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相葉悠一 番外編
第83話「契約」
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「願いを叶えてもらうって、具体的にどうすればいいんだ?」
オレは自分の願いごとが映っているページと、白猫を見比べた。
「キミの願いの映ったページに、キミの直筆のサインをフルネームで入れてもらう。で、その上に血判を押してもらう」
え。なんか、怖っ。
他の願いを叶えた連中も、そんなことしてるのかよと、オレは自分の願いの載ったページ以外を捲くろうとした。
オレは他のページを捲ってみて驚いた。
白い。
他のページは真っ白だった。
これはどういうことだと、無言で白猫を睨み付ける。
「フフッ。驚いてるね? 他の人間の願いごとを見ることは出来ないよ。プライバシー保護のためにっ」
何故か得意げに、白猫は鼻を鳴らした。
これじゃ、本当に願いが叶ってるのか、確認も出来ない。項垂れるオレを見かねてか、白猫が声を掛けて来た。
「いまさら、ビビんなよっ。大丈夫だから、ワタクシを信じなさいっ」
胡散くさっ。
白猫の言うことが確かなら、願いごとは“一生に一度”しか出来ないらしい。よくよく考えれば、それでどうやって契約が履行されると信じられるのだろう?
前にも叶ったから、今回も叶うかもなんて確認が出来ない。ぶっつけ本番なのだ。
だけどオレはそれでも、いまさら止める気には、もうなれなかった。オレの中で渡辺を誘うことは、もう決定事項になりつつあったからだ。
自信とか、奇跡の力なんか関係なく、ただもう誘いたいんだ。一緒に出掛けたい。
オレは机の上のペンスタンドから、一本ボールペンを取り出して、願いの映ったページに自分の名前を書いた。
このサインは、願いを叶えるためのものじゃなく、オレにとっては渡辺を誘って出掛けるという、決意表明みたいなものだったかもしれない。
続けて歯で右手の親指の先端を軽く噛み、滲んで来た血液ごと、親指をページに押し付けた。そうすると、願いごとを映し出していた文字自体が七色に光り出した。
「契約完了だ!」
白猫は満足そうに、オレを見上げてきた。まだ願いも叶ってないのに、オレもなにかを成し遂げた気分になって来た。
「大丈夫っ。絶対百パーセント彼女は誘いに乗って来るから。まあ、出掛ける約束は絶対取り付けられるけど。当日、楽しいデートになるかは、キミ次第だよ?」
デートって。
でも、そう言うことなんだよな。やっぱり。改めてそう言われて、胸にむず痒い気持ちが溢れて来る。
「マジか。自信ないんだけど。そこまでは、保証してくれないのかよ」
「だって、キミの願い中途半端なんだもん。“楽しく過ごしたい”くらい、書いてあればね? それすら書いてないってことは、逆にそれすらも自分の力でなんとかしたいって、本心では思ってるってことなんじゃない?」
「……え?」
「キミ、童貞くせに、本当にプライド高いなっ」
「童貞言うな!」
どうしてたかだか猫に、何度も馬鹿にされなきゃならないんだっ。本当に許さん!
「でもそのプライドの高さ、そのまま行動力に移したら、好きな子なんて、あっという間に落とせると思うけどねっ」
「……うっ!」
七色に光っていたページは、本全体を巻き込んで行き、最後には白猫の体を包み込んで行く。
そして、その光は薄らと消え出した。
それはこの本と白猫との別れを、確かにオレに感じさせた。
「待って! もう、会えないのかっ」
白猫はうんときっぱり頷いた。
「もう二度と会うことはない。さっきも言ったけど、願いが叶えられるのは“一生で一度きり”だ。この本と、再度巡り合うことも二度とない」
「そっか」
柄にもなく、胸が詰まる。願いを叶えてもらう者と叶える者、それだけの関係だったけど。それにたった二週間の付き合いだった。それでもオレはこの猫と、ずっと昔からの友人のような気分になっていた。
「あの、文芸部の先輩としても、もう会えないのか」
「あのときは、キミが資格もないのに、本を手にしようとしたから、慌てて止めただけの仮の姿。あの上級生は文芸部には本当は存在していない、ただの幻だよ」
白猫は、可愛らしく小首をかしげる。
「キミは偶然だけど本を手に入れて、願いごとをした。どんな形であれ“チャンス”を掴んだ。人生において、チャンスを掴めるか、掴めないか、これは大変重要なことだよ。キミは……」
白猫の綺麗で大きな瞳が、オレの姿を捉える。
「チャンスが目の前にあったって掴む勇気のない人間なんて、沢山いる。キミは勇気を出して、そのチャンスを掴んだこと、誇っていい!」
「おこぼれの、チャンスだけどな」
「チャンスはチャンスさっ。そんな勇気が出せたんだ、キミならデートも絶対成功させられる。大丈夫さっ」
そうオレにエールを送りながら、白猫と願いが叶う本は、オレの前から光と共に姿を消したのだ。
つづく
オレは自分の願いごとが映っているページと、白猫を見比べた。
「キミの願いの映ったページに、キミの直筆のサインをフルネームで入れてもらう。で、その上に血判を押してもらう」
え。なんか、怖っ。
他の願いを叶えた連中も、そんなことしてるのかよと、オレは自分の願いの載ったページ以外を捲くろうとした。
オレは他のページを捲ってみて驚いた。
白い。
他のページは真っ白だった。
これはどういうことだと、無言で白猫を睨み付ける。
「フフッ。驚いてるね? 他の人間の願いごとを見ることは出来ないよ。プライバシー保護のためにっ」
何故か得意げに、白猫は鼻を鳴らした。
これじゃ、本当に願いが叶ってるのか、確認も出来ない。項垂れるオレを見かねてか、白猫が声を掛けて来た。
「いまさら、ビビんなよっ。大丈夫だから、ワタクシを信じなさいっ」
胡散くさっ。
白猫の言うことが確かなら、願いごとは“一生に一度”しか出来ないらしい。よくよく考えれば、それでどうやって契約が履行されると信じられるのだろう?
前にも叶ったから、今回も叶うかもなんて確認が出来ない。ぶっつけ本番なのだ。
だけどオレはそれでも、いまさら止める気には、もうなれなかった。オレの中で渡辺を誘うことは、もう決定事項になりつつあったからだ。
自信とか、奇跡の力なんか関係なく、ただもう誘いたいんだ。一緒に出掛けたい。
オレは机の上のペンスタンドから、一本ボールペンを取り出して、願いの映ったページに自分の名前を書いた。
このサインは、願いを叶えるためのものじゃなく、オレにとっては渡辺を誘って出掛けるという、決意表明みたいなものだったかもしれない。
続けて歯で右手の親指の先端を軽く噛み、滲んで来た血液ごと、親指をページに押し付けた。そうすると、願いごとを映し出していた文字自体が七色に光り出した。
「契約完了だ!」
白猫は満足そうに、オレを見上げてきた。まだ願いも叶ってないのに、オレもなにかを成し遂げた気分になって来た。
「大丈夫っ。絶対百パーセント彼女は誘いに乗って来るから。まあ、出掛ける約束は絶対取り付けられるけど。当日、楽しいデートになるかは、キミ次第だよ?」
デートって。
でも、そう言うことなんだよな。やっぱり。改めてそう言われて、胸にむず痒い気持ちが溢れて来る。
「マジか。自信ないんだけど。そこまでは、保証してくれないのかよ」
「だって、キミの願い中途半端なんだもん。“楽しく過ごしたい”くらい、書いてあればね? それすら書いてないってことは、逆にそれすらも自分の力でなんとかしたいって、本心では思ってるってことなんじゃない?」
「……え?」
「キミ、童貞くせに、本当にプライド高いなっ」
「童貞言うな!」
どうしてたかだか猫に、何度も馬鹿にされなきゃならないんだっ。本当に許さん!
「でもそのプライドの高さ、そのまま行動力に移したら、好きな子なんて、あっという間に落とせると思うけどねっ」
「……うっ!」
七色に光っていたページは、本全体を巻き込んで行き、最後には白猫の体を包み込んで行く。
そして、その光は薄らと消え出した。
それはこの本と白猫との別れを、確かにオレに感じさせた。
「待って! もう、会えないのかっ」
白猫はうんときっぱり頷いた。
「もう二度と会うことはない。さっきも言ったけど、願いが叶えられるのは“一生で一度きり”だ。この本と、再度巡り合うことも二度とない」
「そっか」
柄にもなく、胸が詰まる。願いを叶えてもらう者と叶える者、それだけの関係だったけど。それにたった二週間の付き合いだった。それでもオレはこの猫と、ずっと昔からの友人のような気分になっていた。
「あの、文芸部の先輩としても、もう会えないのか」
「あのときは、キミが資格もないのに、本を手にしようとしたから、慌てて止めただけの仮の姿。あの上級生は文芸部には本当は存在していない、ただの幻だよ」
白猫は、可愛らしく小首をかしげる。
「キミは偶然だけど本を手に入れて、願いごとをした。どんな形であれ“チャンス”を掴んだ。人生において、チャンスを掴めるか、掴めないか、これは大変重要なことだよ。キミは……」
白猫の綺麗で大きな瞳が、オレの姿を捉える。
「チャンスが目の前にあったって掴む勇気のない人間なんて、沢山いる。キミは勇気を出して、そのチャンスを掴んだこと、誇っていい!」
「おこぼれの、チャンスだけどな」
「チャンスはチャンスさっ。そんな勇気が出せたんだ、キミならデートも絶対成功させられる。大丈夫さっ」
そうオレにエールを送りながら、白猫と願いが叶う本は、オレの前から光と共に姿を消したのだ。
つづく
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