三度目の庄司

西原衣都

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2 常識的な家出

第2話

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 祖父母の家があるバス停へ着くと、日も暮れていたが、傘はささずに済みそうだった。

 バス停の標識は古くさび付いていて、自分の地域にはない素朴な出で立ちに愛着がわいた。バスはさほど待たずに到着した。バスを逃すと祖父に迎えを頼まなくてはならない。そうはしたくなかった。私は、いきなり祖父母宅に行くのが好きなのだ。

 バスから降りるとすぐ目の前が祖父母宅だ。
 立派なお屋敷の板張りの大戸は施錠されていて、勝手知ったる仕組みにくぐり戸から中に入った。ここの戸締りは二段階あるのだ。祖父の帰宅時に大戸の施錠、寝る前にくぐり戸も施錠されるのだ。間に合った、と私は顔を緩ませた。

 玄関からではなく、勝手口にまわった。

「おばあちゃん、いる?」

 キッチン直結のドアを開けると夕飯のいい匂いがした。

「あらぁ、有ちゃん。どうしたの?」

 祖母は驚きはしたが、嬉しそうに私を確認した。祖父も
「何だこんな時間に」と言いながら、椅子を一つ譲ってくれた。それから、勝手口に目を走らせた。
「私一人」
「そうか。ご飯、食べなさい」
「有ちゃん手を洗ってらっしゃい」
「はあい」

 はぁ、ここは落ち着く。祖父母は父母だと言っていいほどの年齢だ。こんな家で育っていたらなぁといつも思う。まぁ、こんな家で育ったのが父なのだけれど。


 私がテーブルに着くと、そこにはちゃんと夕飯が用意されていた。

 祖父の前にあった焼き魚と祖母の前にあった焼き魚の切り身はそれぞれ半分になっていて、私のお皿には合体した一人前の切り身が出されていた。申し訳ない気持ちと、言い分のない満足がお腹より先に胸を満たしてくれた。繕うようにごちそうを用意されるより、何倍もうれしい食事だった。

「ご飯はいっぱい炊いてあるからね」
「はあい、いただきます」

 私はパンッと手を合わせると遠慮なくいただいた。私が食べ始めると祖父が少し目じりを下げるのが見えた。

「はい、お味噌汁」
「ん」
 祖父が祖母の差し出した味噌汁を受け取る時の瞬間が好きだ。毎日、何年も何度も繰り返されてきたことなのだろう。渡す方も受け取るほうも慣れっこで、それでも祖父は丁寧に受け取る。この一瞬穏やかな顔になるのだ。受け取るのを楽しみにしている子供の顔。お椀を覗き、満足そうな様子に安らぎを感じる。

「へへ」つい笑っちゃう。
「なんだ、嫌なことでもあったんじゃないのか」
「ん-ん、いつものやつ」
「そうか」

 祖父母は一瞬顔を曇らせたが、私の何てことない様子に安心したように笑った。

「有ちゃん、そっちすごい雨だったでしょう。大丈夫だった? おじいちゃんと有ちゃんのあたりねって話してたの」
「うん。ちょうど電車乗ってたから」

 私のいないところで私の話をして心配しているのが嬉しかった。祖父はしきりに勝手口の方を気にしていた。


 すると、間もなく勝手口のドアが開いた。
「早いな」
 味噌汁をすする手を止めてそう言った。ここまで二時間以上かかるのだから、私がここへ到着する前にはとっくに向こうを出てることになる。
「こんばんは。遅くなっちゃった」と向希は笑った。
 自分の皿に目を落とした祖父に先回りする。
「あ、じいちゃん。僕はご飯食べてきたから大丈夫。今日は泊まるから、お酒も飲んでいいよ」
「そうか。それがいいな」

 祖父は立ち上がって冷蔵庫からビールを取り出した。そうか、おじいちゃん私たちを送るかもしれないから晩酌してなかったのか。

「向希も手を洗って、少しくらいつまみなさい」
「うん。ありがとう」

 祖母が自分の皿をずらし、向希も私の前に座った。
「向ちゃん、ここ来るの早すぎない?」
「だって、有ちゃん朝から口をへの字にして『今日は帰らないからね』なんて言って出かけるから、僕も……僕はいったん着替えてから来たけど」

 子供のような態度を指摘されて、私は頬を熱くした。

「いいのに、ほっといてくれたら」
 口をとがらせる私に
「ずるいよ、自分だけこんな良い所にくるなんて」
 向希も口をとがらせて対抗する。祖父が声を上げて笑った。向希は祖母から箸を受けると

「ごめんね、おじいちゃんおばあちゃん。お世話になります」
 私を柔らかく睨みながら、二人に迷惑をかけることを謝罪する。私の謝罪を向希がするのにむくれながら、私はここで少しづつ自尊心を満たした。
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