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相葉悠一 番外編
第73話「拒否」
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オレは赤い本を差し出されて、思わず身を引いた。白猫先輩は早く願えと言わんばかりに、オレに本を開かせようとする。
「あのさ」
「ん?」
「願いって、叶えなくてもいいんだよな?」
瞬間、部屋の時間が止まった。以前もこんなことがあった。
「……は?」
白猫先輩は、信じられないものを見るように、目を見開きオレを見定めた。
「今、なんて言った」
「いや、だからさ、叶えなくてもいいんだろ? って」
「本気で言ってるのっ? 目の前にこんな“奇跡”がぶら下がってるのに。それを掴まないとかっ。人として、ある? 信じ、信じられないんだけどっ」
ハアアッと白猫先輩は落胆しながら、力なく椅子に座り直した。しばらくののち、ゆっくりとオレの方に視線を向ける。
「キミね、この本を手に入れるってことが、どれだけ幸運なことか分かってるっ?」
「そんなこと言われても、オレ、渡辺に譲られただけだし」
「そうっ。それ!」
白猫先輩は再び身を乗り出した。忙しい人だ。
「彼女も、彼女だ。あれだけの覚悟をしておいて手に入れた途端、願いも叶えず、赤の他人に本を譲るなんて。本当にどうかしてるっ」
白猫先輩はああっと、絶望を表現するように、額に手を当てがって項垂れた。
「覚悟?」
「そう、覚悟っ」
白猫先輩は額に当てた手の隙間から、オレをキッと睨んで来た。
「この本はね、その恋のためにあらゆるものを捨てる覚悟がないと、真の恋心を持ってないと、手に出来ないんだ」
その恋のために、あらゆるものを捨てる覚悟。渡辺には、そう想うだけの相手がやっぱりいたのかと、オレは頭の片隅で何故か分かっていた。
図書室に行くと、いつも窓の外を見ていた彼女――
その姿を思い出すと、オレは心の奥にズシンと、重たい錘でも落とされたような心持ちになった。
「なんで渡辺は、願いを叶えなかったんだろう」
「そんなのボクが聞きたいっ。きっと彼女しか分からない。ただ」
白猫先輩は手に持っていた赤い本を、目を細めて見つめていた。
「なにか、その恋の願いをすること以上に、彼女に重要なことが急に出来たのかも知れない」
「それって?」
「さあ。だから分からないって。そうとう重要なことだろう。皆目見当もつかないねっ」
そう面白くなさそうに、白猫先輩はフンと鼻を鳴らした。
なんだ、それは。
いったい渡辺に、何があったんだろうか。
かくいうオレも、白猫先輩同様、渡辺がなにを考えてオレにこの本を譲ったのか、正直まったく分からなかった。
つづく
「あのさ」
「ん?」
「願いって、叶えなくてもいいんだよな?」
瞬間、部屋の時間が止まった。以前もこんなことがあった。
「……は?」
白猫先輩は、信じられないものを見るように、目を見開きオレを見定めた。
「今、なんて言った」
「いや、だからさ、叶えなくてもいいんだろ? って」
「本気で言ってるのっ? 目の前にこんな“奇跡”がぶら下がってるのに。それを掴まないとかっ。人として、ある? 信じ、信じられないんだけどっ」
ハアアッと白猫先輩は落胆しながら、力なく椅子に座り直した。しばらくののち、ゆっくりとオレの方に視線を向ける。
「キミね、この本を手に入れるってことが、どれだけ幸運なことか分かってるっ?」
「そんなこと言われても、オレ、渡辺に譲られただけだし」
「そうっ。それ!」
白猫先輩は再び身を乗り出した。忙しい人だ。
「彼女も、彼女だ。あれだけの覚悟をしておいて手に入れた途端、願いも叶えず、赤の他人に本を譲るなんて。本当にどうかしてるっ」
白猫先輩はああっと、絶望を表現するように、額に手を当てがって項垂れた。
「覚悟?」
「そう、覚悟っ」
白猫先輩は額に当てた手の隙間から、オレをキッと睨んで来た。
「この本はね、その恋のためにあらゆるものを捨てる覚悟がないと、真の恋心を持ってないと、手に出来ないんだ」
その恋のために、あらゆるものを捨てる覚悟。渡辺には、そう想うだけの相手がやっぱりいたのかと、オレは頭の片隅で何故か分かっていた。
図書室に行くと、いつも窓の外を見ていた彼女――
その姿を思い出すと、オレは心の奥にズシンと、重たい錘でも落とされたような心持ちになった。
「なんで渡辺は、願いを叶えなかったんだろう」
「そんなのボクが聞きたいっ。きっと彼女しか分からない。ただ」
白猫先輩は手に持っていた赤い本を、目を細めて見つめていた。
「なにか、その恋の願いをすること以上に、彼女に重要なことが急に出来たのかも知れない」
「それって?」
「さあ。だから分からないって。そうとう重要なことだろう。皆目見当もつかないねっ」
そう面白くなさそうに、白猫先輩はフンと鼻を鳴らした。
なんだ、それは。
いったい渡辺に、何があったんだろうか。
かくいうオレも、白猫先輩同様、渡辺がなにを考えてオレにこの本を譲ったのか、正直まったく分からなかった。
つづく
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