三度目の庄司

西原衣都

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2 常識的な家出

第6話

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「本当だ」
「だろ?」
「そっかぁ、お母さん、今の私の年で妊娠してたのか」

 この事実に衝撃を受ける。うわぁ、よくやる。って、産んでくれなきゃ今の私はいないわけで……。私だったら親になんて言おうってなるわぁ。そこでハッとなった。

「大変だったよね、それ。かなりの大事件……お母さんはともかく、お父さんさんがそんなことをしでかすなんて」
 この理想的な家庭で育った父が、十代でそんなことをしでかすなんて。

「それな」
「……向ちゃん、もしかして本当のお母さんのこと知ってるの?」
「うん。おっぱいの大きな人だったらしい」
 びっくりしすぎて、何も言えなかった。父からも向希からも想像出来ない一部の身体的特徴のみで語られたからだ。

「は、え、向ちゃん、お父さんからそう聞かされたの?  どんな会話してんのよ」
「そりゃあね、高校生の男が子供つくっちゃうこなんて、あやまち以外にないんだろうなぁって。言いにくいだろうから、俺から言ったんだ『おっぱいでも大きかったの?』って。あまり深刻に聞いてたら、父さんも罪悪感がすごいだろうし、もちろん、冗談で言ったんだけど……」
「だけど!?  お父さん、何て言ったの?」

 わたしは身を乗り出して向希に続きを促した。

「照れた」
「照れた!!!」

 信じられない。男同士ってそんなもん?


「最悪」
「うーん。俺も今の年だから、何となくわかっちゃう部分もあるっていうか……」
「最悪」

 私はさっきよりもっと気持ちを込めて言った。最悪、最悪、最低。

 そうは思うけど、本当のところはどうなんだろう。
 私たちは無頓着でなければいけなかった。だいたいのことは、大したことがないって思うようにするのは生きる術だった。向希だってわかっているはずだ。高校生だったとはいえ、向希の親権は父が持っていて、向希さえ実の母親に会ったことがないということは、どんな人だったのか。父親が親権を持つのは珍しい。まして、産まれたばかりの向希を手放しているのだから。

 そっと向希を伺ったけど、悲痛な感情は読み取れなかった。

「大丈夫。とっくに気持ちの整理はついてる。むしろ、ごめんなさいって思ってる」
「……ごめんなさい?」
「……あれ、知らないのか?」
 向希はしまったなという顔をした。だけど、すぐに思い直すように何てことない顔をした。
「有ちゃんてどこまで知ってるの?」
「お父さんと私の血が繋がってないことと、お母さんと向ちゃんの血が繋がってないこと」
 向希はふんと頷いたあと
「だよなあ」と言った。
「向ちゃんは?」
「父さんが知ってることは、全部知ってる」

 全部知っていてもこうもクールでいられるものかと、私はまじろぎもせずに向希を見返した。


 久しぶりにじっくりと向希を見た気がする。見慣れているはずの顔が、おぼろ気だったと認識した。だって、今、向希ってこんな顔だったかなあって思っているのだから。

「有希、全部聞く勇気はもう出来た?」

 つまんないダジャレをぶっこんで来たけど、重苦しく聞いてほしくないのだろう。私が事実を知っても詳細を知らないのは、父母や向希が受け止められるようになるまで待っていてくれていたからだ。

「うん」
「誰から聞きたい?」
「向ちゃん、聞かせて」

 向希なら、平気な気がした。唯一の同じ境遇だから、同情も脚色も、ましてや言い訳もなく話してくれるだろう。私の方も恩情や酌量なく聞くことが出来ると思う。

「わかった。まずは今回の、事と次第から言う。父さんが俺の……生物的母親に金を渡したらしい。よって、母さんは怒ってる。ので、今回はここまで拗れてるんだ」
「慰謝料ってこと?」
「父の名誉のために先に言っとく。父さんが慰謝料払わなきゃならないことはしてない。違う。最近会って金を渡したらしい」
「何で会ったのよ!?」
「向こうが、こっちに来る予定があって、母さんを見に寄ったらしいわ。何と、母さんの店に客として。父さんが迎えに来た時に鉢合わせして、帰りの交通費がないとか何とか言って」
「お金をせびったの!? 何、その状況」
「いや……ほんとに手持ちがなくて、仕方なく父さんはお金を渡したらしい」
「いくらよ!?」

 声が大きくなってしまう。向希は複雑そうな顔をして
「一万円」
 ぼそり言った。

「一万かぁ……」
「そう、一万」
「微妙」
「そう、微妙」
「それは、お金の問題じゃないってことなんだろうね」
  一万円は私たち高校生にとっちゃ大金だけど、父にとっては返して貰わなくていい金額ということだろう。というこたは、母にとってはお金の問題ではないことだ。

「うん、気分良くはないよな」
「そりゃそうだよ。自分が知らない間に値踏みされてるんだからね。そして、人の夫によくお金貸してとか言う……あ、ごめん」
「や、いい。俺もそう思う」
「お母さん、その人が来るなら来るでちゃんと迎え討ちたかったと思うなあ……私、わかるんだ。値踏みされる気持ち」
「迎え討つって、あの人と喧嘩でもするつもりだったてってこと?」
「あの人は別れた男の今の女を見てやろうと店に来たんでしょう? 盗み見るんじゃなくて、ちゃんと見てやろうって魂胆じゃない。それって、向こうはお母さんにも見られてもいいっていう覚悟があるってわけ。きっと、おもいっきりめかしこんで来たはずだよ。片やお母さんは閉店間際のしおれ時。いやらしいよ」
「……そっか。そういうもんか」
「そ、お母さんだってちゃんとしたら美人なんだから」

 私は、母に同情した。向希は父に似ていない。ということはその人に似ているのだろうと、その人は美人前提で話したけど、向希は不思議そうにしていた。
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