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3st round
第35話「三周目〜相合傘〜」
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オレは教室で外を眺めながら、如月を待っていた。もう少ししたら、雨が降ってくる。この後二人で小さな傘に入り、体が密着して、オレはまんまと如月を意識させられる。
こんな不確かな作戦、五十パーセントと言え、確実に雨が降るか分からないのに。まるで神様が、正しいのは如月だと味方しているみたいだ。
***
「……八神君、八神君っ」
そろそろ如月が来る頃だとオレは寝たふりをして、机に突っ伏していた。如月が心配そうに顔を覗き込んでくる。
「ごめん、お待たせ。帰ろっか」
「あ、うん」
アレ? この後、何かあったはず。そうだ、自分の頬に付いた指の跡に、如月が笑ってた。忘れてた。あの時みたいに熟睡してなかったから、跡が付かなかったのだ。
(まずい、気を引き締めないと)
***
(雨、マジ降ってくるんだよな。如月は、運も味方に付けてる)
オレは昇降口の扉越しに外を眺めて、そう思っていた。
「降ってきちゃったね。ごめんね、傘ある?」
「うん、一応。折り畳みだけど」
一回目、如月は折り畳み傘を用意していた。オレも用意していると分かり、さあ、どうするのか。オレは冷静に如月の反応を待った。
「あの、傘を忘れちゃって、もし良ければ、八神君の傘に入って行っていい?」
如月は可愛らしく、真っ赤になって呟いた。そうか、オレが傘を持ってたら、自分は傘を忘れたことにし、オレの傘に入って帰るつもりでいたのだ。流石だわ。恐れ入ったよ。
「うん。いいよ」
***
外は大分薄暗くなってきていた。雨のせいか、外練の運動部の連中も、早めに練習を引き上げており、生徒の数もまばらだった。
オレが持ってきていた折り畳み傘に、二人で入りながら歩く。如月の折り畳み傘程小さくないので、そこまで密着しなくても歩ける。ただ折り畳みではなく、普通の傘にすれば良かったと今更ながら後悔した。
やはり普通の傘よりは小さいのだ。充分隣に如月の気配を感じるし、体温が伝わりそうになる。こうなることが分かっていたのに、折り畳み傘を持ってくるなんて、如月に対し下心があるみたいで、嫌だった。別にそんなつもりはない。
一回目の時の自分の醜態を思い出し、体がカッと熱くなった。
(悔しい。こんな女に、振り回されて)
オレがあの日あんなにドキドキしていたのに、如月は平気な顔で内心笑っていたのかと思うと、腹立たしくてどうにかなりそうだった。
ダメだ、立て直せ! オレはその悔しさを振り切るように、如月に話しかけた。
「あのさ、如月んちって、どこら辺なの?」
「駅向こうだよ」
「如月って、本好きなの?」
「えっ」
「いやだって、図書委員で文芸部って」
「良く知ってるね?」
「そりゃ……」
あまりに調べすぎていたことに、ここで更に警戒させたのかもしれないと、ハッとした。いや、好きな子のことなら、普通は知りたいし調べたくなるだろう? そう言う体で話したつもりだったが。
「好きな子」と言葉にして、うなじが薄ら熱くなった。いや、そういう体だから。その子の情報知らなすぎて、好きって嘘くさいだろ。そう考えていた時――
オレは息が掛かる距離に彼女の顔があることに、ドキッとした。
もしこの時本当にキスしてたら、如月の報復を止められてたのかなと一瞬そんなことを思ってしまい、如月と距離を詰めている自分に気が付き、ハッと我に返った。
何考えてるんだ、自分は――
彼女はふっと視線を逸らした。
「ここでいいよ。ありがとう。ここからバスだから」
「え?」
ちょうどバスがやって来た。彼女はバスのステップに飛び乗ると、ドアが閉まる前に「お祭りの日は晴れるといいね」と柔らかく囁いた。
オレは黙って、彼女を乗せるバスを見送った。
***
自宅に帰宅したオレは、自室のベッドの上に制服のまま寝転んだ。
(やるだけのことはやった。後は祭りの日を迎えるだけだ)
一回目、雨の日に帰宅して、如月のことが本当に好きになりそうで怖いと、フワフワしていたことを思い出す。
(本当に馬鹿で、純粋だったな、オレ)
オレはあれから、自分がぐっと老け込んでしまった気がした。
今日までのことで、彼女のことが本当に理解できた気がした。
彼女は大変にプライドが高いのだ。その高すぎるプライドに、本人のスペックが、全く合ってないのにもかかわらずだ。
自分は常々、その個人に見合ったプライドを持つべきだと思ってる。優秀な価値のある人間は高いプライドを、何の取り柄もない価値のない人間は、プライドなんて持つ資格はない。
敗者がそんなものを持つなんて生意気だ。だから敗者は勝者に何を言われても、されても、文句を言う資格はない。だって世の中そうなっている。
如月は敗者側の人間だ。どう見たって、誰から見たってそうだ。だから陰口を言われたくらいで、腹を立てること自体が生意気だ。
自分は敗者になりたくなかった。敗者を見下している時だけ、勝者でいられる、戻れる気がしていた。なのに如月は、その世界の摂理をぶっ壊すかの如く、自分に立ち向かって来た。自分の尊厳を守る為、鬼気迫る勢いで自分に喰らいついて来た。
自分がもし如月の立場だったら、そんなことできるだろうか。
馬鹿にされても仕方ない。だって自分はダメな人間だからと泣き寝入りしただろう。その方が楽だから。歯向かわない方が辛くないから。
本当に……本当に凄いよ、お前。
オレは敵ながら、如月という人間に感心させられていた。
つづく
こんな不確かな作戦、五十パーセントと言え、確実に雨が降るか分からないのに。まるで神様が、正しいのは如月だと味方しているみたいだ。
***
「……八神君、八神君っ」
そろそろ如月が来る頃だとオレは寝たふりをして、机に突っ伏していた。如月が心配そうに顔を覗き込んでくる。
「ごめん、お待たせ。帰ろっか」
「あ、うん」
アレ? この後、何かあったはず。そうだ、自分の頬に付いた指の跡に、如月が笑ってた。忘れてた。あの時みたいに熟睡してなかったから、跡が付かなかったのだ。
(まずい、気を引き締めないと)
***
(雨、マジ降ってくるんだよな。如月は、運も味方に付けてる)
オレは昇降口の扉越しに外を眺めて、そう思っていた。
「降ってきちゃったね。ごめんね、傘ある?」
「うん、一応。折り畳みだけど」
一回目、如月は折り畳み傘を用意していた。オレも用意していると分かり、さあ、どうするのか。オレは冷静に如月の反応を待った。
「あの、傘を忘れちゃって、もし良ければ、八神君の傘に入って行っていい?」
如月は可愛らしく、真っ赤になって呟いた。そうか、オレが傘を持ってたら、自分は傘を忘れたことにし、オレの傘に入って帰るつもりでいたのだ。流石だわ。恐れ入ったよ。
「うん。いいよ」
***
外は大分薄暗くなってきていた。雨のせいか、外練の運動部の連中も、早めに練習を引き上げており、生徒の数もまばらだった。
オレが持ってきていた折り畳み傘に、二人で入りながら歩く。如月の折り畳み傘程小さくないので、そこまで密着しなくても歩ける。ただ折り畳みではなく、普通の傘にすれば良かったと今更ながら後悔した。
やはり普通の傘よりは小さいのだ。充分隣に如月の気配を感じるし、体温が伝わりそうになる。こうなることが分かっていたのに、折り畳み傘を持ってくるなんて、如月に対し下心があるみたいで、嫌だった。別にそんなつもりはない。
一回目の時の自分の醜態を思い出し、体がカッと熱くなった。
(悔しい。こんな女に、振り回されて)
オレがあの日あんなにドキドキしていたのに、如月は平気な顔で内心笑っていたのかと思うと、腹立たしくてどうにかなりそうだった。
ダメだ、立て直せ! オレはその悔しさを振り切るように、如月に話しかけた。
「あのさ、如月んちって、どこら辺なの?」
「駅向こうだよ」
「如月って、本好きなの?」
「えっ」
「いやだって、図書委員で文芸部って」
「良く知ってるね?」
「そりゃ……」
あまりに調べすぎていたことに、ここで更に警戒させたのかもしれないと、ハッとした。いや、好きな子のことなら、普通は知りたいし調べたくなるだろう? そう言う体で話したつもりだったが。
「好きな子」と言葉にして、うなじが薄ら熱くなった。いや、そういう体だから。その子の情報知らなすぎて、好きって嘘くさいだろ。そう考えていた時――
オレは息が掛かる距離に彼女の顔があることに、ドキッとした。
もしこの時本当にキスしてたら、如月の報復を止められてたのかなと一瞬そんなことを思ってしまい、如月と距離を詰めている自分に気が付き、ハッと我に返った。
何考えてるんだ、自分は――
彼女はふっと視線を逸らした。
「ここでいいよ。ありがとう。ここからバスだから」
「え?」
ちょうどバスがやって来た。彼女はバスのステップに飛び乗ると、ドアが閉まる前に「お祭りの日は晴れるといいね」と柔らかく囁いた。
オレは黙って、彼女を乗せるバスを見送った。
***
自宅に帰宅したオレは、自室のベッドの上に制服のまま寝転んだ。
(やるだけのことはやった。後は祭りの日を迎えるだけだ)
一回目、雨の日に帰宅して、如月のことが本当に好きになりそうで怖いと、フワフワしていたことを思い出す。
(本当に馬鹿で、純粋だったな、オレ)
オレはあれから、自分がぐっと老け込んでしまった気がした。
今日までのことで、彼女のことが本当に理解できた気がした。
彼女は大変にプライドが高いのだ。その高すぎるプライドに、本人のスペックが、全く合ってないのにもかかわらずだ。
自分は常々、その個人に見合ったプライドを持つべきだと思ってる。優秀な価値のある人間は高いプライドを、何の取り柄もない価値のない人間は、プライドなんて持つ資格はない。
敗者がそんなものを持つなんて生意気だ。だから敗者は勝者に何を言われても、されても、文句を言う資格はない。だって世の中そうなっている。
如月は敗者側の人間だ。どう見たって、誰から見たってそうだ。だから陰口を言われたくらいで、腹を立てること自体が生意気だ。
自分は敗者になりたくなかった。敗者を見下している時だけ、勝者でいられる、戻れる気がしていた。なのに如月は、その世界の摂理をぶっ壊すかの如く、自分に立ち向かって来た。自分の尊厳を守る為、鬼気迫る勢いで自分に喰らいついて来た。
自分がもし如月の立場だったら、そんなことできるだろうか。
馬鹿にされても仕方ない。だって自分はダメな人間だからと泣き寝入りしただろう。その方が楽だから。歯向かわない方が辛くないから。
本当に……本当に凄いよ、お前。
オレは敵ながら、如月という人間に感心させられていた。
つづく
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