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相葉悠一 番外編
第71話「“恋について”その二」
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「相葉くん、ジャンケンの必勝法って知ってる?」
「は?」
隣を歩いていた梅野が、唐突に切り出して来た。
「いや、知らねえよ。知ってたら今、おまえと、こうしてゴミ箱持ってないだろ。そういうおまえは、知ってるのか」
「ジャンケンをする直前で、必勝法があったことに気が付いたんだけど、どんなんだったか思い出せなくて、負けた」
なにやってんだよ、コイツは。
必勝法があるって分かっていても、肝心のその方法を覚えてないんじゃ意味ないじゃないか。
本当、中身のないやつ。梅野は見た目も中身も、こんな風に残念なやつだった。オレたちはまだ残暑の残る校舎の渡り廊下を、ゴミ箱を持って歩いていた。
ギラギラと九月の太陽の日差しが、オレの体を突き刺して来る。焼けるわっ。クッソ暑いし、ヤロウと一緒だし、ああ、なんだってオレはいつもこうなんだっ。
掃除当番のあと、誰がゴミ捨てにいくかで揉めて、ジャンケンに負けたやつがということになり、オレと梅野が負けて、今に至るというわけだ。本当に細かくオレは、ついていない星の元に生まれているらしい。
オレと梅野の間に心地悪い沈黙が流れる。
梅野とは席が近いというだけで、特に仲が良いわけではない。趣味もテンションも、まったく合わない。だからこんな風に二人きりになると、会話が続かなくなる。なにを話していいか分からない。お互い、共通の話題も特にないし。あっ。
「梅野、おまえさ、友香さんとどうなったんだよ」
「え?」
“友香さん”とは、梅野が今年の夏休み、童貞を捨てるきっかけになった、年上の女性らしい。正直、こんな残念なやつに先を越され、腹立たしい気持ちもまだあったが、オレはそれ以上に、梅野の“恋”について聞いてみたかった。“男”側の観点も知りたかったのだ。
「ああ、友香さんか。……連絡、取れなくなっちゃったんだよね」
あ、やば。余計なこと聞いたかも。
シュンとする梅野を横目に、オレは少し申し訳なくなった。
遊ばれたって、やつか。まあ確かに、年上のお姉さんが本気になるような男じゃないだろと、オレもたいがい、梅野に対して失礼なことを瞬間考えたが、もし、自分が梅野の立場だった場合、少なからずショックだろう。
「あ、わりい。変なこと聞いた。気にしないでくれ」
「うん。もう、別に気にしてない」
「えっ」
さっきの暗めのトーンと、うって変わって梅野は軽快に答えた。
「今、友香さんどころじゃないんだよねっ」
「は?」
「相葉くん、M・Qって知ってる?」
「えっ、いや、聞いたことないな。それがなんなの」
「“ミステリー・クイーン”の略称っ。今、最高にキてる、地下アイドルなんだよねっ。三人組のアイドルグループなんだけど、特に、センターの朝比奈レイちゃんが、本当可愛くて、輝いてて、メジャーデビューも、そう遠くないと思うんだよっ」
梅野はオレが目の前にいることも、忘れているような陶酔ぶりだった。そのあとも梅野はマシンガンのように、その地下アイドルグループのことについて語っていた。
正直、かなり引いた。
が、このなにかに夢中になっている感じ、恋についてイキイキと論じているときの、石田奈美とよく似ていると思った。梅野の地下アイドルグループへの入れ込みようは、“推し活”であって、“恋”とは違うと、言うやつもいるかもしれない。
でも、本当にそうだろうか。
あの辞書にあった“恋”の説明文を思い出す。
“特定の誰かに特別の愛情をいだき、高揚した気分で、二人だけで一緒にいたい、精神的な一体感を分かち合いたい、できるなら肉体的な一体感も得たいと願いながら、常にはかなえられないで、やるせない思いに駆られたり、まれにかなえられて、歓喜したりする状態に身を置くこと”
この説明文の内容と、梅野の推しアイドルへの想いは、そんなに違わないんじゃないかと感じたのだ。梅野だって、男だ。微塵も説明文のようなことを考えてないなんて、言えないはずだ。絶対あわよくばと思っている。 実際、会話の節々に、そういう片鱗を感じた。
アイドルを神格化して、崇拝するように接してるやつもいるだろうが、アイドルだって人間だ。実際、ファンとくっつくアイドルだって珍しくない。
それに前どっかのコメンテーターが、“推し活”をするとき、“恋”をしているときに分泌される、幸せホルモンのセロトニンが同様に分泌されているとか、なんとか、言っていた気がする。
それを踏まえると、オレには石田が言うような“恋”も、梅野がしている“推し活”も大した違いがないように思えて、ますます“恋”と言うものがなんなのか、オレはよく分からなくなった。
つづく
「は?」
隣を歩いていた梅野が、唐突に切り出して来た。
「いや、知らねえよ。知ってたら今、おまえと、こうしてゴミ箱持ってないだろ。そういうおまえは、知ってるのか」
「ジャンケンをする直前で、必勝法があったことに気が付いたんだけど、どんなんだったか思い出せなくて、負けた」
なにやってんだよ、コイツは。
必勝法があるって分かっていても、肝心のその方法を覚えてないんじゃ意味ないじゃないか。
本当、中身のないやつ。梅野は見た目も中身も、こんな風に残念なやつだった。オレたちはまだ残暑の残る校舎の渡り廊下を、ゴミ箱を持って歩いていた。
ギラギラと九月の太陽の日差しが、オレの体を突き刺して来る。焼けるわっ。クッソ暑いし、ヤロウと一緒だし、ああ、なんだってオレはいつもこうなんだっ。
掃除当番のあと、誰がゴミ捨てにいくかで揉めて、ジャンケンに負けたやつがということになり、オレと梅野が負けて、今に至るというわけだ。本当に細かくオレは、ついていない星の元に生まれているらしい。
オレと梅野の間に心地悪い沈黙が流れる。
梅野とは席が近いというだけで、特に仲が良いわけではない。趣味もテンションも、まったく合わない。だからこんな風に二人きりになると、会話が続かなくなる。なにを話していいか分からない。お互い、共通の話題も特にないし。あっ。
「梅野、おまえさ、友香さんとどうなったんだよ」
「え?」
“友香さん”とは、梅野が今年の夏休み、童貞を捨てるきっかけになった、年上の女性らしい。正直、こんな残念なやつに先を越され、腹立たしい気持ちもまだあったが、オレはそれ以上に、梅野の“恋”について聞いてみたかった。“男”側の観点も知りたかったのだ。
「ああ、友香さんか。……連絡、取れなくなっちゃったんだよね」
あ、やば。余計なこと聞いたかも。
シュンとする梅野を横目に、オレは少し申し訳なくなった。
遊ばれたって、やつか。まあ確かに、年上のお姉さんが本気になるような男じゃないだろと、オレもたいがい、梅野に対して失礼なことを瞬間考えたが、もし、自分が梅野の立場だった場合、少なからずショックだろう。
「あ、わりい。変なこと聞いた。気にしないでくれ」
「うん。もう、別に気にしてない」
「えっ」
さっきの暗めのトーンと、うって変わって梅野は軽快に答えた。
「今、友香さんどころじゃないんだよねっ」
「は?」
「相葉くん、M・Qって知ってる?」
「えっ、いや、聞いたことないな。それがなんなの」
「“ミステリー・クイーン”の略称っ。今、最高にキてる、地下アイドルなんだよねっ。三人組のアイドルグループなんだけど、特に、センターの朝比奈レイちゃんが、本当可愛くて、輝いてて、メジャーデビューも、そう遠くないと思うんだよっ」
梅野はオレが目の前にいることも、忘れているような陶酔ぶりだった。そのあとも梅野はマシンガンのように、その地下アイドルグループのことについて語っていた。
正直、かなり引いた。
が、このなにかに夢中になっている感じ、恋についてイキイキと論じているときの、石田奈美とよく似ていると思った。梅野の地下アイドルグループへの入れ込みようは、“推し活”であって、“恋”とは違うと、言うやつもいるかもしれない。
でも、本当にそうだろうか。
あの辞書にあった“恋”の説明文を思い出す。
“特定の誰かに特別の愛情をいだき、高揚した気分で、二人だけで一緒にいたい、精神的な一体感を分かち合いたい、できるなら肉体的な一体感も得たいと願いながら、常にはかなえられないで、やるせない思いに駆られたり、まれにかなえられて、歓喜したりする状態に身を置くこと”
この説明文の内容と、梅野の推しアイドルへの想いは、そんなに違わないんじゃないかと感じたのだ。梅野だって、男だ。微塵も説明文のようなことを考えてないなんて、言えないはずだ。絶対あわよくばと思っている。 実際、会話の節々に、そういう片鱗を感じた。
アイドルを神格化して、崇拝するように接してるやつもいるだろうが、アイドルだって人間だ。実際、ファンとくっつくアイドルだって珍しくない。
それに前どっかのコメンテーターが、“推し活”をするとき、“恋”をしているときに分泌される、幸せホルモンのセロトニンが同様に分泌されているとか、なんとか、言っていた気がする。
それを踏まえると、オレには石田が言うような“恋”も、梅野がしている“推し活”も大した違いがないように思えて、ますます“恋”と言うものがなんなのか、オレはよく分からなくなった。
つづく
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