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現世と幽世
第94話「二つ目の罰ゲーム」
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心乃香は斗哉が何を言っているのか理解できず、思考が停止した。呼吸も止まり、宇宙にでも体が放り出された心持ちになった。
――なにを、なにを言っている?
斗哉の言葉がゲシュタルト崩壊し、頭と心に受け付けない。
『如月?』
「……あっ」
心乃香は忘れていた呼吸を取り戻す。
「あ、あんた、この非常時にふざけないでっ! あんたのそういうところ……」
『ふざけてないよ、大真面目だって。お姫様のキスで、目が醒めるかもしれないじゃん』
心乃香は『白雪姫』の童話が瞬間思い浮かんだ。あれは人口呼吸のようなもので、喉につかえていたリンゴのかけらがキスで取れて、息を吹き返したのだろうと考えられる。だがあれは王子様のキスだった。大体、誰がお姫様だと心乃香は呆れる気持ちで斗哉の魂を見やった。
本当に信じられない、この男は自分の想像の斜め上をいく発想を持っていて、今後も絶対分かりあうことはないだろう。そう考えつつも、心乃香はこのふざけたそれでも愛おしい人を、もう絶対に失いたくなかった。
(何でも、なんでもやってやるっ)
驚いたのは斗哉の方だった。心乃香は震えながらそっと斗哉の本体に顔を寄せると、すでに冷たく乾いている斗哉の唇に、そっと自分の唇を触れさせた。
その瞬間斗哉の魂がスルッと、掃除機にでも吸引されるように、胸元に吸い込まれた。
一瞬、斗哉の本体がふわっと輝くと、土気色だった表情に薄ら温かみが刺していった。
本当にこんな馬鹿なことでと、心乃香は信じられない心待ちで斗哉から目が離せなかった。
斗哉はゆっくりと瞼を開けて、覗き込んでいる心乃香の顔を見つめ、優しく微笑んだ。
「ほら、やっぱり、愛って奇跡を起こすんだよ」
信じられないことが起こっている。それを「愛の奇跡」だなんて訳の分からない言葉で済まそうとしている、目の前の愚かな男に呆れながら、心乃香はそのまま腰を抜かし座り込んでしまった。理屈なんてどうでもいい、愛かなんて分からない。でも――
「良かった……」
そのまま心乃香の瞳から、大粒の涙が溢れた。
***
斗哉本人も冥土の土産くらいのつもりで、心乃香にキスをねだったのだ。まさか心乃香が本当に自分にキスをしてくれるとは思っていなかった。その時斗哉はふっとあることを思い出した。将暉が書いた、罰ゲームの二枚目のカードの内容だ。
『キスをする』
はからずとも今、そのもう一枚のカードを切ってしまった。実際切ったのは彼女の方だったが。
あの頃は、そのカードの内容が切られた時、彼女がどんな反応をするのかと、残酷に、面白半分で見物するつもりだったのだ。それが今はもう完全に逆だ。どうしてこんなことになってしまったんだろうと、斗哉は思う。
まさかあの頃は、自分がこんな風になるなんて考えもしなかった。本当にどうしようもなかった自分。その自分の世界を変えたのは間違いなく彼女なのだ。
(恐れ入る。本当もう、降参だ)
――だけど
斗哉は、へたり込んでいる心乃香の体を背中から抱きしめた。
「如月、本当にありがとう。……大好きだ。今度は嘘じゃないから」
***
黒猫はそんな二人の様子を、鳥居の天辺に寝そべりながらニヤニヤ見ていた。
ふうっと黒猫は天を仰いだ。
(……ボクもキヨコに会いたくなっちゃったよ)
黒猫がそう願った時、黒猫の体が光に包まれた。黒猫は再び二人を見遣る。
(ちゃんと、幸せになんないと承知しないぞっ)
そう心で唱えた時、黒猫は改めて理解した。自分もそうなりたかったのだと。あの時、瀕死の斗哉を助けたのは、自分の哀れな境遇と重なったからだ。大好きな人を追いかけて、惨めに死んでしまった自分の姿と重なったからだ。
でも、まだ彼の人生は終わっていなかった。彼にはまだ希望があった。彼を救うことで、自分も救われたかったのだ――
黒猫は目を細め、穏やかに微笑んだ。
そして黒猫の体は光の粒子と共に、朝焼けの空に溶けるように消えていった。
つづく
――なにを、なにを言っている?
斗哉の言葉がゲシュタルト崩壊し、頭と心に受け付けない。
『如月?』
「……あっ」
心乃香は忘れていた呼吸を取り戻す。
「あ、あんた、この非常時にふざけないでっ! あんたのそういうところ……」
『ふざけてないよ、大真面目だって。お姫様のキスで、目が醒めるかもしれないじゃん』
心乃香は『白雪姫』の童話が瞬間思い浮かんだ。あれは人口呼吸のようなもので、喉につかえていたリンゴのかけらがキスで取れて、息を吹き返したのだろうと考えられる。だがあれは王子様のキスだった。大体、誰がお姫様だと心乃香は呆れる気持ちで斗哉の魂を見やった。
本当に信じられない、この男は自分の想像の斜め上をいく発想を持っていて、今後も絶対分かりあうことはないだろう。そう考えつつも、心乃香はこのふざけたそれでも愛おしい人を、もう絶対に失いたくなかった。
(何でも、なんでもやってやるっ)
驚いたのは斗哉の方だった。心乃香は震えながらそっと斗哉の本体に顔を寄せると、すでに冷たく乾いている斗哉の唇に、そっと自分の唇を触れさせた。
その瞬間斗哉の魂がスルッと、掃除機にでも吸引されるように、胸元に吸い込まれた。
一瞬、斗哉の本体がふわっと輝くと、土気色だった表情に薄ら温かみが刺していった。
本当にこんな馬鹿なことでと、心乃香は信じられない心待ちで斗哉から目が離せなかった。
斗哉はゆっくりと瞼を開けて、覗き込んでいる心乃香の顔を見つめ、優しく微笑んだ。
「ほら、やっぱり、愛って奇跡を起こすんだよ」
信じられないことが起こっている。それを「愛の奇跡」だなんて訳の分からない言葉で済まそうとしている、目の前の愚かな男に呆れながら、心乃香はそのまま腰を抜かし座り込んでしまった。理屈なんてどうでもいい、愛かなんて分からない。でも――
「良かった……」
そのまま心乃香の瞳から、大粒の涙が溢れた。
***
斗哉本人も冥土の土産くらいのつもりで、心乃香にキスをねだったのだ。まさか心乃香が本当に自分にキスをしてくれるとは思っていなかった。その時斗哉はふっとあることを思い出した。将暉が書いた、罰ゲームの二枚目のカードの内容だ。
『キスをする』
はからずとも今、そのもう一枚のカードを切ってしまった。実際切ったのは彼女の方だったが。
あの頃は、そのカードの内容が切られた時、彼女がどんな反応をするのかと、残酷に、面白半分で見物するつもりだったのだ。それが今はもう完全に逆だ。どうしてこんなことになってしまったんだろうと、斗哉は思う。
まさかあの頃は、自分がこんな風になるなんて考えもしなかった。本当にどうしようもなかった自分。その自分の世界を変えたのは間違いなく彼女なのだ。
(恐れ入る。本当もう、降参だ)
――だけど
斗哉は、へたり込んでいる心乃香の体を背中から抱きしめた。
「如月、本当にありがとう。……大好きだ。今度は嘘じゃないから」
***
黒猫はそんな二人の様子を、鳥居の天辺に寝そべりながらニヤニヤ見ていた。
ふうっと黒猫は天を仰いだ。
(……ボクもキヨコに会いたくなっちゃったよ)
黒猫がそう願った時、黒猫の体が光に包まれた。黒猫は再び二人を見遣る。
(ちゃんと、幸せになんないと承知しないぞっ)
そう心で唱えた時、黒猫は改めて理解した。自分もそうなりたかったのだと。あの時、瀕死の斗哉を助けたのは、自分の哀れな境遇と重なったからだ。大好きな人を追いかけて、惨めに死んでしまった自分の姿と重なったからだ。
でも、まだ彼の人生は終わっていなかった。彼にはまだ希望があった。彼を救うことで、自分も救われたかったのだ――
黒猫は目を細め、穏やかに微笑んだ。
そして黒猫の体は光の粒子と共に、朝焼けの空に溶けるように消えていった。
つづく
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