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現世と幽世
第95話「動き出した二人の時間」
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二人は黒猫に呼び掛けながら、かなりの時間その古いお堂周りを探したのだが、黒猫の姿はどこにも見当たらなかった。
気が付けば空はすっかり明るくなっており、鳥の鳴き声が軽やかに辺りに響いていた。
(どこ行っちゃったんだろ? やっぱり……)
心乃香の心には嫌な予感が渦巻いていた。あの暗いトンネルを明るく導いてくれた時から、クロは限界の力を使い続けていたのではないだろうか。
茅の輪に姿が変わったことで、クロは最後の力を使い切ったのかもしれない。
そのような直感はあったのに、心乃香はそれでもこの世界に戻りたかったのだ。心乃香はぎゅと胸を押さえた。
(クロ……)
心乃香はこのまま立ち去ると、もう二度とこの場所に来られない気がした。斗哉が心乃香の手を握る力を強める。
(どうしよう――)
このまま自分がここに留まれば、斗哉もずっと、ここに居ると言うだろう。
心乃香は、幽世まで迎えに来てくれたクロの姿を思い出した。折角クロが彼と会わせてくれたのだ。
帰ろう――自分のあるべき場所へ
「……帰ろっか」
心乃香が寂しそうに微笑みながらそう言うと、斗哉は心乃香を自分の方へ引き寄せて、頭を優しく撫でた。
「うん」
***
手を繋いだまま、二人はゆっくりと階段を降りて行った。
(と、いうか)
斗哉はさっきから、心乃香の手を握りっぱなしだった。
心乃香は長く現世を離れていたせいか、急に現世の他人の存在に触れて、消えていた以前よりも、体が敏感に反応している気がした。斗哉に握られている手から、体温をダイレクトに感じて、さらに先程の告白を思い出して、ますます体が熱くなった。
(うううっ。心臓口から、飛び出しそうなんだけどっ)
これ以上、斗哉の体温を感じているとおかしくなりそうで、心乃香は斗哉に手を離すように促そうとしたが、彼がどんな想いで、幽世までやって来たのかと思うと、とても「離して」とは言えなかった。それにお礼を言うのは自分の方だと、心乃香は自然と口を開いた。
「……ありがとう」
「ん、何が?」
「む、迎えに来てくれて」
斗哉はポカンと心乃香の顔を、横からマジマジと見つめ、ふっと目を細めた。
「どういたしまして」
そうニカッとはにかむ彼に、心乃香はドキッとした。同時に心乃香は先程キスしてしまったことを思い出し、さらに体温が上がる思いだった。
(なっ。何、思い出してるの、私!)
繋いだ手からこの動揺が伝わりませんようにと、心乃香は心を落ち着かせようと深呼吸する。
(無理だ、無理だよ)
傍に斗哉の気配を感じているだけで、愛しくて、嬉しくて、心乃香は涙が溢れそうになった。
心乃香の手をしっかりと握りながら、斗哉は朝焼けの空を見つめ目を細めた。
「……戻ってきてくれて、ありがとう。おかえり」
その言葉は心乃香の心に染み渡った。今までの、斗哉と関わる前の自分だったら、きっと幽世で永久を過ごしていたかもしれない。それなのに、いつの間にか心の大事な部分に堂々と居座っている、八神斗哉と言う存在。
――本当に恐れ入る。
心乃香はクスッと笑みを溢すと、自分で驚くほど自然とその言葉を口にしていた。
「ただいま」
おわり
気が付けば空はすっかり明るくなっており、鳥の鳴き声が軽やかに辺りに響いていた。
(どこ行っちゃったんだろ? やっぱり……)
心乃香の心には嫌な予感が渦巻いていた。あの暗いトンネルを明るく導いてくれた時から、クロは限界の力を使い続けていたのではないだろうか。
茅の輪に姿が変わったことで、クロは最後の力を使い切ったのかもしれない。
そのような直感はあったのに、心乃香はそれでもこの世界に戻りたかったのだ。心乃香はぎゅと胸を押さえた。
(クロ……)
心乃香はこのまま立ち去ると、もう二度とこの場所に来られない気がした。斗哉が心乃香の手を握る力を強める。
(どうしよう――)
このまま自分がここに留まれば、斗哉もずっと、ここに居ると言うだろう。
心乃香は、幽世まで迎えに来てくれたクロの姿を思い出した。折角クロが彼と会わせてくれたのだ。
帰ろう――自分のあるべき場所へ
「……帰ろっか」
心乃香が寂しそうに微笑みながらそう言うと、斗哉は心乃香を自分の方へ引き寄せて、頭を優しく撫でた。
「うん」
***
手を繋いだまま、二人はゆっくりと階段を降りて行った。
(と、いうか)
斗哉はさっきから、心乃香の手を握りっぱなしだった。
心乃香は長く現世を離れていたせいか、急に現世の他人の存在に触れて、消えていた以前よりも、体が敏感に反応している気がした。斗哉に握られている手から、体温をダイレクトに感じて、さらに先程の告白を思い出して、ますます体が熱くなった。
(うううっ。心臓口から、飛び出しそうなんだけどっ)
これ以上、斗哉の体温を感じているとおかしくなりそうで、心乃香は斗哉に手を離すように促そうとしたが、彼がどんな想いで、幽世までやって来たのかと思うと、とても「離して」とは言えなかった。それにお礼を言うのは自分の方だと、心乃香は自然と口を開いた。
「……ありがとう」
「ん、何が?」
「む、迎えに来てくれて」
斗哉はポカンと心乃香の顔を、横からマジマジと見つめ、ふっと目を細めた。
「どういたしまして」
そうニカッとはにかむ彼に、心乃香はドキッとした。同時に心乃香は先程キスしてしまったことを思い出し、さらに体温が上がる思いだった。
(なっ。何、思い出してるの、私!)
繋いだ手からこの動揺が伝わりませんようにと、心乃香は心を落ち着かせようと深呼吸する。
(無理だ、無理だよ)
傍に斗哉の気配を感じているだけで、愛しくて、嬉しくて、心乃香は涙が溢れそうになった。
心乃香の手をしっかりと握りながら、斗哉は朝焼けの空を見つめ目を細めた。
「……戻ってきてくれて、ありがとう。おかえり」
その言葉は心乃香の心に染み渡った。今までの、斗哉と関わる前の自分だったら、きっと幽世で永久を過ごしていたかもしれない。それなのに、いつの間にか心の大事な部分に堂々と居座っている、八神斗哉と言う存在。
――本当に恐れ入る。
心乃香はクスッと笑みを溢すと、自分で驚くほど自然とその言葉を口にしていた。
「ただいま」
おわり
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