶ。温い分、甘味が強い。つい、二つ、三つと食べてしまって
「有ちゃん、食べてないで。お手伝い」
と言われてしまう。この祖母の呆れたような顔が好きだ。もう有ちゃんはって言いながら全然怒ってないの。むしろ、好き放題してる私にどこか安心するような顔。
私はこうでなくっちゃと思う。ここには当たり前に私がトマトを洗う権利があって、トマトを洗いながら食べてしまう権利もある。
理不尽だってまかり通ってしまう。
冷蔵庫の中身も、食品庫のお菓子も自由に食べることを許可されている。自分の物が当たり前にある、そんな空間。これを食べることに対価など必要ない。この食べ物は安全で、根底にある信頼関係は、当たり前のもの。
いつからだろう、こんな関係になったのは。食べていい?なんて、聞かなくていい、そんな関係になったのは。
当たり前の様に寛げる。それが目の前にあることが、幸せだと気づける。
私が物事つく前から、祖母がつくってくれた空間だ。
「向ちゃん、有ちゃんがいるとあんな風に笑うのね」
祖母はそっと向希のいる方に目を走らせた。それから
「安心した」
そう言って笑った。ずっと祖母には心配をかけてきたと思う。この家出だってそうだ。けど、こんなのびのび過ごしている私より、あの反抗期もない良い子代表みたいな向希をもっと心配していたのだろう。
「うん、川に行こうって言ってくれたのは向ちゃんだよ」
「そう。向希は変に大人だから。私たちのせいなんだけどね」
「そんなことないよ、友達とは仲良くしてるし、結構嫌なやつだよ、向希って」
私が冗談でチクってやると、祖母はそうと可笑しそうに笑った。
「有ちゃん……」
良いって言ってんのに、手伝いに来た向希が立っていて、私は焦ってしまう。
「向ちゃん、ほらほら、トマトが旨い! 黄色はもちもちしてる」
と、向希の口に強引にトマトを詰め込んでやった。向希がリスみたいな頬を膨らませてモグモグしてるのを見て、祖母とゲラゲラ笑った。
「有ちゃん、旨いじゃなくて、美味しい」
トマトを飲み込むと注意される。
「はぁ、おもしろ。私、赤い方が好きだな。黄色は可愛いけど」
無視してそう言うと、私のお皿には黄色のトマトばかりが並んでいた。……向希め。自家製のトマトは外の皮が丈夫でパリッと音がする。とても美味しい。夏の味。
向希は晩ごはんのメニューを決めるくらい軽く言った。
「え、え、うん」
「さあ、有ちゃん。俺たちも泳ぎに行かない? せっかくだし」
「……川に?」
「そう」
「え、恥ずかしいよ。知らない男の子の中に一人なんて」
「バカ、誰がそこに連れてくかよ。俺と二人」
「……まあ、いいけど。水着ないよ」
「買いに行こ。バス出てるし」
たって、このあたりで水着買うとなると大手スーパーの大規模郊外店しかない。
「ええ、そんなとこに可愛いのあるのかな」
「……有ちゃん、俺と川遊びするのに可愛い水着買いたいんだ。へえ」
あああ、腹立つ。
「違う! また今度、彼氏出来たらそれ着ていくんだから。1回着ただけなんてもったいないじゃない」
「そっか。彼氏より先に見ちゃって、悪いね。あ、じゃあ水着も白でどう?」
「もう、バカにしてる!」
「あはは!」
また笑いだす向希につられて私も笑った。
「水着、ばあちゃんが洗うからセクシーなのはやめときなね」
なんて言うもんだから、私たちはまた笑い転げた。
「ただいま~」
勝手口から祖母の声が聞こえ
「お帰りなさーい」
私たちは元気に返事して二人でリビングへ向かった。
「どうしたの、楽しそうに笑って」
祖母が嬉しそう尋ねてくる。
「うん。今度有ちゃんと水着買いに行って、川に行こうって言ってたんだ。今日、僕の小学校の友達が川で遊んでるの見かけてさ。ね?」
「うん。相変わらず川で泳げるとか、嬉しい」
「あら、いいわね。バケツはあるけど、網は捨てちゃったわ」
「おばあちゃん、さすがにもう魚は捕まえないよ」
向希は苦笑いしたけど、祖母の中で私たちはまだ子供のままなのだろう。私はやっぱり水着は大人しいものにしようと決めた。
「ごめんねえ、夏休みだっていうのにどこも連れてってあげられなくて。お詫びに水着は買ってあげる」
「ばあちゃん、いいって。ずっと世話になってるんだし。俺たちも高校生だし勝手に遊びに行く……」
「ありがとう! おばあちゃん!」
向希の話を遮ってお礼を言うと、祖母はほっとしたように笑って、向希は呆れたような目を私に向けた。
「いいじゃん。どうせ、お父さんのお金で買うつもりだったし」
父も、祖父母もこうやって甘えることで安心する部分もあるのだ。私はそれよくわかっている。遠慮しないことがいいこともある。
「ありがとう、じゃあ、僕もそうさせてもらう。ご飯何作るの、僕たちが」
「いーの、いーの、今日は私がおばあちゃんと作るから、向ちゃんはお勉強ー!」
私はそう言って向希を追い出した。
「あ、トマトは取りたて冷やそう」
菜園で取れた黄色とオレンジのロケットみたいな形のプチトマトをボウルにあけて流水でさっと洗ってそのまま冷やした。
「んー、美味しい」
一つ口へ運ぶ。温い分、甘味が強い。つい、二つ、三つと食べてしまって
「有ちゃん、食べてないで。お手伝い」
と言われてしまう。この祖母の呆れたような顔が好きだ。もう有ちゃんはって言いながら全然怒ってないの。むしろ、好き放題してる私にどこか安心するような顔。
私はこうでなくっちゃと思う。ここには当たり前に私がトマトを洗う権利があって、トマトを洗いながら食べてしまう権利もある。
理不尽だってまかり通ってしまう。
冷蔵庫の中身も、食品庫のお菓子も自由に食べることを許可されている。自分の物が当たり前にある、そんな空間。これを食べることに対価など必要ない。この食べ物は安全で、根底にある信頼関係は、当たり前のもの。
いつからだろう、こんな関係になったのは。食べていい?なんて、聞かなくていい、そんな関係になったのは。
当たり前の様に寛げる。それが目の前にあることが、幸せだと気づける。
私が物事つく前から、祖母がつくってくれた空間だ。
「向ちゃん、有ちゃんがいるとあんな風に笑うのね」
祖母はそっと向希のいる方に目を走らせた。それから
「安心した」
そう言って笑った。ずっと祖母には心配をかけてきたと思う。この家出だってそうだ。けど、こんなのびのび過ごしている私より、あの反抗期もない良い子代表みたいな向希をもっと心配していたのだろう。
「うん、川に行こうって言ってくれたのは向ちゃんだよ」
「そう。向希は変に大人だから。私たちのせいなんだけどね」
「そんなことないよ、友達とは仲良くしてるし、結構嫌なやつだよ、向希って」
私が冗談でチクってやると、祖母はそうと可笑しそうに笑った。
「有ちゃん……」
良いって言ってんのに、手伝いに来た向希が立っていて、私は焦ってしまう。
「向ちゃん、ほらほら、トマトが旨い! 黄色はもちもちしてる」
と、向希の口に強引にトマトを詰め込んでやった。向希がリスみたいな頬を膨らませてモグモグしてるのを見て、祖母とゲラゲラ笑った。
「有ちゃん、旨いじゃなくて、美味しい」
トマトを飲み込むと注意される。
「はぁ、おもしろ。私、赤い方が好きだな。黄色は可愛いけど」
無視してそう言うと、私のお皿には黄色のトマトばかりが並んでいた。……向希め。自家製のトマトは外の皮が丈夫でパリッと音がする。とても美味しい。夏の味。
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