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現世と幽世
第88話「諦めと言う名の希望」
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長い間、言い争いをしていた斗哉と心乃香だったが、ついには力尽きて両者白い砂浜の上に倒れ込んでいた。
「……もう、疲れた」
心乃香はうんざりと呟いた。二人の言い争いを、退屈そうにクロは黙って見つめていた。精神力という面で、意外にも斗哉の方に武があったようだ。伊達に図々しいわけではない。これが斗哉の短所であり長所なのだ。
クロはやれやれと嫌味ったらしく口を開いた。
「気は済んだ? で、どうするの」
「八神の本体は今どうなってるの」
「魂の尾が切れてる。本体はもう死んだだろうね」
それを聞くと、心乃香は寝そべりながら大きな白い毛むくじゃらの腕で顔を覆った。
「また、私のせいじゃない……」
涙声だった。クロは一番初めに心乃香が代償を支払った時のことを思い出した。彼女は他人を決して軽んじない。すべて自分のせいだと罪悪感という重荷を背負ってしまう。
「心乃香のせいじゃないよ。馬鹿でどうしようもない斗哉が悪いんだ」
『誰が、馬鹿でどうしようもないだっ』
透けた魂の声が響き渡った。
***
『もういいよ、オレの本体のことは。ずっとここで一緒に暮らそう』
「……」
心乃香は腕で顔を覆ったまま、ピクリとも動かない。長い沈黙の後、はあああっと大きく息を吐いた。
「冗談じゃない。なんであの世でまであんたと一緒にいないといけないの。だいたいあんた、その姿のまま長くはいられないでしょ」
『だから、消えるまでは……』
心乃香は腕を振り抜いて、キッと斗哉を睨んだ。
「あんたはそれで満足でしょうねっ、残された私はどんな気持ちで過ごせばいいのっ」
斗哉は思いもかけない言葉が返ってきて、魂の炎を揺らめかせた。
『それって、オレがいなくなったら寂しいってこと?』
なんて自信過剰で身勝手な考えだろうと、クロはその一言に嫌な予感がして後ずさった。案の定だった。心乃香は耳まで真っ赤になって毛を逆撫でて、ありえない大音量で斗哉を罵った。
***
罵詈雑言を心乃香に散々浴びせられた斗哉は、しゅんと大人しくなっていた。
そのあまりの情けない様子に、クロは呆れるようにでも優しく微笑んだ。自分もこれほど、生前自分の気持ちに素直であったなら、あの後悔はなかったかもしれないと、大切な人との別れの日をふっと思い出した。
そして意を決するように、クロはスウッと息を吸い込んだ。
「心乃香、まだ諦めるのは早いかもしれない」
つづく
「……もう、疲れた」
心乃香はうんざりと呟いた。二人の言い争いを、退屈そうにクロは黙って見つめていた。精神力という面で、意外にも斗哉の方に武があったようだ。伊達に図々しいわけではない。これが斗哉の短所であり長所なのだ。
クロはやれやれと嫌味ったらしく口を開いた。
「気は済んだ? で、どうするの」
「八神の本体は今どうなってるの」
「魂の尾が切れてる。本体はもう死んだだろうね」
それを聞くと、心乃香は寝そべりながら大きな白い毛むくじゃらの腕で顔を覆った。
「また、私のせいじゃない……」
涙声だった。クロは一番初めに心乃香が代償を支払った時のことを思い出した。彼女は他人を決して軽んじない。すべて自分のせいだと罪悪感という重荷を背負ってしまう。
「心乃香のせいじゃないよ。馬鹿でどうしようもない斗哉が悪いんだ」
『誰が、馬鹿でどうしようもないだっ』
透けた魂の声が響き渡った。
***
『もういいよ、オレの本体のことは。ずっとここで一緒に暮らそう』
「……」
心乃香は腕で顔を覆ったまま、ピクリとも動かない。長い沈黙の後、はあああっと大きく息を吐いた。
「冗談じゃない。なんであの世でまであんたと一緒にいないといけないの。だいたいあんた、その姿のまま長くはいられないでしょ」
『だから、消えるまでは……』
心乃香は腕を振り抜いて、キッと斗哉を睨んだ。
「あんたはそれで満足でしょうねっ、残された私はどんな気持ちで過ごせばいいのっ」
斗哉は思いもかけない言葉が返ってきて、魂の炎を揺らめかせた。
『それって、オレがいなくなったら寂しいってこと?』
なんて自信過剰で身勝手な考えだろうと、クロはその一言に嫌な予感がして後ずさった。案の定だった。心乃香は耳まで真っ赤になって毛を逆撫でて、ありえない大音量で斗哉を罵った。
***
罵詈雑言を心乃香に散々浴びせられた斗哉は、しゅんと大人しくなっていた。
そのあまりの情けない様子に、クロは呆れるようにでも優しく微笑んだ。自分もこれほど、生前自分の気持ちに素直であったなら、あの後悔はなかったかもしれないと、大切な人との別れの日をふっと思い出した。
そして意を決するように、クロはスウッと息を吸い込んだ。
「心乃香、まだ諦めるのは早いかもしれない」
つづく
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