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2 常識的な家出
第3話
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食事が終わると、向希と二人になったタイミングで尋ねた。
「向ちゃん、どう思う?」
「さぁ、なるようにしかならないと思うよ、僕は」
私は向希の当たり前の返答にフンと鼻を鳴らした。
「当たり前じゃない。けど、それに不自由を強いられるのはいつも私たちじゃないの」
「ここのどこが不自由なの」
と言われてしまえば返す言葉もなかった。こいつってば、この境遇をともに引き受けた子供だっていうのに冷めているんだから。ここはわかちあうところじゃないの?何か言い返そうと睨んだけど、思いつかなった。
向希は私の子供っぽい態度に吹き出すと
「有ちゃん、今日はもう寝なよ。ほら、有ちゃんが先に風呂入らないとおばあちゃんが寝れないよ」
「そっか。そうだね」
久々の祖父母宅に気持ちが昂ってしまったが、私が起きてる限り祖母は眠い目をこすりながら付き合ってくれる姿を想像してこれ以上迷惑かけてはいけないとお風呂へ急いだ。
「おばあちゃん、有ちゃんと僕の布団、そこの押し入れの使っていい?」
あとから向希の、私よりここの勝手知ったる声が聞こえた。
向希が来てくれたから、明日の帰りも心配しなくていい。木の香りのお風呂で鼻まで湯舟に沈めながら、安心感に包まれた。
向希の敷いてくれた布団は小さな頃のように並べられてはいなくて、向希は襖を隔てて隣の部屋にいるようだった。極力音は立てないようにしてくれてるのがわかる。欄間から明かりは漏れるが、電気は消してくれないのは向希は私がこのくらいの明かりで眠るのが好きなことを知っているからだ。きっと向希は今日も遅くまで起きているのだろう。
――祖父母宅の朝は早かった。
夜更かしの向希の方が、私より早く起きられるのをいつも不思議に思っていた。台所から向希と祖母の声が聞こえてくる。
「きゅうり、もうあるんだ」
「それはスーパーで買ったやつよ」
「あ、そうか。じゃあ、ちょっと高いやつだ」
「そう。ちょっと先に食べたくなるのよね」
そろそろスーパーにもきゅうりが並ぶ季節か。まだ割高だろうけど。そのうち消費が追い付かないほど収穫されるのだろう。祖母の家庭菜園というには広すぎる畑を想像して夏が楽しみになる。
私も立ち上がるとそこに合流する。鮮やかに漬かったきゅうりのぬか漬けを向希の箸で一枚つまんだ。淡い酸味に耳の下にじわりと刺激が伝わった。
このまま昼過ぎまで居座ると、私は向希に促されて帰ることになった。
「帰ったって雰囲気が良くなってたりもしないのに」
「まあね」
「そうだ、おじいちゃん、おばあちゃん、夏休みずっとここにいちゃだめ?」
「……有ちゃん」
「向ちゃんはいいの」
向希が咎める声を、祖父母が返事する先に遮った。
「好きにしなさい」
祖父はそう言ってくれた。シンプルな返事だけど、祖父母が少し嬉しそうにしたのを見て向希も何も言わなかった。
祖父は家まで送ると言ったけど、駅までにしてもらった。
向希と二人になると
「有ちゃん本当に夏休みはずっといるつもりなの?」
「うん。あの人たち次第だけど」
向希は何か言おうとした口を閉じてため息を吐いた。
「有ちゃん……」
「向ちゃんはついてこないで」
強い口調で言うと、向希は諦めたように何も言わなかった。
――夏休みはそれからすぐにやってきた。
前回、たった半日の私の家出は自己満足にすらならなかった。少しも効果がなかったのだ。そりゃあそうだろう。母の仕事からして、家に帰って寝たくらいの時間しか父と二人になれなかっただろうから。
今度はもっと綿密に計画をたてなけれはならなかった。
本当はこういう時、泊めてくれる友達がいればいいのにと思う。いや、それじゃあ満たされないだろう。何より友達にだって家庭があり、長く居座るなんて友達の親に気兼ねする。何より、理由を説明しなきゃならないじゃないか。
「彼氏でもいたらなあ」
こんなもやもやも吹き飛ばすくらいの、そんな恋でもしていたらいいのに。どこか二人で……。って、一ヶ月も旅してたらお金、どんだけかかるんだろう。結局、現実的な思考に落ち着いた。
持って行く服はそんなにいらない。向こうで洗えばいいし。私は最小限の荷物をまとめた。曇り空の下、傘を持って行こうか悩んだが、持たないことにした。……すぐに梅雨も明けるだろう。祖父母は仕事で家にいないことが多い。私はどう過ごそうか考えていた。
誰か初めての男の子とでも出会えたらいいのに。そのくらいのハメは外す準備をして、私は家を出た。考えただけだった。そんなことにはならないって知っていたから。
だけど――この夏、私は知らない男の子と夏休みを過ごした。
誰が信じるだろうか。私だって、信じられないのだから。
「向ちゃん、どう思う?」
「さぁ、なるようにしかならないと思うよ、僕は」
私は向希の当たり前の返答にフンと鼻を鳴らした。
「当たり前じゃない。けど、それに不自由を強いられるのはいつも私たちじゃないの」
「ここのどこが不自由なの」
と言われてしまえば返す言葉もなかった。こいつってば、この境遇をともに引き受けた子供だっていうのに冷めているんだから。ここはわかちあうところじゃないの?何か言い返そうと睨んだけど、思いつかなった。
向希は私の子供っぽい態度に吹き出すと
「有ちゃん、今日はもう寝なよ。ほら、有ちゃんが先に風呂入らないとおばあちゃんが寝れないよ」
「そっか。そうだね」
久々の祖父母宅に気持ちが昂ってしまったが、私が起きてる限り祖母は眠い目をこすりながら付き合ってくれる姿を想像してこれ以上迷惑かけてはいけないとお風呂へ急いだ。
「おばあちゃん、有ちゃんと僕の布団、そこの押し入れの使っていい?」
あとから向希の、私よりここの勝手知ったる声が聞こえた。
向希が来てくれたから、明日の帰りも心配しなくていい。木の香りのお風呂で鼻まで湯舟に沈めながら、安心感に包まれた。
向希の敷いてくれた布団は小さな頃のように並べられてはいなくて、向希は襖を隔てて隣の部屋にいるようだった。極力音は立てないようにしてくれてるのがわかる。欄間から明かりは漏れるが、電気は消してくれないのは向希は私がこのくらいの明かりで眠るのが好きなことを知っているからだ。きっと向希は今日も遅くまで起きているのだろう。
――祖父母宅の朝は早かった。
夜更かしの向希の方が、私より早く起きられるのをいつも不思議に思っていた。台所から向希と祖母の声が聞こえてくる。
「きゅうり、もうあるんだ」
「それはスーパーで買ったやつよ」
「あ、そうか。じゃあ、ちょっと高いやつだ」
「そう。ちょっと先に食べたくなるのよね」
そろそろスーパーにもきゅうりが並ぶ季節か。まだ割高だろうけど。そのうち消費が追い付かないほど収穫されるのだろう。祖母の家庭菜園というには広すぎる畑を想像して夏が楽しみになる。
私も立ち上がるとそこに合流する。鮮やかに漬かったきゅうりのぬか漬けを向希の箸で一枚つまんだ。淡い酸味に耳の下にじわりと刺激が伝わった。
このまま昼過ぎまで居座ると、私は向希に促されて帰ることになった。
「帰ったって雰囲気が良くなってたりもしないのに」
「まあね」
「そうだ、おじいちゃん、おばあちゃん、夏休みずっとここにいちゃだめ?」
「……有ちゃん」
「向ちゃんはいいの」
向希が咎める声を、祖父母が返事する先に遮った。
「好きにしなさい」
祖父はそう言ってくれた。シンプルな返事だけど、祖父母が少し嬉しそうにしたのを見て向希も何も言わなかった。
祖父は家まで送ると言ったけど、駅までにしてもらった。
向希と二人になると
「有ちゃん本当に夏休みはずっといるつもりなの?」
「うん。あの人たち次第だけど」
向希は何か言おうとした口を閉じてため息を吐いた。
「有ちゃん……」
「向ちゃんはついてこないで」
強い口調で言うと、向希は諦めたように何も言わなかった。
――夏休みはそれからすぐにやってきた。
前回、たった半日の私の家出は自己満足にすらならなかった。少しも効果がなかったのだ。そりゃあそうだろう。母の仕事からして、家に帰って寝たくらいの時間しか父と二人になれなかっただろうから。
今度はもっと綿密に計画をたてなけれはならなかった。
本当はこういう時、泊めてくれる友達がいればいいのにと思う。いや、それじゃあ満たされないだろう。何より友達にだって家庭があり、長く居座るなんて友達の親に気兼ねする。何より、理由を説明しなきゃならないじゃないか。
「彼氏でもいたらなあ」
こんなもやもやも吹き飛ばすくらいの、そんな恋でもしていたらいいのに。どこか二人で……。って、一ヶ月も旅してたらお金、どんだけかかるんだろう。結局、現実的な思考に落ち着いた。
持って行く服はそんなにいらない。向こうで洗えばいいし。私は最小限の荷物をまとめた。曇り空の下、傘を持って行こうか悩んだが、持たないことにした。……すぐに梅雨も明けるだろう。祖父母は仕事で家にいないことが多い。私はどう過ごそうか考えていた。
誰か初めての男の子とでも出会えたらいいのに。そのくらいのハメは外す準備をして、私は家を出た。考えただけだった。そんなことにはならないって知っていたから。
だけど――この夏、私は知らない男の子と夏休みを過ごした。
誰が信じるだろうか。私だって、信じられないのだから。
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