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1st round

第19話「祭りの後」

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 どのくらいそうしていただろうか。オレはお堂の壁にもたれかり、へたり込んでいた。気が付けば、とっくに花火は終わっていて、周りにいた人の気配もいつの間にか消えていた。

 まったく力が入らない。動く気力がない。何でこんなことになってしまったのか。

 聞かれてた……あの日の会話を。如月に告白した時、もう彼女は自分たちの企みを知っていた訳だ。逆に嵌められた。本当に惨めだ。この十日間、自分が騙していたと思っていたが、彼女の方が自分を騙していた訳だ。全部、全部芝居だったのだ。

 先ほどの彼女の捨て台詞が蘇る。

『何、ショック受けてるの? あんたたちがやろうとしてたことと、同じじゃない?』

(っ、くっそっ)

 悔しくて、悲しくて、惨めで何かが心の底から溢れてくる。オレは感情がぐちゃぐちゃになり、どうしていいか分からなかった。

 そのままそこで動かず、地面と同化してしまいたかったが、フッと腕時計を見た時、もうすぐ日をまたぎそうな時間になっていた。

 その時オレは「チリン」という鈴のような音を聞いた気がした。そしてなぜだかもう帰らなければという心待ちになった。

 オレはほぼ真っ暗な階段を降りて行った。申し訳程度の街灯でもありがたい。明かりを見るとホッとした。如月に案内されて通って来た表参道への道は既に閉ざされており、人っ子一人いなかった。

 オレは仕方なく別の道を探した。だいぶ歩き回った気がしたが、実際はそうでもなかったのかもしれない。しばらくすると倉庫程度の大きさの古びたお堂と、崩れそうな鳥居の前に出て、更に先に長い石階段の下に道路が見えた。

 神社の敷地のどの辺りか分からないが、道路にさえ出れば駅まで帰れると思った。随分と凸凹していて、いびつな石段だった。ところどころ苔むしていて、だいぶ年季が入っている。

 オレは重たい足をなんとか上げながら、ゆっくりとその石段を降りて行った。

 石段を踏み締めるたびに、先ほどの如月からの仕打ちが思い出される。脳裏から、あの記憶が離れない。心が重苦しい。息苦しい。現実の思考を手放しそうになった時、オレは石段の苔で足を滑らせた。

 ――まるで無重力、
 そんな感覚が体を支配した。


 オチルッ、

 その間はまるでスローモーションだった。

 人は死ぬ時、走馬灯を見ると言うけれど、それは本当なんだと、頭の片隅で冷静に感じていた。自分が生まれてきて物心付いてからの記憶が、タイムレコードのように頭の中に映し出される。

 友達のこと、母親のこと、父親のこと、最初に付き合った先輩のこと、病院の先生のこと、部活のこと、足の怪我のこと――

 そして如月心乃香のこと。

 あの憎悪にまみれた恐ろしい彼女の顔を思い出した瞬間、体に激しい衝撃が走った。石段の固く冷たい衝撃が、何度もオレの体を打つ。痛いを通り越して感覚がなくなっていく。

 ――死。

 心臓が凍りつくような恐怖が全身を支配した。

 オレは完全に体の制御を喪失していた。命を奪われるような速さで石段を転がり落ちた。死の匂いが辺りに漂う中、風が耳を突き抜け、目の前に広がる絶望の先に暗闇があるだけだった。

 実際にはもう目が見えていなかったかもしれない。


 ――死ぬ

 死ぬのか。
 こんなことで、カンタンに。

 ヒトハ、死ヌンダ。


 死ニタクナイ。
 マダ、死ニタクナイ。

 コンナキモチデ、コンナミジメニ死ンデイクナンテ、

 サイゴニオモイダシタノガ、アンナ女ノ、ニクタラシイカオダナンテ……

 ぜったいに、いやだっ、
 死にたくない!


『残念だけど、もうすぐ死ぬよ』

 えっ。

『哀れだね』

 だれだ?

『これから死んでいくのに、そんなこと聞いてどうするの』

 オレ、しぬのか、このまま死ぬのか。

『そうだよ』

 ……。

 いやだ。
 まだ死にたくないっ。

『……どうしても、死にたくない?』

 ……。
 ……死にたくない。

『本当に哀れだね。ダイショウを払う覚悟があるなら、その願い、叶えてやってもいいよ』

 ダイショウ?

『そうさ、すべてのことにはダイショウがいるものさ』

 それを払ったら、叶えられるのか。

『多分ね。どうする』

 ……。
 ……払う、払うよ。


 光が戻ってきた。ゆっくり目を開けると、オレは神社の石段の麓に立っていた。さっき石段を踏み外し、体を何度も固い石段に打ちつけて、ボロボロだったはずなのに――

 オレは自分の体を恐る恐る触って確認した。痛みなど一切ない。傷一つない。だか服は酷く汚れていて、血が滲んでいる。

 どうなっているんだ?

 夢?
 さっき石段を踏み外したことは夢?

 いや、だったらこの服の汚れと、血のあとはなんだ。

 分からない。
 何が何だか分からない。

 石段から転げ落ちはしたが、無事だったと言うことだろうか。服に血が滲んでるのに、怪我がどこにも見当たらないのは、なんでだ。

 分からない。
 何も、分からない。でも。

 腕時計を確認してみた。もう日が回ってる。夏特有の生ぬるい空気がオレにまとわりついていた。

「帰るか……」

つづく
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